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第二章 人外の思い
壊れていく
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「ユーティライネン中尉が、私達の所属する第六部隊の最高司令官に?」
かなり唐突な事であった。
開戦から一時間余り経過し、シモナも初っ端からやらかされたからなのか少しだけ機嫌が悪いのが目に見える。
「そうだ。第六中隊……基、カワウ中隊に所属するシモナだったら相性が合うと思ってな。しかもこれは彼自らのお願いだ」
「……あの方がですか?」
「あぁ」
ユーティライネン中尉といえば、僕もシモナも名前どころか戦歴すらも知っている。
四年ほど前に行われた『モロッコ植民地戦争』で『モロッコの恐怖』なんて言われて恐れられていたのは有名なお話だ。
……というか、ユーティライネン中尉がまるで戦場を楽しむかのように戦闘をしている光景は……失礼だけど、ちょっとゾッとするよね。
「……元帥、私あの方と一緒に戦場を共にするの怖いですよ……」
「シモナなら大丈夫でしょ、メンタル強いし」
「元帥が思っているほど強くありませんよ?」
「シモナは弱い方だもんね……」
「ガルアット君まで……まぁ明日には配属しているだろうから、話くらいはしておけよ?」
「把握しました……では、失礼します……」
「失礼しまーす」
シモナに続き、呑気な声を上げた僕もフードローブに戻り、司令室を後にする。
出た途端にとても大きいため息をついたシモナを見て「どしたの?」と質問をしてみる。
「あ、いや……なんだか憂鬱だなぁって思って」
「開戦一時間足らずで憂鬱って……」
珍しく控えめなシモナの発言に、苦笑気味に僕も返答する。
確かにシモナの気持ちも分からなくはない。ユーティライネン中尉も実質、今軍にいられる事が不思議と言えるような方でもあるから。
調べてもらったら分かると思うけど、ユーティライネン中尉は色々と規則違反をやらかしていて……軽く三、四回は停学処分を食らっている。
そんな方がシモナの中隊に来るとなると、少しだけ憂鬱なのも納得出来る。
「……そう言えば、中尉にくっついている女軍人が一人いるって、前に元帥が言っていたっけか」
「女軍人?」
カール元帥から少し聞いていたが、どうやらユーティライネン中尉の傍に、ある一人の女の軍人がいるとの情報も入ってきている。
その軍人も、中尉と共に配属されるようだ。
「そう。私とそんなに歳は変わらないけど……あっちの方が幼く見えるって」
「へぇ……どんな子なんだろうね? シモナは挨拶とかするの?」
「まぁ……少しくらいはね。失礼だし」
人と接することが余りないシモナにとって、初対面の相手はどういう心境で接しているのか、僕にとってはとても気になるところだ。今までは「シモ・ヘイヘです」としか言わなかったんだからね……。
「とりあえず、コルトアの様子を見に行かなきゃね。早く元気になってもらいたいし」
「だな……そうなれば医療室に──」
「シモ兵長ッ!!!」
突如聞こえた荒声に、シモナの身体が軽く跳ねる。
シモナの声を遮ったのは、こちらに走ってきている一人の軍人。
戦闘服ではない事が見え、すぐに衛生兵であることが分かった。
「どうした?」
「すぐ来てください! コルトア中尉の容態が急変して……!」
「なんだと?」
「えっ……?」
シモナの顔色が少しだけ悪くなったような気がした。
これには僕も驚かざるを得なかった。
衛生兵と一緒に僕らも医療室へと走っていった。
***
変わり果てたコルトアの姿があった。
医療用ベッドのシーツには赤黒い鮮血が広がっており、コルトアが横たわっている。
あまりにもその光景が残酷すぎて、見るに見ていられなかった。
「出血量が酷く、間に合いそうになくて……。呼吸も浅いですし、もう……」
「…………」
心電図の無機質な音が室内に響き渡る。
脈を打つ回数が少ない。もう、手遅れだろう。
傍にはツツリも一緒にいた。彼の手を握って、彼の顔を見ていた。
「……ツツリ」
シモナが静かに声をかける。
ゆっくりと振り向いたツツリはシモナに気づき、彼女の名前を呼んだ。
「……シモナ、私何も出来ないよ。どうしたらいいの?」
「…………」
僕もシモナも何も答えられず、目を逸らして黙ってしまう。
「ねぇ、教えてよシモナ。どうして人って、こんなにも残酷に死ぬ人ばかりなの? どうしてこんなに、呆気なく終わっちゃうの? 最期に誰も見ずに、ただ耳だけが機能して『ご臨終です』なんて言われて、死人はどう思うって言うのよ?」
「…………」
「ねぇ……ねぇってば! 答えてよ!! なんで黙ってるのよ!? いつもなら答えてくれるじゃない!! シモナったら!!」
シモナにしがみつき、その身体を小刻みに揺らす。
真っ直ぐな目はツツリを見ているが、シモナは何も言わない。言えなかった。
それと同時。
ピ ──────……
無機質に音を鳴らし、心臓は機能を停止した。
「う、そでしょ…………ねぇ、嘘だって言ってよ……」
「…………」
最期まで何も言えずにいた。
『動物』ではなく、『人間』が死ぬ瞬間を、僕らは間近で見てしまったのだから。
「ねぇ、コルトア……ねぇったら!! コルトア!! コルトアぁぁぁ!!! いやぁぁぁぁぁあ!!!!」
ベッドに縋りついて、ツツリは聞いたことの無い声を出しながら泣き叫んでいた。
俯き、目を逸らして、シモナの真っ直ぐな目が緩んだのを。
軍に入る前の、あの泣きだしそうなあの目を、僕は見ていた。
***
シモナは、静かに自室のドアを閉める。
人が死ぬ瞬間。僕には到底見ることの叶わなかった、遠い運命。
いつかシモナも、コルトアのように迎える日が来るのではないかと思うと、少しどころか大分寂しい。
「……ガルアット」
ドアにもたれ掛かり、鼻から下をマフラーに埋うずめ、シモナは呟く。
「…………?」
「…………私、何も言えなかった。傷つけるのが怖くて、もう遅いってことが言えなかった」
僕も言えなかったさ、そんなこと。
動物の勘ってやつだよ。もう遅いって、手遅れだって、あの時運んだ時点で僕だって分かっていたさ。
「現実から目を背けたくなくてずっといたけど、本当は……本当は、あの時すぐにでも部屋を出たかった。ツツリの顔が、あまりにも悲しそうで……。もっと早く、私が運んでいれば…………あの子だって……」
「……シモナのせいじゃないよ。シモナだって負傷していたんだし……」
珍しく弱気な声を吐きだしたシモナに、僕も同じ気持ちを持っていた。
あの時、もっと早く走っていれば。そうすれば、コルトアだって助かったんじゃないか。
便利だが、不便な身体に、僕はその時初めて自分の身体を恨んだのかもしれない。
「…………私は明日から、あの子にどういう顔をすればいいの? どう声をかけて、一緒に戦場で銃を握ればいいの? 分かんないよ……何も分かんないよ…………」
たれ掛かっていたドアから力なく腰を下ろし、足を崩したシモナは両手で顔を覆って、静かに声を押し殺して泣いていた。
僕は元の姿に戻る。正面から見たシモナの姿が何処と無く、頭の隅にちらつく記憶の影と重ね合わさってしまい、不思議と視界がぼやけてくる。
「…………」
僕の視線の先には、一つの写真たてがあった。
それは狩猟時代の仲間たちと僕が写っている。
一九三○年十月三日。日付を覚えているほど、シモナにとっても僕にとっても、恐らくみんなにとっても、貴重で大切な写真。
僕とシモナは中央に写っていた。いつもなら写真の立ち位置を指定される以外は人の影に隠れて写るシモナが、指定もされていないのに珍しく真ん中に自ら写ったことを覚えている。
また、あの時のように笑えたなら。僕はそう思う。
おそらくシモナも同じ気持ちだろう。狩猟時代の友達は、ほぼ全員ラウトヤルヴィから出てしまった。連絡も取れずに、今どこで何をしているのかすらも分からない。
医療室にいた時と同じように僕は何も言わず、彼女に長い首を預けるしかなかった。
何も言わない方がいいかと思った。今こうして凹んでいる彼女の為にも、何も言えないフリをしていた方がいいのかと思ったから、僕はあえて何も言わずに、ただ頬擦りだけをしていた。
かなり唐突な事であった。
開戦から一時間余り経過し、シモナも初っ端からやらかされたからなのか少しだけ機嫌が悪いのが目に見える。
「そうだ。第六中隊……基、カワウ中隊に所属するシモナだったら相性が合うと思ってな。しかもこれは彼自らのお願いだ」
「……あの方がですか?」
「あぁ」
ユーティライネン中尉といえば、僕もシモナも名前どころか戦歴すらも知っている。
四年ほど前に行われた『モロッコ植民地戦争』で『モロッコの恐怖』なんて言われて恐れられていたのは有名なお話だ。
……というか、ユーティライネン中尉がまるで戦場を楽しむかのように戦闘をしている光景は……失礼だけど、ちょっとゾッとするよね。
「……元帥、私あの方と一緒に戦場を共にするの怖いですよ……」
「シモナなら大丈夫でしょ、メンタル強いし」
「元帥が思っているほど強くありませんよ?」
「シモナは弱い方だもんね……」
「ガルアット君まで……まぁ明日には配属しているだろうから、話くらいはしておけよ?」
「把握しました……では、失礼します……」
「失礼しまーす」
シモナに続き、呑気な声を上げた僕もフードローブに戻り、司令室を後にする。
出た途端にとても大きいため息をついたシモナを見て「どしたの?」と質問をしてみる。
「あ、いや……なんだか憂鬱だなぁって思って」
「開戦一時間足らずで憂鬱って……」
珍しく控えめなシモナの発言に、苦笑気味に僕も返答する。
確かにシモナの気持ちも分からなくはない。ユーティライネン中尉も実質、今軍にいられる事が不思議と言えるような方でもあるから。
調べてもらったら分かると思うけど、ユーティライネン中尉は色々と規則違反をやらかしていて……軽く三、四回は停学処分を食らっている。
そんな方がシモナの中隊に来るとなると、少しだけ憂鬱なのも納得出来る。
「……そう言えば、中尉にくっついている女軍人が一人いるって、前に元帥が言っていたっけか」
「女軍人?」
カール元帥から少し聞いていたが、どうやらユーティライネン中尉の傍に、ある一人の女の軍人がいるとの情報も入ってきている。
その軍人も、中尉と共に配属されるようだ。
「そう。私とそんなに歳は変わらないけど……あっちの方が幼く見えるって」
「へぇ……どんな子なんだろうね? シモナは挨拶とかするの?」
「まぁ……少しくらいはね。失礼だし」
人と接することが余りないシモナにとって、初対面の相手はどういう心境で接しているのか、僕にとってはとても気になるところだ。今までは「シモ・ヘイヘです」としか言わなかったんだからね……。
「とりあえず、コルトアの様子を見に行かなきゃね。早く元気になってもらいたいし」
「だな……そうなれば医療室に──」
「シモ兵長ッ!!!」
突如聞こえた荒声に、シモナの身体が軽く跳ねる。
シモナの声を遮ったのは、こちらに走ってきている一人の軍人。
戦闘服ではない事が見え、すぐに衛生兵であることが分かった。
「どうした?」
「すぐ来てください! コルトア中尉の容態が急変して……!」
「なんだと?」
「えっ……?」
シモナの顔色が少しだけ悪くなったような気がした。
これには僕も驚かざるを得なかった。
衛生兵と一緒に僕らも医療室へと走っていった。
***
変わり果てたコルトアの姿があった。
医療用ベッドのシーツには赤黒い鮮血が広がっており、コルトアが横たわっている。
あまりにもその光景が残酷すぎて、見るに見ていられなかった。
「出血量が酷く、間に合いそうになくて……。呼吸も浅いですし、もう……」
「…………」
心電図の無機質な音が室内に響き渡る。
脈を打つ回数が少ない。もう、手遅れだろう。
傍にはツツリも一緒にいた。彼の手を握って、彼の顔を見ていた。
「……ツツリ」
シモナが静かに声をかける。
ゆっくりと振り向いたツツリはシモナに気づき、彼女の名前を呼んだ。
「……シモナ、私何も出来ないよ。どうしたらいいの?」
「…………」
僕もシモナも何も答えられず、目を逸らして黙ってしまう。
「ねぇ、教えてよシモナ。どうして人って、こんなにも残酷に死ぬ人ばかりなの? どうしてこんなに、呆気なく終わっちゃうの? 最期に誰も見ずに、ただ耳だけが機能して『ご臨終です』なんて言われて、死人はどう思うって言うのよ?」
「…………」
「ねぇ……ねぇってば! 答えてよ!! なんで黙ってるのよ!? いつもなら答えてくれるじゃない!! シモナったら!!」
シモナにしがみつき、その身体を小刻みに揺らす。
真っ直ぐな目はツツリを見ているが、シモナは何も言わない。言えなかった。
それと同時。
ピ ──────……
無機質に音を鳴らし、心臓は機能を停止した。
「う、そでしょ…………ねぇ、嘘だって言ってよ……」
「…………」
最期まで何も言えずにいた。
『動物』ではなく、『人間』が死ぬ瞬間を、僕らは間近で見てしまったのだから。
「ねぇ、コルトア……ねぇったら!! コルトア!! コルトアぁぁぁ!!! いやぁぁぁぁぁあ!!!!」
ベッドに縋りついて、ツツリは聞いたことの無い声を出しながら泣き叫んでいた。
俯き、目を逸らして、シモナの真っ直ぐな目が緩んだのを。
軍に入る前の、あの泣きだしそうなあの目を、僕は見ていた。
***
シモナは、静かに自室のドアを閉める。
人が死ぬ瞬間。僕には到底見ることの叶わなかった、遠い運命。
いつかシモナも、コルトアのように迎える日が来るのではないかと思うと、少しどころか大分寂しい。
「……ガルアット」
ドアにもたれ掛かり、鼻から下をマフラーに埋うずめ、シモナは呟く。
「…………?」
「…………私、何も言えなかった。傷つけるのが怖くて、もう遅いってことが言えなかった」
僕も言えなかったさ、そんなこと。
動物の勘ってやつだよ。もう遅いって、手遅れだって、あの時運んだ時点で僕だって分かっていたさ。
「現実から目を背けたくなくてずっといたけど、本当は……本当は、あの時すぐにでも部屋を出たかった。ツツリの顔が、あまりにも悲しそうで……。もっと早く、私が運んでいれば…………あの子だって……」
「……シモナのせいじゃないよ。シモナだって負傷していたんだし……」
珍しく弱気な声を吐きだしたシモナに、僕も同じ気持ちを持っていた。
あの時、もっと早く走っていれば。そうすれば、コルトアだって助かったんじゃないか。
便利だが、不便な身体に、僕はその時初めて自分の身体を恨んだのかもしれない。
「…………私は明日から、あの子にどういう顔をすればいいの? どう声をかけて、一緒に戦場で銃を握ればいいの? 分かんないよ……何も分かんないよ…………」
たれ掛かっていたドアから力なく腰を下ろし、足を崩したシモナは両手で顔を覆って、静かに声を押し殺して泣いていた。
僕は元の姿に戻る。正面から見たシモナの姿が何処と無く、頭の隅にちらつく記憶の影と重ね合わさってしまい、不思議と視界がぼやけてくる。
「…………」
僕の視線の先には、一つの写真たてがあった。
それは狩猟時代の仲間たちと僕が写っている。
一九三○年十月三日。日付を覚えているほど、シモナにとっても僕にとっても、恐らくみんなにとっても、貴重で大切な写真。
僕とシモナは中央に写っていた。いつもなら写真の立ち位置を指定される以外は人の影に隠れて写るシモナが、指定もされていないのに珍しく真ん中に自ら写ったことを覚えている。
また、あの時のように笑えたなら。僕はそう思う。
おそらくシモナも同じ気持ちだろう。狩猟時代の友達は、ほぼ全員ラウトヤルヴィから出てしまった。連絡も取れずに、今どこで何をしているのかすらも分からない。
医療室にいた時と同じように僕は何も言わず、彼女に長い首を預けるしかなかった。
何も言わない方がいいかと思った。今こうして凹んでいる彼女の為にも、何も言えないフリをしていた方がいいのかと思ったから、僕はあえて何も言わずに、ただ頬擦りだけをしていた。
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