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第19章 信念と疑念
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しおりを挟む伊東の西国遊説期間中、篠原が薩摩を通じて公家らと交渉し、
孝明帝の御陵をお守りする「御陵衛士」というお役目をいただいたはいいものの、
頼みとしていた寺に住まうことを断られてしまった。
半ば強引に新選組を分離した伊東は自らの持つ人脈を駆使して、一時的な住まいとして近くの寺を根拠に定めた。
「篠原君、実に見事な差配であった。」
御陵衛士の役目を拝した15名がお堂に一堂に会する中、伊東は開口一番篠原の名を呼んだ。
篠原は滅相もありませんと謙遜し、仰々しく伊東に頭を垂れた。
「これからは新選組という枠を離れ、尊王攘夷の下、国の為尽くしていこうではないか。」
ここには恐怖で縛る鬼もなければ、死と隣り合わせの巡察もない。
居並ぶ面々の表情は解放感にあふれていた。
「私はご住職にご挨拶に行ってくる。
皆は荷ほどきの後、体を休めてくれ。
これから先、忙しくなるだろうから。」
伊東がこれまでと変わらず、爽やかな笑みを浮かべながら同志をねぎらうと、面々は伊東に一礼し、腰を上げた。
「齋藤君。」
腰を上げ一番乗りで部屋を出ようとした齋藤を伊東は呼び止めた。
「すまないが、少し残っていてくれないか。」
「…承知しました。」
齋藤は真っすぐ伊東を見て、再び先ほどまで座っていた場所に腰を下ろした。
他の者がいなくなり、静まったお堂に二人だけ残ったとき、伊東はようやく口を開いた。
「齋藤君が私の考えに賛同してくれたこと、嬉しく思う。」
「正しいと思う道を選んだまでです。」
齋藤の返事に伊東はフッと口元を緩ませた。
「正しい道、か。
君は本当に食えない。」
「どういう意味でしょうか。」
「君が私の思想に賛同していると心から信じることができないのだよ。」
伊東の顔から笑みが消え、代わりに伊東の目には殺気が込められた。
「何がおっしゃりたいのです。」
齋藤は表情をぴくりとも変えずに答える。
「君は土方君が寄こした間者だ。」
「まさか。」
「君は一度でも私の講義を聞きに来たことがあったかな。」
「ありませぬ。」
「ならば、どうして私の考えが正しい道であると言い切れるのだ。」
伊東の眉間に深い皺が刻まれた。
「私に思想はありませぬ。」
「つまり。」
伊東は今にも傍に置いた刀を抜かんとする姿勢で齋藤に食って掛かった。
「腕一本で生きてきた身です。
腕を振るう場所を与えられれば、そこに向かうのみ。
新選組にはその場所がないと判断したまでです。」
齋藤は真っすぐ伊東の目を見て言った。
二人の間に流れる空気はピンと張りつめている。
「君は、本当に食えない。」
静寂を破った伊東の体から殺気が散っていく。
「今はその言葉を信じることにしよう。」
「それでは。」
齋藤は一礼すると、伊東の横を通り過ぎていった。
「齋藤一、土方が差し向けた間者だと噂する者もおります。」
一部始終を柱の陰から見守っていた篠原が姿を現す。
「齋藤君は間者だ。」
「お分かりになるなら、どうして…。」
「建前上、新選組と円満に分離したことになっている。
ここで、齋藤君を拒めば、土方や近藤の思う壺だ。」
「もし齋藤に不穏な動きがあれば…。」
「君の好きにして構わないよ。」
伊東は篠原に笑みをたたえると、自室の中へ消えていった。
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