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第十章 エルフの里
第二十八話 行商
しおりを挟むヤスは、ラフネスから受けた依頼を考えていた。
神殿から、エルフの里までの距離が問題になってくる。ヤスがディアナで移動するには、無理がある。集積所を作る場所も問題になってくる。
しかし、ヤスはラフネスの依頼を前向きに考えていた。物流ですべてが解決するとは思っていないが、神殿から派遣する行商人なら、エルフの里に喰い込んでいた商人の様に、エルフ族を騙して至宝を掠め取ろうとしたり、結界の中に無理矢理入ったり、愚かな行為は控えるだろう。
”マリア”と絡んでしまったから、見捨てる選択肢はないのだが、面倒なことになってしまったと考えていた。
実際に、ヤスが出せるカードはそれほど多くない。
それに、引き取った者たちへの対処もあり、ラフネスが長に名を連ねると言っても、全員がヤスたちを好意的に迎えるとは限らない。それこそ、商人と結託していた者たちは、新しい商売敵を歓迎しない。
「ヤス。いつ帰るの?」
「そうだな」
近くに居るラフネスを見るが、それどころではないようだ。
「用事も終わったから、明日には帰るか?」
「うん!王都とかもよって行きたいけどダメ?」
「そうだな」
寄り道は、問題ではないだろうけど、神殿で問題が発生していれば、帰る必要がある。
ヤスは、マルスに問いかける。
『マルス』
『はい』
『神殿で問題は発生しているか?』
『問題の定義が不明です』
『俺が急いで帰る必要はあるか?』
『ありません』
『わかった』
ヤスは、リーゼを見てから、ゆっくりとした口調で話を始めた。ラフネスに聞かせるようにも感じる。
「リーゼ。神殿に帰る前に、王国の首都や集荷場を見て回るか?」
「うん!でも、集荷場は、僕が寄ってもいいの?」
「あぁ大丈夫だ。集荷場なら、神殿の情報も手に入る。何か、問題があれば、集荷場で解る」
「うん。あっ・・・。でも・・・」
リーゼが珍しく、戸惑の表情を見せた事で、ヤスはリーゼの方向をしっかりと向いて、手を差し出す。
言い澱んだリーゼは、ヤスの行動が読み取れないが、出された手を握った。ヤスに触れられるのが嬉しいという表情が一種だけ現れるが、戸惑の表情は変わらない。
「どうした?」
近くにあった椅子までリーゼを誘導して、ヤスが問いかける。
ラフネスは、ヤスたちの話には加わらないと決めたのか、離れた場所で、近くに居る者を下げ始めている。
「ねぇヤス。僕、帰っていいのかな?」
「ん?帰りたくないのか?」
「帰りたい・・・。神殿が僕の家だよ。帰りたいよ」
「それじゃ帰ろう」
「でも・・・。エルフの里は、これから大変なんだよね?ママとパパが里を出ちゃったから?だよね?」
「それは違う」
「でも・・・」
リーゼは、ヤスがコアと交渉をして無理を通したように感じていた。
そして、”マリア”という名前を聞いた時に、コアに名前をつけたのが、自分の母親だと考えてしまった。
そして、母親が残してくれた物を守りたいという気持ちと、神殿に帰りたいという気持ちで揺れていた。
ラフネスが、眷属を与えられた。そして、本来なら自分が”巫女”として役目を引き継ぐのが、母親の望みなのではないのか?
ヤスが、段取りをつけて、自分の立場を自由にしてくれたのは理解できたが、ヤスが自分を必要としているとは思えなかった。迷惑をかけているという認識はあるが、心地よいヤスの隣に居たい気持ちと、これ以上は甘えてはダメだという気持ちでも揺れていた。
ごちゃごちゃした感情ではあるが、”神殿に帰りたい”という気持ちは本当の自分の気持ちだと認識はしている。神殿に帰れば、ヤスとの時間は少なくなってしまう。そのために、”ヤスと王都に寄りたい”とわがままを言った。わがままだと解っているが、考える前に言葉にしてしまった。
ヤスがマルスに確認している時間を、リーゼは”ヤスが考えている”と思ってしまった。
そして、ヤスから”集荷場”を見て回ろうと言われて、嬉しかったが、ヤスの邪魔をしてしまったのではないかと考えてしまった。
そこから、感情の制御が出来なくなって、残ったほうがいいのではないのか?自分は、ヤスに甘えているだけで邪魔をしている存在ではないのか?ラフネスがヤスからの依頼を受けて”長”になってしまった(と、考えてしまった)。そして、感情が制御できなくて、落ち込んでしまった。
「リーゼ」
「なに?」
「俺が、集荷場に寄りたい。リーゼと一緒に行きたい」
「僕?でも、僕じゃ、何もできないよ?」
「ん?そんな事を気にしていたのか?」
「え?」
「リーゼは、俺と一緒じゃ嫌なのか?」
ブンブンと首を横に振る。
”嫌”な感情などない。ヤスと一緒に居たいと思ったから、王都を見たいなどと言ったのだ。
「そうか、なら俺と一緒に、王都と集荷場を見て回ろう。いいな」
「うん」
ヤスは、リーゼを連れて歩くのは、忌避感は皆無だ。
一緒に居て楽だと感じている。気を使う必要はあるが、相手を思いやる気遣いだけで十分な関係なのは、ヤスとしてはありがたい。リーゼ以外では、裏を読んだり、駆け引きをしたり、面倒な腹の探り合いを大なり小なり行っている。そんな中で、眷属を除けば、リーゼだけがヤスが何も考えずに接することができる相手なのだ。
「ラフネス!」
「はい」
リーゼの頭を撫でてから、ヤスは立ち上がって、ヤスたちから離れていたラフネスを呼びつける。
「ラフネス。取引は、どうなるか解らないが、行商人を選別して向かわせる」
ヤスは、行商人の宛てはないが、神殿に帰れば候補くらいは見つかるだろうと安易に考えていた。最低でも、一度でも行商を行わせればいいと思っている。それ以上は、行商を行った者がメリットを見出せなければ止めてしまってもいい。
「ありがとうございます」
「一度で終わるか、継続できるかは、その結果を見てからだけど、王国で足りない物資を提供できるのなら、継続を約束しよう」
「それは?」
「お前が言っただろう?魔物の素材だ」
ヤスは、リーゼと一緒に見て回る”集荷場”で、魔物の素材がどれほど必要になっているのか調べるつもりだ。報告としては上がってきているが、全部を覚えている訳ではない。エルフの里から近い”集荷場”に集められている”魔物の素材”が解れば、神殿のコア経由で、”マリア”に伝えて必要な魔物を狩らせることができる。将来的な布石だが、何が必要なのか理解させる必要を感じていた。
”マリア”も力を取り戻せば、マルスと同じような事ができるようになる。
「え?魔物の素材なら、王国にも」
「ある。王国、全体をまかなえる量ではない。だから、ここで狩って、消費できない物を出荷して欲しい。できるよな?」
魔物は、素材としてエルフの里でも消費できる。
特に、牙や角を持つ魔物や毛皮が取れる魔物は、優秀な素材だ。
「はい。長の権限で、ヤス様の神殿との商売だけに絞る予定です」
「それは、止めてくれ、俺たちから出す行商人は、まともな人選をするけど、将来に対する保証はできない」
「それは?」
「人族の寿命は、お前たちエルフ族よりも短い。だから、今はいいかもしれないが、代替わりをした時まで保証できない。だから、商売相手は一つに絞らずに複数のルートを確保しておいた方がいい」
”人族の寿命が短い”ヤスが、ラフネスに放った言葉だが、ラフネス以上にリーゼがショックを受けている。
確かに、リーゼはハーフエルフだ。寿命が、どうなっているのかリーゼも解らない。確かな事は、人族よりは長い。リーゼは、自分の寿命がヤスとよりも長い。そして、代替わりというセリフを聞いて、漠然とした不安を抱いた。
「・・・。わかりました。しかし、しばらくは、神殿の主である。ヤス様との取引だけにしたいと思います」
「わかった。それから、俺とリーゼは明日にはエルフの里を離れる予定だ」
「・・・。わかりました」
「見送りは必要ない」
「え?」
「このまま消えるように居なくなったほうがいい。”巫女”との話を優先した方がいい」
「わかりました。でも、私だけでも・・・。許可。頂けますか?リーゼ様の見送りをさせてください」
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