上 下
59 / 101
第三章 帝国脱出

第十八話 カリン働く

しおりを挟む

 辺境伯領に到着してから、おっさんとカリンは着実に足下を固めている。
 カリンは、おっさんの期待通りに、ギルドで頭角を表し始めている。

 カリンが受けている依頼は、主に採取に偏っている。
 それには、深くもない理由が存在していた。

「カリンちゃん。今日こそ、俺たちのチームに」「カリン。お姉様!男。臭い。消えろ!」

 ギルドに顔を出すと、毎回の様にいろいろなチームから誘われる。ギルドは、カリンの事情を把握している。ギルドに伝えられている事情は、おっさんが念入りに考えて、イーリスとフォミルと巻き込んで作った事情だ。ギルドとしては、優秀なカリンを手放したくないので、ラインリッヒ家とイーリスの名前が付いた”お願い”を、表面的に受け取っている。

 カリンは、すでに”まーさん”とパーティーを組んでいる(つもり)なので、勧誘のすべてを断っている。
 正確には、ギルドに来ている申請もすべて拒否している状況だ。

「カリン様。本日は?」

 ギルドの受付には、カリンの(表のおっさんの考えた事情が周知されているために、カリンへの勧誘を含めて伝える事はない。

「いつも通りです。お願いできますか?」

「かしこまりました。個室を用意します」

 カリンを特別扱いしている訳ではない。
 複数の採取を行って、討伐証明を多く持ち込んでいる者には、ギルドの処置として個室を利用することを推奨している。特に、カリンが持っている魔道具は、外に知られない方がよいという判断だ。

「ありがとう。先に、裏で提出してくるね」

 カリンは、イーリスから初代の話を聞いて、”収納”が勇者に由来しているスキルだと知った。収納持ちだと解れば、少しだけ”感”が働く者は、カリンと勇者を紐づける可能性がある。そのために、おっさんはイーリスに綺麗だけど、使い込まれたバッグを用意させた。カリンには、収納を使う時には、バッグに仕舞ってから収納するように伝える。
 そして、バッグは先祖代々の逸品で、初代が生きていた時に、武功を立てて、勇者から下賜された物だという謂れを作った。流れ流れて、カリンが使っているというアンダーカバーだ。これで、カリンは、落ちぶれた貴族の遺児や庶子ではないかと勝手に周りが考える。
 そして、実際にバッグを盗まれても、カリンは何も困らない。盗んだ奴も、実際には空間拡張がされていないバッグだと文句を言えば、自分が盗んだと言っているような物だ。カリンとおっさんは、そこにも言い訳を用意していた。バッグが戻ってきて、”嘘つき”呼ばわりされたとしても、カリンは何も困らないのだが、このバッグは利用者の設定があり、設定者にしか使えない。と、いうテンプレの設定をつけ足していた。

 実際にカリンは、何度か、脅されている。そして、力で奪おうとした者を撃退している。カリンに撃退された者の中に、ギルドのランクで上位に名前を連ねる者が居た。そのために、カリンはいろいろなパーティーから勧誘されてしまっている。

 力を示しながら、カリンは日々、新米のハンターでも見向きもしない採取だけを行っている。

「はい。鍵をお渡しします」

 カリンは、受付から鍵を受け取って、ギルドのバックヤードに続く扉を開ける。渡された鍵は、個室の鍵だが持っていれば、バックヤードへの扉が開けることができる。

「お!嬢ちゃん!」

 バックヤードに入ると、顔なじみになっている職員から声を掛けられる。

「こんにちは」

「今日も、採取か?」

 一部の者にしか知られていないが、カリンに話しかけているのは、ラインリッヒ辺境伯領にあるギルドをまとめているギルドマスターの一人だ。カリンは、もちろん事情を知らされているが、本人から前と同じ扱いで頼むと言われて、気安い話し方に戻している。

「うん。まだ、薬草が足りないって依頼があったから。それに、何種類かポーションの材料とか採取してきたよ」

「そうか、そうか、そりゃぁ魔女たちが喜ぶな。嬢ちゃんが来るまで、自分たちで採取に出かけて・・・」

 魔女と表現しているが、女性だけではない。男性も存在している。正確には、錬金術を嗜む者たちをギルドでは伝統的に”魔女”と呼称しているだけだ。魔女たちは、自ら採取を行うために森に入って帰ってこなくなる者が存在する。特に、若手が犠牲になる例が多い。そのために、ギルドに護衛を依頼するのだが、今度はギルドへの依頼料が必要になり、結果ポーションの値段が上がってしまう。ポーションの値段が上がってしまうと、それを使う者たちを護衛で雇っているために、依頼料も上がってしまう。この悪循環を断ち切ったのが、カリンだ。

 実際には、おっさんはポーションの値段が日々上がっている状況を見つけて、カリンに指示を出したのだ。おっさんも、カリンとバステトなら採取だけなら危ない目に合わないだろうと考えたのだ。

 そして、魔女たちはギルドから納品される高品質の薬草でポーションを作り、値段も徐々に落ち着いていった。

 カリンへの感謝の気持ちが出始めた時に、カリンは魔女たちと接触して、ポーション作りを教わり始めた。近い将来、森の中に拠点を作るときに、必要な技術だと考えたのだ。
 おっさんは、カリンが採取してきた薬草を、栽培できないか実験を行っている。これも、森の中に移住した時の資金源にするための布石だ。

「うん。聞いているよ。自分で採取して、ポーションを作っては大変だからね。それに、採取なら一人でもできるからね」

”にゃ!”

 カリンが一人と言った時に、足下でバステトが抗議の声を上げる。

「あっ。一人じゃなかった。バステトさんに居たよね」

 カリンの言葉を受けて、足下に居たバステトはカリンの肩に移動する。顔を、カリンに擦り付けるようにして親愛を表現する。

「ハハハ。本当に、嬢ちゃんたちは、いいチームだな」

「もちろん!」

「そうか、ブツを出してくれ、今日も、大量なのだろう?討伐もしたのだろう?」

「そうだね。あっ。採取の時に、魔物が居たから、倒しておいたよ。それも買い取りでお願い」

「わかった」

 カリンは、男性が指示する場所に、採取した薬草を取り出す。一緒に、依頼があった毒草なども提出していく、採取物を提出してから、依頼と依頼以外を分ける作業を行う。最初の事は、分けずに全部一緒に提出していたが、最近は受けた依頼ごとにまとめるようにしている。ギルドも、カリンの採取が丁寧なことや品質が高いことから、分けて納品を推奨した。カリン以外が、採取した物は品質が悪くなっているために、ギルドが一括で預かって、依頼別に分ける手間が発生していた。
 採取の品質がよくなるのは、もちろんカリンの採取が丁寧だからという理由もあるのだが、知られていない理由として、バステトのスキルが影響しているのだが、わざわざ教える必要はない。バステトは、カリンの契約獣だと思われている。ギルドには、正確に申請をしているが、ギルドがワケアリなカリンの事情を外に流す事はない。

 カリンは、ギルドでの評価を上げながら、森の探索を行っている。
 森は、国境となっているが、明確な境界線が引かれているわけではない。各国が適当に言っているだけなのだ。空白地帯になっている。逃げ出すのなら、隣国だと一般的には考えられているのだが、おっさんの構想では”他国”に逃げても結局は権力者の目に止まれば、また逃げ出さなければならない。それなら、国が手を出しにくい場所に逃げるのが良いと考えている。
 教会に保護を求めるのもひとつの手段だとは思うが、結局は権力構造が変わるだけで、”保護”という体裁に変わるだけで、自由が無くなるのは、何も変わらない。それならば、自由をひたすら求めた方が”まし”だと考えている。

 おっさんは、カリンに構想を告げて、カリンは辺境伯領に残っても構わない。残って、イーリスに協力していた方が、安全で自由を謳歌できると解いたのだが、カリンはおっさんとバステトと一緒に森に逃げる事を選んだ。

 カリンが、地道に資金とギルドからの信頼を勝ち得ている時に、おっさんは領都に蔓延るアンダーグラウンドの組織との接触に成功していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

妹に長女の座を奪われた侯爵令嬢、『文官』加護で領地を立て直す

eggy
ファンタジー
「フラヴィニー侯爵家息女マリリーズ、お気の毒だが私に貴女と婚約する気はない!」  夜会で侯爵家次男から突然そんな宣言をされた14歳のマリリーズは、一歳下の妹ミュリエルの謀にはまったことを知る。  マリリーズが4歳のとき侯爵の父が死亡し、国の決まりで長女が15歳で成人するまで叔父が暫定爵位についていた。  しかし再婚した叔父と母は、ミュリエルが長女であると偽って国に届けてしまった。  以後マリリーズは三人から虐げられて生きている。  このままではミュリエルが15歳で爵位を継ぎ、マリリーズは放逐されることが予想される。  10歳のとき加護を賜る儀式で、ミュリエルは強力な火魔法を、マリリーズは聞いたことのない『ブンカン』という加護を得る。いろいろ事務仕事に役立つが、極め付きは読める場所にある文書を書き換えられることだ。  文官に役立つ能力を得たということで、それからマリリーズは男装をして叔父とともに王宮に通い、執務を手伝うことを命じられた。  ほとんど使用人と変わらない扱いの日々が続く。  そんな中でマリリーズは領地の窮状を知る。当てにならない叔父には秘密に、家宰の協力を得て、マリリーズは加護の能力をさまざまに利用して領地の立て直しを目指すことにした。 「この現状を捨て置くわけにはいかない、ここで目を逸らしたら絶対後々に悔いが残る!」と。  領地救済と成人後の自立を目指して、マリリーズは行動する。

自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太
ファンタジー
 特に秀でた部分も無く、自らを平凡と自称する高校生──暁黒斗(アカツキ・クロト)は長年遊び続けているMMORPGをプレイしていた。  日課であるクエストをクリアし、早々とゲームからログアウトしようとしていた時、一通のメールが届いている事に気づく。  中身を確認したクロトは不審がり、そのメールを即座に消去した。だがそれには彼の人生を左右する内容が書かれていて……!?  友達とバカやったり、意地張ったり、人助けしたり、天然だったり、アホだったり、鋭かったり。  これだけの個性を持っておいて平凡とか言っちゃう少年が織りなす、選択と覚悟の物語。  異世界に飛び込んだクロトによる、青春コメディ学園ストーリーが始まる! 注意! ・度々、加筆・修正を行っていたり、タイトルが変わる可能性があります。 ・基本的に登場人物全員が主人公だと思っていますので視点がコロコロ変わります。なるべく分かりやすく書いていくのでご了承ください。 ・小説家になろう様、ハーメルン様、カクヨム様で同作者、同名作品で投稿しております。

君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――

eggy
ファンタジー
 高校二年生、篠崎《しのざき》珀斐《はくび》(男)は、ある日の下校中、工事現場の落下事故に巻き込まれて死亡する。  何かのテンプレのように白い世界で白い人の形の自称管理者(神様?)から説明を受けたところ、自分が管理する異世界に生まれ変わらせることができるという。  神様曰く――その世界は、よく小説《ノベル》などにあるものの〈テンプレ〉の最頻値の最大公約数のようにできている。  地球の西洋の中世辺りを思い浮かべればだいたい当てはまりそうな、自然や文化水準。 〈魔素〉が存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない。しかしまだ世界の成熟が足りない状態だから、必ず存在すると断言もできない。  特別な能力として、『言語理解』と『鑑定』と『無限収納』を授ける。 「それだけ? 他にユニークなスキルとかは?」 『そんなもの、最頻値の最大公約数じゃないでしょが』  というわけで、異世界に送られた珀斐、改めハックは――。  出現先の山の中で、早々にノウサギに襲われて命からがら逃げ回ることになった。  野生動物、魔物、さまざまな人間と関わって、『鑑定』と『収納』だけを活かして、如何に生き抜いていくか。  少年ハックの異世界生活が始まる。

[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ

エルリア
ファンタジー
第一部完結済み どこにでもいる普通の中年オタクサラリーマンが、ひょんなことからダンジョンの店長を任されて成長していきます。 もちろん、目的は店舗だけにあらず。 ダンジョン拡張、村の拡大、さらには人を雇って最後はどこに行きつくのか。 え、お店以外のことばかりしてるって? 気のせいですよ気のせい。 ゲーム好きのオタクが妄想と知識を振り絞って他力本願全開で頑張ります。 ムフフもあるよ!(多分)

異世界の物流は俺に任せろ

北きつね
ファンタジー
 俺は、大木靖(おおきやすし)。  趣味は、”ドライブ!”だと、言っている。  隠れた趣味として、ラノベを読むが好きだ。それも、アニメやコミカライズされるような有名な物ではなく、書籍化未満の作品を読むのが好きだ。  職業は、トラックの運転手をしてる。この業界では珍しい”フリー”でやっている。電話一本で全国を飛び回っている。愛車のトラクタと、道路さえ繋がっていれば、どんな所にも出向いた。魔改造したトラクタで、トレーラを引っ張って、いろんな物を運んだ。ラッピングトレーラで、都内を走った事もある。  道?と思われる場所も走った事がある。  今後ろに積んでいる荷物は、よく見かける”グリフォン”だ。今日は生きたまま運んで欲しいと言われている。  え?”グリフォン”なんて、どこに居るのかって?  そんな事、俺が知るわけがない。俺は依頼された荷物を、依頼された場所に、依頼された日時までに運ぶのが仕事だ。  日本に居た時には、つまらない法令なんて物があったが、今では、なんでも運べる。  え?”日本”じゃないのかって?  拠点にしているのは、バッケスホーフ王国にある。ユーラットという港町だ。そこから、10kmくらい山に向かえば、俺の拠点がある。拠点に行けば、トラックの整備ができるからな。整備だけじゃなくて、改造もできる。  え?バッケスホーフ王国なんて知らない?  そう言われてもな。俺も、そういう物だと受け入れているだけだからな。  え?地球じゃないのかって?  言っていなかったか?俺が今居るのは、異世界だぞ。  俺は、異世界のトラック運転手だ!  なぜか俺が知っているトレーラを製造できる。万能工房。ガソリンが無くならない謎の状況。なぜか使えるナビシステム。そして、なぜか読める異世界の文字。何故か通じる日本語!  故障したりしても、止めて休ませれば、新品同然に直ってくる親切設計。  俺が望んだ装備が実装され続ける不思議なトラクタ。必要な備品が補充される謎設定。  ご都合主義てんこ盛りの世界だ。  そんな相棒とともに、制限速度がなく、俺以外トラックなんて持っていない。  俺は、異世界=レールテを気ままに爆走する。  レールテの物流は俺に任せろ! 注)作者が楽しむ為に書いています。   作者はトラック運転手ではありません。描写・名称などおかしな所があると思います。ご容赦下さい。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第、直していきますが、更新はまとめてになると思います。   誤字脱字、表現がおかしいなどのご指摘はすごく嬉しいです。   アルファポリスで先行(数話)で公開していきます。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

【完結】断罪されなかった悪役令嬢ですが、その後が大変です

紅月
恋愛
お祖母様が最強だったから我が家の感覚、ちょっとおかしいですが、私はごく普通の悪役令嬢です。 でも、婚約破棄を叫ぼうとしている元婚約者や攻略対象者がおかしい?と思っていたら……。 一体どうしたんでしょう? 18禁乙女ゲームのモブに転生したらの世界観で始めてみます。

処理中です...