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第十章 エルフの里
第十話 リーゼの想い
しおりを挟むヤスとリーゼは、ラフネスの言い訳とも考えられる、”エルフの事情”を聞いた。
「そうなると、長老たちは、リーゼに無関心なのだな?」
「・・・。はい」
ラフネスは、素直にヤスの質問に答えた。
実際に、暴走したのはエルフの村に着ていた商人たちと取引があるエルフだ。それも積極的に、商人と交流を行って他種族と関わりを持とうとしていた。
ただ、やり方を間違えた。
今まで、他種族との付き合いをしてこなかった者たちが、いきなり商人と取引をした。そして、騙された。エルフ族は、アフネスなど、外の世界で生きていくことを決意した一部の者以外は、”世間知らず”で、プライドが高く虚栄心が強い。
商人にとっては、赤子をひねるように簡単に騙せる種族だった。耳元で、”貴方だけだです。金額で・・・”や”見る目が違う人は・・・”で、簡単に騙されて、価値がない物を信じられないような値段で購入した。
最初はよかった、森の恵みやエルフだけが生成している秘薬を売ることで対応をしていた。それが、エルフの秘宝と言われる物品に及ぶまでには時間はかからなかった。
この段階に来て、エルフたちは騙されたと思い始めたが、高いプライドが邪魔して、騙されたことを認められないでいた。
貸付という形での取引が続いた。商人たちは、エルフからもたらされる秘薬だけでも大きな利益を得ていた。
しかし、商人たちが最終的に狙っていたのは、エルフたちの秘薬でも秘宝でもない。エルフたちを奴隷として連れ出すことだった。
ヤスとリーゼが来たタイミングが、エルフたちにとっては都合がよかった。支払いの期限の2ヶ月前だった。
エルフたちは、リーゼが持つ権利を渡すことで、自分たちだけは助かろうと考えた。ラフネスは、リーゼを里にむかえて、エルフで保護するのが目的だと思っていた。権利を保護することで、森の村を維持できると考えていた。エルフの中で、意思の統一ができているのは、リーゼが持つ権利を”奪う”ことだけだ。
長老たちは、同族が奴隷に落とされるのを”良し”としない。宣言こそ立派だが、具体的な方策を打ち出せないでいる。人族の商人からの貸付など無視してしまえと暴論を唱える者まで出ていた。エルフは、森とともに生活すべきだと唱えて、外に出た者を里に戻して、商人たちとの交渉を断てば大丈夫と考えた。
長老たちの考えは一部では正しかった。森の奥地にあり、エルフの結界に守られた里に入ってしまえば、商人たちは指を咥えて見守るしか無い。だが、一度、贅沢を覚えてしまったエルフたちが昔の生活に満足できるとは思えないが、解決策の一つではあった。
しかし・・・。
「それで、暴走したエルフたちは、商人たちに”リーゼが持つ権利”を持ってくれば・・・。と、言われたのだな?」
「そうです。しかし、それはエルフが管理すべき物で、人族のそれも商人に渡して良いものではありません!」
「ラフネス・・・。まさかとは思うけど、リーゼのことを、商人に話したりはしていないよな?」
「・・・」
「話したのか!」「ヤス?」
「・・・。商人を説得するために・・・。他に、手段がなく・・・」
「はぁ?リーゼ!」
「ん?なに?」
「”なに”って、リーゼ。お前の情報が、帝国や共和国の商人に流れているのだぞ!」
「うーん。僕、よくわからない。神殿に居るのなら、問題はないよね?」
「あぁ神殿に居れば、俺たちがリーゼを守る」
ヤスは、ラフネスを睨みつける。ラフネスが原因を作ったわけではない。それくらいの事はわかっている。簡単に、リーゼの情報を売り渡したことが許せないのだ。商人たちと、交渉ができる余地が無くなってしまっている。
「・・・。ヤス」
守ると言われて、リーゼがヤスの服の裾を握る。ヤスから”離れない”と、いう意思表示とも取れる行動だが、自然と行った行為で、リーゼ自身もよく分からない。ただ、ヤスと離れなくてもいいと思えことが、自分で思っていた以上に嬉しかった。耳を赤くして、リーゼはうつむいてしまった。
「それで、ラフネス。大雑把で構わない。どのくらい必要になる?」
「え?」
「エルフたちが、奴隷にならずにすむには、どのくらい必要だ!」
「・・・」
「ラフネス。正確な数字でなくてもいい。どのくらいあれば、エルフは商人の手から逃れられる?」
「15枚」
「ん?金貨で15枚ってことはないよな?いい加減にしろよ!ラフネス!」
「・・・。星貨で15枚」
「は?白貨で150枚?馬鹿だろう?それまで、騙され続けたのか?」
ラフネスは、黙って頷いた。
ヤスは、頭を抱える数字が出てきたが、1億くらいまでなら許容範囲だと考えていた。
ヤスも、理解はしていないのだが、リーゼが持つ権利は、星貨で15枚以上の価値がある。
ラフネスは急いで言い訳を語り始めるが、エルフが”馬鹿”だとヤスに印象づける結果になった。貸付には、ラフネスは絡んでいない。リーゼがエルフの里に向っていると連絡を受けてから、里に住む者たちから告げられた。
「ねぇヤス。僕・・・」
「ダメだ。リーゼの想いはよく分かるが、渡しても解決にならない」
「え?」
リーゼが何を考えているのか、ヤスにはよく解った。リーゼは、ブレスレットを渡して、貸付金を相殺しようと考えたのだ。ヤスは、その考えが尊いことだと認めながら、意味が無いと思っている。
「確かに、ブレスレットを渡せば、エルフは一時的には救われるだろう」
「なら・・・。あっ・・・。サンドラとか、アデーが言っているようなこと?」
「エルフは、しっかりと、考えて、変わらないと、同じことの繰り返しだ」
ヤスの言葉を聞いても、ラフネスはよくわからないようだ。目の前の事象さえ対処できれば、後は時間が解決してくれると本気で思っているのだ。長命な種族であるエルフは、問題があれば森に引きこもってしまえば、問題があった人族は”死んで”問題が解決したかのように見える。だが、それは”見える”だけで、実際には何も解決していない。それどころかヤスには悪化する未来が見える。
「ラフネス。星貨を20枚。用意する」
「え?」
「問題があった奴らの身柄を神殿で預かる。20億の支払いが終わったら開放する」
「それは、奴隷にすると言うのですか?」
ラフネスの語気が強まる。ヤスは、気にした様子もなく言葉を続ける。
「違う。逃げるのも自由だ。ただ、逃げた場合には、俺は逃げた者が背負っている金額を、エルフ族に請求する」
「支払わないと言ったら?」
「好きにすればいい。俺は、情報を神殿に居る者たちや協力的な国に流すだけだ」
「っ」
ラフネスが息を飲み込む音だけがヤスとの間に響いた。今回は凌げても、逃げ出した者が出た時点で、神殿の協力はもちろんだが、アフネスや外に出たエルフたちの協力が得られなくなる可能性が高い。そして、発展が著しい王国からの協力を得られなくなる可能性が高くなる。エルフ族は、以前のように森の中に引きこもって衰退する未来しか選択肢がなくなってしまう。
リーゼは、神殿で貴族令嬢であるサンドラや王女のアデーと交流することで、自然と情報の重要性を学んだ。
「今すぐに返事をしなくてもいい。でも、俺とリーゼが、村に居る間に返事をくれ」
「・・・。私は・・・」
「判断が無理なら、判断ができる者に話をしてくれ・・・。俺は、ラフネス以外と交渉するつもりはない。他の奴が来た時点で、リーゼを連れて神殿に帰る」
「え・・・。それでは・・・」
「ヤス。僕は、もう帰ってもいいよ?」
「いや、長老衆は、話ができる。・・・。とは、思わないけど、リーゼに求婚したような馬鹿とは違うみたいだからな。まだ、会話が成立する可能性がある」
「・・・。うん。わかった」
「さて、ラフネス。俺とリーゼは、エルフの里に向かう。リーゼの母親が育った里はどこだ?」
「え・・・。明日。そう、明日まで待ってください。案内を・・・。そう、案内を里から・・・」
「わかった。明日の朝まで待つ。下手な時間稼ぎはするなよ?」
ヤスに告げられた言葉をラフネスは心に刻んで部屋から出た。
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