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第14章 誠と正義と

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広島城の近くにある、料亭の一室で三人はひざを突き合わせていた。

蝋燭の明かりだけでは、薫からは伊東の表情が良く見えない。

一方、薫からの報告を聞いた近藤は満足そうに何度も頷いていた。

「薫君、私の目となり足となりよく働いてくれた。感謝する。」

「お役に立てて光栄です。」

薫は畳に手をついて頭を下げた。

「やはり長州は幕府との戦に備えている様子…。

会津候の耳に入れば、我々も長州討伐に加えていただけるやもしれません。」

近藤は意気揚々と言葉を発したが、伊東の返事は芳しいものではなかった。

「薫殿の報告だけでは噂程度にすぎませぬ。

確固たる証拠がなければ、勅命をいただく訳には参りませぬ。」

伊東は平伏する薫を見下ろした。

「しかし、一介の賄い方の方が侍かぶれよりも有能だったようですね。」

侍かぶれ、という伊東の言葉が薫の喉に引っかかる。

山口の街で会った、赤根という男のことを伊東は揶揄しているのだろうか。

薫は暗い視界の中で赤根のことを考えた。



「薫君、ご苦労であった。君はすぐに京に戻りなさい。」

近藤の優しい声が薫の耳に響く。

「お待ちください、私は近藤先生の手足です。

今は少しでも先生のお役に立ちたいと考えております。」

近藤はこれから岩国に向かい、長州入りを目指すという。

そんな危険な任務を果たそうとしているときに、薫一人逃げ帰る訳にはいかなかった。

「その義には及ばず。君は既に向こうに顔を知られている。

君が動けば、君の命が危うい。

君を危険に晒したとなれば、私が京に戻ったらトシに殺されてしまうだろう。」

ハハハ、と豪快に笑う近藤の横で、嘲りを含んだ目を伊東は薫に向けた。

「こんなときでも、土方君ですか。」

フフフ、と口元を抑えて笑う伊東はさながら歌舞伎役者のようだ。

己の力を過信し、今も近藤の横で自分が近藤を操っているとこの男は勘違いしている。

薫は伊東の嘲りを跳ね返すように、伊東を睨んだ。

「京に残る彼らにも俺達の無事を誰かが伝えねばなりますまい。

薫、頼んだぞ。」

近藤の大きな器を前にして、伊東の皮肉は無力であった。

薫は短く返事をすると、その場を辞した。





「薫はん、よう帰って来はった。」

部屋を出た所で待ち受けていたのは、監察方の山崎であった。

「島原で得た人脈が活きました。」

「それは何より。今度はわての番や。」

町人に扮した山崎は、薫の肩を扇子で軽く叩いた。

「くれぐれもお気をつけて。赤根武人という裏切り者が長州に帰って来たと多くの者が警戒しています。」

「赤根は死んだで。」

何の感情も挟まない調子で、山崎は言った。

「赤根さんが…。」

「かわいそうにな。

彼の国を思う気持ちは、高杉とも桂とも変わらへんかったはずやのに。」

「伊東は、姑息です。」

彼の思いを利用して、そして捨てた。

「そないなこと、端からわかってたやろ。」

「そうですけど…。」

「ま、伊東の力を借りるしかなかった、あの男の限界や。」

ほななと言って、ポンポン、と再び扇子で薫の肩を叩くと、

鼻歌交じりに山崎は近藤達の控える部屋に吸い込まれていった。


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