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第二章 帰還勇者の事情

第三十話 準備

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 ユウキの前に、ミケールが座っている。

「本当に?」

『はい。お願いします』

 ユウキは、頭を抱えてしまった。
 治療の方法をいくつかオプション付きで説明をした。翌日に、ミケールに連れられた少女がユウキを訪ねてきた。

 そして、一番、非人道的だが、確実に治せる方法を選択したとユウキたちに告げたのだ。ここまでなら、ユウキたちも想定していた。準備に動き出そうとしたときに、一緒に来ていたミケールが、ユウキの前に進み出た。そして、治療を試すのを、自分でやって欲しい、少女の許可は取っていると、言い出した。ユウキたちは、自分たちの身内では、信じてもらえないと考えて、捕虜にした者から適当に選抜して実験を行うつもりでいた。
 ミケールと少女に、自分たちの仲間ではなく、捕虜を使って治療を実演して見せると言っても、ミケールは譲らなかった。
 少女の治療に当たって、自分ミケールが担当できる行為を、他人に渡したくないと言い切った。その言葉を聞いて、ユウキたちも、ミケールに治療を体験してもらう流れにした。想定している流れの中では最悪の部類だ。

「最後に、確認です。治療は、確実に行えますが、100%ではありません」

『かまいません。ユウキ様。できましたら、お嬢様の現状に合わせてから、治療を行ってください』

「ちょっと、待ってください。ミケール殿。それは、顔半分を焼いて、手を癒着するくらいの高温にさらして、腕の筋肉が再生されないように火傷を追わせて、そのうえで、足の膝から切断して、腿やお腹まで、火傷を負わせる。と、いうことですか?」

『はい。目を潰して、片耳も潰して、喉は治ってきていますので大丈夫です。あと、背中も焼いてください』

「ミケール殿?」

『できましたら、痛みを感じるようにしてください』

「え?」『ミケール!』

 ミケールが、少女に伝えていなかったお願いをユウキに伝える。
 少女が被った痛みの1万分の1でも経験したかった。痛みも怪我もすべて、少女の変わりができるのなら・・・。不可能なのは、解っている。なら、せめて少女が被った痛みを感じたかったのだ。

「・・・。わかりました。痛みが感じるようにするのは可能です。しかし、絶対に安全だとは、言い切れない。それでも、構いませんか?」

『はい。ありがとうございます』『ユウキ様!そんな・・・』

 少女は、ユウキがミケールを止めてくれると考えていた。しかし、ユウキのセリフは少女が望んだ内容ではなかった。ミケールの希望に沿うような内容で、ミケールの申し出を全面的に受け入れる内容だ。

 ユウキの宣言を聞いて、少女は言い出したミケールと承諾したユウキを交互に見つめる。自分にできることを考えるが、いい方法が思い浮かばない。ミケールの表情から、考えを改めさせることは不可能だと思い知った。しかし、ミケールの覚悟に報いる方法を、少女はなんでもいいので・・・。

『ユウキ様。ミケールの申し出は・・・。ミケール。私からも一つだけ条件を付けます』

「条件?」

 ユウキは、少女が次に言い出すセリフが解っている。何度も、似たような場面をフィファーナで見てきた。子供の治療を肩代わりしようとする両親や、失った恋人の手足を自分の手足で、と、懇願する男性を・・・。ユウキたちは、戦場で、日常で、見てきた。

『はい。私は、ミケールが痛みを負うべきではないと、傷を受けるべきではないと、今でも考えています。しかし、ミケールは、納得しません』

 少女は、ミケールとユウキを交互に見ながら、一言一言、綺麗に変わった声で、自らを納得させるように言葉を紡ぐ。

『なので、ミケールが受ける痛みを、傷を、私は見続けます。私が居ない所で、受けるのなら、私は治療を拒否します』

 ユウキはやはりという表情をする。
 ミケールも解っていたのだろう。少女の言葉を、想定していたようだ。

「わかりました。まずは、お二人で会話して決めてください。私たちは、お二人で決めた内容に従います」

 ユウキが、二人に向けて放った言葉は、突き放すようにも聞こえるが、二人には大事な時間を与えることになる。
 確かに、車の事故と違って、ユウキたちなら、怪我を作るのにも、命の危険は、”ゼロ”に近い。しかし、”絶対に死なない”とは、言い切れない。ユウキは、部屋から出ていく前に、二人に説明を行った。

「隣の部屋に居ます。必ず、お二人で納得するまで、会話をお願いします」

 残された二人は、ユウキが使った扉を見つめてから、お互いを見つめる。最初に、口を開いたのは、どちらなのか覚えていないが、二人の会話はこれから1時間にも及んだ。

「ユウキ?」

 リチャードが部屋に入ってきたユウキに話しかける。リチャードは、治療のためではなく、治療を行う前準備のために待っていた。治療のメインは、ユウキが担当する。レイヤとリチャードが手伝いをする。お互いのパートナーもこの場所に呼んでいる。患者が少女のために、デリケートな部分は女性である二人が担当する。

「二人で話をしてもらっている」

 ユウキの返答を聞いて、リチャードはどこか納得した表情を浮かべる。

「そうか、会話が足りなかったのだな」

 状況が把握できたかのように、ユウキに確認を求める。
 違う扉からは、レイヤが部屋に入ってきた。

「レイヤ。ヒナとロレッタは?」

 リチャードが、部屋に入ってきたレイヤに質問をする。

「外に出ている。後で来る」

 レイヤの答えは簡潔だ。外に出ているという言葉で、ユウキとリチャードは、また襲撃が行われたと判断した。事実、侵入者が街道で発見された。ヒナとロレッタは、侵入者の確認を行って、二人で対応できるのなら、対応を行う予定になっている。

「解った」

 リチャードが手を上げて、了承の意思を伝えると、レイヤは壁際に移動して、背中を壁に預けて、目をつぶる。

「ユウキ?」

 レイヤが、ユウキの名前を呼ぶ。説明を求めている状況だ。

「お互いに大事だと、大切だと、思っていても、お互いを思うだけでは解決しない状況だってある」

 ユウキは、リチャードからの言葉への返答から会話を始めた。
 レイヤも、別に全部の説明を求めたわけではないので、状況が解れば十分だ。

「そうだな。それで、ユウキ。お前の想定の範囲か?」

 ユウキたちは、治療の流れを想定していた。
 ユウキが想定した中に、今回の流れが存在していた。二人は、流れの確認をしたかっただけだ。そして、ユウキの想定した中に、現在の流れがあるのなら、問題はないと考えている。
 ユウキに寄せる絶対なる信頼から来る考えだ。

「あぁやはり、ミケール殿が被験者になる。しかし、別の準備も頼む。話し合い次第では、そっちに転ぶと思う」

 ユウキが想定して中で、可能性が高いと思われていた流れだと説明をする。流れの中で、ユウキたちがベストだと思う流れに移行する可能性を、ユウキが口にする。

「わかった。意識を飛ばした奴でいいか?」

 リチャードが、壁際に居るレイヤを見ながら、ユウキに確認をする。

「そうだな」

 少女とミケールの判断を待たなければならないが、準備を怠る理由にはならない。ユウキが想定したことなら、どちらに転んでも対応が可能になるようにしておかなければならない。もう一つの可能性を、少女とミケールが選択をした場合には、手伝いの人間を増やす必要がある。

「あぁ」

 了承の意味を込めて、レイヤが頷く。

「意識まで治ってしまわないか?」

「別に、治ってもいいだろう?また、壊せばいいだけだ」

「わかった。適当に見繕ってくる」

「頼む」

 レイヤが手を振って部屋から出ていく。すでに、準備が整っていると言っても、最終確認は必要だ。
 ユウキとリチャードが、少女とミケールの返事を待っている間に、レイヤは想定される道具を用意する。準備に漏れがないように、確認をしておく、並びに、想定される事案で必要になってくる人員の手配を行う。

「襲撃も、巧妙になってきたけど、いい加減にして欲しいよな」

 リチャードが懸念しているのは、治療中に襲撃が行われることだ。少女の治療には、4-5時間が必要だと考えている。
 襲撃が行われても、残っている人員で対処は可能だ。しかし、万全を期して望むためには、しっかりとした準備が必要になる。

「無理だろうな。本当に、送り込んでいる奴らが諦めない限りは・・・」

「そうだな・・・」

 リチャードは、問題になっている部分を認識はしているが、対処はまだ行えていない。
 現状では、対処療法としての襲撃者対応しか、できていない。

 二人の間に、沈黙の空気が流れた。それぞれが、思考を加速させる。襲撃者のことや、己たちが行わなければならない事柄を・・・。

 二人が、思考を辞めたのは、ドアがノックされる音が、耳に届いたときだ。
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