60 / 154
第10章 誠か正義か
7
しおりを挟む一筋の光も入らない蔵の中で薫は閉じ込められていた。
土方の命により、沙汰あるまで謹慎処分を食らったのだ。
「何故そんな大事なことをこうなるまで報告しなかったんだ!」
近藤の制止を振り切って土方は薫に掴みかかった。
「山南が死んだら、お前のせいだぞ!」
「いい加減にしろ、トシ!」
近藤の大きな声が敷地中に響き渡った。
土方から解放され、ようやくまともに息を吸った。
「薫君を責めたところで、山南さんがいなくなったことは変わらないんだぞ。」
土方もようやく落ち着いたのか、それ以上手荒なことはしてこなかった。
「総司。」
台所の隅に立っていた総司がはい、と答えた。
「草津まで行って会えなければ、戻ってこい。」
近藤の言葉に沖田は承知と返事をすると、
いつもと変わらぬ表情で馬に跨り屯所を飛び出した。
「お前は沙汰があるまで蔵で謹慎だ。」
土方は薫と目も合わさず、それだけ言うと幹部の集まる広間へと消えた。
私の判断は果たして正しかったのか。
副長に山南先生が悩んでいると打ち明けていれば、
こんなことにはならなかったのだろうか。
答えは否、だ。
もしあの夜、副長に打ち明けたとして、
山南先生は腹を切るしかなくなる。
どうして山南先生は脱走という手段を取ったのか。
死ぬために、どうしてこんな回りくどい手段を選んだのか。
薫は目を閉じひたすら考えた。
考えても考えても、答えは浮かばなかった。
そして、いつの間にか眠りについていたらしい。
引き戸が開けられ、久方ぶりの眩しさに目を覚ました。
そして、扉の前には土方が立っていた。
「山南さんが、戻った。」
蔵の外に出れば、澄み渡る青い空が嫌に眩しい。
庭に咲く梅の香りが薫の鼻をかすめた。
前を行く土方は薫に一瞥もくれず、スタスタと歩く。
もしかしたら一生口をきいてくれないのかもしれない。
そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。
そして、土方の足は山南の部屋の前で止まった。
「あんたに話があるらしい。」
それだけ言うと、土方はまた歩いてどこかへ消えてしまった。
今の自分には土方を追う資格などない。
薫は胸の痛みを抑え、静かに障子を開けた。
そこにはいつもと何一つ変わらない山南の姿があった。
「山南、先生。」
「薫君。」
山南は穏やかな表情で薫を見た。
死を決意した人の顔はとても死に急ぐような姿をしていないと聞いたことがあるけれど、その通りだと薫は思った。
まるで、凪の海のように、波紋一つない穏やかな顔をしている。
薫は山南の前に座った。
鶯の鳴き声が庭先から聞こえる。
「先生が私に全てを打ち明けてくださったように、
私も先生に全てを打ち明けようと思います。」
山南は何も言わず黙って頷いた。
「信じられないかもしれませんが、私は…150年先の未来から来たんです。」
恐る恐る山南を見たが、山南の表情は何も変わっていない。
多摩川の桜があまりに見事だったので、見惚れていたら一人の少年が川で溺れていました。
その時はその少年を救うので夢中で何も覚えていません。
ただ、川に飛び込んで少年を助け出したら、その少年は幼い頃の歳三さんだったんです。
それから途方に暮れた私は歳三さんの実家で世話になる他ありませんでした。
そして、歳三さんの家に一か月奉公した後、また私は違う時代に飛ばされました。
それが2年前の秋のことです。
昨日の夜、月を眺めていました。
とても大きな月で、さながらかぐや姫のように元いた世界のことを思い出していました。
歴史に疎く、興味もなかった私がどうしてこの時代にやって来たのか。
皆、正義の為に命を落とすのが当たり前の世界で、
私はただ皆が死んでいくのを見守ることしかできないのか。
「それが使命だというのなら、あまりにも残酷すぎます。」
涙で声にならない声で薫は訴えた。
腕を組み、言葉を選んでゆっくり語り掛けるように山南は言った。
「生きることは苦しいことです。
人は死に、思い通りに行くことなんてほとんどない。
では何故人は生きていけるのか。
それは、誠があるからです。
私は近藤勇という誠があり、そしてそれは今も揺らいではいない。
貴方には土方歳三という誠がある。
私にはなぜ貴方があの大雨の日に我々の前に姿を現したのかはわかりません。
でも、きっと貴方の誠を貫けば何か見えてくるかもしれません。」
これが、私が貴方に贈る最期の言葉です。
そういって、山南は微笑んだ。
二人は静寂に包まれた。
どちらも微動だにせず、互いに見合っている。
「一つだけ尋ねてもいいでしょうか。」
静寂を打ち破ったのは山南であった。
「なんでしょうか。」
「死に行く身だというのに、私はこの先の未来が気になって仕方がない。
これから、日本はどうなるのですか。」
「未来の日本はアメリカ…いえ、メリケンにもエゲレスにも引けを取らないすごい国なんです。
身分の差別もない、能力さえあれば誰でも総理大臣、じゃなくて…将軍になれるんです。」
「未来には、武士はいるのですか。」
「武士は、もう間もなくいなくなります…。
武士も町人も百姓も、皆同じ身分になります。」
「私は果報者だ。」
「どうして。」
「私は新選組総長として、武士として命を全うできるのです。
これを幸せと呼ばずして何を幸せと呼ぶのですか。」
そうか、と薫は全て納得した。
山南が脱走という手段を選んだのは、新選組総長として死ぬためだったのだ。
土方と共に自ら生み出し、自ら多くの人を手に掛けたこの局中法度によって裁かれることで、
山南は新選組総長としての役割を全うしようとしたのだ。
「山南先生はどこまでも先を行かれるのですね。」
山南の部屋を出ると、一本の桜の木が目に留まった。
小さな蕾を幾つもつけたその木に一輪だけ桜が花開いている。
「山南先生。」
障子越しに薫はその名を呼んだ。
「桜が、花をつけました。」
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―
ゆーちゃ
ライト文芸
京都旅行中にタイムスリップしてしまった春。
そこで出会ったのは壬生浪士組、のちの新選組だった。
不思議な力のおかげで命拾いはしたものの、行く当てもなければ所持品もない。
あげく剣術経験もないのに隊士にされ、男装して彼らと生活をともにすることに。
現代にいた頃は全く興味もなかったはずが、実際に目にした新選組を、隊士たちを、その歴史から救いたいと思うようになる。
が、春の新選組に関する知識はあまりにも少なく、極端に片寄っていた。
そして、それらを口にすることは――
それでも。
泣いて笑って時に葛藤しながら、己の誠を信じ激動の幕末を新選組とともに生きていく。
* * * * *
タイトルは硬いですが、本文は緩いです。
事件等は出来る限り年表に沿い、史実・通説を元に進めていくつもりですが、ストーリー展開上あえて弱い説を採用していたり、勉強不足、都合のよい解釈等をしている場合があります。
どうぞ、フィクションとしてお楽しみ下さい。
この作品は、小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
「落花流水、掬うは散華 ―閑話集―」も、よろしくお願い致します。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/807996983/195613464
本編では描ききれなかった何でもない日常を、ほのぼの増し増しで書き綴っています。
桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)
夕凪ゆな@コミカライズ連載中
ライト文芸
※逆ハーものではありません
※当作品の沖田総司はSっ気強めです。溺愛系沖田がお好きな方はご注意ください
▼あらすじ
――私、ずっと知らなかった。
大切な人を失う苦しみも、悲しみも。信じていた人に裏切られたときの、絶望も、孤独も。
自分のいた世界がどれほどかけがえのないもので、どんなに価値のあるものだったのか、自分の居場所がなくなって、何を信じたらいいのかわからなくて、望むものは何一つ手に入らない世界に来て初めて、ようやくその価値に気付いた。
――幕末。
それは私の知らない世界。現代にはあるものが無く、無いものがまだ存在している時代。
人の命は今よりずっと儚く脆く、簡単に消えてしまうのに、その価値は今よりずっと重い。
私は、そんな世界で貴方と二人、いったい何を得るのだろう。どんな世界を見るのだろう。
そして世界は、この先私と貴方が二人、共に歩くことを許してくれるのだろうか。
運命は、私たちがもとの世界に帰ることを、許してくれるのだろうか。
――いいえ……例え運命が許さなくても、世界の全てが敵になっても、私たちは決して諦めない。
二人一緒なら乗り越えられる。私はそう信じてる。
例え誰がなんと言おうと、私たちはもといた場所へ帰るのだ……そう、絶対に――。
◆検索ワード◆
新撰組/幕末/タイムスリップ/沖田総司/土方歳三/近藤勇/斎藤一/山南敬助/藤堂平助/原田左之助/永倉新八/山崎烝/長州/吉田稔麿/オリキャラ/純愛/推理/シリアス/ファンタジー/W主人公/恋愛
幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―
馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。
華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。
武士の世の終わりは刻々と迫る。
それでもなお刀を手にし続ける。
これは滅びの武士の生き様。
誠心誠意、ただまっすぐに。
結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。
あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。
同い年に生まれた二人の、別々の道。
仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )
沖田氏縁者異聞
春羅
歴史・時代
わたしは、狡い。
土方さまと居るときは総司さんを想い、総司さんと居るときは土方さまに会いたくなる。
この優しい手に触れる今でさえ、潤む瞳の奥では・・・・・・。
僕の想いなんか蓋をして、錠を掛けて捨ててしまおう。
この胸に蔓延る、嫉妬と焦燥と、独占を夢みる欲望を。
どうして俺は必死なんだ。
弟のように大切な総司が、惹かれているであろう最初で最後の女を取り上げようと。
置屋で育てられた少女・月野が初めて芸妓としてお座敷に出る日の二つの出逢い。
不思議な縁を感じる青年・総司と、客として訪れた新選組副長・土方歳三。
それぞれに惹かれ、揺れる心。
新選組史に三様の想いが絡むオリジナル小説です。
平隊士の日々
china01
歴史・時代
新選組に本当に居た平隊士、松崎静馬が書いただろうな日記で
事実と思われる内容で平隊士の日常を描いています
また、多くの平隊士も登場します
ただし、局長や副長はほんの少し、井上組長が多いかな
櫻雨-ゆすらあめ-
弓束しげる
歴史・時代
新選組隊士・斎藤一の生涯を、自分なりにもぐもぐ咀嚼して書きたかったお話。
※史実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体、事件とは関わりありません。
※敢えて時代考証を無視しているところが多数あります。
※歴史小説、ではなく、オリジナルキャラを交えた歴史キャラ文芸小説です。
筆者の商業デビュー前に自サイトで連載していた同人作です。
色々思うところはありますが、今読み返しても普通に自分が好きだな、と思ったのでちまちま移行・連載していきます。
現在は1週間ごとくらいで更新していけたらと思っています(毎週土曜18:50更新)
めちゃくちゃ長い大河小説です。
※カクヨム・小説家になろうでも連載しています。
▼参考文献(敬称略/順不同)
『新選組展2022 図録』京都府京都文化博物館・福島県立博物館
『新撰組顛末記』著・永倉新八(新人物往来社)
『新人物往来社編 新選組史料集コンパクト版』(新人物往来社)
『定本 新撰組史録』著・平尾道雄(新人物往来社)
『新選組流山顛末記』著・松下英治(新人物往来社)
『新選組戦場日記 永倉新八「浪士文久報国記事」を読む』著・木村幸比古(PHP研究所)
『新選組日記 永倉新八日記・島田魁日記を読む』著・木村幸比古(PHP研究所)
『新選組全史 天誅VS.志士狩りの幕末』著・木村幸比古(講談社)
『会津戦争全史』著・星亮一(講談社)
『会津落城 戊辰戦争最大の悲劇』著・星亮一(中央公論新社)
『新選組全隊士徹底ガイド』著・前田政記(河出書房新社)
『新選組 敗者の歴史はどう歪められたのか』著・大野敏明(実業之日本社)
『孝明天皇と「一会桑」』著・家近良樹(文藝春秋)
『新訂 会津歴史年表』会津史学会
『幕末維新新選組』新選社
『週刊 真説歴史の道 2010年12/7号 土方歳三 蝦夷共和国への道』小学館
『週刊 真説歴史の道 2010年12/14号 松平容保 会津戦争と下北移封』小学館
『新選組組長 斎藤一』著・菊地明(PHP研究所)
『新選組副長助勤 斎藤一』著・赤間倭子(学習研究社)
『燃えよ剣』著・司馬遼太郎(新潮社)
『壬生義士伝』著・浅田次郎(文藝春秋)
新選組外伝 永倉新八剣術日録
橘りゅうせい
歴史・時代
Web小説で本格時代小説を……。
新選組が結成されるはるか前、永倉、土方、斎藤は、すでに出会っていた。幕末を駆け抜けた男たちの青春が交差する。
永倉新八の前半生の詳細は、ほとんどわかっていない。自身による短い記述のほかは、なにひとつソースが存在しないからだ。その空白部分を、史実をちりばめながら、嘘八百のエンターテイメントで再構成するのがこの物語のテーマである。
歴史の空白部分に、架空の事件を織り交ぜつつ、要所は史実で固めた新しいタイプの時代小説。目指すは『鬼平犯科帳』のような、直球ど真ん中のエンターテイメント時代小説だ。
登場人物、時代背景、事件は、なるべく史実に則して、その他大勢の登場人物にも、なるべく実在の人物を配している。架空の人物についても、時代背景から逸脱しないよう心がけた……つもりだ。
また、一般的には、ないがしろにされ、あまつさえ侮蔑の対象とされている清河八郎、根岸友山といった人物を、きちんと描いてゆけたら。と、考えている。
時代考証、武術考証、地誌については、とくに注意をはらい、府中、立川、日野、八王子、五日市などの郷土資料館、図書館に通いつめ学芸員さんや司書さんには、大変お世話になった。村絵図など、貴重な史料を見せていただいたことに感謝する。八王子の郷土資料館で写させていただいた当時の絵図は、舞台設定の基本資料として、活用させていただいている。
また、なるべく実際に現地に足を運び、登場人物と同じ道を歩いてみた。日野や甲州道中などは数十回通っているが、間違っていることもあるかもしれない……。
もちろん、女子高生がタイムスリップしたり、現代剣道のチャンプが幕末の志士より強かったり、気がついたら転生してたりしないし、新選組隊士のなかに女の子が紛れこんでいるのに誰も気がつかない……などという、ファンタスティックな出来事も起こらない(それを否定するわけでは決してない。どんな物語があってもよいのだ)。
この物語に出てくるのは、我々と同じように、悩み苦しみもがき、それでも自分の信じる未来に、真剣に向き合う男たちである。
以前、エブリスタではじめた話だが、8割方書きあげたところで放置しているうちに、パスワードを失念。ログインできなくなり、そのまま放置するのは惜しいので、現在サルベージしながら(酷い文章に辟易しつつ)推敲作業ならびに、大幅な加筆修正ををすすめている。
なお現在カクヨムでも更新中。
淡々忠勇
香月しを
歴史・時代
新撰組副長である土方歳三には、斎藤一という部下がいた。
仕事を淡々とこなし、何事も素っ気ない男であるが、実際は土方を尊敬しているし、友情らしきものも感じている。そんな斎藤を、土方もまた信頼し、友情を感じていた。
完結まで、毎日更新いたします!
殺伐としたりほのぼのしたり、怪しげな雰囲気になったりしながら、二人の男が自分の道を歩いていくまでのお話。ほんのりコメディタッチ。
残酷な表現が時々ありますので(お侍さん達の話ですからね)R15をつけさせていただきます。
あッ、二人はあくまでも友情で結ばれておりますよ。友情ね。
★作品の無断転載や引用を禁じます。多言語に変えての転載や引用も許可しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる