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今日は大安だから
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裏口から外に出て、反時計周りに歩く。
お店を出たら左側の壁に沿って歩けば直ぐ分かる、とのことだけど。
「風が気持ちいい!」
気のせいか、普通のお店に比べて照明が多い(強い?)気がする。
吹き抜ける爽やかな風が心地よくて、私は目を細めた。
更に左に曲がると、自動販売機の側に一人の男性が立っている。
年はニ十代前半。少し長めの明るい茶髪は今どきっぽく、かつ清潔感のある髪型。
穏やかそうな目付きで背も高く、程よく引き締まった体付き。スーツがよく似合う爽やかな好青年、と言った印象。
艶っぽい夜の空気が似合う叔父さんに対し、この人は朝日や木漏れ日の中で笑っているのが似合いそう。
ポケットから何かを取り出し、髪や顔にシュッシュッと吹きかけ始めた。
香水にしては香りが強くないし、アトマイザーにしてはサイズが大きめ。
「おー、お疲れ様。相沢さんも涼みに来たの?」
「い、いえっ! じゃんけんに負けました」
「ははっ。それはツイてないね」
確か、お名前は武ノ内さん。
笑うと爽やかな好青年から子供みたいな顔になる。そんな無防備な笑顔に少しだけドキッとした。
「俺は武ノ内 奏人。ニ十四歳。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
武ノ内さんは人好きのする笑顔を浮かべる。
実は腹黒系だったらどうしようと思ったけど。よかった、良い人そうだ。
「今、何をされていたんですか?」
「ん~っとね、保湿中。華やかさを演出してるのか知らないけど、店内の照明って暑くない?
肌が砂漠並みに乾燥するからさ、時折こうして涼みがてら保湿してるんだ」
手に持っていたのは化粧水ミストらしい。
単に美容に興味があるのか、仕事だから清潔感を意識しているのか分からないけど。
言われてみると綺麗なつるんとした肌で、化粧水を馴染ませるとツヤ感もアップした。
「佐波に何か言われた?」
「えっ?」
「あいつの指摘は正しいんだけど、言い方キツイからなぁ」
でも、悪気は無いんだよね。
そう続くと思われた話の展開は意外な方向に転がっていく。
「なまじ器用で何でも出来る分、謙虚さが足りない」
「はぁ…」
「ついでに言うと身長もないし、可愛げもない。お客様相手だとちゃんと敬語を使えるのに、俺らに対しては辛辣なのもどうかと思う」
武ノ内さんは重いため息をつき、やれやれと肩をすくめた。
まさかの展開に苦笑いを浮かべる。
「顔は良いけど生意気なお子ちゃまだから、ムッとしたら遠慮なくビンタしときな。
じゃないと、佐波も踏み込んでいいラインを学習出来ないから」
仕事上のビジネスな付き合いだし、さすがにそこまではしないけど。
我慢せず怒っていいと肯定された事で、モヤモヤした気持ちがスッと和らいだ気がする。
「あっ、そうだ! 良い事教えてあげる」
おいでおいで、と武ノ内さんが手招きをする。悪だくらみをするような笑顔が気になる。
親戚の気さくなお兄さんのような感じで言動に下心は感じられない。
だからこそ、私も安心して武ノ内さんの側に歩いていく。
「もし、腹に耐えかねたらこう言うと良いよ」
武ノ内さんは自身の口元に手を添え、小声である情報を教えてくれる。化粧水ミストの香りなのか、近付くとふわりと良い香りがした。
言い終えると武ノ内さんはにんまりと笑いかける。
「それ、本当に効くんですか?」
失礼ながら私は疑惑の目を向ける。
「佐波に対しては効果てきめん。いい加減にしろよ、って思った時に使ってね」
にこにこ。武ノ内さんは良い事したと言いたげな、愛想のいい笑みを浮かべる。
私を騙そうとする意思は感じられず、狐に化かされたような気分だった。
「俺達は佐波との付き合いが長い分、扱い方とか対処法が分かるけど。相沢さんは入ったばっかりで情報が少ないでしょ?」
「はい」
「何も殴り合いの喧嘩をしろって言うんじゃなくてさ。
受験の時のお守りみたいに、何かあった時の心の支え……今の場合だと切り札みたいのがあったら気が楽かな~って」
新入社員ってのもあるけど。もし、ここをクビになったらどうしたら良いんだろう。
そんな不安から、自分で認識出来ている以上に気負っていたのかもしれない。
武ノ内さんに限らず、皆さんそれぞれ私を気遣ってくれて(約一名を除いて)
それは素直に嬉しいのだけど。その度に、戦力になっていない自分の未熟さを痛感する。
「私、一人前になれるよう頑張ります!」
いつまでも面倒を見られる側では駄目だ。
一日も早く知識や技術を吸収し、新入社員の面倒を見られるくらいにならないと。
張り切って宣言すると、何故だか武ノ内さんは自分の胸の辺りを押さえ、傷付いたような表情をする。
「俺にもそんな初々しい時期があったはずなんだけど。どこで失くしたかな」
やる気のある社員が入って喜ばしいのに心が痛い。武ノ内さんはそう呟いた。
「それにしても…」
解せぬ。そう言いたげな顔で、武ノ内さんは首を傾げる。
「何か変ですか!? 直すので教えて下さい!」
入社にあたり、叔父さんから確認されたのは一つだけ。
「蛍火はタバコを吸わないよね?」
だけだった。
スーツも靴も面接に使った物で良いし、髪も茶髪なら染めて良し。アクセサリーは結婚指輪だけOK。
他には何も言われなかったけど、何か気になる点があるんだろうか?
ビクビクしながら尋ねると武ノ内さんは慌てて否定した。
「あ~、ごめんごめん! そんなに身構えなくて大丈夫。親戚って聞いてたけど、店長とはあんまり似てないなぁって思っただけ」
「私は母親似で、叔父さんはどちらかと言うと祖父に似ているんです」
むしろ、あんな胡散臭い人と同じくくりにされては困る。
「相沢さんはその…」
今まで軽やかな空気だったのに、武ノ内さんは戸惑うような表情で私を見る。
言いづらそうに躊躇う空気に私はきょとんとした。
「あ~、やっぱり俺からは聞きづらい! あの人の事だからなぁ。何考えてるか分からないし、見た目によらず大雑把なとこあるから」
「どういう意味ですか?」
「直ぐに分かると思うよ。今日は大安だしね」
夕暮れに染まる空を仰ぎながら、含みのある呟きをする武ノ内さん。
私は訝しげに首を傾げた。
お店を出たら左側の壁に沿って歩けば直ぐ分かる、とのことだけど。
「風が気持ちいい!」
気のせいか、普通のお店に比べて照明が多い(強い?)気がする。
吹き抜ける爽やかな風が心地よくて、私は目を細めた。
更に左に曲がると、自動販売機の側に一人の男性が立っている。
年はニ十代前半。少し長めの明るい茶髪は今どきっぽく、かつ清潔感のある髪型。
穏やかそうな目付きで背も高く、程よく引き締まった体付き。スーツがよく似合う爽やかな好青年、と言った印象。
艶っぽい夜の空気が似合う叔父さんに対し、この人は朝日や木漏れ日の中で笑っているのが似合いそう。
ポケットから何かを取り出し、髪や顔にシュッシュッと吹きかけ始めた。
香水にしては香りが強くないし、アトマイザーにしてはサイズが大きめ。
「おー、お疲れ様。相沢さんも涼みに来たの?」
「い、いえっ! じゃんけんに負けました」
「ははっ。それはツイてないね」
確か、お名前は武ノ内さん。
笑うと爽やかな好青年から子供みたいな顔になる。そんな無防備な笑顔に少しだけドキッとした。
「俺は武ノ内 奏人。ニ十四歳。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
武ノ内さんは人好きのする笑顔を浮かべる。
実は腹黒系だったらどうしようと思ったけど。よかった、良い人そうだ。
「今、何をされていたんですか?」
「ん~っとね、保湿中。華やかさを演出してるのか知らないけど、店内の照明って暑くない?
肌が砂漠並みに乾燥するからさ、時折こうして涼みがてら保湿してるんだ」
手に持っていたのは化粧水ミストらしい。
単に美容に興味があるのか、仕事だから清潔感を意識しているのか分からないけど。
言われてみると綺麗なつるんとした肌で、化粧水を馴染ませるとツヤ感もアップした。
「佐波に何か言われた?」
「えっ?」
「あいつの指摘は正しいんだけど、言い方キツイからなぁ」
でも、悪気は無いんだよね。
そう続くと思われた話の展開は意外な方向に転がっていく。
「なまじ器用で何でも出来る分、謙虚さが足りない」
「はぁ…」
「ついでに言うと身長もないし、可愛げもない。お客様相手だとちゃんと敬語を使えるのに、俺らに対しては辛辣なのもどうかと思う」
武ノ内さんは重いため息をつき、やれやれと肩をすくめた。
まさかの展開に苦笑いを浮かべる。
「顔は良いけど生意気なお子ちゃまだから、ムッとしたら遠慮なくビンタしときな。
じゃないと、佐波も踏み込んでいいラインを学習出来ないから」
仕事上のビジネスな付き合いだし、さすがにそこまではしないけど。
我慢せず怒っていいと肯定された事で、モヤモヤした気持ちがスッと和らいだ気がする。
「あっ、そうだ! 良い事教えてあげる」
おいでおいで、と武ノ内さんが手招きをする。悪だくらみをするような笑顔が気になる。
親戚の気さくなお兄さんのような感じで言動に下心は感じられない。
だからこそ、私も安心して武ノ内さんの側に歩いていく。
「もし、腹に耐えかねたらこう言うと良いよ」
武ノ内さんは自身の口元に手を添え、小声である情報を教えてくれる。化粧水ミストの香りなのか、近付くとふわりと良い香りがした。
言い終えると武ノ内さんはにんまりと笑いかける。
「それ、本当に効くんですか?」
失礼ながら私は疑惑の目を向ける。
「佐波に対しては効果てきめん。いい加減にしろよ、って思った時に使ってね」
にこにこ。武ノ内さんは良い事したと言いたげな、愛想のいい笑みを浮かべる。
私を騙そうとする意思は感じられず、狐に化かされたような気分だった。
「俺達は佐波との付き合いが長い分、扱い方とか対処法が分かるけど。相沢さんは入ったばっかりで情報が少ないでしょ?」
「はい」
「何も殴り合いの喧嘩をしろって言うんじゃなくてさ。
受験の時のお守りみたいに、何かあった時の心の支え……今の場合だと切り札みたいのがあったら気が楽かな~って」
新入社員ってのもあるけど。もし、ここをクビになったらどうしたら良いんだろう。
そんな不安から、自分で認識出来ている以上に気負っていたのかもしれない。
武ノ内さんに限らず、皆さんそれぞれ私を気遣ってくれて(約一名を除いて)
それは素直に嬉しいのだけど。その度に、戦力になっていない自分の未熟さを痛感する。
「私、一人前になれるよう頑張ります!」
いつまでも面倒を見られる側では駄目だ。
一日も早く知識や技術を吸収し、新入社員の面倒を見られるくらいにならないと。
張り切って宣言すると、何故だか武ノ内さんは自分の胸の辺りを押さえ、傷付いたような表情をする。
「俺にもそんな初々しい時期があったはずなんだけど。どこで失くしたかな」
やる気のある社員が入って喜ばしいのに心が痛い。武ノ内さんはそう呟いた。
「それにしても…」
解せぬ。そう言いたげな顔で、武ノ内さんは首を傾げる。
「何か変ですか!? 直すので教えて下さい!」
入社にあたり、叔父さんから確認されたのは一つだけ。
「蛍火はタバコを吸わないよね?」
だけだった。
スーツも靴も面接に使った物で良いし、髪も茶髪なら染めて良し。アクセサリーは結婚指輪だけOK。
他には何も言われなかったけど、何か気になる点があるんだろうか?
ビクビクしながら尋ねると武ノ内さんは慌てて否定した。
「あ~、ごめんごめん! そんなに身構えなくて大丈夫。親戚って聞いてたけど、店長とはあんまり似てないなぁって思っただけ」
「私は母親似で、叔父さんはどちらかと言うと祖父に似ているんです」
むしろ、あんな胡散臭い人と同じくくりにされては困る。
「相沢さんはその…」
今まで軽やかな空気だったのに、武ノ内さんは戸惑うような表情で私を見る。
言いづらそうに躊躇う空気に私はきょとんとした。
「あ~、やっぱり俺からは聞きづらい! あの人の事だからなぁ。何考えてるか分からないし、見た目によらず大雑把なとこあるから」
「どういう意味ですか?」
「直ぐに分かると思うよ。今日は大安だしね」
夕暮れに染まる空を仰ぎながら、含みのある呟きをする武ノ内さん。
私は訝しげに首を傾げた。
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