54 / 101
第三章 帝国脱出
第十三話 おっさん勝ち取る
しおりを挟むダストンは、おっさんとイーリスに見られていることにも気が付かないで、自分の保身を考えるのに必死になっていた。
ダストンは、おっさんとカリンを匿う以外にも、辺境伯から指示を受けていた。
指示の実現の為にも、おっさんとカリンとは友好関係を結ばなくてはならなかった。先ぶれを受けて、息子が居ないことに、安堵していたが自分が大きなミスをしてしまった。友好関係を結ぶのが最低条件であった人物に不快な思いをさせてしまった。
「え?」
やっと二人の視線に気が付いて、自分が話しかけられていることに気が付いたのだが、二人の話を聞いていなかったために、状況が把握できない。
「ふぅ・・・。まずは、ダストン殿。座ってくれないか?」
「まー様?」「あぁイーリス。ここは、私に任せてもらえないか?」
おっさんの申し出に、イーリスは軽く頭を下げて、了承の意思をつたえる。立ち尽くしているダストンを椅子に座るように誘導する。
おっさんは、ダストンがイーリスの前に座ろうとするのを見て、自分の前に座るように目で訴える。
話を聞いていなかったダストンだが、辺境伯領の領都の代官を任される程の人物だ。おっさんとイーリスでは、どちらが主導権を握っていて、どちらのほうが与しやすいのかは判断できる。なので、権力を持つイーリスの前に座って、話の主導権からおっさんを外そうとしたが、目論みは簡単に潰えた。
ダストンが、諦めの表情で、おっさんの前に座る。
おっさんは、椅子に浅く腰掛けるダストンを見て、苦笑を向ける。
自分が、笑われているのがわかるが、何が行われるのか解らないために、ダストンは対応が取れない。
「ダストン殿。私の事は、まーさんとでも呼んでくれ、あぁ敬称は不要だ。”さん”が私の国では敬称の一種だ」
「そうなのですか?」
「あぁだが、私以外に”さん”は付けないようにしてくれ、一緒に召喚されたカリンや他の勇者たちには、意味が違ってしまう」
「え?」
ダストンは、何を言っているのか理解ができなかった。
一緒にいるイーリスを見るが、イーリスは何も反応しない。
反応をしないということは、目の前に座るおっさんが言っている事が正しいと思うしかない。
「わかりました。まーさん」
「ありがとう。それで、ダストン殿。ご子息はどちらに?」
おっさんは、最初に行うべき事を考えていた。
相手がミスをした事で、一気に決めてしまおうと思っている。
「え?」
「ご子息がいらっしゃると伺いました。私たちの国では、目上の者が館を訪れた時には、当主と当主の家族が出迎えるのが一般的です。目下のそれも、敵対関係の者の場合には、部屋で待たせておいて、当主だけで面会します。貴殿は、私たちと敵対するつもりなのですか?」
おっさんは、イーリスから、勇者(初代)が残した書物を聞いている。
その中には、日本に関する事も書かれているが、日本の常識に関しては書かれていない。イーリスだけではなく日記を読んでいるカリンから聞き取りをしている。
代官が、”勇者の国”を知っているとは思っていない。実際に、イーリスに確認しても、礼儀作法までは何も書かれていないし、伝わっていない。
「・・・」
「まさか、イーリス殿下と勇者召喚で呼び出された、国を救う勇者の一人である私が訪ねてきたのに、ここに居ないのですか?数日前には、先ぶれも出ていますよね?代官殿は、私たちを軽く見ているのですか?それとも、辺境伯・・・。フォミル殿からの指示ですか?」
ダストンが黙って下を向いて、額の汗を拭っているのを見て、非難の声を浴びせかける。
上司である辺境伯を名前で呼んで面識があることを匂わせるのを忘れない。
全方位で逃げ道を塞ぎにかかる。
ダストンが、ここでカードを見せて欲しいと言い出しても、最初に確認をしていない時点で、いくらでも断る理由ができてしまっている。素直に、自らの非を認めて謝罪を行えば、辺境伯からの指示をダストンが思い描いた形とは違う形にはなるが達成できる可能性がある。
「いえ、そのような事は・・・」
必死に言い訳を考えてしまっているので、おっさんの思惑通りに話し合いが進んでしまっている。
「それならなぜ、私たちが来る事を承知していたのに、ご子息は居ないのですか?なぜ、私を従者と間違えるのですか?」
「それは・・・」
「それは?私たちに何か不満でもあるのですか?」
「いえ、そのような事はございません」
おっさんが少しだけ引いた発言をした事で、ダストンは顔を上げて全面的に否定する。
「ダストン殿。私は、理由を知りたいのです。言い訳を聞きたいわけではないのです」
「それは・・・」
ダストンは、おっさんの横で座っているイーリスを見る。
あの王の血族だとは思えないほどの美しい女性だ。少女から女性に移り変わる時期で、あどけない中には王族として気品を持っている。貴族の中には、王との血縁になるという目論みとは別に、美しい女性としてのイーリスを欲する者も多い。
ダストンがイーリスを見ているのに気が付いて、おっさんもイーリスを見る。
ダストンの中で、起死回生の方法が思い浮かんだ。
勇者召喚で召喚された者たちは、全部で5名。うち3名は王の暮らす都に残っている。辺境伯からの指示でも、”二人を領都から、帝国から距離を置かせるな”と、書かれていた。二人は、無能なフリをしているだけで、王都に残った勇者たちと同等かそれ以上の力を持っている可能性が書かれている。”二人の力を調べて報告しろ”とも書かれていた。
辺境伯領を訪れる二人は、若い男が一人と、イーリスと同じくらいの少女が一人だ。見ない髪色をしている少女だ。勇者信仰が色濃く残る辺境では、黒髪はそれだけでも好奇の対象になる。
「それは?」
「はい。はい。そうです。息子は・・・。私の愚息は、愚かにも」
「愚か?」
「はい。初代勇者様への御恩を忘れて、イーリス殿下だけでも十分に不敬なのに、勇者様にも・・・」
「ほぉ・・・。貴殿が、そうなるように誘導したのではないのか?」
「いえ、そのような事は、私は忠実なる僕です。辺境伯様から任された・・・。そう、任された、この地を・・・」
「わかった。貴殿には二心はないのだな?」
「恐れ多い。私は、初代勇者様への御恩も忘れた事はありません」
「そうか、そこまで聡明な貴殿の息子殿が・・・。イーリスだけではなく、勇者の少女まで手に掛けようとしていたのだな。恐ろしいことだ」
「はい。私の不徳の致すところ。もうしわけありません。申し開きはいたしません。しかし・・・。いえ、だからこそ、イーリス殿下にご面会して、勇者さまたちを安全な場所まで・・・」
「わかった。私を従者と勘違いしたのは、納得した。そして、出迎えがなかったのは、私やイーリスの事を思っての事だったのだな」
「はい。はい。そうです」
「そうか、聡明な貴殿のおかげで、私は友人であるイーリスや仲間である女性を、危険な目に合わせなくて済んだのだな。お礼を言わなければならないな」
「いえ、まーさん。私は、当然のことを実行しただけです。勇者様であるまーさんからお礼を言われるような事はございません」
「そうか・・・。貴殿が、私を従者呼ばわりした件は、貴殿の対応で忘れることにしよう。問題はないよな。イーリス?」
イーリスが頷くのを見て、ダストンは大きく頷いた。
「はい」
「貴殿の息子は、このままでは罪に問われてしまう。私も、それは不本意だ」
「??」
「イーリスや勇者を襲おうと計画を立てていたのだろう?」
「あっ。そうです。はい。私の知らぬ所で、恐ろしい計画を・・・」
「わかっている。聡明な貴殿が、そんな計画を見逃すわけがない。しかし、このままでは勇者を害しようとしていたと思われてしまう。私が大丈夫だと言っても、貴殿まで罰しなければならない。その矛先は、辺境伯まで及ぶかもしれない」
「・・・。は?」
「そこで、ダストン殿。私と勇者は、身分を隠して、鎮守の森で過ごそうと思う。もちろん協力してくれるよな?勇者が訪れなかったのなら、ご子息の罪は貴殿の機転で潰えた。そのうえで、イーリスとの会わないように仕向けたのだ。ご子息には、イーリスが滞在している間は、貴殿の監視下に置いて、私や少女やイーリスに接触しないようにしてくれるのだな」
ダストンは、何がどうなっているのか解らないし、理解ができない方向に進んでいるのだが、自分の破滅を防ぐために、頷くしか方法がないことだけは理解できていた。
ダストンが頷いたのを見て、おっさんは今日一番の笑顔で、立ち上がって、ダストンに手を差し出す。
ダストンは、訳が解らないまま、差し出された手を握ってしまった。
10
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
世界樹を巡る旅
ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった
そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった
カクヨムでも投稿してます
妹に長女の座を奪われた侯爵令嬢、『文官』加護で領地を立て直す
eggy
ファンタジー
「フラヴィニー侯爵家息女マリリーズ、お気の毒だが私に貴女と婚約する気はない!」
夜会で侯爵家次男から突然そんな宣言をされた14歳のマリリーズは、一歳下の妹ミュリエルの謀にはまったことを知る。
マリリーズが4歳のとき侯爵の父が死亡し、国の決まりで長女が15歳で成人するまで叔父が暫定爵位についていた。
しかし再婚した叔父と母は、ミュリエルが長女であると偽って国に届けてしまった。
以後マリリーズは三人から虐げられて生きている。
このままではミュリエルが15歳で爵位を継ぎ、マリリーズは放逐されることが予想される。
10歳のとき加護を賜る儀式で、ミュリエルは強力な火魔法を、マリリーズは聞いたことのない『ブンカン』という加護を得る。いろいろ事務仕事に役立つが、極め付きは読める場所にある文書を書き換えられることだ。
文官に役立つ能力を得たということで、それからマリリーズは男装をして叔父とともに王宮に通い、執務を手伝うことを命じられた。
ほとんど使用人と変わらない扱いの日々が続く。
そんな中でマリリーズは領地の窮状を知る。当てにならない叔父には秘密に、家宰の協力を得て、マリリーズは加護の能力をさまざまに利用して領地の立て直しを目指すことにした。
「この現状を捨て置くわけにはいかない、ここで目を逸らしたら絶対後々に悔いが残る!」と。
領地救済と成人後の自立を目指して、マリリーズは行動する。
自称平凡少年の異世界学園生活
木島綾太
ファンタジー
特に秀でた部分も無く、自らを平凡と自称する高校生──暁黒斗(アカツキ・クロト)は長年遊び続けているMMORPGをプレイしていた。
日課であるクエストをクリアし、早々とゲームからログアウトしようとしていた時、一通のメールが届いている事に気づく。
中身を確認したクロトは不審がり、そのメールを即座に消去した。だがそれには彼の人生を左右する内容が書かれていて……!?
友達とバカやったり、意地張ったり、人助けしたり、天然だったり、アホだったり、鋭かったり。
これだけの個性を持っておいて平凡とか言っちゃう少年が織りなす、選択と覚悟の物語。
異世界に飛び込んだクロトによる、青春コメディ学園ストーリーが始まる!
注意!
・度々、加筆・修正を行っていたり、タイトルが変わる可能性があります。
・基本的に登場人物全員が主人公だと思っていますので視点がコロコロ変わります。なるべく分かりやすく書いていくのでご了承ください。
・小説家になろう様、ハーメルン様、カクヨム様で同作者、同名作品で投稿しております。
君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――
eggy
ファンタジー
高校二年生、篠崎《しのざき》珀斐《はくび》(男)は、ある日の下校中、工事現場の落下事故に巻き込まれて死亡する。
何かのテンプレのように白い世界で白い人の形の自称管理者(神様?)から説明を受けたところ、自分が管理する異世界に生まれ変わらせることができるという。
神様曰く――その世界は、よく小説《ノベル》などにあるものの〈テンプレ〉の最頻値の最大公約数のようにできている。
地球の西洋の中世辺りを思い浮かべればだいたい当てはまりそうな、自然や文化水準。
〈魔素〉が存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない。しかしまだ世界の成熟が足りない状態だから、必ず存在すると断言もできない。
特別な能力として、『言語理解』と『鑑定』と『無限収納』を授ける。
「それだけ? 他にユニークなスキルとかは?」
『そんなもの、最頻値の最大公約数じゃないでしょが』
というわけで、異世界に送られた珀斐、改めハックは――。
出現先の山の中で、早々にノウサギに襲われて命からがら逃げ回ることになった。
野生動物、魔物、さまざまな人間と関わって、『鑑定』と『収納』だけを活かして、如何に生き抜いていくか。
少年ハックの異世界生活が始まる。
[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ
エルリア
ファンタジー
第一部完結済み
どこにでもいる普通の中年オタクサラリーマンが、ひょんなことからダンジョンの店長を任されて成長していきます。
もちろん、目的は店舗だけにあらず。
ダンジョン拡張、村の拡大、さらには人を雇って最後はどこに行きつくのか。
え、お店以外のことばかりしてるって?
気のせいですよ気のせい。
ゲーム好きのオタクが妄想と知識を振り絞って他力本願全開で頑張ります。
ムフフもあるよ!(多分)
異世界の物流は俺に任せろ
北きつね
ファンタジー
俺は、大木靖(おおきやすし)。
趣味は、”ドライブ!”だと、言っている。
隠れた趣味として、ラノベを読むが好きだ。それも、アニメやコミカライズされるような有名な物ではなく、書籍化未満の作品を読むのが好きだ。
職業は、トラックの運転手をしてる。この業界では珍しい”フリー”でやっている。電話一本で全国を飛び回っている。愛車のトラクタと、道路さえ繋がっていれば、どんな所にも出向いた。魔改造したトラクタで、トレーラを引っ張って、いろんな物を運んだ。ラッピングトレーラで、都内を走った事もある。
道?と思われる場所も走った事がある。
今後ろに積んでいる荷物は、よく見かける”グリフォン”だ。今日は生きたまま運んで欲しいと言われている。
え?”グリフォン”なんて、どこに居るのかって?
そんな事、俺が知るわけがない。俺は依頼された荷物を、依頼された場所に、依頼された日時までに運ぶのが仕事だ。
日本に居た時には、つまらない法令なんて物があったが、今では、なんでも運べる。
え?”日本”じゃないのかって?
拠点にしているのは、バッケスホーフ王国にある。ユーラットという港町だ。そこから、10kmくらい山に向かえば、俺の拠点がある。拠点に行けば、トラックの整備ができるからな。整備だけじゃなくて、改造もできる。
え?バッケスホーフ王国なんて知らない?
そう言われてもな。俺も、そういう物だと受け入れているだけだからな。
え?地球じゃないのかって?
言っていなかったか?俺が今居るのは、異世界だぞ。
俺は、異世界のトラック運転手だ!
なぜか俺が知っているトレーラを製造できる。万能工房。ガソリンが無くならない謎の状況。なぜか使えるナビシステム。そして、なぜか読める異世界の文字。何故か通じる日本語!
故障したりしても、止めて休ませれば、新品同然に直ってくる親切設計。
俺が望んだ装備が実装され続ける不思議なトラクタ。必要な備品が補充される謎設定。
ご都合主義てんこ盛りの世界だ。
そんな相棒とともに、制限速度がなく、俺以外トラックなんて持っていない。
俺は、異世界=レールテを気ままに爆走する。
レールテの物流は俺に任せろ!
注)作者が楽しむ為に書いています。
作者はトラック運転手ではありません。描写・名称などおかしな所があると思います。ご容赦下さい。
誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第、直していきますが、更新はまとめてになると思います。
誤字脱字、表現がおかしいなどのご指摘はすごく嬉しいです。
アルファポリスで先行(数話)で公開していきます。
【完結】断罪されなかった悪役令嬢ですが、その後が大変です
紅月
恋愛
お祖母様が最強だったから我が家の感覚、ちょっとおかしいですが、私はごく普通の悪役令嬢です。
でも、婚約破棄を叫ぼうとしている元婚約者や攻略対象者がおかしい?と思っていたら……。
一体どうしたんでしょう?
18禁乙女ゲームのモブに転生したらの世界観で始めてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる