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第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
幕間 国の行く末を憂慮する辺境伯
しおりを挟む『お父様!』
「わかった。サンドラ。みなまで言わなくていい。ハインツに連絡して、王家に筋を通しておく」
『ありがとうございます。後ほどヤスさんからお父様にご連絡があると思います。よろしくお願いします。それでは!』
娘からの連絡を受けて、リップルの連中が暴発したのを知った。
儂が放っていた者たちからの連絡よりも、娘から連絡が早かったのが情けなくなる。抜本的な変革が必要になってきたのかも知れない。魔通信機が使いやすい環境だとしても、時間の差を考えてしまう。そして、娘は神殿が負けるとは考えていない。王家への連絡も、リップルを殺してしまった時の為に、自分たちが被害者であるという事情を説明しておくためだ。
それにしても・・・。神殿の主が持ち出したアーティファクトは地味だが強力な武器になる。聖剣や魔剣などではない、領地を富ませるための武器だ。
儂が持っている魔通信機に着信があった。番号が表示されない。迷宮の主からだ。
「クラウスだ」
『忙しい所。もうしわけない。ヤスだ。いきなりだが、本題に入る』
「頼む」
ヤス殿は、貴族のように腹の探り合いをしてこない。時間が一番貴重な存在だと知っているのだろう。
『リップルの件は聞いた?』
「先程、娘から連絡がはいった。王家への話は通す」
『わかった。クラウス殿。お聞きしたい。公爵と侯爵ではどちらが邪魔だ?』
「え?」
『悪い。言い換える。クラウス殿の派閥が大きくなって、王国で権威を握るのに、邪魔なのは、どっちだ?』
「両方だといいたいが、公爵が邪魔だ。あの豚は、サンドラを寄越せと言ってきただけでなく、神殿のアーティファクトを手に入れて献上しろと言ってきている」
『わかった。どのくらいの罪があれば失脚する?』
「・・・。ヤス殿?」
『ただの世間話だ。気にするな。どのくらいの罪状があればいい?”子爵家や男爵家に、神殿を手に入れたら自分の力で貴族に戻してやる。自分が王位に付いたときには、辺境伯の地位を約束する”くらいの情報が出てくれば、隠居を言い渡す位はできるか?』
「・・・。可能ですね。でも、そのためには、公爵が書いたと認める。公文書である必要があります」
『ふーん。わかった。雑談は終わりだ。クラウス殿。帝国が動いた』
「え?帝国が?本当か?」
『あぁ確かな情報だ。関所に向かっている。数は、未確認だが、3万に届かない程度だ』
3万。ヤス殿は軽く言っているが、年中行事になっている帝国からの襲撃だが、そのときでも4-5千だ。6倍の戦力だ。
「ヤス殿」
『大丈夫だ。戦力としての数は多いが、一度に戦えるのは、1-2千だ。4-5回も撃退すれば逃げるだろう?それに、前線は二級国民や奴隷だろう?それならそれで戦い方はある』
「わかった。帝国は任せる。神殿の主は、儂に何を望む?」
『いくつか、知りたい。知っていたら教えて欲しい』
ヤス殿にしては珍しい言い回しだ。
「なんでしょう?」
『一つ目は、帝国との戦いで、相手の貴族や有力者を捕虜にした場合はどうなる?2つ目は、二級国民や奴隷を捕虜にした場合はどうなる?三つ目、こちらから攻め込んだ場合にはどうなる?』
勝つことが前提の話になっている。
負けるとは考えないのか?いや、負けないのだろう。
儂も覚悟を決めるべき時かもしれない。
「まず、最初の貴族や有力者の場合には、帝国に書状を送って身代金を要求する」
『身代金か・・・。金額はどうなっている?』
「男爵家の当主本人の場合には、金貨1万枚を請求した前例がある」
『前例?』
「過去に一度だけ、男爵家の当主を捕虜にした。普段は、小競り合い程度で終わるのが常だから、貴族家の当主は捕縛されない。2つ目だが、こちらの自由にしている。兵士に関しても同じだ。ただ、兵士でも身代金を要求できる場合があるので、その時には帝国に打診する」
『ほぉ。それなら、兵士も殺さないほうが良いのだな』
「そうだな。最後は、答えは”わからない”だ」
『そうか、了解した。貴族家の当主が居れば捕らえた方が良いのだな。あと、領土を割譲するのは可能だと思うか?』
「わかりません」
『そうか、実効支配するしかないか・・・』
「ヤス殿・・・。実効支配は、どこを支配するのですか?」
『うーん。今後を考えると、帝国にも拠点が欲しいから、関所を抜けた場所に、拠点になる村を作ろうかなぁっと思ってね』
「え?」
『そこに、解放された二級国民や奴隷を生活させれば、いいと思わない?クラウス殿の所でも、帝国の情報は欲しいよね?』
「それはもちろん」
『それなら、クラウス殿の所から人を出してもらおうか?村長は駄目だけど、補佐とか商人とかなら出せるだろう?』
「え?」
何の話をしている?
まだ戦いが始まっていないのだぞ?
『どうした?』
「ヤス殿。戦いは始まっていません。早すぎませんか?」
『そうか?負ければ、逃げるかすべてを失う覚悟で戦いを継続するかしか道は無いだろう。どちらかを決めておけばいいから、あまり考えても意味は無いけど、勝ったら早々に足場を固めないと帝国に付け入られるだろう?勝ち方を考えておかないと恨みだけが残ってしまうぞ?』
言っている内容は理解出来るが・・・。流石は神殿の主というわけか?
確かに、帝国の情報が定期的に手にはいったら・・・。王国だけでなく、我が領にも大きなメリットがある。
ヤス殿はどれだけ先を見据えているのか?
「ヤス殿。理解した。レッチュ領から商人を向かわせる」
『わかった。仕入れには、集積場を使ってくれ、場所の設定とかあるけど、アーティファクトで荷物を運ばせれば楽だろう』
「え?あっそうだな。集積場・・・。ローンロットにはこのような使いみちがあるのか・・・」
『それから、クラウス殿。子爵領と2つの男爵領が潰されるだろう?』
「多分。そうなる」
『3つの領の中心に、集積場を作れないか?』
「集積場とは、ローンロットのような場所で合っているのか?」
『そうだ。関税を廃止して、物流の拠点になる場所だ』
「・・・。考えてみよう。だが、何故だ?今までの街や村を使っては駄目なのか?」
『駄目ではないが、関税の撤廃は無理だろうし、既得権益が存在しているだろう?集積場を作れば、仕事が生まれるだろう?女性は子供でも出来る仕事を捻出すれば、金が領内に回るようになる。スラムに人が集まるよりはいいとおもうけどな』
「・・・」
『あと、3つの領でも物資は必要になるだろう?集積場から効率よく物資を分配しないと、物資に偏りが出てしまうぞ?』
ヤス殿が言っている通りだ。
街や村を開拓しようとしたときに問題になるのが物資の偏りだ。それだけではなく、領によって特色がある。商人がうまく調整しているのだが、そのために、貴族でも男爵や騎士爵程度だと商人に頭が上がらなくなってしまう場合が多い。
集積場を使えば、見える形で調整が出来るようになる。
問題はあるだろう。だが、今の商人任せよりは良いように思える。
「わかった。ヤス殿。必ず出来るとは約束できないが、集積場を作るように働きかけよう」
『それで十分だ。出来なければ、出来ないで既存の街を使った方法を考えればいいだけだ』
「それは・・・」
『例えば、俺が王都に行った時に使ったアーティファクトを覚えているよな?』
「えぇ」
『あれは、後ろのコンテナ・・・。鉄の箱だけど、あれが取り外せる。どっかの街の外に、あの鉄の箱を並べるだけの簡易的な集積場を作っても問題にはならないはずだよな。でも、まずは目先の心配を片付ける』
ヤス殿が言い出した方法でも問題ではない。たしかに、関税は発生しない。集積場というには安全ではないが、あの鉄の箱を壊したり持ち逃げしたりは出来ないだろう。時間をかければ壊せる可能性があるが、それまでに誰かが気がつくだろう。
ヤス殿が言っている通り、目先の心配をした方が良いだろう。
魔通信機での通話は、そのあと30分ほど続いた。
同時に、王家への根回しを頼まれた。王家もあの豚公爵や狐公爵は目の上のたんこぶになっている。排除に伴う混乱を避ける可能性もあるが、一気に勢力を削るチャンスを活かすだろう。儂も覚悟を決めなければならない。
王国の膿を出す。奴らは、王国に巣食う魔物だ。奴らを野放しにしておけば、屋台骨である王国が傾いてしまう。
儂は、覚悟を決めて、豚公爵と狐侯爵と敵対する。
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