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第13章 馬鹿と馬鹿
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しおりを挟む彼がまだ松村小介の名を名乗っていたとき。
楽しそうに地元の仲間の話をしてくれた。
「わしが一番仲良くしていたのは利助じゃ。女遊びが酷くてのう、箒と呼ばれとった。」
「箒?」
顔を酒で赤くした彼は無邪気な笑顔を薫に向けた。
「掃いて捨てるほど女がおったから、箒じゃ。」
まあ、悪い人や。
薫がそう答えると、少し真面目な顔になって彼は反論する。
「不思議と女子が寄ってくるんじゃあ、箒には。」
コロコロと変わる彼の表情から利助という男に絶大な信頼を寄せていることはすぐにわかった。
そして、その利助は今薫の目の前にいる。
決して交わるはずのなかった二人が京の都から遠く離れた場所で巡り合った。
薫は見えざる力を感じざるを得なかった。
「何か困ったことがあったら女将を頼りにしてください。」
「いろいろとありがとうございます。」
旅籠まで案内してもらった薫は利助を見送るため、玄関先まで出てきていた。
後ろ髪を引かれるように、暖簾をくぐる前に利助が再び薫の方を振り返る。
もしよかったら、と利助が何かを言いかけたが、それを遮るように外の方から賑やかな声が聞こえてきた。
「おい、利助!戻ったか!って…まさか、買うてきたと騒いでいたのは女のことか!」
男二人連れ立って、利助の前を塞いだ。
「ご、誤解だ、聞多!」
「おぉ、ぶちかわええのう。利助もやるのう。」
「弥二郎、この人は稔麿の馴染じゃけぇ。」
どうやら、彼らの関心事は薫にあるらしい。
「稔麿の?あいつを追いかけて、長州まで。」
「い、いえ、行商でこちらに来たのですが、そこで木戸先生にお会いしまして。」
「わしは木戸さんからこの人を託されただけじゃ。」
「箒のことじゃけえわからんぞ。お前さんも気が付けば利助の…ぐ、やめろ!利助!」
慌てた様に利助は弥二郎の口を後ろから抑えて、それから先の言葉が薫の耳に届くのを妨げた。
ふふふ、と薫は袖で口元を抑えながら笑い声を上げた。
「弥二郎の言うことは聞かんでええですけえ。」
「利助様が箒と呼ばれていることは稔麿さんから聞いています。」
「えぇ!」
言葉にならない言葉を上げたのは利助だった。
利助の腕を振り払うと、弥二郎はからかうように利助を小突いた。
「あきらめろ、利助。稔麿はお前が手を出すと踏んでおったんじゃ。」
「稔麿、そんなつもりはこれっぽちもないけえ…。」
利助は天を仰ぐように青空を見上げた。
彼らのやり取りに薫は懐かしさを感じていた。
それは何に対する懐かしさなのか。
稔麿さんとの日々なのか。
それとも、山南さんがいた頃の日々なのか。
薫はわからずにいた。
だけど、薫は忘れてはいなかった。
何故自分がここにいるのかを。
今果たすべき役割を。
「お二方ともお仕事でこちらにいらっしゃったのでしょう。お邪魔をいたしました。」
薫は頭を下げて旅籠の奥に引き上げる。
しかし、三人のやり取りが聞こえる場所に身を潜めただけで部屋に戻ったわけではない。
微かに聞こえる彼らの会話に聞き耳を立てる。
「買うてきたかえ。」
「追加の分じゃ。黒田殿も下関まで来ちょる。」
「しかし、高杉さんが許すはずなかろう。」
「それでもわしはやらねばならんと思うちょる。」
「背に腹は代えられぬっちゅうことか。」
先ほどまでの陽気な雰囲気とは打って変わって、深刻そうな会話が聞こえてきた。
これまでの話をつなぎ合わせれば、彼らが何かの準備を進めていることは間違いない。
話の流れからして、黒田という男は長州にとって重要人物である可能性は高い。
今更ながら、歴史の勉強を真面目にしてこなかったことが悔やまれる。
確か、明治維新は坂本龍馬の働きかけにより木戸孝允と西郷隆盛が手を組み、
そして幕府を倒し新しい政府を樹立する出来事だった。
でも今の所、長州と薩摩は先の戦で犬猿の仲。
今の状態では二つの国が同盟を結ぶのは難しい。
一体どうやって薩長同盟が締結されたのか。
勉強したような気がするのだけれど、思い出せない。
「難しい顔して、どうしたぜよ。」
考え事をしながら歩いていたせいか、目の前に男が立っていたことにどうやら気づいていなかったらしい。
薫は思わずきゃあと甲高い声を上げてしまった。
「わしは化け物かえ。」
「す、すみません。考え事をしていて…。」
苦笑いする男に薫は謝る他言葉がない。
「そがあに眉間に皺を寄せとると幸せが逃げるぜよ。」
薫の眉間に男の武骨な指が触れた。
その感触に再び薫が驚嘆している間に男は薫の横をすり抜けいつの間にか姿を消していた。
言葉の訛りからして土佐の出身であることは間違いない。
しかし、その男が何者なのか薫には知る由もなかった。
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