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第十六章 眷属
第百七十話
しおりを挟む書類を読み込んだり、決裁を行ったり、スーンに依頼されて、新しい飲み物を開発したり、充足した日々を過ごしていた。
エリンを始めチアルダンジョンに潜っている眷属たちはまだ帰ってこない。
ヌラたちから無事である事は伝わってきている。
当初は、ナーシャの目が死んでいたのだが、生き生きと輝き出したようだ。スキルカードを大量に取得できて嬉しくなったのだろう。普段なら捨てていく魔物の素材に関しても、ライが全部保管してくれているようだ。それに、分配で揉める事もなさそうな事も嬉しくなっている要因のようだ。帰って来て、ロックハンドに行く事になるとは思っていないだろう。
エリンとアズリから、会議の前日には帰ってくるという連絡が入っている。
護衛の面では帰ってきてくれる方が嬉しいが、スーンが眷属達が居ない場合の護衛計画を考えているようなので無理だけはしないように伝えておく。
護衛は必要ないとは言ったのだが、スーンだけではなく、戻ってきたヨーンやルートガー、調整のために前乗りしているロングケープ区の代官のライマン老からも、護衛は必要だと言われてしまった。
最終的にはシロにも言われたので護衛を認める事になった。
カイとウミが戻ってきても、護衛だと見た目にも解るようにしてほしいと要望が上がってきている。移動中は別にして、会議の席上や、視察のときには護衛だと解る者が付き従う事になる。
皆の疲労具合を見ると、毎年この会議をやるのも大げさかと思えてくる。
「ミュルダ老。忙しいのに悪いな。今年はいいとして、来年以降なのだけどな」
「はい」
「ここまで大げさにしなくていいと思うのだけどどうだ?」
「ツクモ様。何か不手際がありましたか?」
「いや、皆よくやっているぞ?」
「それならば、来年以降も継続をお願いいたします」
「大変じゃないのか?」
ミュルダ老は、この前の雰囲気からだいぶ良くなっている。
少なくても目に見えて疲れているのがわかりやすい状態だ。テンションがおかしな状態ではない。
「今回は、ゼーウ街の事があって、イレギュラーな事が多い上に、初めて会議に出席する者も多く、やる事が多いのです。言葉は悪いのですが、回数をこなしていけば、慣れが出てくると思います」
「うーん」
「なにか、懸念事項があるのですか?」
「意見が言える場を作るだけのつもりだったからな」
「はい。ですので、継続していただきたい」
「わかった。大変じゃなければ継続しよう」
「ありがとうございます。それに、ワシが担当するのもあと数回です。孫娘の旦那がその後は継続する事になると思います。そうしたら、悠々自適に過ごさせていただきます」
ミュルダ老はニヤリと笑う。
まだ、ミュルダ老は俺のことを解っていない。
優秀な老人達を楽隠居させるわけがない。
「わかった。それなら継続しよう。今年の方法を基本として、マニュアルを作っておけばいいだろう。ミュルダ老から、ルートガーに頼んでおいてくれ」
「かしこまりました」
「あっそれから、元老院という組織を作るからな」
「元老院ですか?」
「あぁ」
「それはどのような組織なのですか?」
俺の構想を説明する。
この会議でぶっこむつもりだったのだ。
引退したがっている。ミュルダ老とシュナイダー老とメリエーラ老とライマン老の4人を行政区とは別の組織にする。
そして、俺の助言役として取り仕切ってもらう。行政区とは切り離して助言役として存在して、権限も何も存在しない。ルートガーに領主が引き継がれてからになるが、元老院としてルートガーの諮問機関として役立ってもらう。
「ツクモ様」
ミュルダ老が俺の顔をまじまじと見ている。
「ツクモ様は、ワシに死ぬまで働けとおっしゃるのですか?」
「そうだ。チアル街に骨を埋めてもらう。お前たちは礎になってもらう」
「玄孫をあやして過ごそうかと思ったのですが、孫娘からあまりかまっていると嫌われると言われたので、丁度いいのかもしれないですな」
「そうだな。ミュルダ老とシュナイダー老とメリエーラ老とライマン老は死ぬまで・・・。いや死んでからも働いてもらおう」
「人使いが荒いお方だ」
ミュルダ老がニヤリと笑う。
「嫌なのか?」
「お受けいたしましょう。シュナイダー殿とメリエーラ殿とライマン殿は、ワシから伝えておきます」
「頼む。すぐじゃなくていいからな。それぞれが、後継者ができたと思ってからで問題ない」
「かしこまりました。メリエーラ殿以外は後継者がおりますので大丈夫でしょう」
「そうか、わかった」
ミュルダ老の後継者は、ルートガーで問題ない。
シュナイダー老の後継者は、今回ゼーウ街に赴任してもらうリヒャルトだ。
ライマン老の後継者は、ロングケープ街の前々領主だった一族の者が居て、ライマン老に匿われていた。領主だった者はすでに他界していて、その子どもは自分は代官を務める器ではないと言っている。領主の孫が男児で、俺に忠誠を誓っている。
この者を、今回の会議に補佐として連れてきている。すぐには無理だろうけど、数年したら代官を任せられるようになるだろうと言われている。
メリエーラ老の後継者は実は必要なくて、ユーバシャールはすでに代官がいるので問題はない。
現在メリエーラ老がやっているのは、エルフ大陸との折衝だ。あとは、チアル大陸の監視体制の構築をおこなっている。これはクリスに引き継がせる事になっているので問題はない。
全体会議は、開催に意味があり、各代官が誰に仕えているのかをしっかり認識させるためにも継続開催が望ましいという事だ。
今後の事はまた追々話すとして、全体会議での議論に関してもまとめた物の説明を受けた。
ドアがノックされた。今日の当番になっている執事だ。
「大主様。ルートガー殿が面会を求めております」
ルートガーかタイミングが丁度いい。
ミュルダ老を見るとうなずいている。
「入れろ」
「かしこまりました」
ルートガーが書類を抱えてやってきた。
なにか報告が有るのだろう。
「ツクモ様!あっミュルダ殿。申し訳ありません。出直しましょうか?」
「いや。いい。お前の悪口を言っていたから丁度よかった」
「え?」
ミュルダ老が笑いをこらえた表情をして
「ルート。ツクモ様のおっしゃっていることを真に受けるな。ワシたちの引退に関してご相談していた所だ」
「え?そっちのほうが問題です。それに”ワシたち”とおっしゃっていますが?」
「ワシとシュナイダー殿とメリエーラ殿とライマン殿だ」
「え?ライマン殿は、次の代官候補をお連れしていますよね?シュナイダー殿?後継者のリヒャルト殿は今回ゼーウ街に行かれますよね?メリエーラ殿はどうされるのですか?」
ミュルダ老も人が悪いな。
今すぐ引退という雰囲気を出しているが、あと数年・・・5年程度は、現役で居てもらうことは伏せている。
ルートガーが俺を見る。
「・・・。そういう事ですか」
「なんだよ。ルート。俺の顔を見て何を納得している」
「ツクモ様。すぐに引退の雰囲気で話をしていますが、数年後だと言うのは変わらないのですね」
「なんだ、気がついたようだぞ、ミュルダ老」
「そのようですな」
それなら、少しミュルダ老とルートガーが当日の話をしていた。
「それでは、ワシはスーン殿と当日の警備の調整をしてきます」
「頼むな。バカが湧いて出るかもしれないから、メリエーラ老も交えて話をしてくれ」
「かしこまりました」
ミュルダ老が、ルートガーに一言二言話をしてから執務室から出ていった。ルートガーはびっくりしているが、言い返せるような内容ではないことは間違いなさそうだ。
実際には、何を言われたのか聞こえたのだが、聞こえなかったフリをしてやるのがいいだろう。
「さて、ルートガー。何か用事だったのだよな」
「そうでした。当日までに決裁してほしい書類です」
「これだけでいいのか?」
ルートガーが持ってきたのは、決裁としては20くらいだろうか?
ルートガーから渡された書類を眺めてみるが、問題なく処理できる物だ。
「はい。却下した物も多く、お渡しした物以外は当日の話に関わってきます」
「そうか、それで却下した物はどんな物が多い?」
「はい」
要望と言うにはあまりにもお粗末な内容のようだ。
もう少し具体的に出してくれれば問題なく通りそうな案件が多い。
「なぁルート。その却下した物の中で、お前から見て実現姓が高そうな物で、代官が協力的な若手なのはあるか?」
「・・・。即答はできませんが、探せばあると思います」
「頼めるか?」
「構いませんが・・・。どうされるのですか?」
「昼食のあとくらいで、ルートからでも、その代官からでもいいから俺に提案してくれ、なんで却下されたのかを質問する形でな」
「・・・。そういう事ですか、わかりました。問題ヵ所を指摘して、修正案を出させるのですね」
「そうだな。なんでダメなのか説明してもわからないのだろう?」
「そういう代官も多いです」
「それなら、実際に修正する事で今後につなげればいいと思わないか?未来の領主様?」
ルートガーが俺を暫く睨んでから、大きく息を吸い込んで、同じだけ吐き出した。
「貴方は・・・。わかりました、都合がいい者がいるようならあとで書類を回します」
「あぁ頼む」
「かしこまりました」
ルートガーがそれから少しだけ書類の補足をしてから執務室を出ていった。
会議二日前になって、カイたちが戻ってきた。予定よりも早い帰還だ。階層を突破したので帰ってきたという事だ。
ナーシャがボロボロになっているのが、悪いが笑ってしまった。イサーク達に連絡して引き取りにこさせた。ついでに、カトリナにも連絡して、ナーシャに甘味を食べさせる事にした。どうせ、ロックハンドに移動してしまえば暫くは食べられないのは決定事項だ。すきなだけ食べさせる事にした。
それだけのスキルカードは稼いできたのだろう。
アズリはすぐにシロの所に行った。
報告をしてくるという事だ。エリンは、帰って来てすぐにリーリアに捕まって風呂に連れて行かれた。
カイとウミは流石にそれほど疲れていなかったので、スーンと護衛に関しての話をしてくるようだ。頼もしい限りだ。
帰ってきた当日の夕飯は久しぶりに眷属が揃っての食事となった。
エリンが楽しそうにいろいろ説明してくれた。罰とはいえ協力してくれた、ナーシャも食事に招いている。
新しい眷属達もかなりの戦闘訓練をしたようだ。
話を聞く限りでは、ナーシャは解体と採取が主な役目だったようだ。
得たスキルカードを即座に使って攻撃したりするので、価値観が崩壊しそうだと言っていた。
話を聞く限りしっかり罰として機能したようだから問題はなさそうだな。
その上で、カイからしっかりとなんで問題になったのかを説明されて、謝罪もしたので今回”も”許す事にした。パーティーとしての罰はしっかりと受けてもらうが、ロックハンドに行く事が罰と連動しないように気を配る必要がありそうだ。
会議前日に、最終確認とすでに到着している者たちとの会食が行われた。
俺とシロは最初だけ顔を出して、ミュルダ老とルートガーにあとは任せる事にした。
そこで、新しい眷属の紹介をしておく、意識有る魔物と言っても、魔物には違いない。
カイやウミやライは見知っている者も多いので問題にはならないが、エーファ以外の眷属は知っている者は少ない、ほぼ居ないと言ってもいい。攻撃される事は無いだろうが、護衛の問題もあるだろうから、認識をしておいてもらう必要がある。
エーファには人化を解いた姿の披露もしてもらった。
もちろん、眷属の固有スキルに関しては、エーファの人化以外は秘匿した。種族スキルなので、知っている者もいるだろうが、こちらから積極的に手の内を明らかにする必要は無いだろう。
会議当日。俺とシロは最後に入場する。
迎賓館にはそのための通路も作られている。
「カズトさん。僕の格好・・・」
「可愛いぞ」
「よかった」
この日のために作ったドレスを着ている。
俺も同様に作ったイブニングを着ている。慶事の服装だが問題ないだろう。眷属達も各々が着飾った格好をしている。
護衛はカイとウミが本来の姿になって務める。
俺とシロを挟むように、カイとウミが揃って歩く。俺達のすぐ後ろを、エリンとアズリが続く。ライは、エリンが抱えている。
その後ろを、執事の格好をしているオリヴィエと、執事服の女性バージョンを来たリーリアが並んで続く。リーリアと同じ格好をした、ステファナとレイニーが続いて、最後にエーファを先頭にした新眷属たちが続く。
俺の役目は、玉座に座って、シロを隣に座らせてから、会議の始まりを宣言する事だ。
あとは、スーンとミュルダ老とルートガーにまかせておけばいい。
意見を求められる事も基本的にない。
ただ、他の事に意識を持っていかれないようにだけ注意している必要がある。
モデストたちから、商業区や行政区で騒ぎを起こそうとしていた連中の情報が入ってくる。
ヨーンの部下たちからも、眷属経由で情報が入ってくる。やはり何人かがこの会議に合わせて暴動を起こそうとしていたようだ。残念な事に、代官が絡んでいる証拠も見つかった。
不平や不満があるのなら言ってくれればいいのに、すぐに暴力に訴えるのはなおしてほしいと思う。
別に独裁政治をするつもりはない。そのための全体会議なのだ。
当初は予定通りに進んでいたが、一日目が終わって、二日目に突入したあたりから雲行きが怪しくなってきた。
一日目の中盤に、仕込んでいた、却下された要望の修正をおこなったのが悪かったようだ。
各所から、修正案に関しての質問が出てきた。
流石に全部には答えられないので、後日ルートガーが答える事になった。
ルートガーが聞き出して、一件一件要望のダメだしをして、許可できるレベルまで落とし込めた物を俺に持ってくる事に決まった。何か、ルートガーが文句を言っていたが、俺の権限で却下した。
会議は時間通りに進まなかったが、一応全部の議題を処理する事ができた。
最後に俺からの報告をする事になった。
魔の森に関する事だ。
アズリとティリノに関してをぼかしながら、魔の森のダンジョンを攻略した事を告げた。
ダンジョンコアの話は広めていいものではないとルートガーとミュルダ老とメリエーラ老との話で決まったので、ダンジョンコアの話をしないで、魔の森も俺達の勢力圏内に入ったことだけを告げた。
その上で、決定していなかった人事として、ゼーウ街のスラム街開発にリヒャルトが赴いたこと、娘のカトリナからリヒャルトが商隊の長から退いた事が報告された。
魔の森に作る区は二箇所。
1ヶ所は、橋頭堡となる魔の森の中心部に作る休憩所で、ここはSAやPAや道の駅のようなものではなく、簡易的な休憩所の意味合いしかない事を説明した。
その上で、港を一つ作って”ロックハンド”と名付けて、冒険者パーティーのノービスが現地を取りまとめる事と、初代の代官にイサークが就任する事を宣言した。文句は一切出てこない。根回しをしてあったが、知らない者のほうが多い。何かしらのアクションが有るのかと思ったが、何もなく承認された。イサークたちの身分は冒険者のままだが、同時に代官の身分を得て、チアル街所属になる事も決定した。
道の駅やSAやPAに関しても統廃合が行われた。
人口の問題もあるが、男女比の不均等や流通の簡略化を行うためだ。街道沿いに増えてしまった集落をまとめる必要があったための処置だ。
体制表をまとめて後日皆に配布する事になった。
これで、やっとチアル街の体制と仕組みが整った。
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