289 / 293
第十一章 ユーラット
第二十九話 第三皇子
しおりを挟む皇都からの脱出に成功した。
皇帝は、第一皇子と第二皇子の対立を利用して、王国にある神殿を攻め落とそうとしている。
僕が調べた限りでは、神殿を攻め落とすのは兄さんたちでは不可能だ。もちろん、僕にも不可能だ。もっと言えば、帝国の勢力が協力して、全方位から同時に攻め込まない限りは攻め落とすのは無理だろう。
皇帝は・・・。父は、焦っているのかもしれない。
それに、兄さんたちは乗せられてしまった。
妹は、上手くやったようだ。
兄さんたちは、妹を追い出したつもりでいるが、僕から見たら、妹は上手く逃げ出して、神殿に逃げ込んだと見るべきだろう。送られてくる報告も、どこか怪しい。誘導されているようにしか思えない。
戦端が開かれたように思えるが、父さんに届けられる報告は、都合よく書かれているとしか思えない。
神殿の力は、王国に新しく現れた神殿の主の力は、兄さんたち協力する貴族家だけで戦えるような力ではないと思う。
僕の派閥は、妹を支える者たちよりも小さい。妹と僕の派閥を合わせて、第一皇子の派閥の半分程度だろう。その第一皇子の派閥も、第二皇子の7割程度の派閥だ。
第一皇子は、神殿の攻略で力を示したいようだ。
第二皇子は、協力の姿勢を見せながらも、第一皇子に取って代わることを考えている。
そんな、簡単にできるはずがない。皇帝が何を考えて許可を出したのか解らない。そもそも、正確な判断ができる状態なのか、僕には解らない。数年は皇帝に会っていない。宰相が、皇帝の言葉を代弁している。皇后も、それに従っている。皇后は、僕と妹の母親ではない。僕と妹は、母親は同じだ。所謂、妾腹だ。ただ、もう母親は殺されてしまっている。アラニスの一族を貶めるために母親の命が使われた。
今の皇后は、本当に愚かだ。
砂上の楼閣で、血で満たされたワイングラスを傾けるのだろう。
「どうしますか?」
僕の従者を務めている男だ。確か、王国に隣接する場所に領地を持つ子爵家の三男だ。
領地は、長男が継ぐ。長男は、第二皇子派閥に属している。長男と仲が悪く、家の方針にも従いたくなくて、僕の所に身を寄せている。
「うーん。君は、領地に戻ってもいいよ?」
「殿下!私は、殿下に着いて行きます。数は少ないのですが・・・。私と気持ちを同じくしている者も居ます。どうか、殿下と・・・」
困ってしまう。
僕は、王国に・・・。言い方が悪いけど、帝国を売ろうとしている。
殺されたくないけど、後で知られて殺されるのは嫌だな。
「・・・。うーん」
「殿下!どうか、我ら、50名は、殿下と共に・・・。何処までも・・・」
なんで僕に従おうとしているのかよくわからない。
僕は、この者たちに何もしていない。たまに訓練をしている時に、声を掛けるくらいだ。うーん。心当たりが全くない。
50名か?
馬を調達してきている?
馬車も?
凄いね。
「いいけど、僕は、帝国を裏切るよ?」
「かまいません!私たちは、殿下に従うのみです」
「え?僕?なんで?」
疑問に思っていた事が声に出てしまった。
皆の表情が緩むのが解った。
え?なんで?
「殿下。殿下にお仕えするのが、我らの望みです」
うーん。
もう聞いちゃった方がいいよね?
これから、一緒に居る時間が増えるのなら、疑問は解消しておいた方がいい。
「僕?ねぇ、君たちは、なんで僕に従うの?本当に疑問だけど?皆の顔と名前は解るけど、僕との設定は少ないよね?いや、殆どないよね?」
皆の表情が変わる。
やっぱり・・・。失敗かな?まぁ僕は、一人でも・・・。少しだけ、悲しいな。
「殿下」
「なに?」
「第一皇子と第二皇子。それに、第一皇女と第二皇女は、私たちのような、下々の名前も顔を覚えません」
「え?そんなことは・・・」
「いえ、覚えていません。皇子と皇女・・・。今は、公爵夫人ですが、覚えているのは、貴族の当主と跡継ぎを除けば、自分たちにすり寄ってくる者たちだけです。私たちは、奴隷と同じで数を把握しておけばよいと考えていると思います」
既に、兄や姉たちの事を話すときに敬称を付けていない。
敬う必要がないのか?
僕も、敬う気持ちがないから丁度良いのかもしれない。
皆が口々に僕の事を褒めるから、途中で手を上げて、一緒に行くことにした。
これ以上、褒められると、恥ずかしくなってしまう。
確かに、微かに記憶にあるが、よく覚えていない。
助けた気持ちはない。兄や姉の態度が気に入らなくて、その時に、罰を受けていた者を匿っただけだ。妹も同じような事をしている。
妹は、僕よりも、従者や侍女を助けていた。
そうか・・・。
「殿下?」
「あっ。ごめん。そうだね。食料も大丈夫そうだし、エルフの里に向かおう」
「え?よろしいのですか?」
「ん?なにが?」
「エルフの里には、公爵夫人たちが攻めているはずです」
「あぁ大丈夫。大丈夫。神殿が、助けていると思うよ。それに、エルフたちが、森に引き籠ったら、属国になっている公爵領の兵士では戦いにならないと思うよ?」
皆の顔が固まる。
そんなに不思議な想像か?
「神殿には、アーティファクトがあるのだろう?僕は、一度だけ見たけど、あれはダメだ。弓も効かない。兵士が使うような武器では傷がつく程度だ。それが、馬の数倍の早さで突っ込んでくるのだよ?馬車が突っ込んでくるだけでも人は簡単に死ぬよね?馬車よりも大きく主そうな鉄で出来たアーティファクトだよ。あれはダメだよ。小回りができないから、一台なら逃げられるとは思うけど、戦争になったら、神殿も一台だけで対応するとは思えないよね?それこそ、王国中を走っているアーティファクトが何台あると思う?無理。無理。戦いになると思っているとしたら、愚か者だね」
一気にまくし立てたが、数名は、前回の紛争に駆り出されて、アーティファクトを実際に見ていて、僕の話を補填してくれた。
皆が納得した所で、エルフの里に向けて出発する。
そうだ。
どちらの兄か忘れたけど、ユーラットには秘宝があり、それが手に入れば、王国を支配できるとか言っていたけど・・・。
まぁ僕には関係ない事だな。
ユーラットは王国の領土だけど、神殿に従属しているのは、話を聞くだけでも解ってしまう。
神殿の主の人柄から、ユーラットを見捨てる事はないだろう。
それどころか、エルフの里も見捨てないだろう。
オリビアは、しっかりと神殿に喰い込んでいるかな?
オリビアが神殿に喰い込んでいたら、僕の立場も安泰だけど・・・。難しいかな?神殿の主が、お人好しだとしても、この短期間では難しいだろうな。帝国の情報を流しているだろうけど、オリビアが持っている情報では信頼を得るには足りないと思う。僕が、オリビアの情報を補完して、僕とオリビアの安全と引き換えに出来れば、最良だけど・・・。
その為には、公爵夫人たちはさっさと負けて逃げ出している状況が望ましい。そのうえで、兄たちが頑張って、神殿との戦争が膠着状態になっているのが、僕としてはベストなシナリオだけど・・・。難しいかな?
エルフの里に急げば、公爵夫人たちの戦いに巻き込まれる。ゆっくり移動すれば、エルフの里の戦いは終結している可能性があるけど、大本の神殿対帝国の戦いも終わってしまっている可能性がある。神殿が逆侵攻するとは思えないから、そうなったら、神殿に保護してもらうために別の策を考える必要が出て来る。面倒だけど、命には変えられない。時間が許す限り、考えることができる。
50人の部下は、流れで出来てしまったけど、戦争を行う集団としては小さいが、安全に移動するための人数だと思えば、丁度いいかもしれない。
あと、神殿が負けるとは思わないけど、助力を行うのにも丁度いい人数だと思える。
いろいろ考えるけど、僕と50名の安全を確保する為に、僕と50人をできるだけ高く神殿に売りつけないと・・・。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌
紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。
それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。
今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。
コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。
日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……?
◆◆◆
「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」
「紙でしょ? ペーパーって言うし」
「そうだね。正解!」
◆◆◆
神としての力は健在。
ちょっと天然でお人好し。
自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中!
◆気まぐれ投稿になります。
お暇潰しにどうぞ♪
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
少女は自重を知らない~私、普通ですよね?
チャチャ
ファンタジー
山部 美里 40歳 独身。
趣味は、料理、洗濯、食べ歩き、ラノベを読む事。
ある日、仕事帰りにコンビニ強盗と鉢合わせになり、強盗犯に殺されてしまう。
気づいたら異世界に転生してました!
ラノベ好きな美里は、異世界に来たことを喜び、そして自重を知らない美里はいろいろな人を巻き込みながら楽しく過ごす!
自重知らずの彼女はどこへ行く?
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します
たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』
*書籍発売中です
彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?!
王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。
しかも、私……ざまぁ対象!!
ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!!
※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。
感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる