嫌われΩは愛を知る

そうな

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嫌われ者のΩ

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「ΩはΩらしく、αはαらしく」

 それは当たり前のようにこの国に存在している『暗黙の了解』というものだった。
 バース性が人類に発現してから久しくなって、世の中は最初のほうこそ混乱しつつも人間らしい順応性のおかげでほどほどに円滑に世界が進むようにカスタマイズされている。それは8割を占めるのがもともとの人間とおなじ「β」だったのも功を奏したのかもしれない。残りの2割がΩとα、両者の割合はほぼ均等だったが各々の特性は異なるものだった。

「芦葉、いつも服装を正せと言っているだろう!」
「……」
 
 校門前、服装チェックのために立っている教師に呼び止められ、芦葉 唯はぐっと表情をしかめて立ち止まった。何度見せられたかもわからない、各バースごとの「正しい服装」の図が描かれた紙を渡されて適当に鞄に突っ込む。Ωである唯に求められる「正しい服装」は受け入れがたいものだった。
 その態度も教師からすれば反抗的で反省など見えるものではないから朝から唯はさらに叱られる。

「ルールを守れないんだったら登校するんじゃない、今すぐ直しなさい」
「はあ?」
「この学園に通うということはルールを守ることを受け入れて入学するということだろう」
「……ちっ」

 唯にとってそれは言われたくない言葉だった。怒鳴って言い返したい気持ちを抑え、唯は舌打ちだけして校門をくぐる。教師はなおも言いつのろうとしたが、校門前を通り過ぎる近所の小学生たちが視界に入ったのであきらめた。

「芦葉、また校則破ってるよ」
「ああいうことされると他のΩも色々言われるって分かんないのかな」

 校舎に入ったところで、不快なことを言われるのは変わらない。唯と同じΩの学生たちからもひそひそと話をされるのはこの学園に入ってからいつもの光景だった。

 αは3属性のなかで知力、身体能力等さまざまな社会的場面で優れた能力を発揮することが多い。優秀さを発揮し政界に進出したり起業、経営者の道を選ぶ傾向があるため社会的優位にある属性ともいえる。

 それに対してΩは、生物学的男性であっても妊孕性を持つという意味で貴重さをもつ一方、そのほかの能力はβと比べて突出する傾向はなく、それどころかヒートの存在から煙たがられる部分もあった。発情期を意味するヒートは第二次性徴とともに始まり、2か月から3か月に一度発生し一週間から十日程度持続する。
 そしてそのヒートはαに強く影響を与える。特にパートナーがいないΩのヒートは周辺にいる不特定のαに影響するため、時にそれは犯罪行為に走らせてしまうこともあり、Ωにとって望ましくない被害や妊娠につながることもある。身体能力に恵まれやすいαに抑え込まれて首の後ろ側にかみつかれたならば、互いが望まなくても、あるいはαからの一方的な好意や悪意によって「番」にされてしまう。αは理性を取り戻した後、望まなければ番を解消することができる。しかしながら、Ωからその番を解消することもできなければ、αから解消されたところでそのΩは別のαを番にすることもできない。

 悪意あるΩがわざとヒートを起こし、αを巻き込んで無理やり噛ませることもある。社会的地位を持ったαにとっても、望まない番を持つことや、それを解消してあとから週刊誌に報じられて地位を落とすことは当然避けるべきことだった。

「首輪なんて冗談じゃねえ…」

 Ωのヒートを抑えるための調整薬を服用することが一般的となった現在、それでも犯罪に巻き込まれることや、急なヒートの開始に備えて、Ωはカラーと呼ばれる首輪をつけることでそれを防ぐ。義務ではなく、成人したΩのなかにはカラーを付けないことを選択する人もいる。
 しかしすべての属性の学生が通うこの学園では、事故発生防止のためにΩにたいする服装規定が設けられていた。

「黒髪、同じ首輪、Ωの襟章、本当馬鹿みてぇ」

 目立って犯罪行為に巻き込まれやすくしないために、黒髪に。
 機能性を担保するために、同じカラーに。
 首元が見えにくいときにもΩであることが分かりやすいように、Ω用の襟章。

 このほかにもジャージの色をΩは統一するなど、もっともらしい理由とともに決められた校則は少なくない。βやαはカラーチャートに基づいて派手過ぎなければ髪を染めることを許されているが、Ωは黒髪がルールだった。
 唯はこの学園に入ってすぐに母譲りの柔らかい茶色の髪も、祖父から貰ったカラーも校則に反するからと変えることを指導された。自毛証明書を出しても却下される指導は徐々に熱を帯び、次第にたまにしか実施されていなかった校門前指導の頻度が週三日に増えた。

唯はそれに反発し続けて、そのうちにだんだんと周囲から孤立するようになっていった。

「芦葉、また先生に怒られてたな」
「うるせえな、どうでもいいだろ」

 今となっては、ほとんど話しかけてくる者はいない。それでも0とまではいかず、気まぐれなクラスメイトの繁本 充は友達が多いにもかかわらずわざわざ孤立した唯に声をかける。

「まぁ俺が変に芦葉の不満に同意するのもできないけどさ」
「…正直者」
「素直なのが俺の取り柄だからね~」

 人好きのする笑顔を見せる充は唯とは異なりα属性の人間で、線は細いものの身体能力も成績も学年トップクラスのエリート。それでいてクラスで浮いた立場にいる唯にも平気で声をかける気さくさを持ち合わせている人気者でもある。
 ひそひそと陰口をたたかれやすい唯に対して、他の人から悪いうわさや評価を受けているところを見かけることがない存在だ。

「でも本当に校則を変えたいなら、下手に反発するんじゃなくて外堀から埋めていった方がよくない?」
「へえ、お前には俺がそんなことができるように見えているのか、それはどうも」
「茶化すなよ~」

 わかりやすく口をとがらせる充に、唯は顔を背ける。コミュニケーション強者である充はたやすく言うが、そんな利口な立ち回りができる自信はなかった。
 そのままチャイムが鳴って充は自分の席に戻っていく。なに話してたの、とすぐに他のクラスメイトに声をかけられる充と、様子をうかがうような目で遠巻きに眺められるだけの自分。それを生み出しているのが自分自身だとはわかっていても、唯はそれを自分から変える気にはなれなかった。
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