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第二章 帰還勇者の事情

第二十二話 客人の事情

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「ユウキ。明日の夕方に、富士山静岡空港に到着する」

 今川が、ユウキが使っている部屋に入ってきて、予定を告げる。

「え?客人はフランスからですよね?」

 富士山静岡空港に、フランスからの直行便はない(はず)。
 どこかを経由する位なら、新幹線を使ったり、東名高速を使ったり、飛行機以外の交通手段を使ったほうが楽だ。フランスから来るのなら、愛知か成田か羽田だ。

「プライベートジェットだ。世の中、大抵のことは、金でなんとかなる」

 今川の話を聞いて、”キョトン”とした表情をしてから、納得した顔をする。

「そうですか、そこからは車を使うのですか?」

 富士山と枕詞のように付いているが、静岡空港は、富士山とは離れた場所にある。牧之原だ。富士山まで車で移動すると空いている時間でも、2時間は必要だ。
 車で伊豆のユウキたちのベースまでの移動も、同じくらいの時間が必要だ。国一を使うと、もっと時間がかかる可能性がある。

「いや、お嬢さんの希望で、船を使うようだ」

「船?」

 船は、清水港からならフェリーが出ているが、清水までの移動はどうするのか疑問が湧いたのだ。

「あぁクルーザーをチャータして、吉田町から伊豆に向かうようだ」

 金持ちの発想に、ユウキは、天井を見るが、実際には、それだけでは無いだろうと予測する。
 狙われている状況なのかもしれない。車での移動では、狙ってくださいと言っているような場所も多い。

「へぇ・・・。そうなると、到着は、夜ですか?」

 船での移動なら、吉田町からなら、車での移動よりも早く到着する。
 特に、チャータしているクルーザーの性能しだいでは、1時間程度で到着する可能性もある。

「清水で一泊してから、昼前に到着予定だと連絡を受けた」

「へ?清水に、金持ちが泊まるようなホテルがありますか?」

「あるだろう?」

「・・・。あぁ日本平ホテルですか?」

「そうだ。朝日に照らされる”フジヤマを見たい”そうだ。そのあとで、海上から”フジヤマ”を眺めながら移動したいと、言っていたらしいぞ」

 ユウキも、今なら、日本平ホテルのロイヤルロフトスイートに宿泊できる財力はあるのだが、元々が小市民で、異世界でも贅沢をしていなかったために、安宿に泊まる習慣がついてしまっている。それこそ、宿が見つからなければ、野営でも問題がないと思っている。

「はい。はい。わかりました。明後日の昼に伊豆だと、夕方ですか?」

 金持ちの所作がわからないのだ。
 ホテルから、清水港か三保まで移動してから、海上を進むのなら、夕方には到着すると考えた。

「そうなる。それでな」

 今川が、やっと本題に踏み込んできた。

「え?ダメです」

 ユウキは、今川が何をお願いするのかすぐに察知して、先回りして断ってきた。

「ユウキ。話くらい聞いてもいいだろう?」

 今川も、ユウキの反応が分かっていたので、引き下がらない。

「面倒なのでイヤです。どうせ、ここで一泊とか言うのでしょう?」

「さすがは、ユウキだな。その通りだ」

 今川は、ユウキにすがるような表情を向ける。

「なんでここですか?ポーションを渡して試すだけですよね?」

「ユウキ。お嬢さんの希望だ」

「え?面倒事ですか?」

「それもある」

 今川は、素直に認めた。嘘で、この場を切り抜けることも出来るのだろう。
 しかし、ユウキに嘘を言って、築き上げた信頼関係が崩れるほうが怖いのだ。それに、正直に認めたほうが、皆で考えられる。

「森田さんを巻き込みますか?」

「無理だ」

「無理?」

「奴は、逃げた」

「え?」

「”逃げた”と言うのは、俺の主観だが、実際には、東京に行っている」

「東京?」

「あぁ君たちの偽物の話は知っているよね?」

 ユウキたちのオークションに似たようなサイトが乱立した。フェイクサイトだ。それらは野放しにしている。別に困らないからだ。偽物が現れて、本物と勘違いして、高い金を払ったと言われても、ユウキたちに”何か”が出来るわけではない。”警察に相談してください”と言っている。偽物が居るために、ユウキたちのポーションも偽物だと思われてしまっているが、それならそれで構わないと思っている。
 目的は、ポーションで儲けようと思っているわけではない。すでに、活動に必要な資金は確保している。それに、ポーション以外にも商売のネタは持っている。

「聞きました」

「彼らとの接触に成功した」

「え?森田さんが?」

「いや、元部下だ」

 今川は、大手とは言えないが出版社に務めていた。今は、その出版社を辞めて、馬込がやっている関連の企業に身を寄せている。実際には、ユウキたちのアドバイザー的な立場に落ち着いている。

「それで、なんで?森田さんが?」

「森田の発案で、茶番を行う」

「茶番?」

「それは、仕込みが終わってから、説明する。それよりも、お客人の対応だけど・・・」

 森田は、偽物が許せない。詐欺はもっと嫌いだ。なので、偽物を釣り上げて、晒し者にするか、報いを受けてもらおうと考えているのだ。そのための仕込みを行っている。

 ユウキは、森田や偽物に話を詳しく聞きたかったが、今川としてはユウキから宿泊の許可を取らないと、話が進められない。

「わかりました。部屋は用意します。でも、身の回りの世話とかは、出来ないですよ?」

 部屋と言いながら、ユウキは違う方法を考えていた。身の回りの世話やポーションの適用を考えると、ユウキたちが使っている部屋では難しいだろうと思っていた。異世界だが、貴族や王族との付き合いで学んだことだ。

「わかっている。先方も無理を言っていると、認識している。身の回りの世話をする者も連れてくると言っていた」

「はい。はい。部屋ではないのですが、セシリアが来たときの為に作っている、家をそのまま貸しますよ」

 王女であり、サトシの婚約者が日本に遊びに来るのは規定だ。
 今川や森田など、親しい人間にはユウキが持つスキルの一部を明かして説明をしている。

「いいのか?」

 今川も、セシリアが王女なのは知っている。
 そのために、王女が使う予定にしている場所を、客人に使わせるのに抵抗があった。

「”いい”も”悪い”も、他に無いですよ」

 ユウキは、別に構わないと思っている。
 セシリアが文句を言う可能性は、考えられない。そして、文句を言うとしたら、話を聞いた貴族だろうが、こちらの世界のことまで口を挟んでほしくないと居れば、それ以上は何も言ってこない。
 そして、文句を言いそうな貴族はすでに粛清済みだ。

「助かる。ポーションの利用は、その家でいいよな」

「そうですね。火傷の範囲がわかりませんが、飲むだけでは、回復しない場合がありますので、そのときには、患部に直接かけないと、修復はしません」

「そうなのか?」

「えぇ一口だけ飲んだ段階で、皮膚に変化がなければ、患部にかければ、見た目は治りますよ」

 経験則からの話だ。
 異世界で、火を吐く魔物と対峙して、火傷を追った騎士たちを助けたときに、中級ポーションを飲んだだけでは、身体の組織の再生に使われて、肌までは再生しなかった。振りかけると、皮膚は治るが組織の修復が行われなかった。
 欠損に近い扱いになっているのだと結論づけた。そこで、酷い火傷の場合には、上級ポーションを使うか、中級を二本つかって、一本は飲んで、もう一本は振りかけると言った使い方で治した。火傷が定着しない状態だった場合で、火傷が定着した場合には、上級でしか治らない可能性がある。

「なんか、含みがある言い方だな」

「今川さん。火傷なのですよね?それも、現代の医療では、治せなかった」

「そう聞いている」

「皮膚移植で表面は綺麗になっても、機能が回復しない可能性があったのですよね?」

「さぁな。俺は、医者じゃない」

「そうですね。それでも、欠損があれば難しいでしょうし、焼けただれた皮膚を治すだけの治療じゃないということでしょう」

「そうだな」

「飲んで、内側から治っても、どこまで外側まで治せるかわかりません。上級を一本飲むか、中級を二本使うかですが、俺としては、上級を使うことをおすすめしますよ」

 今川は、ユウキを見ながら天を仰いだ。
 面倒な交渉が追加されたのだ。中級の料金で上級を渡すのは、ユウキたちは許可するだろうが、落とし所を考えなければならない。それが、ユウキから提供されるであろう、お客人を家に泊める条件になってくる。
 今川は、追加された面倒な交渉をどうするのか考え始めた。
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