89 / 154
第14章 誠と正義と
5
しおりを挟む土方宛に山崎から早飛脚が届いた。
恐らくは長州の動向に関する大事な手紙だろう。
薫は急ぎ土方の部屋に赴いたが、姿は見えず。
近くを通りかかった沖田に薫は土方の行方を尋ねた。
「土方さんなら今頃島原でしょう。」
「昼間から女の所にいるんですか?」
今までの勤勉な土方の姿からは想像のつかない居所であった。
「そう言っておあげなさんな。
あの人は存外弱い人なんですから、お酒でも飲まないとやってられないんですよ。」
「そういうものでしょうか。」
土方の脆いところは知っているけれど、
それでも隊士たちが汗水垂らしている間に悪所通いをしているなんて信じたくはなかった。
しかし、屯所のどこを探しても土方の姿が見えないので、薫は諦めて島原へ足を運んだのである。
街は、先の戦による戦火を逃れ、昔ながらの街並みが相変わらず広がっている。
人通りも変わらずで、昼間だというのに賑やかだ。
島原に来たはいいものの、土方の馴染の店など知る由もなく、薫は路頭に迷っていた。
花君太夫のところだろうか。
そう思って、薫はかつて自分がお世話になった置屋へと足を向けたときだった。
「おおい!お里さんやないかえ!」
道の真ん中でこちらに向かって手を勢いよく振っている男が薫に話しかけたのである。
しかも、長州で使った偽名で。
今は男のなりをしているから、「お里」だと認識する手立てはないはずなのに。
これが、坂本龍馬の凄さとでも言うのだろうか。
「ひ、人違いです。お、女子と見間違うとは無礼ではありませんか!」
「そうは言うてものう…。どこからどう見たって、お里さんじゃき…。」
「お里さんなんて人、知りません。し、失礼します。」
急いでその場を去ろうとしたが、坂本に腕を掴まれ勢いそのままに、
薫の体は坂本の腕の中にすっぽりと納まってしまった。
まるで、後ろから抱きすくめられた状態になっていたのである。
「わしは気に入った女子の顔を間違えたことは一度もないぜよ。」
耳元でそう呟かれた。
本来なら、じたばたと暴れるべきなのだが、薫にはそれができなかった。
何故なのかは自分でもわからない。
「そいつから離れろ。」
薫の正面に探し求めていた男が現れた。
静かにしかし、殺気を含めた声色で、土方は言った。
ようやく坂本は薫から離れ、薫の体は解放された。
「おお、おまんの知り合いやったがか。悪かったのう。」
薫は土方を見上げたが、殺気に押されて近づくことさえできない。
「何者だ。」
「名乗るほどのものではないぜよ。」
「名乗れ、と言っている。」
「怖いのう。」
ポリポリと頭をかいて、坂本は飄々と答えた。
「十津川郷士、才谷梅太郎。」
「こいつには二度と近づくな。次近づけば、斬る。」
坂本はその言葉に笑って言い返した。
「怖いのう。あんまり、怖いと女子に嫌われるぜよ。」
そう言って、坂本は薫に手を振ると人ごみの中に消えて行った。
たくさん人がいるはずなのに、薫には土方と二人だけの世界のように感じられた。
人を殺しかねない雰囲気を纏って、土方は無言で薫の腕を引っ張った。
「ふ、副長!」
痛い。
そう訴えても、土方は引っ張って前を歩くのを止めてはくれなかった。
気づけば屯所の中を過ぎ、そして薫がようやく解き放たれたのは土方の部屋に入ってからだった。
今まで引っ張られていた腕を離され、薫は部屋の畳に倒れこんだ。
そして、次の瞬間。
薫の唇に土方の唇が重ねられた。
優しさのない、野獣のようなキスだった。
土方の衝動を止めようと胸を何度か叩いたら、今度は腕を絡めとられた。
薫にとってその行為は恐怖でしかなかった。
ようやく唇が離れたと思えば、、今度は土方の長い指が懐の中を蠢く。
「嫌です。やめて…!」
そう言ったが、土方の恐ろしいほどに冷たい目が薫に降り注がれて、
薫はそれ以上何も言えず、抵抗すらできなくなった。
土方の指が体中をはい回る。
本当は愛を確かめ合うための行為のはずなのに、
そこには愛の入る余地などなく、あるのは欲望だけだった。
何が土方をそうさせているのか、薫にはわからなかった。
ただ、苦しさと恐怖と悲しさがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
どうして。
私はこんなことのために歳三さんの傍に居たわけじゃないのに。
薫の目から涙がこぼれた。
土方の手が止まった。
そして、体から土方の指が離れた。
「泣いているのか。」
「…泣いてません。」
「泣いてるだろう。」
「泣いてませんってば!」
薫ははだけた胸元も直さずに、土方の部屋を飛び出した。
一人、日の落ちた暗がりの部屋に土方は取り残された。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
三賢人の日本史
高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。
その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。
なぜそうなったのだろうか。
※小説家になろうで掲載した作品です。
KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-
ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代――
後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。
ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。
誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。
拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生!
・検索キーワード
空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜
蒼キるり
歴史・時代
藤は帝からの覚えが悪い女御に仕えている。長い間外を眺めている自分の主人の女御に勇気を出して声をかけると、女御は自分が帝に好かれていないことを嘆き始めて──
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
明治仕舞屋顛末記
祐*
歴史・時代
大政奉還から十余年。年号が明治に変わってしばらく過ぎて、人々の移ろいとともに、動乱の傷跡まで忘れられようとしていた。
東京府と名を変えた江戸の片隅に、騒動を求めて動乱に留まる輩の吹き溜まり、寄場長屋が在る。
そこで、『仕舞屋』と呼ばれる裏稼業を営む一人の青年がいた。
彼の名は、手島隆二。またの名を、《鬼手》の隆二。
金払いさえ良ければ、鬼神のごとき強さで何にでも『仕舞』をつけてきた仕舞屋《鬼手》の元に舞い込んだ、やくざ者からの依頼。
破格の報酬に胸躍らせたのも束の間、調べを進めるにしたがって、その背景には旧時代の因縁が絡み合い、出会った志士《影虎》とともに、やがて《鬼手》は、己の過去に向き合いながら、新時代に生きる道を切り開いていく。
*明治初期、史実・実在した歴史上の人物を交えて描かれる 創 作 時代小説です
*登場する実在の人物、出来事などは、筆者の見解や解釈も交えており、フィクションとしてお楽しみください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる