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第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
第三十六話 日常の一コマ
しおりを挟む難民たちは、神殿の領地内に散らばった。
ヤスに取って、嬉しい誤算もあった。村で、宿屋をやっていた夫婦が数組だが存在していた。それだけではなく、神殿内に足りなかった雑貨屋や食堂の経験者も居た。希望を聞きながら、神殿の都とアシュリとトーアヴァルデとローンロットに散らばった。冒険者たちも、ユーラットや神殿の都に拠点を移動した。
関所の森に作った2つの村は、食料供給の一大拠点となった。
現在は、畑仕事だけだが、マルスから食料確保の簡単な方法が提示されて、実行すると決めた。
『マスター。湖に、食用が可能な水生の魔物を吐き出すポットを配置すれば食料の問題は、ある程度は目処が立ちます』
「ん?あっそうか、せっかく作った湖を使わない手はないな」
『はい。川にも弱い魔物を吐き出すポットを配置すれば、生態系が構築されると考えます』
「うーん。どうするかな・・・・。まぁ今更だな」
ヤスは、生態系と言われて魔物を吐き出すポットを配置して問題にならないとかと気になったが、すでに川を作って湖を作って、森を切り開いて村を作った。今更だなと考え直したのだ。
「マルス。ポットの配置は、湖と川でいいよな?」
『はい。川には、上流ほど強めの魔物を配置した方がよいと思います』
「わかった。あと、湖には主となる魔物を配置したいけど問題はないよな?」
『ありません』
「あっ現地に行かなきゃ駄目か・・・。神殿の迷宮とは違うよな。モンキーで飛ばして・・・。あ!マルス。関所の森とトーアヴァルデを繋ぐトンネルって作れるよな?」
『可能です』
「マイクロバスがすれ違える程度の広さと高さでトンネルを作ってくれ。関所の森の村に門を作ったよな。近くに出るようにしてくれ、トーアヴァルデ側はトーアフートドルフから繋がるトンネルを分岐してくれ」
『了』
ヤスは、地下に降りてモンキーに火を入れる。エミリアを起動して、使える討伐ポイントを確認する。
人口が増えたことで、神殿の迷宮区だけでなく、魔の森や関所の森での狩りが行われ始めている。人が増えれば、それだけヤスが使える討伐ポイントが増えるのだ。そして、討伐ポイントを使ってより良い環境を作っていけば、それが人を呼び寄せるのだ。
帝国側に作った村は、最初は100名に満たない人数だったが、貴族に擬態をしたドッペルゲンガー(貴族ドッペルとヤスは呼んでいる)からの報告で解放した二級国民や違法奴隷の多くは帝国での生活を望まなかった。そのために、関所の村(帝国側)に移住するように指示を出している。今は、移動を始めたが、全部で500名ほどは移住してくる。最終的には、2,000名が居住する”村”になる予定だ。意識の違いがあり、王国側との交流は行っていないが、住民同士から交流を始めていけばと考えている。
そのためにヤスは、湖の中央に10メートル四方程度の小さな島を作ってある。まだ使いみちは決めていないが、必要になればいいし、なければなにか考えればいいと思っている。
「ヤス兄ちゃん!」「ヤスお兄様!」
ヤスがモンキーで西門に向かっていると、すっかり神殿の名物になっている。カイルとイチカが改造モンキーで近づいてきた。
「お。今日の仕事は終わったのか?」
「いえ、今、受けた仕事で最後です。トーアヴァルデに完了した依頼書を届けに行きます」
「カイルも一緒なのか?」
「はい。カイルは別の依頼ですが、トーアヴァルデに行きます」
「そうか、俺も今からトーアヴァルデに向かって、それから関所の森に行くけど、途中まで一緒に行くか?」
「え?よろしいのですか?」
「いいぞ。久しぶりに、お前たちのペースで”ゆっくり”走るのもいいだろう」
「!!兄ちゃん!その挑発!受けた!勝負しよう!」
『マルス。カイルとイチカから、西門の通過許可を求められて、許可を出したよな?使った形跡はあるのか?』
西門は貴族の別荘地に繋がる専用にしてしまったが、ヤスが降りるために使う道を別に作った。一直線ではなく、趣味全開の道だ。
許可された者しか使わない道になっていて、現状で使える者は、ヤスとカイルとイチカとカスパルと眷属たちだけだ。
『あります。日に一度か二度は下っています。上りはゆっくりした速度ですが使っています』
『そうか、たしかに下りよりも上りの方が難しいな。下りは根性を決めれば大丈夫だからな』
『はい』
「ハハハ。カイル。俺に勝つつもりか?200年早い!」
「なんだよ。200年って人族じゃ無理ってことだぞ?」
「それぐらいの差があるってことだ。やるのか?」
「やる!兄ちゃんに買ったら何がご褒美をくれよ!」
「イチカはどうする?」
「私は辞めておきます。まだ勝てそうにありません。それに荷物があります」
「わかった。カイル。俺に勝てたら、何が欲しい?」
「うーん。うーん。そうだ、兄ちゃん。モンキーが欲しい!」
「ん?」
「弟や妹が欲しがっている。練習用に、俺とイチカのモンキーを貸せないから、練習用のモンキーがあると嬉しい!」
「わかった。イチカもそれでいいか?」
「はい」
『マルス。ハンデはどのくらいが適当だ?』
『5分ほどで大丈夫です。ちなみに、個体名イチカの方が個体名カイルよりも運転は上です』
『ほぉ・・・。わかった』
「イチカ。先に行ってゴールで待っていてくれ、カイル。ハンデを5分やる。俺は、カイルがスタートしてから5分後にスタートする」
「兄ちゃん。なめるなよ!絶対に後悔させてやる!」
「カイル。勝ってから言えよ。イチカ。先に行け、ハンデだ」
「??はい。わかりました」
イチカがスタートした。遅れて、カイルもスタートした。ヤスは、イチカよりも遅くカイルよりも早くゴールするつもりで居るのだ。
結果は、語らなくてもいいだろう。ヤスの思惑通りの結果となった。
「兄ちゃん。早すぎ!追いつけなかった」
「まだまだ、カイルはスピードを出すだけに拘っているから遅くなる。イチカの様にうまくカーブを曲がる方法を考えれば早くなるぞ」
「え?」
「カイルの場合は、直線で速度を出すのはうまいけど、カーブでも速度を落とさないで曲がろうとして、結局カーブの途中で曲がりきれなくてブレーキを握る。そうすると、カーブが終わったときに最低の速度になっているから、そこからの加速だから遅くなる」
「うーん。だって、早いほうが、早いだろう?」
禅問答のようなことを言い出すカイルに、ヤスは実際にやってみせた。モンキーの後ろにカイルを乗せてカーブの手前で曲がりきれる速度まで減速してカーブの途中から加速を始める方法をやってみせた。
「兄ちゃん・・・。すごい!わかった、やってみる。これで、イチカに勝てる!」
「カイル・・・。イチカは、もうその方法で曲がっているぞ?」
「え?」
カイルがイチカを見るが顔をそむける。内緒にしていたのだろう。
「イチカ」
「はい。ヤスお兄様?」
「モンキーはどうする?後で、セバスに届けさせるが、4台もあればいいよな?」
「え?」
「ん?一番は、イチカで、俺が二番で、ビリはダントツでカイルだっただろう?だから、イチカに勝利のご褒美だ。カイルと同じで悪いけど、モンキーでいいよな?」
「・・・。はい。ありがとうございます。ヤスお兄様」
ヤスは、恐縮するイチカの頭を軽く叩いた。イチカは嬉しそうにしていたが、カイルはそれを見て少しだけ嫉妬を覚えた。
イチカにはヤスが自分を先に行かせて、モンキーを渡してくれる予定だったとわかったのだ。
カイルとイチカは、トーアヴァルデで用事を済ませて帰るようだ。
ヤスは、カイルとイチカと別れてから、アシュリに抜けるトンネルに戻った。
『マルス。関所の森に抜けるトンネルと繋げてくれ』
『了』
『注意が必要だな。マルス。案内板の設置と注意書きを頼む。高速道路の案内板や合流帯と同じで頼む』
『了』
ヤスは地下トンネルを使って、関所の森に抜けた。
そこから湖までは、道は整備されていないが、荒れ果てているわけではない。モンキーで問題なく移動できる。
村から死角になる場所で、エミリアを起動すると、自分を起点に半径100メートル内なら召喚したり設置したりできるようだ。
(まずは、主を召喚するか。リヴァイアサンとか格好いいけど、問題になりそうだから辞めておこう。レイクドラゴンの下位種でレイクサーペントが居るな。この辺りでいいかな?知恵がある者だと隷属化しておけば、管理や村の守りになるからいいのだけどな)
ヤスは勘違いをしている。レイクドラゴンは伝説級の魔物だ。レイクサーペントも出てきたら死を覚悟する魔物だと言われている。ヤスは、セバスよりも交換に必要なポイントが低かったから、それほどの魔物じゃないと思ったのだ。場所に適合した魔物を呼び出すときには、必要なポイントが減るという事象をヤスは知らなかった。実際には、レイクサーペントはエルダーエントと同等の魔物なのだ。
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