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もう春なのに①

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「今日の午後は氷室様の予約が入ってますね」
「もうそんな時期ですか。一年ってあっという間ですね」
「その方がどうされたんですか?」
「氷室様は毎年、写真を撮りに来られるんです」
「毎年!?」

 まさか、一年ごとに離婚して相手が変わるとか?
 サスペンスドラマのような展開にごくりと生唾をのむ。

「たまにいらっしゃるんですよね。うちで結婚式挙げて、十年後の結婚記念日に写真撮りたいって方とか」
「人生の節目に立ち会うのってのは、なかなか味わい深いもんですね」

 知らなかった。結婚式をする場所だから、式や披露宴が終われば、そこで関係も終わるような気がしていた。
 そういう関わり方もあるんだと素直に驚く。

「仲のいいご家族なんですね」
「ほのぼのした良いご家族ですよ。ちなみに氷室様は雪女で、娘さんも雪女です」
「雪女って春でも外に出られるんですね。溶けたりしないんですか?」

 素朴な疑問を投げかけると一瞬時が止まる。
 何だか既視感のある光景だなと思っていると、武ノ内さんと早見さんは同時に吹き出した。

「いいね。ナイスボケ!」
「人間の発想って面白いですね~。何時代の話をしているんですか」
「な、何時代って」

 少なくともあやかしには言われたくない。

 武ノ内さんはどうにか理性で笑いを抑え込む。しかし口を押さえながら顔を背け、肩が小刻みに震えているし。
 早見さんに至っては目尻の涙を拭いながら、尚も笑い続ける。
 その辱めはランチタイムまで続くのだった。

「アハハハハッ! ホタルの理屈だと乾燥が敵のカナも、寒いのが苦手なユキも冬は出勤出来ないね!」
「…そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 お弁当の玉子焼きを口に放り込み、私は拗ねたようにぼやく。
 今日は早見さんが電話番として残り、私と武ノ内さんでランチ中。たまたま訪れたクラヴェロさんも乱入し、私はまたもや爆笑されてる。

 よほどツボにハマったらしく、早見さんは私の顔を見る度に笑い出し、しまいには「ふひひっ…」と不気味な笑いをこぼすようになった。
 早見さんが電話番として残ったのはそういう経緯だったりする。

「そんなにホイホイ溶けられたら、こっちが困っちゃうよ」
「河童の武ノ内さんは保湿対策に余念がないし、他のあやかしもそうなのかと思っただけです」
「怒ってるホタルも新鮮で可愛いね」
「……からかわないで下さい」

 いつの間にか呼び方が『ホタル』で定着している。いきなり下の名前呼び!? と思わなくもないけど。
 下心が感じられないのでそのままにしている。

「昔は妖力が高かったから、物の怪の血に引っ張られてそういう事もあったみたいだけど。
 今のあやかしでそんなに強い力を保ってるのは、限られた一族だけかな」

 武ノ内さんはおもむろに立ち上がると、休憩室にあるホワイトボードに何かを書き出した。
 マジックを滑らせるキュッ、キュッと擦れる音が室内に響く。

「現在でも強い力を保っているのは、妖狐族・鬼族・神族の三種族くらい。厳密に言うと個人差によるんだけどね」
「鬼族と言うと、ろくろ首の新婦様とご成婚された……あの?」

 あの日は初めてあやかしと遭遇して、腰が抜けたのを覚えている。

 新婦様はにょろにょろと首が伸びたけど、新郎の木守様は至って普通の人間にしか見えない。
 目がギョロッとして鋭い歯や角があって、いつも怒っているような顔の、いわゆる“鬼”のイメージとは全然違う。

「元は鬼守と書いて“きもり”と呼んでいたけど、時代の変化に合わせて木守と改名したって聞いてる」
「そうそう。あやかしも日々アップデートしないとね!」

 クラヴェロさんは分かるような、分からないような事を神妙な面持ちで呟いた。
 お昼休憩が終わると早見さんに案内され、ドレスを保管している倉庫に移動する。

「氷室様は毎年着るドレスは決めているので。娘さんのドレスは相沢さんが一緒に選んでね」
「えっ、私ですか!?」
「くれぐれも目を離さないように」
「あぁ……このご時世ですからね」

 ここは貸衣装店と、チャペル&披露宴会場しかない。コンビニもスーパーもないこの場所にわざわざ不審者が訪れるとは考えにくいけど。
 念には念を入れてという訳か。

 責任重大な役目に表情を引き締めると、何故だか早見さんに肩を掴まれた。
 限界まで目を見開き、ジリジリ迫る姿は単純に怖い。

「子供は魔物なんです。好奇心発動かと思いきや、次の瞬間には興味の対象が移る飽きの早さ。あんなに目を離せない奇々怪々な生き物、他にいないから!」
「魔物って…」

 そのお子さんも土蜘蛛には言われたくないだろう。
 鬼気迫る早見さんに対し、私は「はぁ…」と間の抜けた返事をするのだった。

 予約時間の数分前に来店を告げるベルが鳴る。
 雪女と言うから、知性を感じさせる切れ長の涼しげな目元を想像していたんだけど。
 実際の氷室様は物腰の柔らかそうな、おっとりした印象の美女。

 手を繋いでいるのはツインテールの女の子。意思の強そうなつり目に色白の肌。
 顔を背けて母親を見ないあたり、ここに来るまでに一悶着あったらしい。

「すみません。今日はその、虫の居所が悪いみたいで」
「あんりは虫じゃないもん! 雪女なの!」

 娘の杏梨ちゃんはぷっくりした頬を更に膨らませる。怒っているのにハムスターみたいでちょっと可愛い。
 とりあえず膝を付き、杏梨ちゃんの視線に合わせて話しかける。

「初めまして。私は相沢 蛍火です。杏梨ちゃんって呼んでもいいですか?」
「…………」

 無視。杏梨ちゃんは頑なに視線を合わさず、グッと小さな拳を握る。
 涙目になっているあたり、もしかしたら怒られたのかもしれない。

(参ったな。どう接したら良いのか分からない)

 既に心が折れそうになりつつ、会話の糸口を見つけようと顔を覗き込んだ時だった。

「あんりは来たくなかったのに!」
「あっ、待って!」

 突然走り出した事に意表を突かれ、出遅れてしまった。杏梨ちゃんは入口のドアに手をかけるも、重くて開かなかったらしい。

「そっちはダメ!」

 私が近づいて来た事に気付くと、慌ててタキシードが並ぶエリアに逃げる。
 すぐ追いつくだろうとたかをくくっていたけど、あの瞬発力とダッシュ力を見くびっていた。

 今日は新郎様や父親のモーニングの予約は入っていない。その為、在庫管理をしていた武ノ内さんは飛び込んできた杏梨ちゃんにギョッとする。
 動揺で動きが止まった瞬間を見逃さず、杏梨ちゃんは男性用の試着室に立てこもった。

「ママなんて大嫌い!」

 ピシャッと閉められた試着室のカーテンに、私と武ノ内さんは無言で顔を見合わせる。
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