2 / 3
第一章 始まりは一つの小説で
第二頁 小説家
しおりを挟む
「え? 柚羽先輩の地元戻るんですか??」
私が入るサークル『小説部』の時間、朱峰と同様素っ頓狂な声をあげたのは、私の後輩である里奈。
里奈は私と仲が良い。同じ福岡出身であるためすぐに仲良くなり、一緒に出かけたりもしばしばしている。
そして同じく、『速読』が出来る。里奈の場合は全体理解しか出来ないタイプの速読者だ。
「そーよ? 流石に戻らないと両親が心配するし……」
「柚羽先輩は優しいですねぇ、里奈なんて『戻らなくていいから勉強しとけ』って言われましたよ?」
声色を変えて嫌味ったらしく言った里奈の顔を見て「なにそれ、里奈の両親意外と厳しくない?」と真顔で答える。
私の両手には小説が握られている。ちら、と里奈を見た後、すぐに小説を読むことに集中し始めた。
「…………その小説、どーです?? 結構考えさせられる小説でしょ?」
「……うーんまぁ確かに…………」
私が今読んでいる小説は、まさきとしか作『完璧な母親』。
兄、波琉が死んだ翌年の、同じ誕生日に妹として生まれた主人公の波琉子は、兄の死から立ち直れない故狂った母の過度な愛情で精神を壊されていく。
『生まれ変わり』『完璧』という言葉がよく出てくるこの小説は、読む人にとっては「よく分からない」となるだろう。
私もその一人だった。
「…………よく分かんない……」
「どゆこと?」
「いやね、小説の文法自体は全然いいんだけど、結局何が言いたいのかがよく分からないのよ」
本を閉じ、長方形のテーブルに静かに置く。
「???」
頭にはてなを浮かべた里奈はすぐに表情を戻し「で、いついくんですか?? 地元」と話を戻してきた。
「朱峰にも言われた気がする……夏休み入ってからすぐだなぁ」
「お土産のひよ子買ってきてくださいよ?」
「分かっとるって。里奈はひよ子好きやね……」
「だって美味しいじゃないですか!!」
二人だけの空間に声は木霊する。
「だとしても頭から食べると? 普通お尻から食べよらんの?」
「ライオンの捕食……」
「なにおう!? ひよ子買ってきてやらんぞ!?」
「あーっそれだけはっ!! それだけは勘弁ー!!」
全く……と呟き息をついた私は「じゃあ、そろそろ行くからね」と部室の扉に手をかけた。
「あ、先輩」
扉を開けた時、呼び止められて振り返る。
「ん??」
「お気をつけて!」
「はーいはい」
***
時は十七時六分。
「疲れたー……」
家に着いた私は息をつく。
何故こんなに早く帰って来るのか。それは私が両親からアルバイトを禁止されているから。
両親から余るほどの仕送りが送られてくるのだ。アルバイトをしようと思った時期もあったが、両親にバレたら何を言われるのか分からないので結局するのをやめてしまった。
「さてさて…………」
有り余る本棚の中の小説を一つとる。
今日は精読をしてみようかな。いつもは全体理解だし。
『鬼』と書かれた小説に右手をかけ引き抜く。
と、同時。
……乾いた音を立てて、一つの小説が床に落ちる。
「…………?」
それを手に取り、タイトルを見る。
『見えない世界の裏側に』
……見たことの無いタイトルだ。パソコンで少し調べてみると、一つの事実にたどり着いた。
「…………え?」
もう一度、タイトルを見た。
光々とするパソコンの画面に映るタイトルと、やはり一致している。
信じ難いことであった。まさかこの小説が『もう手に入らない宝物庫』扱いされていたなんてと。
「…………あれ?」
次に作者名を見る。
『永井霙』
そのペンネームは私の知っている名前だった。まさかと思い、さらに調べる。
『永井霙
北海道出身の小説家。二千四年八月二十三日生まれ。現在は大学三回生で、小説家として活動している』
「……大学三回生…………私の同期じゃん」
霙は私と同じ歳だった。
三歳から六歳までの三年間家の隣で、ずっと一緒に遊んでいた所謂『幼馴染み』だ。
だが霙は小学校に上がる前に北海道に帰ってしまった。後に母から理由を聞くと、『お母さんの都合やけん、しょうがない』と頭を撫でられて言われた記憶がある。
「そっか…………小説書くの好きだったもんねあの子……」
霙の父は、若くして有名な小説家だった。母も霙の父の小説を持っていて、読んでいたのを思い出す。
そして霙も同じく、四歳当時から自分で小説を書いていた。私もその小説を見せてもらっては面白いとよく言っていたものだ。
「…………お父さんを継いだんだ」
パソコンを閉じ、パラパラと速読してみる。
なにこれ、なにこれ、なにこれ!?
驚くほど惹かれた。
ページを早めくりする手が止まった。
その手はページを戻る手に変わった。
『速読』ではなく、『一般の人のように、普通にゆっくり読みたい』
そんな考えが勝る。
「…………凄い、凄い凄い凄い!! こんなに読み応えのある小説なんて無かったよ!!」
思わず声をあげてしまった。部屋に誰もいないのが幸運だろう。
本の後ろを見る。
異世界ファンタジーがジャンルの総合ページ数は、一千ページを越えていた。
普通の人ならきっと、この時点で読無むことを辞めてしまうだろう。だが私は違った。
私は基本、三百から五百ページ程度の長編しか読まない。それ以上は飽きてしまって読む気が失せる。
だがこの小説は違った。速読で少し読んだが、それは彼女が十四歳の時の実体験を元にした『ノンフィクション』だ。
一体彼女の身に何があったのかは私にも分からないが、より具体的に、より感動的に書かれたこの小説は何故か読む気になれた。
「…………会いたい」
直感的にそう思った。
今何処に住んでいるのかすら分からない中で、ただ会いたいと思った。
連絡先も何もないまま、私は霙の身元について調べ始めて……気がつけば二十三時を回っていた。
私が入るサークル『小説部』の時間、朱峰と同様素っ頓狂な声をあげたのは、私の後輩である里奈。
里奈は私と仲が良い。同じ福岡出身であるためすぐに仲良くなり、一緒に出かけたりもしばしばしている。
そして同じく、『速読』が出来る。里奈の場合は全体理解しか出来ないタイプの速読者だ。
「そーよ? 流石に戻らないと両親が心配するし……」
「柚羽先輩は優しいですねぇ、里奈なんて『戻らなくていいから勉強しとけ』って言われましたよ?」
声色を変えて嫌味ったらしく言った里奈の顔を見て「なにそれ、里奈の両親意外と厳しくない?」と真顔で答える。
私の両手には小説が握られている。ちら、と里奈を見た後、すぐに小説を読むことに集中し始めた。
「…………その小説、どーです?? 結構考えさせられる小説でしょ?」
「……うーんまぁ確かに…………」
私が今読んでいる小説は、まさきとしか作『完璧な母親』。
兄、波琉が死んだ翌年の、同じ誕生日に妹として生まれた主人公の波琉子は、兄の死から立ち直れない故狂った母の過度な愛情で精神を壊されていく。
『生まれ変わり』『完璧』という言葉がよく出てくるこの小説は、読む人にとっては「よく分からない」となるだろう。
私もその一人だった。
「…………よく分かんない……」
「どゆこと?」
「いやね、小説の文法自体は全然いいんだけど、結局何が言いたいのかがよく分からないのよ」
本を閉じ、長方形のテーブルに静かに置く。
「???」
頭にはてなを浮かべた里奈はすぐに表情を戻し「で、いついくんですか?? 地元」と話を戻してきた。
「朱峰にも言われた気がする……夏休み入ってからすぐだなぁ」
「お土産のひよ子買ってきてくださいよ?」
「分かっとるって。里奈はひよ子好きやね……」
「だって美味しいじゃないですか!!」
二人だけの空間に声は木霊する。
「だとしても頭から食べると? 普通お尻から食べよらんの?」
「ライオンの捕食……」
「なにおう!? ひよ子買ってきてやらんぞ!?」
「あーっそれだけはっ!! それだけは勘弁ー!!」
全く……と呟き息をついた私は「じゃあ、そろそろ行くからね」と部室の扉に手をかけた。
「あ、先輩」
扉を開けた時、呼び止められて振り返る。
「ん??」
「お気をつけて!」
「はーいはい」
***
時は十七時六分。
「疲れたー……」
家に着いた私は息をつく。
何故こんなに早く帰って来るのか。それは私が両親からアルバイトを禁止されているから。
両親から余るほどの仕送りが送られてくるのだ。アルバイトをしようと思った時期もあったが、両親にバレたら何を言われるのか分からないので結局するのをやめてしまった。
「さてさて…………」
有り余る本棚の中の小説を一つとる。
今日は精読をしてみようかな。いつもは全体理解だし。
『鬼』と書かれた小説に右手をかけ引き抜く。
と、同時。
……乾いた音を立てて、一つの小説が床に落ちる。
「…………?」
それを手に取り、タイトルを見る。
『見えない世界の裏側に』
……見たことの無いタイトルだ。パソコンで少し調べてみると、一つの事実にたどり着いた。
「…………え?」
もう一度、タイトルを見た。
光々とするパソコンの画面に映るタイトルと、やはり一致している。
信じ難いことであった。まさかこの小説が『もう手に入らない宝物庫』扱いされていたなんてと。
「…………あれ?」
次に作者名を見る。
『永井霙』
そのペンネームは私の知っている名前だった。まさかと思い、さらに調べる。
『永井霙
北海道出身の小説家。二千四年八月二十三日生まれ。現在は大学三回生で、小説家として活動している』
「……大学三回生…………私の同期じゃん」
霙は私と同じ歳だった。
三歳から六歳までの三年間家の隣で、ずっと一緒に遊んでいた所謂『幼馴染み』だ。
だが霙は小学校に上がる前に北海道に帰ってしまった。後に母から理由を聞くと、『お母さんの都合やけん、しょうがない』と頭を撫でられて言われた記憶がある。
「そっか…………小説書くの好きだったもんねあの子……」
霙の父は、若くして有名な小説家だった。母も霙の父の小説を持っていて、読んでいたのを思い出す。
そして霙も同じく、四歳当時から自分で小説を書いていた。私もその小説を見せてもらっては面白いとよく言っていたものだ。
「…………お父さんを継いだんだ」
パソコンを閉じ、パラパラと速読してみる。
なにこれ、なにこれ、なにこれ!?
驚くほど惹かれた。
ページを早めくりする手が止まった。
その手はページを戻る手に変わった。
『速読』ではなく、『一般の人のように、普通にゆっくり読みたい』
そんな考えが勝る。
「…………凄い、凄い凄い凄い!! こんなに読み応えのある小説なんて無かったよ!!」
思わず声をあげてしまった。部屋に誰もいないのが幸運だろう。
本の後ろを見る。
異世界ファンタジーがジャンルの総合ページ数は、一千ページを越えていた。
普通の人ならきっと、この時点で読無むことを辞めてしまうだろう。だが私は違った。
私は基本、三百から五百ページ程度の長編しか読まない。それ以上は飽きてしまって読む気が失せる。
だがこの小説は違った。速読で少し読んだが、それは彼女が十四歳の時の実体験を元にした『ノンフィクション』だ。
一体彼女の身に何があったのかは私にも分からないが、より具体的に、より感動的に書かれたこの小説は何故か読む気になれた。
「…………会いたい」
直感的にそう思った。
今何処に住んでいるのかすら分からない中で、ただ会いたいと思った。
連絡先も何もないまま、私は霙の身元について調べ始めて……気がつけば二十三時を回っていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。
ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」
「……ジャスパー?」
「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」
マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。
「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」
続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。
「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる