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あやかしの悩み
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「おーい。聞こえてる?」
「あっ、はい! 大丈夫です」
その答えが既に大丈夫じゃない。
心配そうな視線を向ける武ノ内さんに、私はごまかすように愛想笑いを返す。
しまった。ボーッとしていて何の話をしていたか覚えていない。
仕方なく、とっさに頭に浮かんだ疑問を問いかけた。
「皆さんは他の存在について分かるんですか?」
「個人差によるかな。俺は水棲とか獣系だな、くらいしか分からない」
私は振り返って周囲の様子を確認する。
一列空けて斜め後ろに座るご老人は寝息をたてて眠っていた。春って眠くなるものだから、ついウトウトしちゃう気持ちは分かる。
分かるけど、貴重品が盗まれないか見ていてハラハラする。
「もしかして、衣装店だけじゃなくて式場も」
「…え? あぁ、ごめん。何だっけ?」
やっぱり、今日の武ノ内さんは何か変だ。ずっと上の空でボーッとしている。
脳内でグルグルと思い悩むこと数分、私は遂に意を決して尋ねてみる事にした。
「あの、何かあったんですか?」
「どうして?」
「何となく、疲れているような気がして」
聞いた瞬間、武ノ内さんの表情が曇った。
いつだったかTVで観た事がある。
相手との関係性によって心地よいと感じる距離感は異なり、それをパーソナルスペースと呼ぶらしい。
きっと、私はその許容範囲を超えてしまったのだろう。気まずい沈黙に言わなきゃ良かった、なんて後悔する。
「後輩に心配されるなんて俺もまだまだだな」
武ノ内さんは困ったような顔のままぎこちなく笑う。重苦しい息を吐き出すと空を仰ぎ、目を細めた。
「俺くらいの年になると、親戚からいろいろ言われるんだよね。集まるのは別に良いんだけど。毎回言われるとお盆や年始の挨拶が憂鬱で」
私はまだ無いけども。
そう言えばニ十代後半のいとこは結婚はまだか、早く孫の顔が見たいとせがまれ、親戚と顔を合わせる度にげんなりしている。
私の場合は結婚云々の前に、内定取り消しの件があるから。
皆、私に気を遣って楽しませよう、盛り上げようとしてくれるのでかえって申し訳ない。
「はぁ……お前も河童なら早く禿げろとか、男は禿げてからが一人前だとか。
何時代の話? って感じだよ。そこら辺にあやかしが居た時代とは違うんだから」
シリアスなトーンで語られる声色と内容が噛み合わず、私は「んん?」と首を傾げる。
「むしろ積極的にハゲろ、とか訳の分からないアドバイスをされて。
もったいない精神があるなら、今生えてる髪を大事にすべきだと思うんだよね」
私は何度か瞬きを繰り返した後、渋い表情で空を仰ぐ。尚も親戚への抗議が続きそうなので、話が進む前に慌てて止めに入った。
「待って下さい! 結婚や孫の話じゃないんですか!?」
「結婚? あやかしの話しかしてないよ?」
「そうなんですけど、そうじゃないと言いますか」
きょとんと素で返されてしまい、困惑した私はブンブンと首を振る。
分かっている。考え事をしてちゃんと話を聞いていなかった私に非がある。だから、「ずっとあやかしの話をしていた」と言われればそうなのだろう。
しかし、あまりに深刻なトーンで話すから。てっきり年齢的にそういう、やれ結婚だの、何だのという悩みなのかと。
私は眉間にしわを寄せ、頭を抱えて唸った。
「うわっ、ごめん! 相沢さんはショックを受けていたのに、こんな話を聞いても面白くないか」
「興味はありますよ」
昔話の中ならまだしも。現代に生きるあやかし達の話なんてなかなか聞ける機会無いし。
そんな私を見て武ノ内さんはくしゃりと笑う。いつ見ても子供みたいに笑う人だな。
「俺はほとんど人間寄りだから。せいぜい美容オタクだと思われているくらいで、生活していて困る事は無いけど。
早見さんは学生時代、いろいろあったみたいだからさ」
土蜘蛛の早見さんの一族は種族としての血が濃く、蜘蛛と会話しているだけで嫌悪感を持たれやすい。
怖がって申し訳ないと思う反面、それでも怖いものは怖い、という感覚が拭いきれずにいる。
「昔はあやかし狩りがあって、陰陽師に退治される事もあったけど。人間もあやかしも、どの時代にも生きづらさがあるもんだよね」
何気ないやり取りがじわじわと波紋のように広がっていく。
私は難しく考え過ぎていたのかもしれない
人の世界で暮らすあやかしが、人の世の理について知らないはずがない。
初めて訪れる国の文化に触れる時はきちんと勉強していくように。
彼らも長い時間の中で価値観を更新し続けてきたはず。
あやかしとしてではなく、同じ場所で暮らす者として自分には何が出来るか。
私が考えなくてはいけないのはそこだったのかもしれない。
「明日、早見さんと話をしてみます」
どちらかと言うと虫が苦手なので、いきなり目の前に現れるとヒビってしまうけど。もう少し早見さんの話を聞いてみたい。今は素直にそう思えた。
キリッとした顔付きで決意表明をすると、武ノ内さんは楽しげに笑う。
「何か武士みたいで勇ましいね」
勇ましい。今の私とは正反対な上に、褒め言葉として使う言葉じゃないような。
それとも私が知らないだけで、あやかしの間では褒め言葉だったりするんだろうか。
その辺りも今度聞いてみたい。
「プライベートなのに呼び止めてごめん。時間、大丈夫?」
「いえっ! こちらこそ、ご馳走さまでした!」
「俺はあいつと話をして行くから。明日からお互い仕事頑張ろう」
「はい。また明日」
家を出るまではモヤモヤして思い悩んでいたのに。武ノ内さんと話したおかげで、ちょっとスッキリした。
五月のカラッとした爽やかな風が吹き抜け、頑張れって言われているような気がする。
「よしっ!」
見えない何かに背中を押され、私は意気揚々と踏み出した。
「あっ、はい! 大丈夫です」
その答えが既に大丈夫じゃない。
心配そうな視線を向ける武ノ内さんに、私はごまかすように愛想笑いを返す。
しまった。ボーッとしていて何の話をしていたか覚えていない。
仕方なく、とっさに頭に浮かんだ疑問を問いかけた。
「皆さんは他の存在について分かるんですか?」
「個人差によるかな。俺は水棲とか獣系だな、くらいしか分からない」
私は振り返って周囲の様子を確認する。
一列空けて斜め後ろに座るご老人は寝息をたてて眠っていた。春って眠くなるものだから、ついウトウトしちゃう気持ちは分かる。
分かるけど、貴重品が盗まれないか見ていてハラハラする。
「もしかして、衣装店だけじゃなくて式場も」
「…え? あぁ、ごめん。何だっけ?」
やっぱり、今日の武ノ内さんは何か変だ。ずっと上の空でボーッとしている。
脳内でグルグルと思い悩むこと数分、私は遂に意を決して尋ねてみる事にした。
「あの、何かあったんですか?」
「どうして?」
「何となく、疲れているような気がして」
聞いた瞬間、武ノ内さんの表情が曇った。
いつだったかTVで観た事がある。
相手との関係性によって心地よいと感じる距離感は異なり、それをパーソナルスペースと呼ぶらしい。
きっと、私はその許容範囲を超えてしまったのだろう。気まずい沈黙に言わなきゃ良かった、なんて後悔する。
「後輩に心配されるなんて俺もまだまだだな」
武ノ内さんは困ったような顔のままぎこちなく笑う。重苦しい息を吐き出すと空を仰ぎ、目を細めた。
「俺くらいの年になると、親戚からいろいろ言われるんだよね。集まるのは別に良いんだけど。毎回言われるとお盆や年始の挨拶が憂鬱で」
私はまだ無いけども。
そう言えばニ十代後半のいとこは結婚はまだか、早く孫の顔が見たいとせがまれ、親戚と顔を合わせる度にげんなりしている。
私の場合は結婚云々の前に、内定取り消しの件があるから。
皆、私に気を遣って楽しませよう、盛り上げようとしてくれるのでかえって申し訳ない。
「はぁ……お前も河童なら早く禿げろとか、男は禿げてからが一人前だとか。
何時代の話? って感じだよ。そこら辺にあやかしが居た時代とは違うんだから」
シリアスなトーンで語られる声色と内容が噛み合わず、私は「んん?」と首を傾げる。
「むしろ積極的にハゲろ、とか訳の分からないアドバイスをされて。
もったいない精神があるなら、今生えてる髪を大事にすべきだと思うんだよね」
私は何度か瞬きを繰り返した後、渋い表情で空を仰ぐ。尚も親戚への抗議が続きそうなので、話が進む前に慌てて止めに入った。
「待って下さい! 結婚や孫の話じゃないんですか!?」
「結婚? あやかしの話しかしてないよ?」
「そうなんですけど、そうじゃないと言いますか」
きょとんと素で返されてしまい、困惑した私はブンブンと首を振る。
分かっている。考え事をしてちゃんと話を聞いていなかった私に非がある。だから、「ずっとあやかしの話をしていた」と言われればそうなのだろう。
しかし、あまりに深刻なトーンで話すから。てっきり年齢的にそういう、やれ結婚だの、何だのという悩みなのかと。
私は眉間にしわを寄せ、頭を抱えて唸った。
「うわっ、ごめん! 相沢さんはショックを受けていたのに、こんな話を聞いても面白くないか」
「興味はありますよ」
昔話の中ならまだしも。現代に生きるあやかし達の話なんてなかなか聞ける機会無いし。
そんな私を見て武ノ内さんはくしゃりと笑う。いつ見ても子供みたいに笑う人だな。
「俺はほとんど人間寄りだから。せいぜい美容オタクだと思われているくらいで、生活していて困る事は無いけど。
早見さんは学生時代、いろいろあったみたいだからさ」
土蜘蛛の早見さんの一族は種族としての血が濃く、蜘蛛と会話しているだけで嫌悪感を持たれやすい。
怖がって申し訳ないと思う反面、それでも怖いものは怖い、という感覚が拭いきれずにいる。
「昔はあやかし狩りがあって、陰陽師に退治される事もあったけど。人間もあやかしも、どの時代にも生きづらさがあるもんだよね」
何気ないやり取りがじわじわと波紋のように広がっていく。
私は難しく考え過ぎていたのかもしれない
人の世界で暮らすあやかしが、人の世の理について知らないはずがない。
初めて訪れる国の文化に触れる時はきちんと勉強していくように。
彼らも長い時間の中で価値観を更新し続けてきたはず。
あやかしとしてではなく、同じ場所で暮らす者として自分には何が出来るか。
私が考えなくてはいけないのはそこだったのかもしれない。
「明日、早見さんと話をしてみます」
どちらかと言うと虫が苦手なので、いきなり目の前に現れるとヒビってしまうけど。もう少し早見さんの話を聞いてみたい。今は素直にそう思えた。
キリッとした顔付きで決意表明をすると、武ノ内さんは楽しげに笑う。
「何か武士みたいで勇ましいね」
勇ましい。今の私とは正反対な上に、褒め言葉として使う言葉じゃないような。
それとも私が知らないだけで、あやかしの間では褒め言葉だったりするんだろうか。
その辺りも今度聞いてみたい。
「プライベートなのに呼び止めてごめん。時間、大丈夫?」
「いえっ! こちらこそ、ご馳走さまでした!」
「俺はあいつと話をして行くから。明日からお互い仕事頑張ろう」
「はい。また明日」
家を出るまではモヤモヤして思い悩んでいたのに。武ノ内さんと話したおかげで、ちょっとスッキリした。
五月のカラッとした爽やかな風が吹き抜け、頑張れって言われているような気がする。
「よしっ!」
見えない何かに背中を押され、私は意気揚々と踏み出した。
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