161 / 293
第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
第二十五話 ディアスとヤスとルーサ
しおりを挟むディアスは姿勢を正して、ヤスを正面から見る。
「ヤスさん。イチカちゃんが言った”お願い事”は忘れてください」
「子供を助けてくれってやつか?」
「はい」
「なぜだ?」
「皇国と帝国を敵に回す可能性があります」
「そうだな」
ヤスの問題はないという態度にディアスは焦りを覚えて、きつい口調になってしまう。
「ヤスさん!解っているのですか?」
「ディアス。解っている」
「いいえ、解っておられません。帝国はどこまでも貪欲に神殿を狙ってきます。皇国も同じです。リップルとかいう子爵家とは違います」
「そうだろうな」
「ヤスさん!」
「ディアス。ディアスの気持ちは嬉しいけど、俺は神殿を危険に曝してまで助けようとは思わない。ただ、俺の手に収まった子供たちは助ける。俺の力が及ぶ範囲で助ける。それだけだ」
ディアスは、ヤスの言葉で納得したように見えたが、やはり”帝国”と”皇国”には関わるべきではないと考えている。一人でヤスを説得するのが難しければ、サンドラやリーゼやドーリスを巻き込んでもいいと思っている。皆から反対されれば、ヤスも考え直してくれるのではないかと思っているのだ。
「・・・。わかりました。神紋も解除されるのですか?」
「そのつもりだ」
「ヤスさん。私に、学校で文字を教える授業を担当させてください」
「ん?問題はないぞ?」
「ありがとうございます。子供たちに、帝国と皇国で使える文字や言葉を教えます」
「・・・。??」
ヤスは、ディアスの提案を受けて文字を教えるのは賛成したが、帝国と皇国の文字となると話が見えてこない。
「ヤスさん。彼女たちは、皇国の二級国民でした」
ディアスがいきなり説明を始めたので、ヤスは話を合わせる。
「そうだな」
「これからヤスさんが助ける者の中に、皇国や帝国に情報を流す者が居るかもしれません」
「そうだな」
そう言いながら、ヤスはその点は心配していない。盗まれて困る”情報”は存在しないと思っている。隠すから弱みになる。なら、弱みにならないように隠さなければいいのだ。他の皆が知っている情報なら、帝国や皇国に流れても困らない。
神殿の機能もマルスの場所さえ守られれば困らないと思っている。迷宮区の最奥部だと知られてしまったら、迷宮を拡張すればいいとさえ思っている。
「そこで、皇国や帝国で使われている文字や言葉を子供たちにしっかりと教えれば、彼らが防波堤になってくれます」
「うーん。狙いは、曖昧だけど解った。ディアス。子供たちに読み書きを教えてくれ、それから、簡単な計算が出来るようにしてくれると嬉しい」
「わかりました」
ヤスは、スパイの防止よりも、文字や言葉を覚えさせるほうが重要だと考えている。
子供たちが神殿で生活し続けるにしても、文字の読み書きが出来たほうがいいのはわかりきっている。計算も同じだ。騙すような人は、神殿に出入りできないが、子供たちは外の世界に出ていく可能性だってある。文字の読み書きは、出来ないよりも、出来たほうがいいに決まっている。
ディアスが執務室から出ていった。
「マルス」
『はい』
「帝国と皇国の情報を得るにはどうしたらいい?」
『情報が曖昧です』
「一般常識から、貴族や商人の動き、トップの動向が知りたい」
『マスター。不可能です』
「出来る範囲では?」
『魔通信機を流行らせれば可能ではありますが、問題も発生します』
「そうだよな。確かに情報は盗めるけど、帝国や皇国の情報伝達速度が上がってしまうからな」
『はい』
「何か・・・。そうだ!ルーサを頼ってみよう」
『はい』
ヤスが基本の方針を決定した。しかし、ヤスが頼む前に、ルーサはそのつもりで居たのだ。”惚れた女の名前”を付けた村を荒らされたくないという思いや、ヤスの人柄にひかれたのも理由だが、なによりも自分を頼りにしてくれる住民が居る場所を守るためならなんだってやると思っている。
アシュリは、自分たちの居住区がある村の名前として、それ以外の場所をトーアフートドルフと呼ぶようにした。2つをあわせて、トーアフートドルフ・アシュリとなり、関所の村になる。ユーラットに向かう街道にある関所では、問題は起こらないと考えている。まず、ユーラットに向かう者が少ない。これから増える可能性もあるが、問題がありそうな連中は、アシュリで足止めになる。
問題は、帝国と繋がる関所だ。
関所を案内されたルーサは頭を抱えた。ヤスが何をしようとしているのかわからなくなったのだ。
帝国側に作られた関所は、関所という規模ではなかった。
そして、帝国側から王国に入る門の周りは狭くなっているだけではなく、水堀まで掘られている。深さは、見ただけではわからないがかなりの深さになっているのは解る。堀の幅が5m近くある。そこに馬車二台がギリギリ通られる幅の橋が2本かけられている。帝国から攻められたら、橋を落としてしまえばいいようにも思える。両脇の城壁というべき石壁は弓矢で攻撃が出来るようにもなっている。水堀を渡りきった者が居た場合でも、上から石や魔法での攻撃が可能になっている。それが、帝国方面に続いているのだ。両脇を気にしながら進軍しなければならない。関所の前の石壁を超えられても、内側にも同じ様に壁が幾重にも作られている。そして、この関所を突破出来ても、ユーラット側の関所が本命なのだ。神殿の森に入れば、ルーサには簡単に説明しているが、眷属たちが襲いかかる。その上、神殿で位置や数を把握出来る状況では、戦略も神殿側が有利になる。
これらの説明を聞いたルーサは、考えを切り替えた。
自分たちは、情報収集をメインに活動すると決めたのだ。今まで活動していた者たちを、帝国や皇国に向かわせて情報を集めるようにしたのだ。もちろん、魔通信機を持たせてある。
ルーサは、神殿や王国に出兵しようする帝国や皇国の情報をいち早く掴むのが自分の役割であると考えたのだ。
ルーサが、情報網構築を模索しているときに、関所の村アシュリにアーティファクトが近づいてきた。
アーティファクトは、関所の村アシュリで門番をしている者の指示通りに門の手前で停めた。
門番は、すぐにルーサを呼びに行った。自分たちが乗ってきたアーティファクトと違う形状の物だったので、ルーサが相手をする。
「ルーサ!」
「・・・。ディトリッヒか?」
「そうだ。お互い・・・。お前は、年をとったな」
「エルフ族と一緒にするな。それよりも、お前が動かしたのか?ヤス様は知っているのか?」
「違うが・・・。そうか、ヤス様に会ったのだな・・・」
お互い、なんとも言えない表情で相手の表情を見る。
考えているのは似たような内容だ。お互いを、大変だったなという表情で見ているのだ。
「ルーサ様。私は、旦那様に使える執事のセバス・セバスチャンと言います。以後お見知りおき、お願いいたします」
「丁寧にありがとうございます。セバス・セバスチャン様。私は、ルーサと言います。ヤス様から、関所の村アシュリを任されております」
「お伺いいたしております。よろしくお願いいたします。それから、私やツバキや眷属たちは、呼び捨てでお願いいたします。執事やメイドに様付けはよくありません」
「わかりました。それでしたら、私もルーサとお呼びください」
「それはなりません。ルーサ様。ルーサ様は、村を治める長でございます。旦那様より信任されましたルーサ様を呼び捨てには出来ません。ご容赦ください」
セバスが綺麗に頭を下げると、ルーサは何も言えなくなってしまった。確かに、まともな貴族の執事やメイドに”様”を付けるとセバスと似たような反応をされる。ルーサは経験で知っていたので、またこれで、ヤスの評価が一段上に上がった。
「わかりました。セバスチャン殿と呼ばせてください」
「ありがとうございます。ルーサ様。関所を通ってよろしいですか?お客様もいらっしゃるので、少しだけ急ぎたいのですが?」
「それはもうしわけありません。しかし、検査を受けていただきます」
「もちろんです。アーティファクトの乗員は、私とディトリッヒ様とサンドラ様とレッチュ辺境伯様です。荷台には、王都から運んできた物資と、途中の村々で助けてきた違法奴隷の子供たちです。お確かめください」
「え?」
ルーサは、セバスの宣言を聞いて固まってしまった。聞き返そうにも、ディトリッヒが頷いているので、真実なのだろう。
レッチュ辺境伯が同乗しているのは解る。わからないが納得出来る。しかし、違法奴隷の子供たち?どこから?
「頭!本当に、子供たちです。人数は、10名を超えています」
「正確には、14名です。男児8名と女児6名です」
「子供たちはどこから?」
「愚かにも、旦那様のアーティファクトを奪おうと襲ってきた盗賊を始末して、アジトに捕らわれていた子供たちです。辺境伯様と相談して一度神殿で預かってから、引き取り手が居ないか確認してみることとしました」
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
転生少女は欲深い
白波ハクア
ファンタジー
南條鏡は死んだ。母親には捨てられ、父親からは虐待を受け、誰の助けも受けられずに呆気なく死んだ。
──欲しかった。幸せな家庭、元気な体、お金、食料、力、何もかもが欲しかった。
鏡は死ぬ直前にそれを望み、脳内に謎の声が響いた。
【異界渡りを開始します】
何の因果か二度目の人生を手に入れた鏡は、意外とすぐに順応してしまう。
次こそは己の幸せを掴むため、己のスキルを駆使して剣と魔法の異世界を放浪する。そんな少女の物語。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
異世界宿屋の住み込み従業員
熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。
真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。
そこに居たのは神を名乗る一組の男女。
そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。
「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。
二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした
あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を
自分の世界へと召喚した。
召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと
願いを託す。
しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、
全く向けられていなかった。
何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、
将来性も期待性もバッチリであったが...
この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。
でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか?
だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし...
周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を
俺に投げてくる始末。
そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と
罵って蔑ろにしてきやがる...。
元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで
最低、一年はかかるとの事だ。
こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から
出ようとした瞬間...
「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」
...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。
※小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる