上 下
159 / 293
第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

第二十三話 ディアスと子供とリーゼと神紋

しおりを挟む

 神殿のリビングに戻ったヤスは、気持ちを落ち着かせるために、アルコール度数が強い蒸留酒を煽った。
 一杯だけで止めたのは、この後、ディアスが訪問してくると思ったからだ。

 喉を焼くほどの強いアルコールを感じながら、ヤスは子供たちの怯えた目を思い出していた。

「旦那様。お水です」

「ありがとう」

 ファイブから水を受け取り、喉の疼きを抑える。一気に、水を流し込んで目を閉じて考える。
 自分は、ただの”トラック運転手”だ。それ以上でも、それ以下でもない。異世界に来て、分不相応の力を手に入れた。力に振り回されるな。なんでも出来るわけではない。自分は”運送屋”だ。間違えるな。
 ヤスは自分に言い聞かせるように、何度も確認する。
 だが、許せないという気持ちを抑えることは出来ない。

「旦那様。ディアス様がお越しです」

「わかった。工房の執務室に通しておいてくれ、シャワーを浴びてから行く」

「かしこまりました」

 思考を切り替えるために、待たせると解っているのだが、シャワーを浴びてから執務室に行くことにした。
 熱いシャワーで淀んだ気持ちを洗い流してから、ヤスは執務室に向かった。

「ヤス様。先程は、もうしわけございませんでした」

 ヤスが部屋に入ってきたのが解って、ディアスは立ち上がって謝罪の言葉を口にした。

「ん?別に、ディアスが謝るような必要はないと思うけど?」

「いえ、私は、ヤス様が怖いと思ってしまいました。それが、子供たちに伝わって、子供たちが怯えてしまいました。私のミスです。もうしわけございません」

「うーん。怖い?それは、別にディアスの問題では無いだろう?俺が、子供たちの現状をしって、怒りの感情を出してしまったのが悪いのだろうし、ディアスもその・・・。言葉は悪いけどまだ大人の男性には慣れては居ないのだろう・・・。からな」

 ヤスは、ディアスもPTSDを持っていると考えている。慣れるために、カスパルと住まわせていい方向に向かっていると思っていたのだ。

「・・・。でも」

「ディアスが、俺のことを考えてくれるのは嬉しい。でも、まずはカスパルを大事に思ってくれ、俺は、そのほうが嬉しい」

「・・・。はい」

 指輪を触りながら、ディアスは頬を赤くして消えそうな声で肯定する。

「それで、子供たちの事か?」

「はい。イチカちゃんが食堂に連れて行って、皆で食事をしています。小さい男の子なら大丈夫なようですので、イチカちゃんの弟くんたちにも協力してもらっています」

「そうか・・・。それならよかった。話は聞けたのか?」

「まずは、やはり皇国の二級国民で間違いないようです。それで、神殿への移住を全員が希望しています」

「わかった。受け入れよう。神紋は?」

「わからないようですが消してしまったほうが良いと思います」

「わかった。手配する」

「ありがとうございます。それで今後は?」

「うーん。イチカに預ける」

「わかりました。それが良いと思います」

「そうだ。12名の性別は聞いたけど、年齢は?」

「はい。上は13歳で下は9歳です」

「え?間違いないのか?」

「・・・。はい」

「ちっ・・・」

 ヤスが勘違いしてもしょうがない。
 13歳にもなれば女性らしい体つきが見え始めてもいい頃合いなのに、男女の区別が付かなかった。それだけではなく、孤児院で生活していたイチカや、スラム街から流れてきた子供たちよりも生育が遅いのだ。見た目的には、一番上の子が7-8歳で下は5歳程度に思っていたのだ。
 ヤスは、年齢を聞いてもう一つの心配を思い出した。

「ディアス。女の子たちは・・・」

 言いにくそうにするヤスの表情からディアスは質問を理解した。
 イチカが居ない所で、年長者に聞いた話をヤスにした。

「そうか・・・。それは、よかった」

「はい。生育が遅いのが幸いでした」

「好きな連中も居るからな。でも、よかった。心が壊れかけていたし、生育も遅いけど、汚されて居なかったのだな」

「はい。確実かわかりませんが、誰も行為を受けた記憶は持っていません」

「わかった。ありがとう」

 ディアスからの報告を聞いて、ヤスは神紋の解除方法を考える。

「ディアス。子供たちへの説明は任せる。神紋の解除は、寝ている間に出来るようなら、そのほうがいいよな?」

「そうですね。どうやって解除するのかわかりませんが、寝ている間に出来るのなら、安心出来ると思います」

「わかった。その方向で考えてみるよ。あっ興味本位で聞くけど、帝国には二級国民なんて居ないよな?」

 ディアスは、二級国民の話をしたときに、いずれ聞かれるだろうと予測していた。答えも用意していたし、覚悟もしていた。

「いえ、二級国民の考え方は、帝国が発祥とされています」

「そうかのか?」

「はい」

「でも、ディアスは、リーゼやミーシャのエルフ族やドワーフ族だけでなく、獣人族も忌避しないよな?」

「はい。私の家は、『人族至上主義は間違っている、撤廃すべきだ』という考えの派閥でした」

「へぇ・・・。ん?そんな派閥があるのか?」

「はい。小さいですし、もしかしたら・・・。もう」

「そうか、調べてみたほうがいいな。辛い記憶だろう。ありがとう」

「大丈夫です。ヤス様のお力になるのでしたら、それに、ヤス様から頂いた恩はこの程度では返しきれません」

 ディアスは、ヤスに頭を下げてから執務室を出た。子供たちの所に戻る。

『マルス。リーゼに伝言を頼む』

『了』

 ヤスは、執務室を出て、リーゼの家に向かう。
 マルスから、リーゼがまだ家に居ると教えられたからだ。神殿から、リーゼの家まで2-3分の距離をゆっくりと歩く。途中、ファーストがヤスを迎えに来たのだ。リーゼが着替えるから待って欲しいと言っていると言われたのだ。
 そんなものかと思って、時間を賭けてゆっくりと歩いた。ファーストは、準備が出来たら迎えに来ると言って先に戻った。

 リーゼの家に着いて1-2分待ったら、ファーストが家から出てきて、ヤスを家の中に入れて、リビングに通した。

 家のリビングには、リーザが座って待っていた。

「ヤス。ごめん。待たせちゃったね」

「いいよ。リーゼに頼んでいた仕事まで時間が出来たから、暇になっていた」

「そう?ボクはどうしたらいい?」

「教えてほしいけど、ディスペルは寝ている相手にも可能なのか?」

「可能だよ」

「それなら、子供たちが寝てから、解除して貰ったほうがいいな。リーゼが入る時には、誰も近づけないようにしておくから、リーゼが解除したってばれない」

「わかった。ヤスが近くにいてくれるのだよね?」

「そのつもりだよ」

「それなら。ボクは頑張るよ」

「ありがとう。それで、報酬だけど・・・。リーゼ。今から時間に余裕はあるのか?」

「ん?あるよ?」

「それなら、ちょっとカート場に付き合ってくれよ」

「いいよ!勝負してくれるの!」

「うーん。ちょっと違うけど、上達するための秘密兵器を渡すよ」

 ヤスは、リーゼとファーストを連れてカート場に移動した。

 マルスからすべてのコースでデータを作成したと言われたので、リーゼが走りなれていると言っているフジに移動して、スマートグラスを試させた。

 スマートグラスをかけてカートに乗ると、スタートラインを越えてから最速ラップで走る映像が映し出されるようになる。走行に邪魔にならないように透過した状態で表示されるのだ。
 データは、マルスが保存しているので、誰の最速ラップをターゲットにするのか選ぶ事が出来るようになっている。自分の最速ラップをターゲットにしてもいいし、ヤスをターゲットに指定してもよい。個人によってカスタマイズできないので、スマートグラスの個人所有は必須では無いのだが、やはりリーゼは自分専用のスマートグラスを欲しがった。

 ヤスは想像通りだったリーゼの反応を嬉しく思いながら、ディスペルの報酬で渡すと言った。もちろん、リーゼは喜んで、すぐに解除を行うと言い出したが、子供たちが寝静まるまで待ってもらう。それまで、ヤスがリーゼに付き合ってカート場に居たのだ。リーゼは、スマートグラスがもらえる事も嬉しかったが、それ以上にヤスに頼られた事や、ヤスとカート場に一緒に居る事が嬉しくてたまらなかった。

 夕方になって、ご飯を食べてお風呂に入った子供たちが寝たのを確認してから、寮から全員を学校に移動させてから、リーゼに認識阻害のローブを被らせて、ヤスが手を引く形で寝ている子供たちの所に移動した。
 子供たちが起きて、ヤスが居るとパニックを起こしてしまう可能性がある事を考慮して、部屋の中にはリーゼとファーストだけが入ろうとしたが、最初だけヤスが付き合う事になった。

 そして、40分後。全員の解除を終えたリーゼが来た時と同じ様に、ヤスに手を牽かれながら寮から出て、神殿の地下に入っていった。

 これで、子供たちは本当の意味で神殿の住民になったのだ。

 その後、ヤスは一回だけの約束をしてカートの勝負に応じた。
 しかし、勝負はリーゼが満足するまでの”一回”だった。すべてのコースでヤスが勝利した時点でやっとリーゼは、まだ勝負にならないのを理解して、終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

便利過ぎるドラ〇エ仕様は、俺だけだったみたいです~森の精霊さんに転生した元オッサンは、異世界パフパフ道を極める

飼猫タマ
ファンタジー
ある日気付いたら、森の精霊さんに転生していた。 そして、何故か、俺だけドラ〇エ仕様。 ドラ〇エ仕様って、メッチャ便利。 転職しまくって、俺TUEEEしちゃうのだ。精霊なのに格闘家。精霊なのに鍛冶師。精霊なのに侍。精霊なのに魔王に転職。ハチャメチャな森の精霊さん。見た目は女の子なのに心はオッサン。しかもオッパイ星人。ドラ〇エ名物オッパイパフパフが三度の飯より大好物。体は精霊体の性感帯。そんな森の精霊さんのハートフルパフパフモフモフスローライフファンタジー。 ん?パフパフだけじゃなくて、モフモフも? 精霊さんには、四天王の蜘蛛(アラクネ)とか、犬(フェンリル)とか、ネコ(ベビモス)とか、青い鳥(鳳凰)とかのモフモフのお友達もいるんです!

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

魔女の弟子ー童貞を捨てた三歳児、異世界と日本を行ったり来たりー

あに
ファンタジー
|風間小太郎《カザマコタロウ》は彼女にフラれた。公園でヤケ酒をし、美魔女と出会い一夜を共にする。 起きると三歳児になってしまってさぁ大変。しかも日本ではなく異世界?!

転生少女は欲深い

白波ハクア
ファンタジー
 南條鏡は死んだ。母親には捨てられ、父親からは虐待を受け、誰の助けも受けられずに呆気なく死んだ。  ──欲しかった。幸せな家庭、元気な体、お金、食料、力、何もかもが欲しかった。  鏡は死ぬ直前にそれを望み、脳内に謎の声が響いた。 【異界渡りを開始します】  何の因果か二度目の人生を手に入れた鏡は、意外とすぐに順応してしまう。  次こそは己の幸せを掴むため、己のスキルを駆使して剣と魔法の異世界を放浪する。そんな少女の物語。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...