上 下
122 / 154
第17章 生まれと育ち

しおりを挟む
「お帰りなさい。遅かったですね。」

醒ヶ井の邸宅から屯所へ戻った薫を待っていたのは木刀を片手に携えた着流し姿の沖田であった。

「まだ起きていらっしゃったんですか。」

「なんだか眠れなくて。」

「体を休めることも大切な仕事ですよ。」

「そう言われると思って、薫さんが帰ってくる前に止めようと思っていたんですけど。

私がどんなに強くなっても、近藤先生の悪口を言う人はいなくならないものですね。」

朝の台所で見かけた隊士のやり取りを思い出した。

尊敬する師匠の出自をあげつらう連中に余程腹を立てているらしい。

「近藤先生はきっとそんな悪口、気にも留めてないですよ。」

「えぇ、先生は器の大きな男ですから。」

「出自なんて関係ないなんて言う人の方が信用できません。」

「どうしたんですか、急に。」

「近藤先生に教えてもらいました。」

「近藤先生らしいですね。」



ハハハ、と笑い声を上げると、むせたのかコホコホと沖田は咳き込んだ。

慌てて薫は沖田先生の傍に駆け寄って背中をさする。

「沖田先生。明日朝一でお医者様の所へ行きましょう。」

「ただの風邪ですよ。」

咳は止まらないのか、コホコホと咳き込みながら沖田は言った。

「取り返しのつかないことになる前に!」

「まるで、私が取り返しのつかない病に罹っているような物言いですね。」

沖田の目が薫に向けられた。

薫は沖田を直視できずに空を見上げた。

大きな月が夜空を照らしている。

「お月様が沈む前に横になりましょう。」

咳が止んだ後も薫は沖田の背中を摩る手を止めることはなかった。



「薫さん、私は死ぬのですか。」

布団に横になった沖田に毛布をかけると、沖田は子供のように怯えた声で呟いた。



悲劇の剣士。

後世ではそう語り継がれている、沖田の前で薫は歪な笑顔を浮かべることしかできない。

「先日、血を吐きました。

皆の前では返り血だと気丈に振る舞いましたが、健康な人間が血を吐くことはありませんから。」

きっと何か病にかかっているのでしょう。

沖田はそう続けた。

「今思えば、薫さんがどうして私の体調を心配していたのかわかる気がします。」

薫さん、と沖田は布団の中から手を出して薫の頬に優しく触れた。

長いこと外にいたのか、沖田の手は氷のように冷たい。

「薫さんはこうなることを知っていたんですね。」

「ち、違います。」

「貴方は本当にかぐや姫ですね。」

フフフ、と沖田は笑う。


「朝一で必ず医者の所に行きますから、近藤先生と土方さんには黙っていてください。」

沖田の今まで見たことのないほど弱った姿に薫は黙ってうなずく他なかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN
歴史・時代
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然として敢えて正視する者なし、これ我が東行高杉君に非ずや」 明治四十二(一九〇九)年、伊藤博文はこの一文で始まる高杉晋作の碑文を、遂に完成させることに成功した。 晋作のかつての同志である井上馨や山県有朋、そして伊藤博文等が晋作の碑文の作成をすることを決意してから、まる二年の月日が流れていた。 碑文完成の報を聞きつけ、喜びのあまり伊藤の元に駆けつけた井上馨が碑文を全て読み終えると、長年の疑問であった晋作と伊藤の出会いについて尋ねて…… この小説は二十九歳の若さでこの世を去った高杉晋作の短くも濃い人生にスポットライトを当てつつも、久坂玄瑞や吉田松陰、桂小五郎、伊藤博文、吉田稔麿などの長州の志士達、さらには近藤勇や土方歳三といった幕府方の人物の活躍にもスポットをあてた群像劇です!

新選組の漢達

宵月葵
歴史・時代
     オトコマエな新選組の漢たちでお魅せしましょう。 新選組好きさんに贈る、一話完結の短篇集。 別途連載中のジャンル混合型長編小説『碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。』から、 歴史小説の要素のみを幾つか抽出したスピンオフ的短篇小説です。もちろん、本編をお読みいただいている必要はありません。 恋愛等の他要素は無くていいから新選組の歴史小説が読みたい、そんな方向けに書き直した短篇集です。 (ちなみに、一話完結ですが流れは作ってあります) 楽しんでいただけますように。       ★ 本小説では…のかわりに・を好んで使用しております ―もその場に応じ個数を変えて並べてます  

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。

アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。 この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。 生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。 そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが… 両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。 そして時が過ぎて… 私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが… レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。 これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。 私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。 私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが… そんな物は存在しないと言われました。 そうですか…それが答えなんですね? なら、後悔なさって下さいね。

婚約者は愛を選び、私は理を選んだので破滅しても知りません!

ユウ
恋愛
聡明で貞節を重んじるカナリアは理を重んじる真面目な女官だった。 中位貴族出身でありながら不正を許さない父と文官秘書を行う母を尊敬していた。 結婚後も女官として王族に仕えようと心に決めていたが…。 婚約者と結婚前婚約破棄を告げられてしまう。 「愛する人がいる。君とは婚約破棄させてくれ!」 両家の約束を破り理不尽な事を正当化された。 結婚前夜の婚約破棄となり、社交界では噂になり王宮勤めも難しくなってしまったのだが、聡明で貞節のあるユスティアの優秀さを見込み隣国の勅使から女官に欲しいと望まれる。 過去を振り切り新天地に向かうがのだった。 一方、愛を選んだ元婚約者は予測外の出来事と悲劇に見舞われることになるのだった。 令嬢は大公に溺愛され過ぎているの続編です!

青春ヒロイズム

月ヶ瀬 杏
青春
私立進学校から地元の近くの高校に2年生の新学期から編入してきた友は、小学校の同級生で初恋相手の星野くんと再会する。 ワケありで編入してきた友は、新しい学校やクラスメートに馴染むつもりはなかったけれど、星野くんだけには特別な気持ちを持っていた。 だけど星野くんは友のことを「覚えていない」うえに、態度も冷たい。星野くんへの気持ちは消してしまおうと思う友だったけれど。

大江戸ディテクティブ ~裏長屋なぞとき草紙~

坂本 光陽
歴史・時代
丹葉貞次郎は居眠りばかりしている怠け者だが、時折り、人並外れた推理力を発揮する。 第一の謎は、判じ物を解いたことをきっかけに、大店の先代が隠したお宝を探し出すこと。 第二の謎は、妙な血文字と身投げ幽霊の謎を解明して、人を殺めた下手人を捕らえること。 丹葉貞次郎、略して「タンテー」の手がけた謎解きの物語。ぜひ、お気軽に御覧ください。

婚約破棄から始まる大冒険! ~魔力持ち令嬢が最強と呼ばれるようになるまで~

四季
恋愛
婚約破棄から始まる大冒険! ~魔力持ち令嬢が最強と呼ばれるようになるまで~

処理中です...