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第10章 誠か正義か

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一筋の光も入らない蔵の中で薫は閉じ込められていた。

土方の命により、沙汰あるまで謹慎処分を食らったのだ。



「何故そんな大事なことをこうなるまで報告しなかったんだ!」

近藤の制止を振り切って土方は薫に掴みかかった。

「山南が死んだら、お前のせいだぞ!」

「いい加減にしろ、トシ!」

近藤の大きな声が敷地中に響き渡った。

土方から解放され、ようやくまともに息を吸った。

「薫君を責めたところで、山南さんがいなくなったことは変わらないんだぞ。」

土方もようやく落ち着いたのか、それ以上手荒なことはしてこなかった。

「総司。」

台所の隅に立っていた総司がはい、と答えた。

「草津まで行って会えなければ、戻ってこい。」

近藤の言葉に沖田は承知と返事をすると、

いつもと変わらぬ表情で馬に跨り屯所を飛び出した。

「お前は沙汰があるまで蔵で謹慎だ。」

土方は薫と目も合わさず、それだけ言うと幹部の集まる広間へと消えた。





私の判断は果たして正しかったのか。

副長に山南先生が悩んでいると打ち明けていれば、

こんなことにはならなかったのだろうか。

答えは否、だ。

もしあの夜、副長に打ち明けたとして、

山南先生は腹を切るしかなくなる。

どうして山南先生は脱走という手段を取ったのか。

死ぬために、どうしてこんな回りくどい手段を選んだのか。

薫は目を閉じひたすら考えた。





考えても考えても、答えは浮かばなかった。

そして、いつの間にか眠りについていたらしい。

引き戸が開けられ、久方ぶりの眩しさに目を覚ました。

そして、扉の前には土方が立っていた。



「山南さんが、戻った。」



蔵の外に出れば、澄み渡る青い空が嫌に眩しい。

庭に咲く梅の香りが薫の鼻をかすめた。

前を行く土方は薫に一瞥もくれず、スタスタと歩く。

もしかしたら一生口をきいてくれないのかもしれない。

そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。

そして、土方の足は山南の部屋の前で止まった。

「あんたに話があるらしい。」

それだけ言うと、土方はまた歩いてどこかへ消えてしまった。



今の自分には土方を追う資格などない。

薫は胸の痛みを抑え、静かに障子を開けた。

そこにはいつもと何一つ変わらない山南の姿があった。



「山南、先生。」

「薫君。」

山南は穏やかな表情で薫を見た。

死を決意した人の顔はとても死に急ぐような姿をしていないと聞いたことがあるけれど、その通りだと薫は思った。

まるで、凪の海のように、波紋一つない穏やかな顔をしている。

薫は山南の前に座った。

鶯の鳴き声が庭先から聞こえる。

「先生が私に全てを打ち明けてくださったように、

私も先生に全てを打ち明けようと思います。」

山南は何も言わず黙って頷いた。

「信じられないかもしれませんが、私は…150年先の未来から来たんです。」

恐る恐る山南を見たが、山南の表情は何も変わっていない。





多摩川の桜があまりに見事だったので、見惚れていたら一人の少年が川で溺れていました。

その時はその少年を救うので夢中で何も覚えていません。

ただ、川に飛び込んで少年を助け出したら、その少年は幼い頃の歳三さんだったんです。

それから途方に暮れた私は歳三さんの実家で世話になる他ありませんでした。

そして、歳三さんの家に一か月奉公した後、また私は違う時代に飛ばされました。

それが2年前の秋のことです。



昨日の夜、月を眺めていました。

とても大きな月で、さながらかぐや姫のように元いた世界のことを思い出していました。

歴史に疎く、興味もなかった私がどうしてこの時代にやって来たのか。

皆、正義の為に命を落とすのが当たり前の世界で、

私はただ皆が死んでいくのを見守ることしかできないのか。



「それが使命だというのなら、あまりにも残酷すぎます。」

涙で声にならない声で薫は訴えた。

腕を組み、言葉を選んでゆっくり語り掛けるように山南は言った。

「生きることは苦しいことです。

人は死に、思い通りに行くことなんてほとんどない。

では何故人は生きていけるのか。

それは、誠があるからです。

私は近藤勇という誠があり、そしてそれは今も揺らいではいない。

貴方には土方歳三という誠がある。

私にはなぜ貴方があの大雨の日に我々の前に姿を現したのかはわかりません。

でも、きっと貴方の誠を貫けば何か見えてくるかもしれません。」

これが、私が貴方に贈る最期の言葉です。

そういって、山南は微笑んだ。



二人は静寂に包まれた。

どちらも微動だにせず、互いに見合っている。



「一つだけ尋ねてもいいでしょうか。」

静寂を打ち破ったのは山南であった。

「なんでしょうか。」

「死に行く身だというのに、私はこの先の未来が気になって仕方がない。

これから、日本はどうなるのですか。」

「未来の日本はアメリカ…いえ、メリケンにもエゲレスにも引けを取らないすごい国なんです。

身分の差別もない、能力さえあれば誰でも総理大臣、じゃなくて…将軍になれるんです。」

「未来には、武士はいるのですか。」

「武士は、もう間もなくいなくなります…。

武士も町人も百姓も、皆同じ身分になります。」

「私は果報者だ。」

「どうして。」

「私は新選組総長として、武士として命を全うできるのです。

これを幸せと呼ばずして何を幸せと呼ぶのですか。」



そうか、と薫は全て納得した。

山南が脱走という手段を選んだのは、新選組総長として死ぬためだったのだ。

土方と共に自ら生み出し、自ら多くの人を手に掛けたこの局中法度によって裁かれることで、

山南は新選組総長としての役割を全うしようとしたのだ。



「山南先生はどこまでも先を行かれるのですね。」



山南の部屋を出ると、一本の桜の木が目に留まった。

小さな蕾を幾つもつけたその木に一輪だけ桜が花開いている。

「山南先生。」

障子越しに薫はその名を呼んだ。

「桜が、花をつけました。」


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