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第三章 復讐の前に

第十三話 入学式

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 ユウキは、今川からSDカードを渡された。
 手の中で、SDカードを弄んでいた。

 しかし、渡されたSDカードを今川に返した。それも、今川の手を持って、無理矢理に握らせた。

「ユウキ?」

 今川は、訳がわからない状況で、ユウキの顔を見る。
 手渡されたSDカードは、ユウキが行おうとしている復讐に必要な情報が詰まっている。必ず、必要になるとは言わないが、”必要ではない”情報は、存在しない。些細な情報でも、ユウキが必要としているのは、皆が認識している。それだけ、相手は巨大だ。
 何度も、何度も、話し合っている。殺すだけなら簡単という結論が出ている。一族、全員を殺しきることも、ユウキなら簡単に実現ができる。
 しかし、ユウキが望んでいるのは、”殺す”ことでの復讐ではない。

「今は、必要ない。今川さん。記者としての腕の見せ所ですよ」

 困惑した表情を浮かべる今川に、悪戯が成功した子供ユウキは、”記者”としての腕の見せどころと伝えた。
 今川も、ユウキの狙いは解る。ターゲットの周りの”羽虫を叩き落せ”と言っているのだろう。全部をそぎ落とすのは難しいが、ターゲットを弱らせることは可能だ。弱らせれば、ターゲットが動き始める。動けば、ミスも出るだろう。

「ハハハ。三流のルポライターに何を期待しているのやら・・・」

 今川は、”三流のルポライター”と言っているが、実際にはユウキたちと関わるようになってから、務めていた雑誌社を辞めた。
 フリーのルポライターの肩書になっている。有力雑誌からは締め出しを喰らっている状況だ。雑誌社に持ち込むことができる。気骨のある雑誌社も残っている。

「今川さん」

「なんだ?」

 パルシェの屋上には、ユウキと今川以外の姿はない。
 ユウキは、周りを見回して、吉田が居ないことに気が付いた。

「今川さん。先生は・・・」

 今川は、吉田がすぐに帰ると予測していた。
 ユウキと吉田は根本が違う。

「なぁユウキ。”憎しみ”と”憎悪”の違いは解るか?」

 急に今川はユウキに質問をした。筋が通っていない質問だ。

「え?同じですよね?」

 ユウキは、今川の問いかけに、同義語だと答えた。
 今川がユウキに求めたのは、”国語”の答えではない。ユウキも、それは解っているが、今川からの答えが気になった。

「彼の・・・。吉田先生の感情は、”憎しみ”だ。そして、ユウキ。お前が持っているのは、”憎悪”だ」

「・・・」

 ユウキは、今川を見つめて、今川が何を言い出すのか待っている。

「これは、俺の勝手な解釈だが・・・。”憎しみ”は相手を恨むことで、自分が”正しい”と認識して安心する・・・。”正義”を求める感情だ。しかし、”憎悪”は自分を糧にしてでも相手の破滅を望む」

 今川は、ユウキからの視線には気が付いているが、視線をずらして、金網を握って、下を流れるように走る車を見る。
 ユウキに語っているのか、自分に言い聞かせているのか解らない。

 ”憎しみ”の感情を持つ吉田と、”憎悪”を募らせるユウキの違いは、今川にははっきりと解るのだろう。自分が、同じ場所に立っていないと、違いには気が付かない。
 今川の過去を、ユウキは知らない。
 しかし、ユウキは今川が自分たちに協力しているのは、”何か”理由があるのだと思っている。今川から話さない限り、ユウキたちは聞き出そうとは思っていない。

「・・・」

「吉田先生は、相手を恨んで、憎しみをぶつける存在を求めている。しかし、ユウキ。お前は違う」

 吉田たちは、ターゲットを調べて、追い詰められる一歩手前までは来ていた。
 しかし、追い詰めるような行動を起こしていない。

”こんな悪い奴に、俺たちは苦しめられている”

 吉田たちが望んだ真実が、自分たちに納得できる形で提供されれば十分なのだ。
 言い訳は、星の数ほど浮かんでくるが、白日の下に晒す覚悟が出来ていない。全てが詳らかになったときに、自分たちがどうなってしまうのか・・・。感情が霧散することを、恐れた。”正義”がないと言われるのを恐れた。

「”違う!”とは、言えないな」

 今川の話を聞いて、ユウキは”一つだけ”正しいことがあると感じていた。ユウキは、”刺し違えてでも構わない”と考えている。自分が持つ全てと引き換えに、自分が望む結末を迎える事ができるのなら・・・。

「ユウキ。俺は・・・。俺たちは、お前を・・・。お前たちを気に入っている。仲間だと・・・。だから、ユウキ、死ぬな。あんな奴らの為に、お前が命を散らす価値はない」

「・・・。解っている」

「・・・。解っていればいい。それに・・・」

 今川は、まだ下を見ながら、ユウキの言葉に反応する。

「それに?」

 下を見ていた今川が、金網から手を離して、ユウキを見る。

「俺には、お前が、死ぬざまの想像ができない」

 ユウキの肩に手を置いて、軽口をたたくように、ユウキに話しかける。

「なんだ、それは・・・」

 ユウキも、今川が言いたいことがわかる。
 死ぬつもりはない。しかし、日本での生活が出来なくなる可能性は、考えている。

 ユウキが、日本での生活が出来なくなることを、今川たちは恐れていた。自分たちの為にも、そして・・・。ユウキを息子のように感じている人たちがいる事を知っている。

「吉田先生の周りには、お前が行おうとする事を非難する者も出てくるだろう。お前に敵対するのではなく、邪魔にしかならない助言をする者が現れるだろう」

「解っている」

「気にするな。黙らせてやる」

「ん?」

「奴らは、”憎しみ”を持っているが、”憎しみ”だけでは、生きて行けない。”憎しみ”は糧にならない。生きて行く上での道しるべにもならない。だから・・・」

「解った。今川さん」

 ユウキは、今川が何をしようとしているのか解らない。
 しかし、自分の為に動こうとしているのは理解している。そして、今川が、ユウキの代わりに”泥”を被るつもりだと認識した。

 今川の気持ちは嬉しいが、自分で決着をつけたいという気持ちが鬩ぎ合っている。ユウキは今川に感謝の言葉が言えないまま、頭を下げるにとどめた。

 ユウキが、吉田と会って、情報の対価を渡してから、表面的には何も動きは見せていない。
 バイト先である水族館に顔を出した。他にも、市内にある神社のバイトも始めた。学校にも申請を行って、許可が降りている。買い物を済ませて、入学式が行われるまでに準備を終わらせようとしていた。

 無駄に高い制服も届いた。
 他にも、学校指定で購入しなければならない物があり、それを購入した。学費以外に数十万が必要になってしまった。品質もあまり良くないことを考えれば、差額がどこに流れたのか考えて、ユウキは笑いをこらえるのに苦労した。
 いずれ、今川が”疑惑”を暴いてくれるだろう。その時に慌てだすのが誰なのか考えるだけで楽しくなってくる。

 入学式は、講堂を使って行われる。新入生は、クラスに最初に向ってから、順番に呼ばれて講堂に入る。

 ユウキは、講堂に入って驚いた。正確には、驚愕を通り越して、呆れてしまった。
 音楽が鳴っていたので、何かしら流しているのかと考えたが、フルオーケストラで演奏をしている。

(見栄の塊だな)

 ユウキが心の中で呟いた通り、入学式は、新入生のために行われるものではない。
 壇上の真ん中で、軽薄な表情で笑いを浮かべた男の見栄を満たす為の行事だ。

 男の横には、同じような顔を持ち、男を30ほど若返られたと思える男と、化粧をばっちりと決めて、学校が指定した制服と形は同じだが、素材も装飾も違う制服を身にまとった女が居る。

(やっと始められる)

 ユウキは、自分を見ている視線に気が付いた。
 弱いスキルを発動して、視線の確認をすると、吉田がユウキを見つけて、視線を送っていた。探していた雰囲気がある為に、視線に気が付いたフリをして、ユウキは吉田に視線を送る。
 吉田も、ユウキの視線に気が付いて、視線を合わせてから、違う列に並ぶ教諭の何人か視線を送る。

 ユウキは、軽く会釈だけして、指定された席の前に立った。

 ユウキは、壇上に居る人物をしっかりと見つめる。

(まずは、お前だ!)
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