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序章 勇者召喚
幕間 おっさんの仕事
しおりを挟む東京都内。神田神保町と言えば、古本屋が有名だが、一年を通してウィンタースポーツ用品を売る店舗が多くある。それに伴い、若者も多く訪れる街だ。スポーツ用品店は西日が入っても問題ないが、古本屋には西日は天敵だ。そのために、店舗の棲み分けもしっかりできていている不思議と融合された街になっている。
そんな神保町から靖国通りを東に進んだ場所に、小川町という街がある西に行けば神保町、東に行けば淡路町、もう少し進めば秋葉原。立地面は最高な場所である。喧騒もなく静かな街でもある。住宅街ではなくオフィス街になっている。
そのおっさん(49歳独身)は、都営新宿線小川町のB5出口近くの雑居ビルに事務所兼住居を構えていた。
アルコールは付き合い程度に嗜み。ギャンブルは一切やらない(事になっている)。特定の彼女は居ないが女性と付き合いが無いわけではない。ただ、長続きしないだけなのだ。おっさんは、自分の過去は話さない。
出身が、小さな港町だという事以外を語ろうとしない。心を許している数名の親友と呼べる人たちにさえおっさんは自分の過去を話していない。
中学生の時に発生したいじめを発端とした自殺事案と自殺を発端とした同窓会での凄惨な殺人事件が原因でおっさんは地元を離れた。
地元を離れて地元の事は一切しゃべらないと決めてから本当に誰にも話していない。
おっさんの仕事を一言で表すと、”ブローカー”と言われるだろう。
別に悪事に手を染めているわけではない。確かに、人付き合いは多い。官僚からヤクザの相談役まで人脈を持っている。ホームレスに知人が多い。
おっさんの本名は一部の者しかしらない。皆、おっさんを”まーさん”と呼ぶ。企業に招かれた時には、それらしい名前を使う事はある。調査が入るような仕事のときには、仕事に入る前段階から知り合いに仕事を投げてしまう。顔合わせ段階で調査をするような会社はまずない。人と人と繋げるのなら会議室を使う必要もない。場末のバーで飲みながらでも問題にはならない。
おっさんの事務所は、30平米程度の狭い事務所だ。おっさんは気に入っている。客が多いわけではない。何か資料が必要になることも少ない。知り合いのIT屋に頼まれて置いているサーバが数台とおっさんが普段使用している持ち運びができるノートパソコンが一台。税申告の資料を作ったり、NDAを作成したりするための事務パソコンが一台と、狭い事務所には不釣り合いな高級な複合コピー機が置いてあるだけだ。
事務所は3つに区切られている。一つは小上がりにして畳を敷き詰めて真ん中に丸テーブルを置いてある応接室だ。掘りごたつのようにしている場所だ。もうひとつが事務所スペース。もう一つがおっさんの生活スペースになっている。寝るための場所と冷蔵庫と電子レンジと電気ケトルがあるだけだ。風呂は近くに銭湯のようなスパがある。
おっさんの朝は早い。
5時前には起きる。そのままスパに行って常連に挨拶をする。
「お!まーさん」
「おっちゃん。久しぶりだな」
頭に備え付けのシャンプーをつけながらおっさんが答える。
「まーさん。最近はどうだい?」
「ん?おっちゃんに頼むような事案はないよ」
「そうか、そうか、それは重畳」
おっさんは気楽に話しかけているのだが、このおっちゃん(推定50代後半)は近くにある大学の教授なのだ。たまに朝にスパに来て気楽に話をしているのだが、スパを出て表通りに移動すると秘書や部下が待っているような人物なのだ。
「おっちゃんはなにかある?」
「そうだ・・・なぁ。おっ!まーさん。システムに詳しかったよな?」
「詳しくはないが詳しい奴は知っているぞ?でも、おっちゃんのところならお抱えが居るのだろう?入札も必要になるだろう?」
「あぁ違う違う。どちらかというと・・・。あぁ難しいな。まーさん。秘書の1人と会ってくれるか?」
「いいけど、事務所に来てくれる?」
「そこまで大げさなことじゃない。この後、時間は有る?」
「大丈夫だ」
「そうか、まーさんの事務所は小川町だったよな?」
「そうだけど?」
「車で送る。秘書も一緒だから話を聞いて欲しい」
「わかった。歩かなくて済むのは助かるよ」
「ハハハ」
おっさんとおっちゃんはお互いの名前を知っているが、呼ばない。マナーを守っている。活動拠点が近いのですれ違う場面もあるが、話しかけることはしない。髪の毛を洗いながら風呂につかって他愛もない話をする程度がちょうどよいのだ。
お互いに貸し借りが発生しない範囲で情報交換をする。仕事になりそうな話もするがお互いで金銭のやり取りはしない。多くても、スパの食堂での食事程度だ。
おっちゃんが先にスパを出た。おっさんもあとに続く形で外に出て、待っていた車に乗り込む。
「教授。それで?」
「秘書の長田から説明を聞いて欲しい」
「わかりました」
おっさんが横を向くと、30代の男性が頭を下げる。
「私は、・・・・です。”まーさん”と呼んでください。名刺は持ってきていないので、電話番号だけで失礼します」
いつものことだが、おっさんは呼び名を告げてスマホを取り出して相手に見せる。相手は、わかっているのか自分のスマホを取り出して連絡先を交換する。
「ありがとうございます。教授。どこまでお話をしておいでですか?」
「何もしていない。長田から話を聞いて欲しいとだけ伝えた」
「はぁ・・・。わかりました。まーさん。もうしわけありません。ご依頼したいのは」「あぁ。長田さん。困っていることを教えて下さい。依頼では困ります」
「そうでしたね。もうしわけございません。困っているのは・・・」
おっさんは、秘書の長田から困っている内容を聞き取ってから、時間を確認してスマホを操作した。
「長田さん。今のお話ですと、企業側から来ているプレゼンや見積もりの妥当性を大学側に立って判断できる人間がいれば解決しますか?」
「そうですね。できれば、その後も進捗や機能の確認までお願いできればと思います」
「わかりました。都合がいいお時間をいくつか、頂けますか?先方に都合を聞いて向かわせます」
「え?あっ私は教授が居ないときでも大学に詰めております。火曜日と金曜日以外なら終日大丈夫です」
「わかりました。長田さんを訪ねる形で問題ないですか?」
「はい。研究所名と私の名前で大丈夫です」
おっさんを載せた黒塗りの高級車が雑居ビルの前で停まった。車から降りて秘書の長田に最後の確認をして教授に頭を下げてから事務所に入っていく。事務所でパソコンを起動して今回の話にちょうどいい人材にメールを打つ。送信してすぐにスマホを取り出して送信した相手に電話をかける。電話口で簡単に説明して、今回の話にちょうどいい会社をやっている人間なのだ。
「それで?」
「いいよ。世話になっているからな」
「それは困る。10%でいいか?」
「5%でいい。その代わり、秘書になにか言われたときに対応してくれ」
「わかった。その時には、まーさんの会社経由になるけどいいのか?」
「そのために有るような会社だろう?」
「違いない。また頼むな。項目はSEO対策でいいか?」
「そうだな。システム屋らしくていいだろう?」
「ハハハ。わかった。先方と話をしてみる。何か動きがあったら連絡する」
「頼むな」
人と人を繋げる。電話の内容を解説すれば、紹介した会社が受け取る支払いの10%をおっさんに仕事して振り分けると言ったのだが、おっさんは断って半分の5%で十分だと告げた。その代わり、大学や秘書からバックマージンが要求された場合に5%までなら飲み込むように頼んだのだ。
直接その会社からバックマージンを出してしまうと発覚する場合が多い。監査が入ったら一発だろう。そこで、おっさんの会社を経由して別会社からの資金の流れを作るのだ。
仕事として受ける内容は、金額が決まっていないような仕事になってくる。納品物がわかりにくい物になっている。
これがおっさんの仕事なのだ。
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