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綺麗な髪と整った容姿が味方とは限らない

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 奏汰は夏凛から受け取ったタオルで顔を拭いていると、耳に誰かの息がかかった。

「灰羽さん、あなたは誰?」

 その声の正体は黒沢さんだった。なぜこんな質問を僕にしたのか以前に、あなたは誰?  という質問に対し僕は戸惑うことしか出来なかった。

「......それはどういう?」

 この反応......なるほど、灰羽さん自身気づいていないのか、徐々に人格が変わっていることに。その証拠に以前売店で会った時と今とじゃ話し方が全く違う、敬語を多用しているし、精神年齢が高くなっている。

「いや、気にしないで」
「はぁ......まあ気になりますけど一応分かりました、それとタオルありがとうございます」

 奏汰はそう言って夏凛にタオルを渡す。

「それじゃあこのタオル、ここに掛けとくから」

 夏凛はそう言い、洗髪台の横にあるタオル掛けにかけた。それを見ていた静華さんはタイミングを計り、2人に声をかけた。

「よし、準備も整ったし! 始めますか」

「指紋を取る勢いでめちゃくちゃ綺麗に洗ってあげる」

「いきなり怖くなりました」

「もー! 夏凛ちゃん変なこと言い過ぎー! 奏汰くんも大丈夫だって......多分......」

「静華さんも不安になること言わないで......」

 僕が不安でいっぱいになった時、清拭が始まった。静華さんはもちろん黒沢さんの腕も確かなものだと確信した僕は......気持ちよく寝てしまっていた。


「ふぅー......」

 お風呂最高......気持ちいいー......毎日でも入りたいけど、男女交代制だから明日はシャワーかな......

 奏汰が清拭をしてもらっている間、るなちゃんは浴場にて朝風呂を楽しんでいた。

「大丈夫そうー?」

 そう言って神崎さんは浴場の扉を開ける。朝の浴場は全く人がおらず、るなちゃんにとって絶好の入浴タイムだ。

「大丈夫......それより......覗かないで......」
「女同士なんだからいいでしょ?」
「......えっち」

 るなちゃんは湯船の隅に置いてあるタオルを手に取り、恥ずかしがりながらも体を隠す。

「ごめんてー......もうちょっとしたら上がりなよー」

「はーい」

 そして5分後、湯船から上がったるなちゃんは完全にお世話されていた。

「まだ髪濡れてる、拭いてあげるからこっちおいで」

「......お願い」

 神崎さんはバスタオルを手にるなちゃんの髪を拭き始めた。髪が傷まないよう優しく水分を拭き取っていき、大体の水分が拭き取れたところで声を掛けた。

「そのままドライヤーもしちゃうね」
「ありがと......」

 本当るなちゃんの髪綺麗......長いし何時もお手入れどうしてるんだろ、大変だろうなぁ。

「はい、終わったよ」
「ありがと......それじゃあ一旦部屋に......戻って──」

 るなちゃんが言い終わる前に神崎さんは話し出し、少しニヤけた顔つきで問いかけた。

「身だしなみを確認してから朝ご飯に奏汰くんを誘うの?」

「なんで......分かるの......」
「いつも見てるからねー」

 るなちゃんがお風呂から上がった時、清拭中の静華さんのテンションも上がっていた。

「わぁー......奏汰くん寝ちゃってる」

 寝顔かわいっ!

「起こすか?」
「まだ朝早いから寝かせておいてあげましょ」
「じゃ、清拭が終わったら起こすということで」
「そうね」

 まったく無防備だな、2人も自分の体を触っているやつが居るのに。灰羽さんさっきまで眠そうじゃなかったのに直ぐ寝ちゃって、そんなに私の腕が良かったか?

「後は余ったお湯を流して終わりっと」
「おつかれ」
「夏凛ちゃんもおつかれー!」

「ん......」

 奏汰は気がつき、目を手で擦る。

「あっ起きた? 清拭終わったよ」
「いつの間に......寝て......」

「初めてからすぐ寝てた、とりあえずシャワー室出るか」

「あれっ髪は? どうしたんですか?」
「シャンプーハット使って洗ったよー」

 便利な物あるなー。

 清拭の後片付けを終えた3人はベッドの方へ、窓を開けていたことにより部屋からは独特な風の音が聞こえてきた。まるでこれから起きる災いを教えてくれているよう。

「この後は朝食だな」
「今日の朝ご飯はなんだろねー!」

 そう2人が言って、奏汰が声を発そうとしている時に部屋のドアがノックされた。

「はーい」

「......あの......朝ご飯......行かない......?」

 ドアの隙間から左半身だけを出し、るなちゃんはそう言った。

「うん行こー!」
「行こう行こう!」

「それじゃあ私は失礼するよ」

 夏凛はそう言ってドアの方まで歩くと、るなちゃんはそれに反応して神崎さんの後ろへ。

「ん? 夏凛も居たのか」
「それはこっちのセリフだ、雪希子《ゆきこ》」

「そりゃあ担当るなちゃんだし、居ないとまずいでしょ」

「それもそうか、それじゃ2人ともまたね」

 夏凛が部屋から出て廊下を歩こうとした時、静華さんが夏凛を呼び止めた。

「ちょっと待って! 夏凛ちゃんも一緒に朝ご飯どう?」

「もう食べたー」

 夏凛は映画のワンシーンの様に手を振り、事務室へと戻って行った。

「カッコつけてんな」
「いいじゃない、そういうお年頃なのよ」
「同い年がこんなに嫌になったのは初めてだ」

 神崎さんがそう言ったあと、タイミングを計るのが上手い静華さんはいつも通りこの場を収め、みんなを改めてご飯に誘う。

「さっ朝ご飯食べに行きましょー!」
「奏汰も......行くよ......」

 そう言われ、僕は車椅子を走らせようとした......だけど何故か静華さんが車椅子の後ろに移動していた。

「私に任せな」

 いつの間に......それと黒沢さんを真似たのかな? ちょっと似てる。

「本当るなちゃんは奏汰くんのこと好きねぇ」
「そっ! ......そんなんじゃない!」

「そんなんってどんなの?」
「もっ......もうっ......いい!」

 なんだ......いつもより上機嫌、何かいい事あったのかな。恋をしてない私には分からないや。

「あっ窓閉めてない! ごめんここで待ってて」

 そう言って静華さんは奏汰を2人の所に置いて、部屋の中へと入っていった。

「よし、窓閉めた、シャワー室の電気も消えてるし水も止まってる──」

 そうだ! お水持って行ってあげよ、冷蔵庫の中にまだ開けてないのがあったはず......っと、これで最後の1本ね、後で補充しとこ。

「よし! 奏汰くーんお待たせー......ってこれ」

 奏汰の元へ行こうとしたその時、静華さんの目に映ったのは1つのスマートフォンだった。

「これたしか夏凛ちゃんのじゃ──」

 スマホの画面に表示されていたのは、何やら怪しいやり取りをする神崎さんと夏凛のメッセージ画面が表示されていた。
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