69 / 154
第11章 過去と未来
8
しおりを挟む佐藤家は相変わらず大きな屋敷であった。
庭園とも言うべき庭を抜けると、急に家庭的な雰囲気に変わり、鶏が軒先をうろちょろしていた。
土方は薫を玄関から少し離れたところで待たせると、一人屋敷の入り口へ入っていった。
中からノブの声がした。
変わらない、鈴の鳴るような声が。
「薫さん。」
玄関から姿を現した女性は、少し年を取っているけれど、確かに薫を救ったノブに間違いなかった。
「ノブ姉さん!」
薫はなりふり構わずノブに抱きついた。
ノブもよしよし、と言いたげに優しく薫の背中を摩る。
「生きていてよかった。」
ようやくノブの体から離れて、彼女と向き合う。
二十年という月日の長さを感じた。
薫がこの世界にやって来たときはまだ、年端もゆかぬ少女だったノブも、いつの間にか薫よりも年上になっていた。
「早く上がってくださいな。
歳三が来ると聞いていたから、今日は御馳走を用意しているんです。」
忙しなく女中が屋敷の中を行ったり来たりしている。
手にたくさんの料理を抱えて、夕餉の支度をしているようだった。
「2,3日世話になります。」
「もっとゆっくりしていけばいいのに。」
「日野に来たのも休みに来たわけじゃない。
藤堂君が村にも来たでしょう。
志願している者を選別するためにここに来たのです。」
「それはそうだけど…。」
姉の前くらい、素直になればいいのに。
美味しい食事をほおばりながら、強がる土方を横目に見た。
もしかしたら、大好きなお姉さんだから強がりたいのか。
そんなことを考えていると、土方から白い視線が注がれ、
更には咳払いまで食わされたので、それ以上深く考えるのをやめた。
「そうだ、薫さん。
貴方が来ていた服を私はずっと預かったままになっていたの。」
そう言って、部屋の奥から取り出してきたであろう、桐のお盆のようなものをノブは薫の前に差し出した。
和紙でできた包み紙をそうっと開けると、少しだけ褪せた薫のスーツが姿を現した。
「これ、私の…。」
「そうですよ。貴方の着物。捨てようにも捨てられなくて…。
毎年それを見て貴方を思い出していたの。」
「ノブ姉さん…。」
「それを見ているとね、貴方が確かにここにいたんだって、夢なんかじゃなかったって思い出させてくれるの。」
そんな高級な服ではなかったが、両親が就職祝いに買ってくれたオーダーメイドスーツだった。
服に触れれば、絹のような心地よい肌触りがした。
土方も興味津々に薫の洋服に触れた。
「この生地…。」
「さすが、呉服屋に奉公に出てただけあるわね。」
「その話は止しましょう。」
意地悪な笑みを浮かべて、ノブは歳三をからかった。
「歳三さん、どうされたのですか。」
「こんな生地、江戸中探し回っても見つからない。
上等な絹のような肌触りだ。」
「でしょう。
この生地に触れたとき、あの子は本当にかぐや姫だったんだって思ったの。」
「かぐや姫…。」
「そう思ったら、益々この服を捨てられなくて。
そしたら、歳三からの手紙に貴方と京で再会したっていうから。」
ノブはそう言いながら涙ぐむ。
「また会えて嬉しいです、薫さん。」
それから、薫と土方、ノブの三人は夜が更けるまで語り明かした。
喜六の死。
女中だった二人の嫁ぎ先の話や土方の幼い頃の思い出話に花を咲かせた。
止まったままだった薫とノブの時計の針はようやく動き出したのである。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
三賢人の日本史
高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。
その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。
なぜそうなったのだろうか。
※小説家になろうで掲載した作品です。
KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-
ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代――
後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。
ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。
誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。
拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生!
・検索キーワード
空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道
藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜
蒼キるり
歴史・時代
藤は帝からの覚えが悪い女御に仕えている。長い間外を眺めている自分の主人の女御に勇気を出して声をかけると、女御は自分が帝に好かれていないことを嘆き始めて──
【武田家躍進】おしゃべり好きな始祖様が出てきて・・・
宮本晶永(くってん)
歴史・時代
戦国時代の武田家は指折りの有力大名と言われていますが、実際には信玄の代になって甲斐・信濃と駿河の部分的な地域までしか支配地域を伸ばすことができませんでした。
武田家が中央へ進出する事について色々考えてみましたが、織田信長が尾張を制圧してしまってからでは、それができる要素がほぼありません。
不安定だった各大名の境界線が安定してしまうからです。
そこで、甲斐から出られる機会を探したら、三国同盟の前の時期しかありませんでした。
とは言っても、その頃の信玄では若すぎて家中の影響力が今一つ足りませんし、信虎は武将としては強くても、統治する才能が甲斐だけで手一杯な感じです。
何とか進出できる要素を探していたところ、幼くして亡くなっていた信玄の4歳上の兄である竹松という人を見つけました。
彼と信玄の2歳年下の弟である犬千代を死ななかった事にして、実際にあった出来事をなぞりながら、どこまでいけるか想像をしてみたいと思います。
作中の言葉遣いですが、可能な限り時代に合わせてみますが、ほぼ現代の言葉遣いになると思いますのでお許しください。
作品を出すこと自体が経験ありませんので、生暖かく見守って下さい。
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる