奴隷市場

北きつね

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第八章 踊手

第四話 遺伝

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 部屋に入った二人は疲れているのもあって、風呂に入ることにした。

「晴海さん。お風呂の準備をします」

「頼む」

 晴海は、礼登から渡されるはずだった資料を従業員から受け取った。

 夕花が風呂の準備を始めたのを見て、封筒を開けて資料を見た。

 資料は、予想通り夕花の母親の情報だった。

(大物だな)

 夕花の母親は、東京都の裏社会をまとめている家の出だ。昔風に言えば、反社会的勢力の家の生まれだ。東京の裏を支えると言っても過言ではない。裏の顔も表の顔も持っている。表の顔の時に使う家の名前が”文月”だ。本当の家名は、”不御月”だ。そして、六条の百家に連なる”文月”は、”不御月”の傍流になる。
 不御月の始まりは、駿河の任侠団体だと言っている。だが、同じ任侠団体が起源だと言っている裏組織は20や30ではない。その中でも、不御月は東京の一部だが裏社会をまとめるだけの大きさを持っている。

 晴海は、不御月の存在や名前はもちろんしっていた。表の名前が文月だと言うのも認識していた。
 夕花が母親の旧姓を聞いた時に、不御月の名前が頭をよぎった。しかし、そのときには”孫娘”を奴隷市場で売る行為を認めるわけがないと考えたのだ。

「晴海さん。お風呂の準備ができました」

「わかった。一緒に入ろう」

「はい!」

(報告書でも、まだ確度は高くないと言っているな。もう少し調査が必要だな)

 晴海は、報告書はあとにしてまずは夕花と風呂に入る方を選んだ。

 お互いの身体を洗いあった。
 夕花は、図書館で晴海を待たせてしまったのを、まだ気にしていたので、晴海は夕花に罰を与えた。

 罰を言われた夕花は、最初は驚いたが、晴海の意図が解ってしまった。嬉しい気持ちと、”もうしわけない”という気持ちで一杯になってしまった。
 しかし、罰は罰だと思って、晴海に言われたとおりに奉仕を行った。

「は・・るみさん」

「夕花。罰を受けた者が嬉しそうにしない」

「え・・・。だって・・・。僕で、晴海さんが満足してくれていると思うと・・・。罰でも、嬉しく・・・て・・・」

「しょうがないな。僕の奥さんは!」

 晴海は、夕花を立たせたて、抱きしめる。

「あっん。駄目です。晴海さん」

「駄目じゃないよ。夕花、お風呂に入ろう」

「はい」

 夕花を抱きしめてキスをして、抱えて湯船に浸かる。屋敷のお風呂と比べると小さいが、二人で入るには十分の広さがある。
 ベッドに戻ってからも二人はお互いを求めあった。

 朝方の3時に晴海は目を覚ました。
 抱きついて眠る夕花のおでこにキスをしてから布団を抜け出す。

 汗と体液を流すために、熱めのシャワーを浴びる。冷蔵庫から、ノンアルコールの飲み物を取り出して、一気に煽る。ベッドで眠る夕花を見てから、資料の続きを読み始める。

(殆ど解っていないのだな)

 確度が低い情報として報告されているが、夕花の母親の情報は秘匿情報が多く調べられない。当時を知る人間も殆ど居ない現状では、調査続行が不可能にも思えるとしめられている。

(・・・。なに?)

 資料には、夕花の出生にも疑義があるとなっている。

 夕花の出生の記憶は残されている。母親も父親も間違いなく登録されている。出生後の遺伝子情報の確認でも問題は見つけられなかった。

 ただし、見つけられなかった情報が不自然なくらいに簡単に入手できている。能見と礼登が不審に思う位に簡単に情報が入手できた。他は、完全に秘匿されているのに、夕花の出生時の情報や本来なら秘匿されるべき遺伝子調査の結果まで入手出来ている。

 現在調査中となっているが、一つの可能性が提示されている。
 古いネットの記事だ。すでに、大本は削除されていて、アーカイブから引っ張り出してきたらしい。改竄されている可能性がある情報として取り扱う必要がある。掲載していたネットニュースはゴシップや都市伝説のような確度が引くい情報を扱ってアクセス数を稼いでいたサイトだ。しかし、記事として時おりスクープや大発見が掲載されるので無視が出来なかったらしい。

 その記事は、東京の裏社会をまとめていた家の少女が誘拐されたという記事だ。

 少女は、誘拐されたが3日後に解放されている。身代金を払ったのか、何が行われたのかはわからないが、解放された。
 ただし、少女は無事ではなかった。乱暴されていたのだ。少女は、性的暴行を受けていた。そして堕胎の手術を受けた。手術の影響から子供が出来ない身体になってしまった。記事には、誘拐に関しての詳細な内容は書かれていない。
 不御月の名前が書かれたカルテが書類には添付されている。内容は、堕胎の手術の内容だけだが、夕花の母親が堕胎手術を受けたのは間違い無いと考えられる。問題は、そこではない。子供が出来ないと言われた人間に子供が出来ている。その上、遺伝子調査を受けて”白”が証明されている。

 晴海は、報告書を読み終えると、インスタントコーヒーを淹れた。
 砂糖もミルクも淹れない。コクが無いただ苦いだけの飲み物を飲みたかったのだ。心に溜まった澱を流すために・・・。

 晴海は情報端末を手に持った。5秒ほど躊躇したが、能見にコールした。3コール以内に出なかったら、報告書の内容は次の報告書が上がってくるまで聞かないと決めた。

1コール
2コール

『晴海様。おはようございます』

「能見。悪いな・・。こんな時間に・・・」

『大丈夫です。報告書がお手元に届いたので、ご連絡があると思い、お待ちしていました』

「そうか・・・。能見。お前は、どう思う?」

『晴海様。私たちは、影です。晴海様のお考えが、私たちの全てです。旦那様となられた晴海様がすべてです』

「・・・。遺伝子調査の結果・・・。そうか、母親の遺骨・・・」

『晴海様。それでもおかしなことです。母親と父親と兄との遺伝的な繋がりが認められるとなっています』

「そうだな」

『現在、調べられるのは、夕花様の遺伝情報だけです』

「ん?そうか、灰にした遺骨からは正確な情報にはならないのか?」

『はい。生家も焼失しております』

「遺伝情報は調べようがないな。もうひとつ気になったのは・・・」

『誘拐事件ですよね?』

「そうだ。不御月が娘を誘拐されるとは思えない」

『はい。私も礼登も同じ意見です。しかし・・・』

「そうだな」

 晴海も解っている。30年以上前の話だ。混乱の時代でもある。

『晴海様』

「カルテと当時の裏社会を知る者をあたってくれ、なにか嫌な感じがする」

『かしこまりました』

 晴海は、能見や礼登を、まだ疑っている。正確には、最後の最後で裏切るのではないかと思っている。
 それでも、能見や礼登を使うと決めた決別が確かな状態になるまで使うと決めたのだ。

「能見。あと、大学を調べてくれ」

『晴海様と夕花奥様の通われる学校ですか?』

「あぁ今日、城井と話をした。文月が、六条家の蔵書を持ち出そうとしたらしい。城井が察して確保してくれたらしいが、稀覯本があるから、金が目的だったのかも知れないが、あまりにも杜撰だし、不自然だ」

「わかりました。蔵書を含めて調査します」

『頼む。きな臭い。周りに動きが無いのが気になる』

 晴海は派手に動いているわけではないが、六条の関係者には、晴海の動向が解るようにしている。
 伊豆の屋敷に引きこもった事も、駿河の大学に通うのも秘密にはしていない。それなのに、接触がないのだ。接触する必要性を感じていないだけならいいが、監視させている様子もない。

「はい」

『新見と寒川と合屋に3日後・・・。いや、もう二日後だな。二日後までに態度を決めろと通達してくれ』

「よろしいのですか?」

『構わない。城井は3日で当主の意見をまとめると言ってきた。出来なければ、城井の息子が新しい家を起こす』

「わかりました。3家には通達します。城井家と同じ条件でよろしいですか?」

『大丈夫だ。会談は、駿河湾の中心地点でやるかな?』

「かしこまりました。来られないものは?」

『リモートでも構わない。その代わり、利権が確保出来るとは考えない方がいいだろう』

「通達の内容に加えます」

『頼む』

 晴海は、指示を飛ばす。
 最後の当主としての責務を捨てるつもりはなかった。六条家と連なる家々が混乱するだけなら問題はない。だが、家に連なる何も知らずに生活している者まで罰を受ける必要を晴海は感じていない。罰は、六条の名前を利用しただけでいいと思っている。

 晴海は、能見とのコールを切って、冷めてしまった苦いだけのコーヒーを飲み込む。
 そして、疲れてベッドで寝ている愛おしい人物を見つめる。

「夕花。僕と夕花の縁はどこから始まって、どこで終わるのだろうね」

 もちろん、寝ている夕花が応えるわけもない。
 晴海は、安っぽいソファーに身体を預けて天井を見つめる。
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