失恋のご褒美

水天使かくと

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失恋のご褒美

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1話 失恋

夏から秋に変わる涼し気な季節。

私は意を決してある人に告白した。

「廣にい…好きです!」

「うーん、利子ちゃんは俺の妹みたいなもんだから…ごめんね。利子ちゃんには和樹の方がお似合いだと思うよ。」

とその大好きな人は、その大きな手で私の頭を優しくポンポンしながら言った。


私、冬馬利子とうまりこ、中学1年13歳はたった今、失恋した。

小さい時からのお隣さんの兄弟で同い年の弟…雪村和樹ゆきむらかずきと5つ年上の兄…雪村廣樹ゆきむらひろき通称…廣にいとよく遊んでいた。
いわゆる幼馴染というやつだ。

いつの頃からか好きになってたイケメンで物静かな優しい兄にやっとの思いで告白したのに速攻に撃沈…。

彼女がいるとかなんとか理由はいってたけど私の頭はショックからか真っ白になってて彼が何を言ってたかなんて覚えているわけがない。

妹かぁ…そりゃそうよね。
13歳と18歳じゃ大人と子供だもん。
相手にされるわけないよね。

それに和樹とお似合いだなんてそんなのないよー。和樹はまだまだ全然お子様なんだもん。

廣にいに振られた私。
もう顔合わせ辛いなぁ。
廣にい特製カレーも食べにいけなくなるなぁ…。

両親が共働きで遅かった私と彼らは、廣にいがよく作ってくれた特製カレーを食べてお喋りしながら寂しさを忘れていた。
楽しいひとときだった。


夕方、気が付いたら私は小さい頃からいつも遊んでいた公園のブランコに1人座っていた。
涙を流しながら…。

「よ!利子、どうしたんだよ、こんなところで。」

私が頭をあげるとそこには幼馴染で同級生の能天気お調子者キャラの弟、和樹が立っていた。

「うわ!何泣いてんだよ。顔ぐずぐずじゃねえかよ。」

「いいの!もうどうだって。しかもあんただしね。」

「なんだよそれ!失礼なやつだなぁ…ほい。」といってポケットティッシュをくれた。

「ありがと。」と私はそれを受け取り涙でぐずぐずになっていた顔と鼻をすすりながら拭き取った。

こんな感じで兄の廣樹とはちがって、弟の和樹のほうはいつも明るくて能天気なお調子者。
だけど私のことはいつも気にかけてくれる幼馴染の親友かな?

恋愛に発展しないのって?
ないない!だって彼、私より背も低くてお子様なんだもん。
とても男としてはみれないもん。

「失恋でもした?兄貴に…。」

「えっ!なんで知ってんの?」

「なんとなくな。お前兄貴のことずっと好きだって言ってただろ?でも兄貴、彼女いるよ。」

「言われたから知ってるよ。だから失恋なんじゃない。追い打ちかけないでよ、ばか。それにさ、妹みたいって言われた。」

私はまた目に涙があふれてきた。

「あー悪かったって。泣くなよ。よしよし!いい子いい子!」

といってわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれる。
ほんとだったら、何やってんのよーと怒るとこなんだろうけど、今の失恋した私にはそんな気力もなくむしろそれが心地いいくらいで嬉しかった。

「いつかお前を癒してやれるカッコイイ男になれたら俺がご褒美をやる!その時は俺とつきあってみてくれる?」

いつになく真剣にいう和樹のそのまなざしに一瞬、ときめきそうになってしまったけどすぐに現実に戻った。

「何言ってんのよ!私よりも背が低いくせにー!せめて私より大きくなってたらね!」

と笑ってみせた。
いつの間にか笑顔になってる自分がいた。

「ひでー、俺の1番気にしてることをー。血も涙もねえな。」

こんなたわいもないやり取りだけど私はとても心が救われていた。

「よし!笑顔になったな!じゃあ言っても大丈夫だな。俺たち引っ越すことになったから…。」

私はしばらく言葉が出なかった。


それから数日後、隣の兄弟、廣にいと和樹は両親の仕事の関係で引っ越してしまった。

あの時みたいにもう、廣にいの作ってくれた特製カレーを食べることは本当になくなったんだ。


2話       再会


それから10年がたった。

私は大学も卒業しIT関係の会社のデザイン科へ就職して、はや1年がすぎた。

仕事は毎日忙しいけど、それなりになんとか軌道にのれて頑張っている。
でもやはり人手不足もあり残業も、正直増えてきてはいる。

そんなとき、同じ関連会社から1人優秀な人材が派遣されることになったらしい。

毎朝の朝礼で部長が1人の男性社員を連れて入ってきた。

「えー、みんな紹介する。今日からうちで働いてくれることになった雪村くんだ。彼はいくつも案件を担当している我が社でもとても優秀な社員だ。きっとみんなをサポートしてくれるだろう。」

私は目を…耳を…疑った。
彼ってまさか……あの雪村和樹?

「えー、雪村和樹です。僕はみなさんと楽しく仕事ができれば最高だと思っています。どうぞよろしくお願いします。」

と簡単にでも笑顔で挨拶した。

笑顔で迎える社員の拍手の中、私だけがきょとんとした表情で立ち尽くしていた。
そして、その笑顔は10年前の私をいつも励ましてくれていた笑顔そのままだったと実感していた。

ただ一つ違ったのは…

身長が私よりずっと高くなっていること!うそでしょー!
190㎝はあろうかというくらいに大きくなってる!

ってなことを考えていると朝礼を解散し、皆が各席に戻っている中から部長と和樹が私の方へやってきた。そしてボーっとしている私に部長が喝を入れるかのように声を荒げた。

「おい、冬馬!なにボーっとしてるんだ!シャキッとしろ!」

その言葉に私はハッと我に返った。

「は、はい。すいません。」

と部長に答えたその横で和樹がくすりと笑っている。

「冬馬、お前集中力が足らねえんじゃないか。もっとしっかりしろよ。ところで雪村の席だがお前の隣だから、いろいろと彼に教えてやってくれ。お前もデザイン担当として彼に聞いたらいい。じゃよろしくな。」

といい足早に部長はフロアをあとにした。

私は恐る恐る見上げるように和樹の顔を見る。
和樹は私に視線をまっすぐに向けながらにっこりと微笑んでいる。

やっぱりあの時の和樹だ。
私は自分の顔が自然とほころんでいくのが分かった。

「何にやにやしてんだよ!」

「えっ!だって…。」

私は言葉につまる。
フッとわらって和樹がいう。

「元気だったか?利子。」

そのどこか落ち着き払った和樹のやわらかな表情に私の緊張は徐々にほぐれていく。

「うん!」

和樹のその言葉に…その笑顔に…私はどこか懐かしさと安心感を感じていた。

でも、こんなに背が伸びてたなんて!しかも妙に落ち着いて大人っぽくなっちゃって反則だよー。

あれこれ考えたかったけど、とにかく今は仕事仕事!と自分に言い聞かせた。

その後は和樹への対応と自分の仕事で今日1日…訳もわからずヘトヘトに過ぎていった。

3話       引継ぎ


次の日の朝。

朝が苦手な私は今日もギリギリまで寝ていて、2度目の目覚ましの音で飛び起き、急いで身支度を整え会社に向かう日々。


「おはよう、利子!」

オフィスに着くなりすでに出社していた和樹からの朝の元気な挨拶。

「お、おはよう。早いね。」

「おいおい何言ってんだ?時間ギリギリだぞ。」

しまった!
そうだった。

と焦りながら慌てて乱れた髪と服装を整える。

「相変わらずだな。利子は昔から朝は苦手だったもんな。いつも俺達が迎えに行ってたし。」

そうなのだ。
小学生からいつも起きれずに2人が迎えに来てくれてたっけ。

「ははは。そうだったよね。」

懐かしいなー。

廣にいもどうしてるかな?
会いたいな。

「ねぇ和樹、廣にいは元気?今どうしてるの?」

その私の言葉に一瞬、和樹の顔が曇ったように感じた。

「元気だよ。」

と素っ気なく言った言葉になぜか少し違和感を覚えたが、この時は特別気にも止めなかった。

そんな時、いきなり部長から大きな声で呼ばれた。和樹も一緒に。

私たちは2人そろって部長の前に行った。

私たちに目をやるなり部長は言った。
 
「2人に相談なんだが、急遽、大きな案件を抱えることになった。そこでだ。その案件に雪村くん、君も参加してほしいんだ。」

すかさず和樹が言った。

「今の案件に加えてさらに大きな案件を抱えるのは、さすがに無理ですよ部長。」

少し焦ってる和樹の心情を悟ったのか、部長がさらに続けた。

「まあまあ、落ち着けって。そこでだ。雪村くんの今の案件を冬馬に引き継いでもらえんかと考えているんだがどうだ?」

私はちょっとどころじゃないほど焦った表情で部長に駆け寄った。

「ぶ、部長、それは困ります。私なんてまだまだですし、和樹…いえ、雪村さんが受けてる案件なんて代わりにできるわけありません。」

ほんとにそうなんだ。
まだまだデザインの勉強中だし、今から和樹の案件を請け負うなんて荷が重すぎるよ。

私の血相を変えた表情と声で部長も少し困った様子で

「おいおい、冬馬落ち着けって。これはお前にとってもいいチャンスだと思うんだがな。」

「でも…。」

私が言うのをさえぎるように和樹が割り込んでくる。

「大丈夫です、部長。僕が冬馬さんにしっかり引き継いでフォローしますので。」

和樹のそのはっきりとした口調に、私はもう何も言えなかった。

部長もまた、安堵した表情で私たちに言った。

「まぁ…なんだ。これも冬馬、お前のチャンスだと思ってがんばってくれ。いいな。雪村くんも来て早々だかよろしく頼むな!」

和樹は動じない態度で

「はい。」と一言。

その後を追いかけるように沈んで落ち込んだ私の

「はい…。」

に和樹のちょっと同情めいたため息が聴こえたような気がしたが、それに返す余裕はもう、私にはなかった。

安堵した部長がさらに私達2人に言った。

「雪村くん、さっそくなんだが、その引き継ぎを今すぐお願いしたいんだができるか?」

「今からですか?各データと資料は自宅にあり、今日は持参しておりませんが…。」

と和樹が答えた。

「じゃあ、悪いが今から帰って、そのまま今日中に冬馬に引き継いでやってくれないか?引き継ぎが終わればそのまま直帰でいいからな。」

部長は満面の笑顔を私達2人に向けた。

和樹は迷わず「わかりました。」と答え、私はしばらく呆然とたたずんでいた。

4話       別人


会社を出て、私達は和樹の住んでるマンションの前にいた。
玄関のドアの前で

「ここでちょっと待っててくれる?資料とデータ取ってくるから。」と和樹がいった。

「えっ?引き継ぎは家でするんじゃないの?」

私はてっきり和樹の家で引き継ぎをするものとばかり思ってた。
もちろん、変な意味なんか一切ないんだけどね。

「なんだよそれ、誘ってんの?」

と和樹がニヤリと微笑みながら私の顔を覗き込んだ。

「ま、まさか!そんな訳ないじゃない!なにいってんの。」と私はちょっと焦り動揺した。

「冗談だよ。えっと今日はちょっと部屋が散らかってるからさ、近くにカフェがあるからそこで渡したいんだ。いいか?」

と言う彼の表情は少し困惑してるように見えた。

「うん。」

少しの違和感を感じながらも私は小さく返事をしたのを確認し、和樹は部屋に入って行った。


しばらく玄関の前で待っていると、後ろから男性の声がした。

「あんた誰?ここで何してんの?」

びっくりして振り向くとそこにはラフな格好をしたスラリとしたイケメンが険しい表情でこっちを見ていた。

「あっ、えっと…すみません。ちょっとここの人を待ってるんです。」

その人は私の顔と玄関の方を交互に見て、ゆっくりうなずきながら笑った。

「君、利子ちゃんだろ?冬馬利子ちゃん!」

「えっ?」

私は驚きとそのどこか懐かしい声に戸惑いながらその男性の顔を見た。

そしてはっと気づいた。

「廣にい!!」
私は思わず大きな声で叫んでしまっていた。

だって…だって…見た目がかなり違っていて別人みたいなんだもん。

髪はずっと切っていないのか肩まで伸び放題だし、よれた白のTシャツに膝までのハーフパンツ。裸足にサンダルのかなりラフすぎる格好で立っている。

だから昔の高校時代の爽やかイケメンの面影はみじんも見えなくなってたからすぐにはわからなかった。

「そうだよ。利子ちゃん久しぶりだね。しかもこんなところで。」

「えっ、えっ、えー!もしかして和樹と一緒に住んでるの?」

私はそれにもまたびっくりしてしまった。

「まあね。僕もちょっといろいろあってね。今はこの和樹の家に住まわせてもらってるってわけ。」

「へー。そうなんだぁ…。」

と私のおどろいた顔を見るなり、いきなり至近距離で覗き込んでくる廣にいに私は思わずドキッとした。

目をぱちくりしながら、恥ずかしくて視線を外そうとするけどうつむくことが精一杯だった。

「へー!利子ちゃん、君、綺麗になったね。」

「えっ!!」

私はいきなりの廣にいの言葉に一瞬言葉を詰まらせた。

廣にいは普通の姿勢に戻るとニヤリとしてさらに一言、私に言った。

「俺好みの女の子に育ったじゃん。利子ちゃんさ、俺に告白したろ昔。まだ俺のこと好き?だったらさ…俺とつきあってみない?」

「えっと…それはその…。」

言葉に詰まった私。

びっくりしたのと学生時代とはいえ、好きだった憧れの人を目の前にして、しかもつきあってだなんて…。夢のような言葉にドキドキしてしまっていた。

「もちろんすぐにとは言わないよ。とりあえずLINE交換しよ?はい、スマホ出して。」

私はつい言われるがままにスマホをだすと、廣にいは半ば強引にスマホをとりあげアドレス交換を済ませた。

廣にいが私にスマホを返したと同時に玄関の扉がガチャッと開き和樹が出てきた。

「兄貴!!もう帰ってきたのかよ。」

和樹がかなり焦った様子で廣にいに話しかける様子は、私でも尋常じゃないことは一目でわかってしまった。

「帰ってきたらなんかまずいことでもあんの?で、なんでお前が利子ちゃんといんの?もしかして2人…付き合ってるとか?」

「そんなわけないだろ!!」

と声を荒げて言いながら私の手首をつかみ、その場を立ち去るよう足早に歩き出した。
私はされるがままに和樹について行くしかなかった。

去り際にふと後ろを振り向き廣にいを見た。
廣にいはにっこり笑い、またねと言わんばかりに私に小さく手を振っていた。


5話       衝撃


「ねぇ!ねぇってば!ちょっと和樹痛い。」
私は引っ張られる手首の痛さで思わず叫んだ。

「あっ、悪い。」

和樹はその言葉にすぐに立ち止まり、そして手を離した。私達は少し息を荒げながらしばらく無言のままでいた。

私はどうしても気になっていたことを聞いてみた。廣にいの事…。

「ねぇ、廣にいと今、一緒に住んでるの?いつからこっちに?今何してるの?あと…彼女とかは?あっ、ごめん。」

私は思わず和樹の袖口を掴みながら強い口調で彼を質問攻めにしていた。
すぐに離したものの、なんか気まずい状況になってしまっていた。
和樹は今の私の動揺した姿をみてちょっと驚いていた。

すぐにいつもの冷静さを取り戻し毅然とした態度で私に言った。

「あいつは…兄貴はもう昔の兄貴じゃない。だから近づくな!いいな。」

あいつだなんて…。

「なんでそんな言い方を?いったいどうして?廣にいに何があったの?お願いだから教えて。」

和樹は表情硬く黙っている。
私は必死だった。知りたかった。

あの優しくてカッコよかった廣にいといつも慕って仲が良かった和樹との間にいったい何があったのかを…。

「どうしても教えてくれないなら私、廣にいに会いに行くから!」

和樹の表情が一変、余裕のない焦りと動揺の表情一色になっていた。

「やめろ!まじやめろ!兄貴はもう昔の兄貴じゃないんだ。女性を女性と見ていない…そんな扱いをされる。利子、お前が傷つくだけだ。お前が心配で大事だから言ってんだ。」

いつになく声を荒げた和樹の態度に焦った私。

「じゃあちゃんと教えて。廣にいに何がったのか、どう変わっちゃったのか、なんで和樹と暮らしてるのか、全部。」

和樹は私の勢いに観念したかのように、はぁ…と大きくため息をついて言った。

「わかった…話すよ。引き継ぎの件もあるからこのままカフェでいいか?」

そういいながら近くのカフェまで歩き出し、私もその後を追うようについていった。

近くのカフェで私と和樹は一杯ずつホットコーヒーを注文し、お互いに一口ずつ飲んでほっと一息ついた。

「で…何から聞きたいんだ?」

と和樹はもったいぶるように、そしてちょっと意地悪そうに私に話を切り出した。

「なんで廣にいに会っちゃダメなの?和樹はなんでそんなに廣にいを気嫌いしてるの?昔はあんなに仲が良かったのに…。」

和樹は私の質問を聴いてふぅと1呼吸ついた。
そしてゆっくり話し始めた。

「引っ越してから、兄貴は高校卒業して地元の大学に入ったんだ。そこで兄貴は変なサークルのヤバい先輩らから仲間に引き込まれて、飲み会を開いては女の子を酔わせてみんなで乱暴してたんだ。」

「うそ!そんなの何かの間違いじゃ…。」

私は動揺とショックで体が震えた。
和樹は首を横に振った。

「引っ越した先で親友になったやつがいたんだ。その姉さんも被害者で親友から聞いた話だから確かだよ。そのことがあってから親友の姉さんは精神的に病んで家族で引っ越したさ。親友ともそれっきり。」

私は和樹のこんな切ない表情初めてみた。

「地元のお偉いさんの一人息子がそのサークルのリーダーならなおさらだ。それからもしばらくはやりたい放題してたらしいが、そのリーダーのやつが抵抗した女の子を殴ってそのグループ全員警察沙汰にな。ま、父親の力でそいつも兄貴も証拠不十分とかなんとかですぐに釈放。バカだろ。」

そう言った和樹はしばらくの間、うつむき目を閉じた。私はなにか言わなきゃと思ったけど、とても言えなかった。何もかもショックすぎて…。

「それに…。」

と和樹が不意に目を開けさらに続けた。

「兄貴は俺の彼女も奪ったんだ。」

そういった和樹の手は震えていた。

私は最後の一言で全てを悟ったような気がしてそのことに関しては何も聞くことができなかった。

2人してしばらく沈黙が続いた後、和樹の…さ!やるか。の一言で私達は仕事の引き継ぎへと意識を向け始めた。

当然、私の頭の中はそれどころじゃなかったけど、今はこの和樹との引き継ぎにひたすら集中することであのショッキングな話をなんとか頭から追い払うことができたのだった。


どれくらい経っただろう…。

窓の外はもう真っ暗になっていた。
引き継ぎを終えた私達はカフェを出た。
和樹は私を最寄り駅まで送ってくれてそこで別れた。

電車の中も…自宅への歩く時間も…自宅に着いてからも…和樹から聞いたことが頭をグルグルめぐっていた私。

今は疲れと動揺でかなりのダメージを受けた私の心はもちそうもなく、お風呂から上がるとすぐにベットへ倒れこみそのまま意識を失って眠りに落ちてしまっていた…。


6話       すれ違い

      
次の日もいつも通りにやってきてはいつもの忙しい毎日に私は没頭しなきゃならない現実。

しかも和樹が新プロジェクトへの移行が決まってからはさらに忙しい毎日を送っていた。

もちろん和樹もまた、私よりもバタバタの日々を過ごし私たちはデスクが隣同士にも関わらずほぼすれ違いの毎日。

そんな中、私は少し寂しさを覚えていた。

その日もやっと休憩で自分のデスクでひと息ついた時、向こうから和樹が来るのが見えた。
とっさに私は和樹に歩み寄り、笑顔で「和樹!」 と呼びかけた。
和樹は一瞬、私に振り返ってはみたが「あー、悪い、すぐ戻らなきゃならないんだ。またな。」 とすぐに行ってしまった。

「はぁ…。」と私は深いため息をついた。
しゃーないよねと自分をなだめ、私もまた仕事に戻った。


気がつくと外はもう真っ暗になっていた。

はぁ…やっと終わった。
疲れ果ててた私はゆっくりと帰る準備をしていたが、ふとみると和樹はまだ終わりそうに無さそうに忙しくミーティングをしていた。

私は和樹の姿に向けて「おつかれ!」と小声で伝え、足早に家路についた。

自宅に帰りついてからも、本当は倒れ込むように寝たかったがそこはなんとか耐えて入浴と着替えを終え、カップラーメンをすすり、歯磨きを済ませてからとりあえずベットにやっと倒れ込んだ。

だけど体の疲労感とは裏腹に気持ちはなぜか高ぶりを覚え、なかなか寝られないまま時間だけが過ぎていった。

ふと時計をみると夜中の1時をまわろうとしていて私の睡魔もほどよく襲ってこようとしていた時スマホが鳴った。

びっくりして画面をみるとそれは、和樹からのLINEだった。

そこには…
『夜分にごめんな。実は兄貴が利子に会いたがってて家で食事を一緒にしたがってるんだ。俺にもちゃんと謝ってきた。もし利子がよければ明日仕事が終わったら家に来いよ。待ってる。』と…。

私はちょっとなんで急に?とは思ったけど、2人でいろんな話をして和解できたんだろうと逆にホッとしながら『了解!明日また詳しく聞かせてね。』とだけ返信した。

私は2人が和解できたとの勝手な思い込みではあったが、気持ちが安らいだのかそのまま深い眠りについていた。

詳しくは明日また会社ででも聞けるしねと思いながら…。


7話       嘘


翌日、会社に行くといつも私より早くに出勤してる和樹がいない。

新プロジェクトのメンバーの1人がいたので聞いてみると、どうやら今日は朝から外部で会議らしい。帰りもはっきりはわからないらしい。忙しいんだなぁ。直接話したかったけど行く前にLINEだけさせてもらおう…そう思いながら自分の任された仕事に意識を向けた。

その日の夕方、仕事は偶然にも早くに終わることができた。

案の定、和樹の姿はまだない。
もしかしたら向こうから直帰なのかもしれない。

そう思った私は素早く帰り支度を整えると足早に会社をあとにした。

和樹に今から行くねのLINEにも返信はなく、私は家に居るであろう…廣にいに少し緊張しながらもLINEをしてみた。
廣にいからの返信はすぐにきた。

『おいで!待ってる。』と。

和樹の自宅の玄関の前…着いてしまった。
和樹は帰ってるんだろうか…それともまだなの?なんていろいろ考えてしまう私。

廣にいと会うのも和樹と3人で会った気まづい時以来だしなんだか緊張するなぁ…。

とりあえず意を決して私はインターホンを押した。

(ピンポーン。ドアがガチャと開いた)

「いらっしゃい利子ちゃん!よく来てくれたね!さ、上がって上がって!」

と大好きだった頃の素敵な廣にいの笑顔は健在で、私はあの時のトキメキが蘇るような感覚に襲われた。

だめだめ!
廣にいはもうあの時の廣にいじゃないんだから。

「おじゃまします。」と挨拶し通されるままにリビングへと足を踏み入れた。

部屋はとても整理整頓されていて、無駄なものは一切ないといった感じのモノトーン調の落ち着いた雰囲気だった。

一通り見渡したけど和樹はいない。
まだ仕事なの?

「あの、廣にい?和樹は?和樹はまだ帰ってないの?」と私は少し不安になりながらも聞いた。

「あー、和樹は帰ってきたよ。でも買い忘れた物があるとかなんとかでまた出かけたよ。まぁ、すぐ戻ってくるよ。コーヒー入れるからさ、くつろいで待っててよ。ね。」と廣にいは余裕な表情でしかも満面の笑みで言った。

私はソファに促されとりあえず座った。
座った後も落ち着かない自分がいた。

今の状況…。
廣にいはコーヒーを入れてくれている。
和樹は自宅に居ない。
和樹にLINEを送っても返ってこない。

まさか…。
和樹は私が来ていることを知らない?
食事に招待も実はうそ?
今、私は廣にいと部屋で二人きり…。

これってもしかしてヤバい状況なの?
私の中で緊張が走り顔が強ばっていくのがわかった。でもそれを廣にいに気づかれないよう必死で平静を保つのに私は必死だった。

「はい、コーヒー!とびきりおいしいやつだよ。どうぞ!」

と廣にいが笑顔でそっと入れたての熱いコーヒーを差し出す。自分のコーヒーも私の隣に置いた。

そして廣にいはゆっくりと私の隣に腰掛けた。

憧れだった廣にいがこんなに近くにいて二人きり。和樹から聞いてしまった過去とが交錯する中、私の心は動揺しっぱなしだった。

不意に「飲まないの?」と廣にいは言った。

「えっ!あ…うん…いただきます。」と私は少し言葉に詰まった。

「なにー、利子ちゃん緊張しちゃってる?かわいいなぁ。それにそのコーヒーには何も入ってなんかないから安心して。」と廣にいは笑いながら言った。

だよねと思いながら「いただきます。」といった私の声はちょっと震えていた。
1口飲んだけど普通に美味しかった。

マグカップを置いた瞬間、くすっと笑う廣にいの声。ゆっくり廣にいの方を見ると私のことをじっと見つめてこう言った。

「利子ちゃん、ほんとに綺麗になったよな。」

「えっ!?」

思わずドキッとして自分が赤面していくのがわかる。そのまま、廣にいの優しい瞳から目をそらせられない私…。

この澄んだ瞳と優しい雰囲気に惹かれたあの時の私。廣にいに惹かれた自分を思い返しながら、私はしばらくボーっとしてしまっていた。

廣にいに見とれた私の頬に大きな手が触れ、私はハッと我に返り身をしりぞけた。
それと同時に横に置いていたバックの中のスマホが鳴った。LINEメッセージの音だ。

私はそっと伺うように廣にいを見た。
廣にいは笑顔で「どうぞ。」といった。

私は急いでバックからスマホを取り出しLINEメッセージを見た。
そこには1件、和樹からのメッセージがあった。

『なんで利子がそこにいる。俺は何も知らないし連絡してない。たぶん兄貴の仕業だ。とにかく急いで帰るけど利子はそこからすぐ帰れ。兄貴から離れろ。』

と慌てた様子の要件だけのメッセージだった。
私はすぐに和樹に電話したけど繋がらなかった。
おそらく必死でここに向かっているのだろう。

「何?今の和樹かな?」と私に問いかける廣にいの表情は余裕に満ちていた。

「うん…。ねぇ廣にい?和樹は食事会も私がここにいることも知らなかったって…どうして?和樹は廣にいの仕業だって…。」と私の声と顔は動揺してるのがわかるほど震え、そして泣きそうになっていた。

しばらく無言だった廣にいは別人になったかのように切り出した。

「はぁ~、もうバレちゃったか。そうだよ、全部、俺一人でがやったこと!」

私は動揺し出ない声を振り絞って言った。

「な、なんでそんなことを?」

「だってさ、そうでもしないと利子ちゃん…来てくんないでしょ?和樹も俺を警戒して利子ちゃんをガードしてるしさ…。アイツも毎日毎日、仕事と家の往復でバタンキューしてたから、寝てる間にちょっとスマホをいじって利子ちゃんにLINEしちゃったってわけ。昔から和樹はスマホに執着するほうじゃないし、気づかないアイツがダメなんだよ。」

そう淡々とそう話す廣にいに悪びれる様子はみられなかった。

廣にい、ほんとに変わっちゃったの?と心で呟く私…。
俯く私の目に映る視界はいびつに歪んでゆく…涙…。

私のあこがれの人はどこへいったの?
私が好きになった人はどこにいったの?
もう、私の好きだった廣にいはいないの?

不意に私の頭を優しく撫でポンポンする大きな手。びっくりして思わず廣にいを見上げた私…。

「利子ちゃん、大丈夫?」

「えっ…?」

何これ?
廣にいの懐かしい手が安心するなんて…。
今は正直、不安要素の方が大きいはずなのに…なぜだろう。あの時のように懐かしさが募る。

そんな私の表情を感じ取ったのか、廣にいは反対側の手で私の腕を引き寄せ強く抱きしめてきた。

「えっ、えっ!?」

「相変わらずかわいいね。なぁ、利子ちゃん…今から俺とつきあわない?」

不意に言われたその言葉に、私の口からとっさに出た言葉…それは…。

「そうやって和樹の彼女も奪ったの?」

一瞬、廣にいの体が固まったのを感じた。
そして抱きしめた私の体をゆっくり離し、はぁ…と大きくため息をついた。

「それ、和樹に聞いたの?」

「えっ…う…うん。あっ、でもたぶん和樹はそんなこと言うつもりはなかったと思う。私が気を荒げさせてしまったから…。」

私はとっさに出た言葉だったけど内容が内容なだけにちょっと後悔した。

「いや、いいんだ。そっか…そうだよな。あいつ自分の彼女が俺に寝取られてもなんも言わなかったんだよ…いつも。なぜ怒らないのか正直心配だった。そっか自分から言ったのか。」

と廣にいの表情は心から安心しているようだった。

「いつも?今、いつもって言った?」

一回だけの事だと思っていた私は廣にいに聞き返した。

「ああ。利子ちゃん、和樹から詳しく聞いたんじゃないのか?」

と廣にいはちょっと焦った様子で言った。

「そんなに詳しくは…。勝手に1回だと。ひどいよ!廣にい!なんでそんなことしたのよー!いくらなんでもひどいよ…。」

と私は激しく泣きながら廣にいの胸の中で泣き崩れた。

廣にいはかなり焦ったようで私を必死でなだめた。

「利子ちゃん…。わかったよ。全部話すからそれで許してくれるかな?」

私は廣にいを見上げ、その困ったような笑顔に少し安堵しそして小さくうなずいた。


8話       真実


廣にいは1呼吸おいてゆっくり話し始めた。

「引っ越したあと、和樹は何人かの女の子と付き合ってたよ。でも全然楽しそうにはみえなかった。ある時、俺が家に帰ったら和樹の彼女が居て、やっと会えたって抱きついてきたんだ。その女は俺に近付きたくて和樹の彼女になったんだって。その時、ジュースを買いに行ってた和樹が帰ってきて鉢合わせ。そのあとの女たちも似たり寄ったりで、俺に色目を使う最低の女達だったよ。そんな女達だったから、確かに俺はわざと寝取ったりもした。ただそんな浮気現場をみてもあいつ、怒らないんだよ。心ここにあらずって感じで…。平然として別れてた。」

私は黙って聞いているしかなかった。

「それに…。」

と廣にいはちょっと躊躇しながら口を濁した。

「なに?…言って?」

私はその言葉の先が気になった。

「和樹が付き合う女の子はみんな、どことなく君に…利子ちゃんに似てたんだよ。自分じゃ気づいてないみたいだけどね。利子ちゃん、この意味わかる?」

と廣にいは私に問いかけてきた。

私だってそれなりに恋愛経験はある。
だけど…ほんとに和樹はずっと私のことが好きだったってこと?

「和樹は好きになった利子ちゃんへの面影を無意識に他の女の子へ重ねていたのかもしれない。でも女の子たちは和樹を見てはいなかった。だから、俺はわざと女の子を…彼女を奪った。気づかせるためにね。でもいつも無反応な態度に心配してたんだ。でも利子ちゃんにそれを話したってことは少しは意識の中に怒りの感情があったってことだろ?それとも話したのが利子ちゃんだったからかな?とにかくあいつの中でそんな事があったって聞けてちょっと嬉しかったってわけ。」

と廣にいは全てを話してくれた。

「でもそんな話を聞いたって、私どうしたらいいか…。」

私はかなり動揺していた。


そりゃそうだよー。
和樹はそんな対象じゃないって思ってたし、再会したのも最近だし…。

「あいつは不器用だから。でも和樹はずっと君のことが好きだったんだ。」

廣にいのストレートな言葉に何も言えない私。

「……。」

無言でうつむく私に再び大きな手が頭を包み、ポンポンと優しく撫でる。
今度は私の中に不安感など微塵もなく、逆に昔の廣にいの優しい手がそこにあった。

「利子ちゃんはそのままでいいんだよ。」

と廣にいが笑顔で私にいったその瞬間!

玄関のドアを乱暴に開け、バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえた。
リビングから見えたのは和樹で急いで走ってきたのがすぐわかる程、慌て焦り息を切らせていた。
しかも私と廣にいの姿をみるなり…。

「はっ!兄貴ーーー!俺の利子に触んな!」

と叫びながら廣にいに駆け寄り思いきり殴った。

「きゃあ!!」

私は驚きで思わず声をあげた。

廣にいはその殴られた勢いで床に倒れ込んだ。

「いって…。」

廣にいは口もとを押さえていた。

「廣にい!!大丈夫?」私は廣にいに駆け寄った。そして和樹の方を振り向いた。

「和樹、何すんの?今のは誤解だよー。」

「えっ?」和樹はキツネにつままれたような顔をしている。

その横で倒れていた廣にいが起き上がりながら言った。

「いいんだよ、これで。」

和樹が冷ややかに廣にいに問い詰める。

「それより兄貴、なんで利子に嘘ついて家に誘ったんだ。しかも俺になりすまして誘い出すなんていったい何考えてるんだ!」

和樹は今思ってることを全てぶちまけた。

「和樹、お前は利子ちゃんが好きなんだろ?しかもずっと大昔からな。」

そう言った廣にいは少し意地悪そう。

「なっ!なんでそうなる?俺は別に…。」

和樹はかなり焦った様子で言った。

「和樹、お前気づいてないのか?自分で言ったんだぞ。俺の利子に触んなー!てな。」

「あっ…。」和樹は黙り込んだ。

そして不意になんとなく和樹と目が合ってしまった私は恥ずかしさと動揺ですぐに目を逸らしてしまった。

「和樹、お前は利子ちゃんが俺を好きだって気づいた時から、俺と利子ちゃんに遠慮して自分の気持ちに蓋をしたんだろ?でももう自分の気持ちに嘘つかなくていいんだよ。」

廣にいは和樹の誤解を解くために一部始終あったことを伝えた。
和樹もそれは理解し、そして納得したようだった。

「俺も過去にやってしまった事は絶対に消せないし申し訳なかったと思ってる。償いにはならないかもしれないけど、これからは真面目にやっていこうと思ってる。突然おしかけたお前には悪かったけどな。」

突然、廣にいから出た言葉に1番に驚いてるのは和樹だった。

「じゃあ、なんでちゃんと俺に言わねぇんだよ!わかんないだろ。」

と和樹は言ったけど、その表情はどこか穏やかだった。

「なんども言おうとしたさ。だけどお前いつも怒ったような態度だったし、聞く耳持たなかったのはお前だろ?」

廣にいの言葉に納得したのか和樹は黙っていた。

「でもさ、利子ちゃんはほんと綺麗になった。だからあの言葉は嘘じゃないよ。俺フリーだからほんとに付き合っちゃおかー!」

廣にいは笑って私を見た。

「うん!」と冗談で返した言葉になんだか昔に戻ったような気持ちになった。

「兄貴ー!おいおい利子も…。」

焦った和樹を見ながら廣にいはまた笑っている。


「さぁ、俺はそろそろ退散するとしますか!近々、ここから出ていくから利子ちゃんが引っ越してくればいいよ!和樹のことは利子ちゃんにまかせる!」

「兄貴ー!もういい加減にしてくれー!」

笑顔で言う廣にいの表情はとても晴れやかだった。

「待って!廣にい、3人で食事はしないの?」

それは焦った私から自然に出た素直な言葉だった。

「ありがとう、利子ちゃん!でもさすがに君たち2人の邪魔はしたくないからね。あと利子ちゃん、どんな理由にせよ騙して悪かった。おわびにさ、俺の特製カレー作っといたから2人でたべてね。じゃ!」

と言いながら廣にいはリビングを後にした。

カレー?廣にいのカレー!
あれから食べられなくなって心のどこかで求めてた…あのカレー!

「兄貴がこんなシャレたことするなんてな。」

和樹がボソッと言った。

「うん、廣にいは過去の事も和樹へのことも、周りみんなを傷つけたことを後悔して何かしたかったんじゃないかな。それに……。」

私は少しの間、何も言えずにいた。

「それに…なんだよ。」

和樹は言葉を濁した私に言った。

「廣にいが教えてくれなかったら私、和樹の気持ちに一生気づかなかったかもしれない。」

ほんとにそうよね。
私も鈍感だし、たぶん和樹もハッキリ言えるタイプじゃないしね。

「ああ…そうかもな。」

和樹は少し照れながらも素直に認めた。

いつも傍にいて励ましてくれた1番近くて遠い人。でもそんな彼が今、私の1番近くに居てくれる。ずっと私のことを想いながら…。

「利子…。もう一度ちゃんと言わせてほしい。」

和樹が突然言った。

「えっ!う、うん…。」

な、何?この緊張と胸の高鳴りはー!

「俺は利子が好きだ。利子が兄貴が好きだと言ったあの時より、ずっと前からな。」

そう…。
私はいつも和樹に甘えていたのかもしれない。
和樹の優しい言葉が当たり前にあると思ってた。
あの時の廣にいへの気持ちは憧れだったのかもしれない。

本当は…。

私の瞳からは自然と涙がこぼれていた。

「私も和樹といるとほっとするし安心する。また出逢えてほんとに嬉しかったの。私も和樹が好きみたい!」

和樹は微笑んで私の涙を指で優しく拭ってくれた。

恥ずかしくてうつむこうとする私の頬を和樹の大きな両手が優しく包んだ。

その瞬間!
和樹の唇が私の唇に!
和樹からのいきなりのキス!

もちろん驚いたけど、なんだか幸せな気持ちになった私は心地よい感覚に身を委ねてゆっくり目を閉じた…。

しばらくの甘いキス…。

ゆっくりと離れた和樹の唇に合わせ、私もゆっくりと目を開ける。

同時に私は和樹に強く抱きしめられた。
その大きな腕に包まれ、和樹の胸に押し当てられた私の耳は彼の鼓動の高鳴りを感じていた。


「ずっとこうしたかった…。」和樹が言った。

「うん…。」と答えた瞬間に私のお腹の音が!!

私は赤面し恥ずかしくてたまらないのに和樹はくすくす笑っている。

「ムードも色気もあったもんじゃないな!」

「だって仕方ないじゃない、止められないんだからー!」

「そんな利子もかわいいけどな!」

普段言わない和樹のストレートな言葉に私はキュンとした。

「じゃあ、兄貴の特製カレーいただくとするか!久々に。」

「うん!」


それから私と和樹は廣にいが作ってくれた、あの懐かしのカレーを頬張りながら、2人で昔の想い出話に花を咲かせた。

その時のカレーの味はたぶん一生忘れない…。




    
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