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第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

第二十五話 ディアスとヤスとルーサ

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 ディアスは姿勢を正して、ヤスを正面から見る。

「ヤスさん。イチカちゃんが言った”お願い事”は忘れてください」

「子供を助けてくれってやつか?」

「はい」

「なぜだ?」

「皇国と帝国を敵に回す可能性があります」

「そうだな」

 ヤスの問題はないという態度にディアスは焦りを覚えて、きつい口調になってしまう。

「ヤスさん!解っているのですか?」

「ディアス。解っている」

「いいえ、解っておられません。帝国はどこまでも貪欲に神殿を狙ってきます。皇国も同じです。リップルとかいう子爵家とは違います」

「そうだろうな」

「ヤスさん!」

「ディアス。ディアスの気持ちは嬉しいけど、俺は神殿を危険に曝してまで助けようとは思わない。ただ、俺の手に収まった子供たちは助ける。俺の力が及ぶ範囲で助ける。それだけだ」

 ディアスは、ヤスの言葉で納得したように見えたが、やはり”帝国”と”皇国”には関わるべきではないと考えている。一人でヤスを説得するのが難しければ、サンドラやリーゼやドーリスを巻き込んでもいいと思っている。皆から反対されれば、ヤスも考え直してくれるのではないかと思っているのだ。

「・・・。わかりました。神紋も解除されるのですか?」

「そのつもりだ」

「ヤスさん。私に、学校で文字を教える授業を担当させてください」

「ん?問題はないぞ?」

「ありがとうございます。子供たちに、帝国と皇国で使える文字や言葉を教えます」

「・・・。??」

 ヤスは、ディアスの提案を受けて文字を教えるのは賛成したが、帝国と皇国の文字となると話が見えてこない。

「ヤスさん。彼女たちは、皇国の二級国民でした」

 ディアスがいきなり説明を始めたので、ヤスは話を合わせる。

「そうだな」

「これからヤスさんが助ける者の中に、皇国や帝国に情報を流す者が居るかもしれません」

「そうだな」

 そう言いながら、ヤスはその点は心配していない。盗まれて困る”情報”は存在しないと思っている。隠すから弱みになる。なら、弱みにならないように隠さなければいいのだ。他の皆が知っている情報なら、帝国や皇国に流れても困らない。
 神殿の機能もマルスの場所さえ守られれば困らないと思っている。迷宮区の最奥部だと知られてしまったら、迷宮を拡張すればいいとさえ思っている。

「そこで、皇国や帝国で使われている文字や言葉を子供たちにしっかりと教えれば、彼らが防波堤になってくれます」

「うーん。狙いは、曖昧だけど解った。ディアス。子供たちに読み書きを教えてくれ、それから、簡単な計算が出来るようにしてくれると嬉しい」

「わかりました」

 ヤスは、スパイの防止よりも、文字や言葉を覚えさせるほうが重要だと考えている。
 子供たちが神殿で生活し続けるにしても、文字の読み書きが出来たほうがいいのはわかりきっている。計算も同じだ。騙すような人は、神殿に出入りできないが、子供たちは外の世界に出ていく可能性だってある。文字の読み書きは、出来ないよりも、出来たほうがいいに決まっている。

 ディアスが執務室から出ていった。

「マルス」

『はい』

「帝国と皇国の情報を得るにはどうしたらいい?」

『情報が曖昧です』

「一般常識から、貴族や商人の動き、トップの動向が知りたい」

『マスター。不可能です』

「出来る範囲では?」

『魔通信機を流行らせれば可能ではありますが、問題も発生します』

「そうだよな。確かに情報は盗めるけど、帝国や皇国の情報伝達速度が上がってしまうからな」

『はい』

「何か・・・。そうだ!ルーサを頼ってみよう」

『はい』

 ヤスが基本の方針を決定した。しかし、ヤスが頼む前に、ルーサはそのつもりで居たのだ。”惚れた女の名前”を付けた村を荒らされたくないという思いや、ヤスの人柄にひかれたのも理由だが、なによりも自分を頼りにしてくれる住民が居る場所を守るためならなんだってやると思っている。
 アシュリは、自分たちの居住区がある村の名前として、それ以外の場所をトーアフートドルフと呼ぶようにした。2つをあわせて、トーアフートドルフ・アシュリとなり、関所の村になる。ユーラットに向かう街道にある関所では、問題は起こらないと考えている。まず、ユーラットに向かう者が少ない。これから増える可能性もあるが、問題がありそうな連中は、アシュリで足止めになる。

 問題は、帝国と繋がる関所だ。
 関所を案内されたルーサは頭を抱えた。ヤスが何をしようとしているのかわからなくなったのだ。

 帝国側に作られた関所は、関所という規模ではなかった。
 そして、帝国側から王国に入る門の周りは狭くなっているだけではなく、水堀まで掘られている。深さは、見ただけではわからないがかなりの深さになっているのは解る。堀の幅が5m近くある。そこに馬車二台がギリギリ通られる幅の橋が2本かけられている。帝国から攻められたら、橋を落としてしまえばいいようにも思える。両脇の城壁というべき石壁は弓矢で攻撃が出来るようにもなっている。水堀を渡りきった者が居た場合でも、上から石や魔法での攻撃が可能になっている。それが、帝国方面に続いているのだ。両脇を気にしながら進軍しなければならない。関所の前の石壁を超えられても、内側にも同じ様に壁が幾重にも作られている。そして、この関所を突破出来ても、ユーラット側の関所が本命なのだ。神殿の森に入れば、ルーサには簡単に説明しているが、眷属たちが襲いかかる。その上、神殿で位置や数を把握出来る状況では、戦略も神殿側が有利になる。

 これらの説明を聞いたルーサは、考えを切り替えた。
 自分たちは、情報収集をメインに活動すると決めたのだ。今まで活動していた者たちを、帝国や皇国に向かわせて情報を集めるようにしたのだ。もちろん、魔通信機を持たせてある。
 ルーサは、神殿や王国に出兵しようする帝国や皇国の情報をいち早く掴むのが自分の役割であると考えたのだ。

 ルーサが、情報網構築を模索しているときに、関所の村アシュリにアーティファクトが近づいてきた。

 アーティファクトは、関所の村アシュリで門番をしている者の指示通りに門の手前で停めた。

 門番は、すぐにルーサを呼びに行った。自分たちが乗ってきたアーティファクトと違う形状の物だったので、ルーサが相手をする。

「ルーサ!」

「・・・。ディトリッヒか?」

「そうだ。お互い・・・。お前は、年をとったな」

「エルフ族と一緒にするな。それよりも、お前が動かしたのか?ヤス様は知っているのか?」

「違うが・・・。そうか、ヤス様に会ったのだな・・・」

 お互い、なんとも言えない表情で相手の表情を見る。
 考えているのは似たような内容だ。お互いを、大変だったなという表情で見ているのだ。

「ルーサ様。私は、旦那様に使える執事のセバス・セバスチャンと言います。以後お見知りおき、お願いいたします」

「丁寧にありがとうございます。セバス・セバスチャン様。私は、ルーサと言います。ヤス様から、関所の村アシュリを任されております」

「お伺いいたしております。よろしくお願いいたします。それから、私やツバキや眷属たちは、呼び捨てでお願いいたします。執事やメイドに様付けはよくありません」

「わかりました。それでしたら、私もルーサとお呼びください」

「それはなりません。ルーサ様。ルーサ様は、村を治める長でございます。旦那様より信任されましたルーサ様を呼び捨てには出来ません。ご容赦ください」

 セバスが綺麗に頭を下げると、ルーサは何も言えなくなってしまった。確かに、まともな貴族の執事やメイドに”様”を付けるとセバスと似たような反応をされる。ルーサは経験で知っていたので、またこれで、ヤスの評価が一段上に上がった。

「わかりました。セバスチャン殿と呼ばせてください」

「ありがとうございます。ルーサ様。関所を通ってよろしいですか?お客様もいらっしゃるので、少しだけ急ぎたいのですが?」

「それはもうしわけありません。しかし、検査を受けていただきます」

「もちろんです。アーティファクトの乗員は、私とディトリッヒ様とサンドラ様とレッチュ辺境伯様です。荷台には、王都から運んできた物資と、途中の村々で助けてきた違法奴隷の子供たちです。お確かめください」

「え?」

 ルーサは、セバスの宣言を聞いて固まってしまった。聞き返そうにも、ディトリッヒが頷いているので、真実なのだろう。
 レッチュ辺境伯が同乗しているのは解る。わからないが納得出来る。しかし、違法奴隷の子供たち?どこから?

「頭!本当に、子供たちです。人数は、10名を超えています」

「正確には、14名です。男児8名と女児6名です」

「子供たちはどこから?」

「愚かにも、旦那様のアーティファクトを奪おうと襲ってきた盗賊を始末して、アジトに捕らわれていた子供たちです。辺境伯様と相談して一度神殿で預かってから、引き取り手が居ないか確認してみることとしました」
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