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第4章 菖蒲と紫陽花

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土方は井戸の前に立っていた。

桶を持った薫は月明りで土方の存在を認めた。


「副長、そんな所で何してるんですか。」

「薫、仕事だ。」


今日は満月だ。

土方の表情は細部まで読み取れる。

眉間にしわを寄せ、深刻な眼差しでこちらを見ていた。

「仕事ならしてますよ。」

「お前にしかできない仕事だ。」

いつになく、野太い声で紡がれた言葉に、薫はただ事ではないことを察した。

それ以上薫は何も言わず、黙々と井戸の釣瓶を使って水を引き上げる。


「島原で長州の動きを探れ。」

カラカラ、という釣瓶の音が響く。

「花君太夫という俺の馴染がいる。」

「いつまでですか。」

「わからん。」


土方の答えに、薫の心は不安で押しつぶされそうになる。

しかし、薫に選択の余地はなかった。


「明日朝一で荷物を整え、島原へ行け。花君太夫には話が通っている。」

わかりました、という薫の返事を聞く前に土方は自室へ戻っていった。



翌朝、何事もなかったかのように日の出前に起きて朝食の支度を整え、
大広間で給仕をし、何人かの仲間と一緒に片づけをした。

そして、誰もいない土方の部屋に戻り、風呂敷一枚に自分の荷物をまとめるとそのまま屯所を出た。

土方以外、薫に課せられた密命は知らない。

だから、賄い方としての仕事をこなすときも屯所を出るときも誰にも悟られてはいけなかった。

屋敷の方から稽古に勤しむ声が漏れ聞こえる。

未練を振り払うように、薫は島原へ向かって駆け出した。


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