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第一章 王都散策
第十一話 おっさん話をする
しおりを挟む目の前に置かれた紅茶から湯気が立たなくなった位で、イーリスが部屋に入ってきた。
「おまたせしましてもうしわけございません」
「いや、いい。新しいお茶を貰えるか?」
「・・・。はい」
イーリスは、扉の側に控えていたメイドに目配せをした。
扉が開いた音がして、部屋からメイドが出ていった。
「常識が違う可能性があるから参考程度に聞いて欲しい」
「はい」
「待たせる可能性があるのなら、温かいお茶を客だけに出すな。そして、急に来られなくなったのなら、伝言を誰かに持たせろ」
「あっ」
「まーさん。まーさん」
「どうした?」
「伝言は、わかるけど、お茶はどんな意味があるの?」
「あぁそうか、社会人とかの経験が無いのだよな」
「うん。まぁじぇーけーです!」
「あぁ・・・。待ち合わせとかで、客を待たせる時に、お茶を出したりするのはわかるだろう?」
まーさんは、カリンとイーリスの両方に問いかける。
二人共、頷いている。
「客にだけ、温かいお茶を出すのは、”お茶が温かい間に打ち合わせが開始される”であろうと考える。時間がかかりそうなら冷める前に、お代わりを持ってきて、伝言をする」
まーさんは、ここまで語ってから、出されたお茶を一口だけ飲む。
「温かい飲み物を出すのなら、会議に出る予定の人の分だけ最初から用意する。時間がかからないのなら、温かい間に打ち合わせを開始する」
「まーさん。なんで、全員分のお茶を用意するの?」
「例えば、客のお茶だけを出したら、どう思う?」
「え?わからないよ」
「そうか・・・。俺は、会議がこの部屋以外の場所で行われる予定で、誰かが呼びに来ると思っていた」
「・・・」
イーリスが、少しだけ考えてから、まーさんの話を肯定するように頷く。カリンも、やっとまーさんが何に苛ついていたのかを理解することが出来たようだ。イーリスは、まーさんが話した内容は理解できないが、状況を考えると、配慮が足りなかったと考えた。
「メイドを一人でも部屋に残せば印象も違うぞ」
「まー様。本当に、失礼いたしました」
「いや、いい。たんなる愚痴だ。それよりも、なぜ遅れたのか教えてくれ、すぐに来る予定だったのだろう?」
「はい。豚からの使者が来まして、対応をしていました」
イーリスは、言い訳をするようで心苦しいと言っていたが、まーさんもカリンも情報が欲しいと説得して、イーリスに、話せる内容だけでも話すように依頼した。
イーリスが語ったのは、豚王の自分勝手さが際立つ話だ。
まーさんたちを勝手に召喚しておいて、宮廷魔道士たちが倒れた。魔法陣に魔力を吸い取られたのは、あの場に居たものだけではない。他にも、数十人の魔道士たちが魔力の枯渇まで魔法陣に吸われた。それだけ、負担が大きな魔法陣なのだ。
魔道士たちを使い潰した。
簡単に言えば、それだけなのだが、勇者が召喚されれば、勇者たちが戦力に数えることが出来るようになる。そうなれば、すり潰した魔道士の変わりが出来る。魔力を限界まで座れた宮廷魔道士たちは、すぐに復活は出来ない。7-10日間くらいは休養させる必要がある。
ここで誤算が生じた。
勇者たちは、戦闘経験が無かった。当然だ。日本という安全な国で、上流国民として生活をしていた。他人を殴ったことはあるだろうが、反撃してくる者に攻撃をしたことなど無い。そんな連中が力を持っても、”戦い”など出来るわけがない。豚王たちは焦った。
魔道士の数は、国の防御力に直結する。
豚王たちは、王都にある王城さえ無事なら問題はないと考えている。しかし、魔道士の数が一時的にとは言え減ってしまうのは、自分たちを守る盾が減ってしまうのと同じ意味になる。
そのために、魔法が使える者を豚王は急遽集め始めたのだ。
集めるのはいいが、管理できるわけではない。その役目を、イーリスにやらせようとしたのだ。
「それで?」
「断りました」
「大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫です。使者には、どちらでもいいように言われていたようです」
「??」
「豚からの使者は」「え?」
まーさんが声を出して驚いた。
イーリスが、豚と言い切ったのが驚いたのだ。自分に合わせて、豚王や豚宰相と読んでいるのだと思ったが、心の底からの侮蔑の感情を感じさせる、吐き捨てた様な言い方だったのだ。
「あっ。すまん。それで、使者は?」
「はい。使者は、辺境伯が手心を加えていました」
「ふーん」
「え?」
「あぁ気にしないでくれ、茶番にしたのだな。でも、イーリス殿の代わりは必要になってくるのだろう?」
「・・・」
「そうか、ロッセル殿が貧乏クジを引いたというわけだな」
「はい。本当の使者が届けてくれた書簡には、その旨が書かれていました」
「遅くなったのは、豚の使者を追い返すための・・・。違うな、金銭を渡したのだな」
イーリスが、まーさんの顔を驚いた表情で凝視する。
まさに、まーさんが想像した通りに、使者に金銭を渡して情報を引き出していたのだ。
使者を追い返すだけなら簡単だ。イーリスは、王家に連なるものだ。命令に関しても、国王から直接言われたとしても、拒否できる立場にある。拒否したことで不利益が出たとしても、文句を言わないという条件はあるが・・・。それでも、使者に時間を使う理由など無い。
「はい。豚の部下は、豚以下です。銀貨数枚で、情報を売ってくれました」
「情報?」
「はい。勇者様たちに関して、豚たちが掌握している情報です」
「ほぉ。勇者たちの状況が解ったのか?」
「はい。勇者様たちの戦闘スキルが低いのが問題になっています」
「ん?当然じゃないのか?彼らも、魔法がない世界から来ているのだぞ?」
「そうなのですが、表の歴史には、勇者は召喚されてすぐに魔物討伐が出来たと書かれています。数々の魔法を使ったと・・・」
「それを信じたのか?いや、信じたかったのだな」
「魔道士を消耗して召喚したのに、即戦力ではなく・・・訓練が必要。それだけではなく、今の戦闘スキルでは、一般兵にも苦戦します」
「だろうな」
「はい。それで、戦闘訓練の話が出ているのですが、勇者様たちが拒否されていて・・・」
「まぁそうだろうな。甘やかされて育ったのだろう」
まーさんは、カリンを見る。イーリスも、まーさんに視線誘導されて、カリンを見る。
「え?あっ・・・。そうですね」
カリンは、二人からの視線を感じて、バステトの背中を撫でていた手を止めて、答えた。
「まー様?」
「勇者の今後は?」
「はい。戦闘訓練を拒否されていますが・・・」
「カードの契約で縛るのか?」
「はい。それも検討されているようですが、まずは貴族家で教育を行うようです」
「へぇ・・・」
まーさんは、気がついたが、カリンが居るので、それ以上は言及しなかった。
教育が、懐柔なのか、洗脳なのか、それとももっと違った方法なのか、まーさんにはわからない。それに、気にしてもしょうがないという気持ちのほうが強いのだ。
「まー様が気になるようでしたら、勇者様が入られる貴族家も解っております。間者を、潜り込ませますか?」
「うーん。必要ないかな?どうせ囲った貴族たちが自慢するだろう。自慢しなければ、勇者を囲っている意味は無いだろう。貴族からの発表がなくなってから、情報収集を始めても間に合うと思うぞ」
「まー様。なぜですか?」
「勇者たちに大金をつぎ込むのは間違いがないのだろう?もしかしたら、異性を使って懐柔するかもしれない」
「はい」
「そんな勇者に関する。情報公開をやめる意味は無いよな?戦力にしたいのだろう?自分は、『”こんなに”すごい力を持った勇者が味方だぞ』と言わないと意味ないよな?」
「え・・・」
「情報公開をやめるのは、勇者が必要なくなった時か、勇者が逃げ出したときだと思う。そうなってから、潜り込ませても情報は簡単に集められるだろう。貴族家としては、勇者の価値が下がったことを意味するから、情報を秘匿しようとしないだろう?秘匿しようとするのは、勇者が何かをしでかしたか、殺してしまった時だろう?」
「まーさん?」「まー様」
「ん?それに、俺たちが知りたいのは、勇者たちの動向であって、勇者たちがどうなっているのかではない」
まーさんは、カリンを見る。
「はい。出来るだけ、関わりたくないです」
カリンの言葉で方針が決まった。
勇者たちの動向は調べるが、行動が重ならないようにする。イーリスたちに知識と情報を渡したら、まーさんとカリンとバステトは、王都を脱出する。
すぐに動くのは目立つ可能性が高いので、勇者のお披露目が行われる日程に合わせることにした。
明日の朝には、ロッセルがイーリスの屋敷に来るらしいので、勇者たちの情報を聞いて、行動を考える事になった。
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