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第九章 神殿の価値

第十八話 ヤス。爆走中

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『マスター。個体名サンドラから依頼が入っています』

「ディアナに出してくれ」

『了』

 ヤスは、ディスプレイに表示される文字を目で追う。

 目的地も解る。荷台が空にならないように、サンドラやドーリスが調整をしてくれているのが解る。
 今の荷物を運び終わってから空荷になるのはローンロットまでだな。

「マルス。積み込みは?」

『おおよそ、52分で終了します』

「わかった。少しだけ寝る。終わったら起こしてくれ」

『了』

 ヤスは、居住スペースに移動する。
 もともと、改造されて快適に過ごせるようになっていた居住スペースが、ヤスの意見を取り入れて、マルスが魔改造している。

 マルスは、ヤスの望みを叶えるために、イワンに開発を頼んでいた。
 空間を拡張する魔道具の開発は成功していない。瞬間的な拡張は出来ているが、永続的な拡張が出来ない上に安定しないのだ。伝説級の魔道具の開発なので、時間をかけて開発を行っている。
 居住区に付けられたのは、全身を清潔に保つための魔道具と、所謂空気清浄機だ。
 日本に居た時なら、荷物を降ろしたら、近くの銭湯やスパで身体と心を休めたが、現状では難しい。街に、公衆浴場がある場所もあったが、一般的ではない上に”湯につかる”というヤスにとっては当たり前の行為が出来ない。

 ヤスは、街に立ち寄って、ギルドから報酬を引き出す方法を覚えた。
 そして、懐が暖かくなったヤスは、街で遊び娼館を覚えた。溺れているわけではない。日本に居た時にも、ある程度の遊びは経験している。適度な距離には自信がある。遊びは遊びとして楽しんでいる。娼館で顔なじみの番頭が出来るくらいだ。
 ヤスも、自分が器用な性格をしているとは思っていない。だから、番頭が勧めた遊びを楽しんでから、金を払って帰る。チップや心付けも忘れない。番頭だけではなく、店の子たちからも好かれる遊びをしている。ただ、お気に入りを作らないことや自分の身元が伝わりそうになると、店に顔を出さなくなる。店側もそれが解るのだろう。ヤスの素性はギルドに照会はしただけで止めている。ギルドも遊ぶのに問題が”ある”のか”ない”のかしか答えない。資産状況を伝えるだけだ。過去の犯歴は伝えるが、ヤスにはもちろん犯歴は存在しない。

『マスター。積み込みが終わりました』

「ん?あぁわかった。一度レッチュガウに戻ってから、ローンロットに行けばいいのだったな?」

『了』

 ヤスは、ディアナのエンジンを始動させる。アクセサリモードだったディアナが再び走行が可能な状態に戻る。

 整備され始めている街道を走る。

「マルス。ディアナの表示領域に商隊を表示」

『了。不明な反応が、6』

「魔物は?」

『不明な反応以外には、存在しません』

「不明は、経路に居るのか?」

『違います』

「よし。無視する」

『了』

 街道を、時速50キロで走行している。
 もちろん、安全マージンを取っている速度だ。それでも、馬車で運ぶよりも速い。荷物を積んでいる時には、40キロ程度まで落とす場合もある。道が舗装されていないために、速度を出さないでいる。

『マスター。右前方3キロに魔物ゴブリンの反応が6』

「道は?」

『あります』

 ヤスが言っている”道”はディアナで通ることができるのかが基準になっている。

「殲滅する。ナビを頼む」

『了』

 ヤスの指示を守って、マルスはナビを開始する。
 急に出現したゴブリンなら、ノーダメージで倒せる。街道沿いに出現した魔物は、街道に出てまっすぐに街を目指す。それが決められた動きのようになっている。商隊や移動している者を見れば、襲い始める。
 知性が産まれた魔物は連携してくるが、基本の行動は同じなのだ。
 森で産まれた魔物は、集落を形成して、同族以外が近づいた時に攻撃を開始する。コロニーを形成した魔物たちは、その中から長が選ばれる。

 これらの謎は、マルスが解析を行っているが明確な判断は出来ていない。情報が少ないことが原因だが優先度が低いために、マルスも解析を急いでいない。

 ヤスは、マルスから説明を聞いたが、わからないことは考えても仕方がないと思い。考えないようにしている。
 街道に出てきた魔物は、どんなに少数でも商隊の驚異になりえるので、倒すことにしている。

『マスター。接敵機動が見られます』

「わかった。こっちに向かってくるまでのカウントダウン」

『違います。前方500メートルの商隊に向かっています』

「時間的な猶予は?」

『63秒』

「飛ばすぞ」

『了。時速50キロ以上で商隊より前で駆逐可能』

「わかった。止まる時間を考慮して、60も出せば大丈夫だな」

『是』

 アクセルを踏み込む。荷物を積んでいるが、ヤスが指示した通りの積み方になっているので、多少の揺れなら大丈夫だ。
 時速65キロで走行した。ゴブリンの小集団が見えた。商隊には攻撃を開始していない。

「間に合った。マルス。結界を発動。跳ね飛ばしが出来なかった奴は魔法で攻撃」

『了』

 ヤスは、ゴブリンの集団で層が厚い部分を目指して、アクセルを踏み込む。マルスと相談して作った結界だ。中心点から円状に広がる結界を二つ使って、中心にくぼみを作っている。高速でぶつかる時に中心に魔物を誘導できるようにしている。

 5体のゴブリンの駆除が完了した。
 1体は、跳ね飛ばした先で生きていたが、商隊の護衛たちが、気がついて生き残った魔物の駆除を行い始める。

 冒険者は、他の者が戦った魔物にとどめをさすようなことはしないのだが、ヤスがアーティファクトではねた魔物は、近くに冒険者が居た場合にはとどめをさすのが推奨された。ヤスが求めたからだ。ルールではなく、暗黙の了解となっている。
 アーティファクトを停止させてまで魔物にとどめをさすのが非効率だと判断している。ヤスは、魔物の討伐を、”行きがけの駄賃”程度に考えている。

「マルス。マーキング」

『了』

 これは、ドーリスに頼まれた行為で、街道で魔物を倒した場合に、場所と種族と個体数を記憶して提出して欲しいと言われたのだ。
 最初は、適時報告をお願いされたのだが、ヤスが面倒に感じて、まとめて報告でも大丈夫となった。数が多い場合や討ち漏らしが発生した場合には、次の街にあるギルドに報告することで落ち着いた。

 ヤスのもたらしたデータはそれだけではない。
 地図の提供も行った。ヤスが走った場所だけだが、今までよりも正確な地図だ。距離も記載されている。
 領主とギルドで地図は共有することになった。地図の販売は行われていない。

「マルス。ナビをしてくれ」

『了』

 ヤスは商隊の横を通り過ぎる。
 冒険者たちもアーティファクトを見て事情を把握した。

『マスター。最後の魔物ゴブリンの駆除を確認』

「わかった」

 必要な素材があれば、冒険者に譲ると宣言している。
 なので、ヤスがアーティファクトで倒した魔物は、近くに居る冒険者がもらっていいことになっている。街道に出てくる魔物は、それほど強くないので、素材も必要ではない場合が多い。ただ、駆け出しの冒険者にはいい小遣い稼ぎになる為に、喜ばれる場合が多い。
 また、魔物が魔核を残す場合もあるが、ヤスは放置している。よくても銅貨程度にしかならない物を、ディアナを停止させてまで拾いたくないと思っているのだ。

「レッチュガウの商隊のようだな」

 通り過ぎと時に、商隊の幌を確認して呟いた。

『是』

 馬車の幌に、レッチュガウの街をしめすマークが書かれていた。
 最近になって商隊が幌にマークを付け始めた。領主が認めた商隊であることをしめすマークである。他にも商隊が店舗を持っている場合には、店舗のマークが示されている場合もある。

「さて、レッチュガウに向かうぞ」

『了。ナビを開始します』

 魔物を討伐した為に、多少の遠回りになったが、アーティファクトの速度を考えると誤差の範囲だ。
 しかし、ヤスは普段よりも2割ほど速い速度で、レッチュガウを目指した。当初の予定よりも、1時間遅れて到着した。予定では、1時間37分の遅れだった。

 ギルドで手続きを済ませた。報酬をまとめて受け取って、魔物の討伐場所の報告を行った。
 ローンロットでは、報告を受ける立場だ。問題がないことがわかれば十分なのだが、セバスやサンドラやアデーから、報告を受けるのも義務だと言われて、渋々従っている。
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