上 下
81 / 154
第13章 馬鹿と馬鹿

しおりを挟む

山口の緑に囲まれたのどかな城下町とは異なり、下関は商いで賑わう港町。

人々の動きも活発で、静かな山口と同じ長州の領地とは思えないほどだ。

薬がぎっしりと詰まった行李は石川が担いでくれたおかげで、いつもより気楽な旅路となった。

「石川さん、巌流島ですよ!あれ!」

「おまん、元気なら荷物を持て!」

「あとちょっとで約束の場所ですから、ケチなこと言わず持ってくださいよ!」

「全く…余計なことを言わなんだら…。」

「何か言いました?石川さん。」

「ただの独り言じゃき。ほら行くぞ。」

「石川さんは感動しないんですか、巌流島に。」

「もう何べんも見たき。」

見るもの触れるもの全てが新鮮な薫とは対照的に、

何度も下関に足を運んでいるらしい石川はつまらなさそうにスタスタと歩みを進めている。

「ちょっと、置いて行かないで下さい。ほら、あそこが利助さんのおっしゃる約束の場所ですから。」

「わしはあそこにこれを置いたら、ちっくとお暇するぜよ。」

「どこか行かれるんですか。」

「おう、旧友がこっちに来てるらしくてのう。」



そうですか、と薫は相槌を打つと、利助の指定する屋敷の門をくぐろうとした。

「慎太郎!!!」

石川は向こうからやってくる人影に肩をびくつかせた。

人影はみるみる大きくなり、そして石川に勢いよく抱き着いた。

「慎太郎!!会いたかったぜよ~。」

「しっ!今は石川誠之助じゃき。」

抱き着く男の体を無理矢理引き剥がし、石川は子供を叱りつけるようにそう言った。

「おぉ、すまんすまん。しかし、おまんも変わらんのう。」

「そうそう変わってたまるか。」

「そうとも限らんぜよ。おまんが女子を携えとるとはおまんも変わったのう。」

「変わったのか、変わってないのかどっちじゃ。」

何だか漫才を見せられているように、薫は二人のやり取りがおかしくてしょうがなかった。

「お里さん、何がおかしいぜよ。」

「いいえ、笑ってませんよ。」

薫は口元を手で押さえて笑いを堪えながら答えた。

「可愛らしい女子じゃのう。名は何という。」

「里、と申します。薬の行商をしております。」

「このお里さんが下関に行くと言うから、ならばおまんに会おうと思って手伝っておったんじゃ。」

「おうおう、そがあにわしに会いたかったか、慎太郎。」

「石川誠之助じゃ!」

石川は気を取り直してという風に咳払いをして薫に向き直った。

「この男は才谷梅太郎ぜよ。わしとは古い仲じゃ。」

才谷と呼ばれた男は薫に手を差し出した。

「わしは坂本龍馬ぜよ。」

え、と薫は男の顔をまじまじと見つめた。

「さ、さかもとりょうま!?」

「おい、龍馬!何を名乗りゆうがか!」

「何か悪いことでもあったかのう。」

「悪いも何も、今は大人しくしゆうときに…!お里さん、悪いが、この男の名は忘れてくれ。」



坂本龍馬…。

藩の垣根を越え幕府を終わらせ、明治維新のきっかけを作った張本人。



「お里さん!」

「え、あ、はい。わかりました。」

「すまんのう、慎太郎はすぐ怒るき…。」

「あ、あの、坂本さん…手…。」

坂本はそう言いながら薫の手を優しく握った。

それはよもや恋人さながらである。

「誰のせいじゃ!」



石川の怒号は下関の街に轟くほどであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜

蒼キるり
歴史・時代
藤は帝からの覚えが悪い女御に仕えている。長い間外を眺めている自分の主人の女御に勇気を出して声をかけると、女御は自分が帝に好かれていないことを嘆き始めて──

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...