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第十章 エルフの里
第三十六話 説明
しおりを挟む帝国の姫という最大級の厄介ごとを、抱え込むことを決めた。俺の判断が間違っている可能性もあるが・・・。
夢見が悪いとか、いろいろ理由を考えたが・・・。
リーゼを助けた俺が、身分が厄介だという理由で、オリビアを切り捨てるのは、何か違うと感じてしまった。
それに、話せば、聞いていた帝国の印象が変わってくる。
やはり、国家単位で人を考えない方がいい。
トップの人格が、国の総意ではない。そんな簡単な事を、俺は忘れていた。帝国だからと切り捨てるのは簡単だ。
しかし、帝国というフィルターを取り除いて考えれば、護衛を3人とメイド2名だけで、逃げている女性だ。俺が困っているからと助ける義務はない。しかし、相手が、俺に助けを求めてきた。
俺のやることに反対する者は居ないだろう。
しかし、オリビアたちが快適に過ごせるのか解らない。実際に、難しいと思う。メルリダと呼ばれていたメイド兼護衛は大丈夫だと思うが、ヒルダと呼ばれていた姫騎士は難しいだろう。無駄に、プライドと忠誠心が高すぎる。
そして、自分の正義を疑わない者ほど軋轢を産む。正義を振りかざすのは簡単で気持ちがいい。
「ヤス様」
「亡命を取り消すのなら、別に構わないぞ?」
オリビアは、首を横に振って否定する。
「どうした?」
「皆に話をして、納得できない者は、帝国に帰ってもらおうと思います」
「わかった」『マルス。魔道具が停止したら、結界を解除』
『了。マスター』
オリビアは、魔道具を地面においてから、馬車に戻った。
俺も、リーゼが待っているであろうFITに移動した。
向こうの話し合いは、時間が必要だろう。勝手に決められた亡命は、認められない気持ちもあるだろう。それに、当然のことと思っているが、俺が出した条件も納得ができない者が出てくるだろう。
「リーゼ?」
俺がFITに向かって歩き始めると、リーゼがFITから飛び出してきた。
「ヤス!」
俺に抱きついてきた。
頭を撫でながら、リーゼが落ち着くのを待つ。
「どうした?」
「なんでもない。ヤスは、あの姫様を助けるの?」
「助けるとは、少しだけ・・・。違う」
「え?」
「受け入れるだけだ。あとは、本人の努力だな」
「スタンプカード?のことだよね。僕、考えたけど・・・。難しいよね?特に・・・」
リーゼが誰を思い浮かべたのか解るけど、それは本人次第だと思っている。
それに、彼や彼女も、神殿でいろいろな者たちと接して、いろいろな考え方があると感じてくれている。はずだ。自分たちが、不幸だとしても、一番の不幸だと考えない様にはなっている。今の生活がいいとは言わないけど、切り開く力を得ている。他人から与えられた力でも、研鑽を積めば自分の力だと言ってもいいだろう。
「そうだな。でも、スタンプカードが埋められたら、神殿の住民として認められたってことだろう?」
「うん」
リーゼが抱きついてくる。
エルフの里から出てから、スキンシップが前よりも激しくなった気がするのだが?
「あっヤス!」
「ん?」
「あのね」
「どうした?」
「僕も、眷属が使えたら、ヤスの手助けができるかな?」
フェンリルを撫でながら、リーゼが聞いてきた。
エルフの里でも感じたのだが、リーゼは守られるだけでは、満足できないのだろう。
リーゼが望む事なら、叶えてやりたい。
『マルス』
『個体名リーゼなら可能です』
『神殿に戻ってからだよな?』
『是。眷属候補を用意しますか?』
『用意できるのか?』
『是』
『種別も選べるのか?』
『大型は不可能です。中型から小型なら可能です。具体的には・・・』
マルスが列挙してくる、種別をリーゼに聞かせた。マルスの見立てだと、2体までは可能だと言われた。小型なら3体だ。
リーゼが選んだのは、リーゼらしいと言えば、リーゼらしい。
マルスから少しだけ訂正が入った。2種類は、中型だったので、リーゼでは契約が難しい可能性があった。そのために、小型3種にするのなら、2種類はレッサー種にすることを提案された。
レッサー種で契約して、契約中に進化を行えば、種族として”レッサー”が解除される可能性があるということだ。リーゼも納得しているので、神殿に戻ってから契約することになった。
「ヤス?」
リーゼが、視線を俺から外して、姫様たちが居る方向に移している。
話し合いが終わったのだろう?
さて・・・。
---
神殿の主様から提案された内容を、皆に正直に話しました。
想像通りに、ヒルダを筆頭に騎士たちは反対の意見だ。驚いたのが、メルリダとルカリダの二人は、賛成してくれた。
「メルリダ。ルカリダ。帝国の矜持を忘れたのか!」
メルリダとルカリダが、ヤス様からの提案に賛成すると言ったら、ヒルダが二人を糾弾する。
予想通りと言えば、予想通りの反応だけど、避けたい状況だ。
皆が反対しているのなら、私だけヤス様の所に身を寄せてしまえばいいと思っていた。
メルリダとルカリダが賛成するとは、少しだけ考えていたが、殆ど”ない”可能性だと思っていた。
「ヒルダ様。落ち着いて考えてください。今、神殿の主である。ヤス様のご提案を蹴るというのは、どういう事なのか?」
こうなっては、ヒルダを説得しなければ、ここで瓦解するだけではなく・・・。
最悪は、ヒルダを”殺す”という選択をしなければ・・・。避けたいが、ヒルダは・・・。
「解っている!しかし、姫様に対して・・・。条件など、こちらから!」
「ヒルダ!貴女は、何を考えているの?間違えないで!」
大きな声を出してしまった。
メルリダが私の顔を見てから、ヒルダをにらみつける。メルリダとルカリダは、私の安全が”第一”と考えてくれている。だから、この状況は問題だと思っているのだろう。
「姫様?」
「ヒルダ。いい。神殿の主様は、一国の主。帝国で言えば、お父様と同じ立場なのよ?この意味は解るわよね?」
私は、ヒルダも神殿に、一緒に亡命して欲しい。
私のわがままだと理解している。でも、これまでヒルダが私を守ってくれていたのも、事実だ。だから、神殿でも一緒に居て欲しい。
ダメなら、ヒルダから・・・。
「・・・。しかし・・・。あっ・・・。地方の領主。そうです。姫様。神殿の主といえ、領主の一人程度の・・・。帝国では、男爵程度の領土です!」
「ヒルダ。解っていますよね?」
「え?」
この顔は解っていない。
ヒルダは、まっすぐな性格だ。嘘は苦手だ。だから、ヒルダには側に居て欲しい。
「解っているとは思うけど、あえて言います」
「・・・」
「神殿の主様は、その男爵程度の領地で、帝国の精鋭を退けています。それだけではありません。お兄様はお認めになっていませんが、一つの村を奪われています。あれから、貴族が何度も神殿に手を出していますが、誰も成功していません」
「それは・・・。そうだ。我ら、騎士団が・・・」
「ヒルダ。解って居るのでしょう。ヒルダが強いのは解っています。しかし、それは、武具が揃って、騎乗しているという条件があり、数が揃った時です。ヒルダ、一人・・・。いえ、ヒルダとルルカとアイシャの3人では、ゴブリンの集団も退けられない。違う?」
こんな事を言いたくない。
奥歯に力が入る。握っている手にも力が入る。ヒルダの表情を見ると、解ってしまう。傷ついている。私が、ヒルダを傷つけた。
「姫様。私・・・。私たちは、お邪魔ですか?」
ヒルダ。それは、ずるい。
邪魔なら、説得しようなんて思わない。”護衛はここまで”と言って、帝国に帰してしまえば楽だ。
「ヒルダ様!」
後ろに控えていた、ルルカがヒルダの前に出て頭を下げる。
「ヒルダ様。姫様をお守りしようと決めたのは嘘ですか?」
「嘘などではない!私は、姫様と共に・・・」
「違います。ヒルダ様が今、守ろうとしているのは、姫様ではなく、帝国の第三皇女のオリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット様です」
「何!何が・・・」
「そうです。姫様は、亡命をご希望です。その条件が、亡命先から出された。ならば、姫様が、条件にご納得しているのなら、私たちがすべきことは、姫様が条件を満たすための努力をお助けすることでは?違いますか?ヒルダ様は、帝国から出られた姫様は、お守りに値しないとおっしゃるのですか?」
ルルカの少しだけ支離滅裂な言葉を聞いて、ヒルダが口を開けて、ルルカを睨んでいる。
何か、言い返そうと考えているようだ。
ヒルダは、ルルカの肩に手をおいてから、目を瞑って、上を向いた。
時間が流れる。
どのくらいの沈黙だったのか解らない。10秒かもしれない。10分と言われても納得してしまう。
ヒルダは、顔を元に戻して、目を開けた。
ルルカの肩に置いた手を降ろして、私の前に進み出た。
両手で、自分の頬を思いっきり叩いてから、私をしっかりと見つめる。
「姫様のお心のままに・・・。私は、姫様の剣であり、盾です」
納得したのか解らないが、深々と頭を下げる。
「ヒルダ。ありがとう。ルルカ。アイシャ。メルリダ。ルカリダ。神殿に行きましょう」
皆が、私の周りに跪いて、返事をしてくれた。
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