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第13章 馬鹿と馬鹿

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結局薫は利助が家に戻ってくるまでの間下関で男を世話した。

日中は薬を売りに出かけるふりをして、下関の街を巡って情報を集めた。

どうやら、男は高杉晋作という長州藩士らしく、

男は下関を外国船が立ち寄って商売ができるよう取り図ろうとしたが、

過激な尊王攘夷派から猛反対を受け頓挫してしまったのが相当気に入らなかったようだ。

だから、薫と会った日の男は荒れに荒れていたのだ。



男は薫に、東行と名乗っていた。

かつて鎌倉時代にいた西行という各地を旅した僧侶の名前を借りて、東行と名付けたらしい。

齢三十過ぎにして、既に隠遁生活を送っていると自ら話した。



「羨ましい御身分ですね。」

「どういう意味じゃ。」

「三十過ぎと言ったら、まだバリバリ働けるのに、もう隠居だなんて。」

「わしの考えはいつも人々の反発を招く。

だからこうやって無理矢理政局から遠ざかった所へ連れ去られる。」

「戻らないんですか、政局に。」

「いずれ時が来れば戻る。時代がわしを望む時が必ず来る。」

東行は杯を煽った。

時折、咳き込みながらそれでも東行は酒を止めようとはしなかった。

「だったら、ちゃんと体治しておかないと。」

「黙れ、お前はわしの母親か。」

東行はため息をついて、おうのが恋しいのうと空に向かって呟いた。

「おうのさんって、奥さんですか。」

「わしの妾じゃ。」

「つくづく、良い御身分ですね。」

「うるさい。」



「ただいま戻りましたー。」

玄関の方から、待ち遠しい男の声がした。

待ち遠しかったのは薫だけではなかったらしく、その声を聞くや否や東行の方がいち早く玄関の方へ駆けだした。



「おうの、待っておったぞ。うるさい小姑からようやく解放される。」

薫が遅れて玄関先に辿り着くと、既に東行はお淑やかそうな女性の腰を抱いて横に侍らせていた。

「うるさくて悪かったですね。」

「おぉ、怖い、怖い。おうの、早速酌を頼む。」

へえ、と追うのと呼ばれた女性は伏し目がちに答えると

二人はそのまま先ほどまで食事が続いていた奥の間へ消えて行った。



「長いこと、すまんかった。」

「いいえ、別に。」

ぷい、と利助から顔を逸らして、不機嫌そうなそぶりを見せた。

東行、もとい高杉の体調について利助には話しておくべきか少し悩んだが、終ぞ言わなかった。

誰にも言うなという彼の強い眼差しが薫の言葉を押しとどめた。

「それじゃあ、私は山口に戻ります。」

「待て。」

これを、と利助は懐から黄金色に光る小判を取り出して、薫の胸元に押しつけた。

「こういうのは困ります。別にお金の為にあの人を世話したわけじゃないですから。」

「違う、これは口留め料じゃ。」

いつもの優しい利助ではない。

殺気のどこか感じられる、武士の顔である。

「口止め料?」

「向こうに戻ったら、赤根武人と名乗る男がお里さんに近寄ってくるかもしれん。

だが、そいつは裏切り者だ。ここでわしや先生に会ったことも何も話してはいけない。」

どういうことなのか、薫にはわからなかったが、

それ以上何も聞いてはいけないような気がして、薫は黙って頷いた。

「叶うことなら、山口に寄らず、そのまま長州を出てほしいくらいだが、

お里さんの都合もあるだろうから、無茶は言わん。早う戻った方がええ。」

「理由を聞いても構いませんか。」

利助は言うのを躊躇ったが、暫くして薫の耳元に口を寄せ小さな声で言った。


「戦になる。」


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