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破滅への道
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永晴国。黄河流域に属するその国は他国との貿易も盛んで、資源も豊富であり裕福な国であった。
その永晴国の丞相の長男として生まれたのが黎霊玄である。
文官で最高位であり皇族の外戚である父を持つ霊玄は身分だけでなく、怜悧な頭脳を持ち合わせ、更に女好きのしそうな眉目であった。おまけに武術も遜色ない。まさに十全十美、完璧な男だ。
皇城にいる女達は皆霊玄を見るなり顔を赤らめて心の中で黄色い声をあげる。そんな霊玄はもちろん一族の誇りであり、父親である黎丞相にとっても霊玄は自慢の息子である。
"今年の科挙において状元は黎霊玄で間違いない!"
文官達が口々にそう口にした通り、その年、霊玄は歴代最年少記録の十六歳で状元の席を勝ち取った。
「兄上、おめでとうございます!」
「阿霞、ありがとう」
霊玄の事を兄上と呼ぶ少女は、霊玄の二つ下の妹である黎玲霞だ。彼女は十四歳という若さながら、涼やかで絵画の中から抜け出してきたかのような、艶やかな美女と評判である。気立てもよく、甘え上手な彼女の事を霊玄は大層可愛がっており、また玲霞も幼い頃から兄上、兄上と霊玄に引っ付き回っていた。
霊玄が正式に文官として皇城に入った時、従兄弟である太子と仕事をする事も多くなった。そこで霊玄は太子と玲霞の婚姻を取り付けたのだ。前々から玲霞は太子に懸想を抱いており、太子を見かける度に霊玄にその気持ちを吐き出していた。どうせ政略結婚で必ず誰かに嫁がされてしまう。愛する妹には生涯幸せで笑顔であって欲しいと望んだ霊玄は国主と太子に掛け合ったのだ。
身分も申し分無く、美しいと評判の玲霞は皇族側としても喜ばしい事であり、即座に取り決められた。正式に婚約発表もされ、霊玄も自らの能力で他国との結び付きや外交の面で輝かしい手柄を挙げ、まさに黎一族は全盛期であった。このまま手柄を挙げ続ければ、霊玄は本当に飛昇するだろうと言われるほどに。
だが、霊玄が十八歳になった年、とある噂話が流行し始めた。その内容とは、彼が隣国である葉晶国と密書を交わしているという噂である。葉晶国は小国でありながらも強い武力を有しており、永晴国が警戒する国の一つだ。確かに霊玄は葉晶国との外交も一任されており、文書を交わすこともあった。だがそれは正式に認められている文書であり、決して密書なんかでは無い。確かに霊玄の亡き母親は葉晶皇族の外戚であった為、心配する声が上がるのは無理もないがとんだ出鱈目な噂話を流してくれたものだ。
霊玄のこれまでの実績に、日頃からの品行方正な態度や忠誠心を間近で見ていた国主は、文官から霊玄について口うるさく言われても最初は相手にもしていなかった。
だがその年の冬の事だ。
霊玄はいつも通り、皇城で業務をこなしていた。すると、突如勢いよく戸が開いたかと思えば、武装をした武官達が数人乗り込んで来たのだ。
「何か御用でしょうか」
霊玄が続きを話すよりも早く武官達はその場で霊玄を取り押さえた。
「何のつもりです?」
「黎霊玄。国家反逆罪の疑いにより身柄を拘束する。無駄な抵抗はやめなさい」
「国家反逆罪?まだそんなくだらない噂話が流れているのですか?」
呆れたとでも言うように溜息をついた霊玄は、武官複数人に抵抗した所で無駄だと言うのはわかっているため、大人しく拘束された。どうせまた誰かが流したくだらない噂話が広まり、収拾がつかなくなったのだろう。そう思っていた。
拘束された霊玄はそのまま皇族、もしくは皇族の外戚で罪を犯した者が収容される香災宮に入れられた。収容、と言っても香災宮には不足が無く、寧ろ下級や中級の文官よりも断然良い生活を送れるであろう物資が揃っている。食事もこれまで通り運ばれて来るし、四六時中見張りに見張られてはいるが、見られてやましい物など霊玄には無いため気にするような事では無かった。何より、ここでは仕事をしなくていい。
それにきっと自分の父や国主が絶えない噂を否定する為に確固たる証拠を探しているのだと、そう思っていた。
「黎公子、こちらへ」
一ヶ月程経った頃だろうか。急に迎えが来て、罪人のように手を縛られて連れて行かれた場所は永晴宮殿大極殿であった。
「陛下、黎霊玄がご挨拶申し上げます」
いつものように挨拶をするが、国主は冴えない顔をして反応を見せなかった。このような正式の場ではそんな事はしないが、普段霊玄が挨拶をすると挨拶だけに留まらず、機嫌良く政治やら身内の話しやらをしてくるのに。
そこで廷尉が霊玄にとある文書を突き付けて来た。
「これは……」
「見覚えが無いとでも言うのですか?これが証拠ですよ、黎公子」
目の前に広げられた文書達は、驚く事に葉晶国との密書らしき物で、永晴国の機密情報等が書かれている。丁寧な事に霊玄の筆跡に確かに似ている。
しかし霊玄が絶句してしまったのはまた別の理由である。
「どうした?言い訳も言えないのですか?まあ、そりゃあそうですよね。あなたの花押が何よりの証拠だ」
周りは自分よりも一回りも二回りも年上ばかりの中、霊玄は引けを取らない程優秀であり、未だに口論になって彼に勝った者はいない。だと言うのに、今の霊玄には言葉が出なかった。花押というのは、文書などに自分が書いたという証拠の為に本人が押すものであり、本人以外は持っていない物である。とても大事な物であるため、親族すらもそれを置いてある場所を知らない事が殆どだ。まず、そう易々と盗まれるような場所に保管したりなんてしない。その上、偽造されないように高度な技術が組み込まれており、過去に偽造されたという例も無かった。
もちろんこの密書を書いた人物は霊玄では無い。霊玄には反逆する理由なんてものは無いし、そんな考えを起こした事も無い。そうなると、花押が盗まれたと考えるのが筋だ。
「……この花押は確かに私の物でしょう。しかし、私はこの文書を書いていません。私の寝所を調べてみてください、花押が無くなっているはずです」
「黎公子。お言葉ですが、こうなった時の為に予め別の場所に隠しておいたという事は?」
「……本当に私は書いていない」
いつも羨望や尊敬の視線を向けられてきた霊玄が、こんな状況は当然の事ながら初めてであった。
「それが信じられないのですよ」
他の文官達が口々に霊玄を責め立てる中、国主が重い口を開いた。
「黎公子の部屋を調べろ。寝所だけでなく、屋敷全体をだ。黎貴妃の宮もだ」
黎貴妃とは四夫人の一人であり、霊玄の伯母にあたる人物だ。第二皇子と第四公主の生母である。聡明で美しいと有名な女人で、国主からの寵愛を受けている妃だ。雰囲気はどことなく霊玄に似ている所があり、そのためか黎貴妃も霊玄の事は幼い頃から可愛がっていた。そして、黎貴妃が可愛がっていた霊玄の事を国主も気にかけていた。
そんな黎貴妃の宮まで調べあげるとは、霊玄は更に驚愕した。
嵌められたというのに、霊玄には言い返す言葉が見当たら無かった。自分はやっていないと誰が信じてくれる?しかし、ここで霊玄が無罪を証明出来なければ、あんなに気にかけてくれていた伯母、そして従兄弟である第二皇子と第四公主の立場も危ぶまれる。それだけじゃない、丞相である父の立場と太子と婚約をしている玲霞は?
何か必ず抜けている所があるはずだ、そこを探そう。そう思って思考を巡らせるも、悔しい事に何も思い付かない。
その後、三日に渡り霊玄、そして黎家の捜査が行われた。そして再び霊玄が大極殿に呼び出された時、その空気で霊玄は何となく悟ってしまった。
「黎公子。あなたの身の回りを捜索しました。まず花押ですが、鍵の掛かった木箱に入った状態で、寝所では無く黎家の領地内の書物庫で発見しましたよ。しかもその鍵はあなたの寝所から発見されました」
「そんなはずは無い!羅漢床の下の引き戸に入っているはずだ、これは誰かの計画のうちに違いない!私では無い!」
身に覚えのない事につい声を荒らげて対抗してしまうと、待っていたかのように他の文官達が次々と口を挟んで来る。
「黎公子、我々は前々からあなたを警戒していたのですよ。あなた達黎家は皇室に取り入ろうとする。黎丞相は姉君である黎貴妃を嫁がせ、その上前までは第二皇子を太子の座にと後押ししていた。そしてそれが叶わなかったら、今度はあなたが自身の妹君と太子殿下の婚約を取り付けた」
「はっきり言うと、黎丞相が今の丞相の地位を確率しているのは……」
とある文官がそこまで口に出した時、突如国主が腕を振り上げ、玉座の肘掛に叩きつけて大きな音を鳴らした。一気に静まり返ると、国主が重たく口を開く。
「……黎公子、どうか朕が納得出来るように説明してくれ。何故盗まれたはずの花押が黎家の者しか立入り出来ぬ書物庫にあった?そして、何故その木箱の鍵が公子しか出入りしない寝所にあった?」
(そんな事、自分だって聞きたい)
霊玄は内心そう思いながらも、返す言葉が見当たらず、黙り込んでしまう。
「……私にもわかりません」
「この密書は霊公子の筆跡で書かれている。その上花押まで押されている。それでもまだ自分はやっていないと言い張るのか?」
この窮地を切り抜けるには、霊玄はあまりにも若すぎた。いくら頭が良く、機転が利き、仕事が出来るからとは言え、まだ十八歳だ。この場にいる誰よりも人生経験が足りていない上、幼い頃から何でもできて、称え崇められてきた崇高な存在である霊玄にはこんな状況は初めてだ。自分が説明出来ない事にどう返していいのかがわからなかった。
「……黎霊玄を地下牢へ。黎貴妃とは離縁し、太子と黎玲霞の婚約も解消する。黎丞相も共謀の疑いが晴れるまで拘束しろ」
「お待ちください、陛下!我々黎家が今まで永晴国のためにならない事を一度でもしてきたでしょうか!よくよく考えてみてください、私には国家反逆の動機もありません!」
必死に綴る霊玄に国主はもう見向きすらしなかった。それどころか、霊玄を視界に入れまいと怪訝な顔持ちで他所を見ている。
「陛下……」
両脇を抱えられ、引き摺られるように歩かせられる霊玄は絶望のどん底に立たされていた。自分のせいで黎家が没落してしまう。
そこからの霊玄の待遇は酷い扱いであった。その後の調査で黎丞相の関与は確認されなかった。しかし、霊玄の責任を負わされ、黎家は廃門。領地を没収され、平民に落とされた。平民となった霊玄に今まで嫉妬していた者達からの視線や態度は大変酷な物であった上、食事もまともに与えられなかった。地下牢は薄汚く、外の光すら入ってこない。時折文官や武官が霊玄をいびりに来ては、鞭で体を打ったり暴力を奮っていたものの、国主は霊玄を完全に見放してしまったため、それを黙認していた。
根っからの貴族であった丞相も貴妃も玲霞も、基本資金が無ければ出来ることは無い。突然の環境の変化や、精神的なショックで貴妃は寝込んでしまった。金の無くなった三人は更に貧民街へと落ちて行き、貴妃の薬代も稼がなくなってしまったため、玲霞は体を売るようになった。しかし、その甲斐も無く、貴妃はその四ヶ月後に息を引き取った。丞相は平民に落とされた時に足を折られており、これ以上娘に負担をかけられないと自殺。
一世を風靡した黎家は零れ桜の如く全てを失ってしまった。
霊玄はというと、そんな事もつゆ知らず、特に文官達からは酷い扱いを受け続け、身体には痣と生傷が増えるばかりであった。
「ははっ、綺麗な顔が痩せこけた上に汚れちまって!」
「何だ、昔は随分と持ち上げられていたが本来は無能なんじゃないか?今思えば、その綺麗な顔と巧妙な話術を使って陛下や太子殿下を陥れたんじゃないのか?」
「……陛下と太子殿下に対する侮辱が許されると思っているのか」
「まだ言い返す体力があるのか!それは随分な事だな!」
バチン!と聞くに絶えない鞭の音が地下中に響き渡る。もう手足の感覚は無く、最近は立つ事は愚か、偶に運ばれてくる食事にさえ手を付ける事が出来なくなっている。
衰弱死寸前であったが、そんな事は気にも止めない文官、武官達は相も変わらず酷い暴力を奮う。
もういつ死んでもおかしくないような状態ではあったが、唯一心残りがあるとすれば家族の事であった。ここに来てから家族の事は何も聞いていない。ただ、霊玄が生かされている以上は殺されてはいないはずだ。死ぬ前に家族に一目でも会いたいというのが本望ではあるが、自分のせいでこんな状況に陥ったため合わせる顔も無い。
そんな時、予想にもしない人物が霊玄の元を訪ねてきた。
「黎公子!」
彼はボロボロになって倒れている霊玄を見て、慌てて格子越しに叫びにも近い声を上げた。
それに気が付いた霊玄はやっとの思いで軽いはずなのに重い身体を起こし、壁にもたれて座った。自分の事をまだ公子と呼ぶ人がいるのかと格子の方に目をやると、そこには何と太子がいたのだ。
「……殿下?」
声を出した霊玄に太子は少し安堵した様子を見せたのも束の間、神妙な面持ちで問いただされる。
「これは……一体どういう事だ?何故そんなに傷だらけに?身体もそんなに痩せ細って……」
「私は罪人扱いですから。私の事をよく思っていなかった文官や武官のこれまでの蓄積されてきた不平不満がこのように現れているだけです」
「父上は知らないのか?私から話してみるよ」
「殿下、お気持ちはありがたいのですが、私を庇うとあなたの地位が危ない。陛下はもう私を亡き者として扱い、目にも耳にも入れたくないようですから」
「……ごめん」
太子はただ霊玄にそう言う事しか出来なかった。彼は霊玄に対し何もしていない。それどころか、未だに公子と呼んで、心配をしてくれているのだから。
「何故あなたが謝るのですか。あの時、何も言えなかった自分が全て招いた事です」
「そんな事はない!……って、君がこんな状態の時に話すのは酷だけれど、時間が無いから話すよ」
太子はどうやらここまで誰にも言わずに内密に来たようで、見張りの目を掻い潜って来たらしい。一体どうやってすり抜けたのかは知らないが、前に一部の皇族しか知らない抜け道があると聞いていたため、そこを使って来たのだろう。
「君の家族の事だけど、父君と伯母君は助けられなかった。ただ、阿霞は葉晶国の親族の家に逃がしたよ」
葉晶国の親族といえば、霊玄の母親の実家だろう。何度か会った事はあるが、深く親交があるわけでは無い。親族でありながら、お互いあくまでも政治的な立場でしか会った事が無いからだ。霊玄の母親の母親……つまり霊玄にとっての外祖母は現葉晶国主の異母姉である。武官の家系であり、外叔父は葉晶国きっての大将軍。経済的にも身分的にも余裕のあり過ぎる家だ、玲霞は女であるしきっと悪い待遇にはならないだろう。
しかし、いつの間に太子は霊玄の親族とやり取りをしていたのだろうか。それこそ、今葉晶国と何か関わりがあると誰かに知られれば、太子こそ立場が危ない。廃位では免れないかもしれないのだ。
太子がそこまでしたのには理由がある。政略結婚での婚約者だったとはいえ、玲霞の事を愛していたのだ。二人は愛し合っており、仲睦まじい姿が伺えた。
「妹の事はありがとうございます。妹が無事でいるならば私はもう何も望みません。なのに、何故私にまで気にかけてくださるのですか?」
わざわざ玲霞の事を知らせに来てくれたくらいだ。気にかけてくれていると言えるだろう。
「私は君はあんな事をしないとわかっている。この皇城で私達は一番共に時を過ごした、そうだろう?君の事はよくわかっているつもりだし、友人だと思っているんだ。だから私は君を信じる。それに、あの筆跡は確かに君の筆跡に似ているが、君の書いた違う文書と照らし合わせてよくよく見てみると、君特有の文字の癖が無いんだ。癖というのは無くそうと思って無くせないものだ」
「ええ。私はやっていないと全てを賭けて言えます」
「待ってて。いつか私が君をそこから出して、玲霞と再開させてあげるから。今はとにかく生きる事を諦めないでくれ」
太子は霊玄の痛々しい程細くなってしまった手首をぎゅっと握り、真っ直ぐな目でそう言った。
その瞬間、大きな風穴が空いていた霊玄の心がじわっと温かい物で埋め尽くされていく感覚がした。
それからというもの、太子の言う通りに生きる事を諦めなくなった。運ばれてきた食事も少しは手をつけるようになったし、言葉で罵られれば言葉巧みに論破を、暴力を振るわれれば少しは抵抗をするように。
そしてある日、霊玄の牢に近付く足音が。いつもは武官も文官も複数人で来るのに、足音は一人分のみだ。
足音はちょうど霊玄の格子の目の前で止んだ。
「黎玲霞はどこにいる?」
舌に氷を乗せているような冷たい口調と聞きなれない声で霊玄に向かってそう言った。玲霞の名を口にした事で、霊玄は思わず反応をしてしまった。
足音の人物は背格好と体格の良い男で、国主が着る衣装よりも格段上の上等な衣装で、頭には重そうな飾りも施されている。腰には柄頭と持ち手が黄金で出来た剣を帯剣しており、その様子から武官なのだろうが格好からしてどうにも武官には見えない。それに、こんな武官がいたら嫌でも目や噂で耳に入りそうなのに、霊玄はそんな話は聞いた事が無い。
「玲霞に何か用なのか?」
「朕の質問に先に答えよ。黎玲霞はどこにいる?生きているのだな?」
偉そうな態度で見下ろす男は口調からして玲霞が生きている事を知らないようだ。玲霞に何の用があるのかは知らないが、こんな何をしでかすかわからないような偉ぶった男に玲霞を会わせたくは無い。
「知らないね。俺は家族の事を知らない。ただ、文官や武官が話しているのを聞くと、死んでしまったそうだ」
「何だと?追人型はまだ消えていない。生きているはずだ」
「追人型?」
聞き慣れない言葉と、生きていると知っている事に霊玄は不信感を覚えた。
その時、薄暗かった地下が突如として明るく照らされた。暗い地下に目が慣れ、突然の灯りに目を瞑った霊玄だが、次に目を開けた時、つい自分の目がまだ正気なのかを疑った。目の前の男は手から光の玉を出しており、それがまた何とも眩い。
「……ほう。玲霞とはあまり似ていないようだが、よく見たら美しい顔をしている」
男は格子に近付いていた霊玄の顎を指先で持ち上げてそう言った。
「お前、この国の者ではないな?答えろ。お前は何者だ?何故玲霞の生死をそんなに知りたがる?」
「私はお前達の尊大なる天帝ぞ。無礼なその口は慎め」
本来ならそう言われても信じ難い事だが、その格好と、つい先程神通力を使った術を目の当たりにした以上どうにも信憑性がある。
「……では、その明皇大帝が玲霞に何の御用なのでしょうか」
「お前の妹を前に一目見た時、気に入った。朕の妾の一人にでもしようと思い、十六になったら迎え入れるつもりでいた。だと言うのに、久しぶりに下界に目をやればお前の一族は破門し、行方知れずになっているではないか」
霊玄は心の中で鼻を鳴らした。こんな間抜けな奴が天帝であるならば、この世が終末になるのも近いであろうと。
明皇はもう一度霊玄を下から上まで舐めるように見ると、鼻を鳴らして言った。
「お前が男であるのが惜しいな。女であったならば、朕の寵妃にでもしてやるというのに」
侮辱にも等しい言葉であったが、霊玄はそんな事を気にせずに言い放つ。
「残念ながら、この世の誰も妹の在り処を知りません。あなたほどの方であれば、妹の代わりなどいくらでも見つける事が出来るでしょう」
「ああ。今見つけた」
明皇は鉄格子を一瞬にして壊すと、霊玄に近付き、今度は鼻と鼻が当たりそうな程顔を近付けた。
「お前を朕の男娼にしてやる」
その永晴国の丞相の長男として生まれたのが黎霊玄である。
文官で最高位であり皇族の外戚である父を持つ霊玄は身分だけでなく、怜悧な頭脳を持ち合わせ、更に女好きのしそうな眉目であった。おまけに武術も遜色ない。まさに十全十美、完璧な男だ。
皇城にいる女達は皆霊玄を見るなり顔を赤らめて心の中で黄色い声をあげる。そんな霊玄はもちろん一族の誇りであり、父親である黎丞相にとっても霊玄は自慢の息子である。
"今年の科挙において状元は黎霊玄で間違いない!"
文官達が口々にそう口にした通り、その年、霊玄は歴代最年少記録の十六歳で状元の席を勝ち取った。
「兄上、おめでとうございます!」
「阿霞、ありがとう」
霊玄の事を兄上と呼ぶ少女は、霊玄の二つ下の妹である黎玲霞だ。彼女は十四歳という若さながら、涼やかで絵画の中から抜け出してきたかのような、艶やかな美女と評判である。気立てもよく、甘え上手な彼女の事を霊玄は大層可愛がっており、また玲霞も幼い頃から兄上、兄上と霊玄に引っ付き回っていた。
霊玄が正式に文官として皇城に入った時、従兄弟である太子と仕事をする事も多くなった。そこで霊玄は太子と玲霞の婚姻を取り付けたのだ。前々から玲霞は太子に懸想を抱いており、太子を見かける度に霊玄にその気持ちを吐き出していた。どうせ政略結婚で必ず誰かに嫁がされてしまう。愛する妹には生涯幸せで笑顔であって欲しいと望んだ霊玄は国主と太子に掛け合ったのだ。
身分も申し分無く、美しいと評判の玲霞は皇族側としても喜ばしい事であり、即座に取り決められた。正式に婚約発表もされ、霊玄も自らの能力で他国との結び付きや外交の面で輝かしい手柄を挙げ、まさに黎一族は全盛期であった。このまま手柄を挙げ続ければ、霊玄は本当に飛昇するだろうと言われるほどに。
だが、霊玄が十八歳になった年、とある噂話が流行し始めた。その内容とは、彼が隣国である葉晶国と密書を交わしているという噂である。葉晶国は小国でありながらも強い武力を有しており、永晴国が警戒する国の一つだ。確かに霊玄は葉晶国との外交も一任されており、文書を交わすこともあった。だがそれは正式に認められている文書であり、決して密書なんかでは無い。確かに霊玄の亡き母親は葉晶皇族の外戚であった為、心配する声が上がるのは無理もないがとんだ出鱈目な噂話を流してくれたものだ。
霊玄のこれまでの実績に、日頃からの品行方正な態度や忠誠心を間近で見ていた国主は、文官から霊玄について口うるさく言われても最初は相手にもしていなかった。
だがその年の冬の事だ。
霊玄はいつも通り、皇城で業務をこなしていた。すると、突如勢いよく戸が開いたかと思えば、武装をした武官達が数人乗り込んで来たのだ。
「何か御用でしょうか」
霊玄が続きを話すよりも早く武官達はその場で霊玄を取り押さえた。
「何のつもりです?」
「黎霊玄。国家反逆罪の疑いにより身柄を拘束する。無駄な抵抗はやめなさい」
「国家反逆罪?まだそんなくだらない噂話が流れているのですか?」
呆れたとでも言うように溜息をついた霊玄は、武官複数人に抵抗した所で無駄だと言うのはわかっているため、大人しく拘束された。どうせまた誰かが流したくだらない噂話が広まり、収拾がつかなくなったのだろう。そう思っていた。
拘束された霊玄はそのまま皇族、もしくは皇族の外戚で罪を犯した者が収容される香災宮に入れられた。収容、と言っても香災宮には不足が無く、寧ろ下級や中級の文官よりも断然良い生活を送れるであろう物資が揃っている。食事もこれまで通り運ばれて来るし、四六時中見張りに見張られてはいるが、見られてやましい物など霊玄には無いため気にするような事では無かった。何より、ここでは仕事をしなくていい。
それにきっと自分の父や国主が絶えない噂を否定する為に確固たる証拠を探しているのだと、そう思っていた。
「黎公子、こちらへ」
一ヶ月程経った頃だろうか。急に迎えが来て、罪人のように手を縛られて連れて行かれた場所は永晴宮殿大極殿であった。
「陛下、黎霊玄がご挨拶申し上げます」
いつものように挨拶をするが、国主は冴えない顔をして反応を見せなかった。このような正式の場ではそんな事はしないが、普段霊玄が挨拶をすると挨拶だけに留まらず、機嫌良く政治やら身内の話しやらをしてくるのに。
そこで廷尉が霊玄にとある文書を突き付けて来た。
「これは……」
「見覚えが無いとでも言うのですか?これが証拠ですよ、黎公子」
目の前に広げられた文書達は、驚く事に葉晶国との密書らしき物で、永晴国の機密情報等が書かれている。丁寧な事に霊玄の筆跡に確かに似ている。
しかし霊玄が絶句してしまったのはまた別の理由である。
「どうした?言い訳も言えないのですか?まあ、そりゃあそうですよね。あなたの花押が何よりの証拠だ」
周りは自分よりも一回りも二回りも年上ばかりの中、霊玄は引けを取らない程優秀であり、未だに口論になって彼に勝った者はいない。だと言うのに、今の霊玄には言葉が出なかった。花押というのは、文書などに自分が書いたという証拠の為に本人が押すものであり、本人以外は持っていない物である。とても大事な物であるため、親族すらもそれを置いてある場所を知らない事が殆どだ。まず、そう易々と盗まれるような場所に保管したりなんてしない。その上、偽造されないように高度な技術が組み込まれており、過去に偽造されたという例も無かった。
もちろんこの密書を書いた人物は霊玄では無い。霊玄には反逆する理由なんてものは無いし、そんな考えを起こした事も無い。そうなると、花押が盗まれたと考えるのが筋だ。
「……この花押は確かに私の物でしょう。しかし、私はこの文書を書いていません。私の寝所を調べてみてください、花押が無くなっているはずです」
「黎公子。お言葉ですが、こうなった時の為に予め別の場所に隠しておいたという事は?」
「……本当に私は書いていない」
いつも羨望や尊敬の視線を向けられてきた霊玄が、こんな状況は当然の事ながら初めてであった。
「それが信じられないのですよ」
他の文官達が口々に霊玄を責め立てる中、国主が重い口を開いた。
「黎公子の部屋を調べろ。寝所だけでなく、屋敷全体をだ。黎貴妃の宮もだ」
黎貴妃とは四夫人の一人であり、霊玄の伯母にあたる人物だ。第二皇子と第四公主の生母である。聡明で美しいと有名な女人で、国主からの寵愛を受けている妃だ。雰囲気はどことなく霊玄に似ている所があり、そのためか黎貴妃も霊玄の事は幼い頃から可愛がっていた。そして、黎貴妃が可愛がっていた霊玄の事を国主も気にかけていた。
そんな黎貴妃の宮まで調べあげるとは、霊玄は更に驚愕した。
嵌められたというのに、霊玄には言い返す言葉が見当たら無かった。自分はやっていないと誰が信じてくれる?しかし、ここで霊玄が無罪を証明出来なければ、あんなに気にかけてくれていた伯母、そして従兄弟である第二皇子と第四公主の立場も危ぶまれる。それだけじゃない、丞相である父の立場と太子と婚約をしている玲霞は?
何か必ず抜けている所があるはずだ、そこを探そう。そう思って思考を巡らせるも、悔しい事に何も思い付かない。
その後、三日に渡り霊玄、そして黎家の捜査が行われた。そして再び霊玄が大極殿に呼び出された時、その空気で霊玄は何となく悟ってしまった。
「黎公子。あなたの身の回りを捜索しました。まず花押ですが、鍵の掛かった木箱に入った状態で、寝所では無く黎家の領地内の書物庫で発見しましたよ。しかもその鍵はあなたの寝所から発見されました」
「そんなはずは無い!羅漢床の下の引き戸に入っているはずだ、これは誰かの計画のうちに違いない!私では無い!」
身に覚えのない事につい声を荒らげて対抗してしまうと、待っていたかのように他の文官達が次々と口を挟んで来る。
「黎公子、我々は前々からあなたを警戒していたのですよ。あなた達黎家は皇室に取り入ろうとする。黎丞相は姉君である黎貴妃を嫁がせ、その上前までは第二皇子を太子の座にと後押ししていた。そしてそれが叶わなかったら、今度はあなたが自身の妹君と太子殿下の婚約を取り付けた」
「はっきり言うと、黎丞相が今の丞相の地位を確率しているのは……」
とある文官がそこまで口に出した時、突如国主が腕を振り上げ、玉座の肘掛に叩きつけて大きな音を鳴らした。一気に静まり返ると、国主が重たく口を開く。
「……黎公子、どうか朕が納得出来るように説明してくれ。何故盗まれたはずの花押が黎家の者しか立入り出来ぬ書物庫にあった?そして、何故その木箱の鍵が公子しか出入りしない寝所にあった?」
(そんな事、自分だって聞きたい)
霊玄は内心そう思いながらも、返す言葉が見当たらず、黙り込んでしまう。
「……私にもわかりません」
「この密書は霊公子の筆跡で書かれている。その上花押まで押されている。それでもまだ自分はやっていないと言い張るのか?」
この窮地を切り抜けるには、霊玄はあまりにも若すぎた。いくら頭が良く、機転が利き、仕事が出来るからとは言え、まだ十八歳だ。この場にいる誰よりも人生経験が足りていない上、幼い頃から何でもできて、称え崇められてきた崇高な存在である霊玄にはこんな状況は初めてだ。自分が説明出来ない事にどう返していいのかがわからなかった。
「……黎霊玄を地下牢へ。黎貴妃とは離縁し、太子と黎玲霞の婚約も解消する。黎丞相も共謀の疑いが晴れるまで拘束しろ」
「お待ちください、陛下!我々黎家が今まで永晴国のためにならない事を一度でもしてきたでしょうか!よくよく考えてみてください、私には国家反逆の動機もありません!」
必死に綴る霊玄に国主はもう見向きすらしなかった。それどころか、霊玄を視界に入れまいと怪訝な顔持ちで他所を見ている。
「陛下……」
両脇を抱えられ、引き摺られるように歩かせられる霊玄は絶望のどん底に立たされていた。自分のせいで黎家が没落してしまう。
そこからの霊玄の待遇は酷い扱いであった。その後の調査で黎丞相の関与は確認されなかった。しかし、霊玄の責任を負わされ、黎家は廃門。領地を没収され、平民に落とされた。平民となった霊玄に今まで嫉妬していた者達からの視線や態度は大変酷な物であった上、食事もまともに与えられなかった。地下牢は薄汚く、外の光すら入ってこない。時折文官や武官が霊玄をいびりに来ては、鞭で体を打ったり暴力を奮っていたものの、国主は霊玄を完全に見放してしまったため、それを黙認していた。
根っからの貴族であった丞相も貴妃も玲霞も、基本資金が無ければ出来ることは無い。突然の環境の変化や、精神的なショックで貴妃は寝込んでしまった。金の無くなった三人は更に貧民街へと落ちて行き、貴妃の薬代も稼がなくなってしまったため、玲霞は体を売るようになった。しかし、その甲斐も無く、貴妃はその四ヶ月後に息を引き取った。丞相は平民に落とされた時に足を折られており、これ以上娘に負担をかけられないと自殺。
一世を風靡した黎家は零れ桜の如く全てを失ってしまった。
霊玄はというと、そんな事もつゆ知らず、特に文官達からは酷い扱いを受け続け、身体には痣と生傷が増えるばかりであった。
「ははっ、綺麗な顔が痩せこけた上に汚れちまって!」
「何だ、昔は随分と持ち上げられていたが本来は無能なんじゃないか?今思えば、その綺麗な顔と巧妙な話術を使って陛下や太子殿下を陥れたんじゃないのか?」
「……陛下と太子殿下に対する侮辱が許されると思っているのか」
「まだ言い返す体力があるのか!それは随分な事だな!」
バチン!と聞くに絶えない鞭の音が地下中に響き渡る。もう手足の感覚は無く、最近は立つ事は愚か、偶に運ばれてくる食事にさえ手を付ける事が出来なくなっている。
衰弱死寸前であったが、そんな事は気にも止めない文官、武官達は相も変わらず酷い暴力を奮う。
もういつ死んでもおかしくないような状態ではあったが、唯一心残りがあるとすれば家族の事であった。ここに来てから家族の事は何も聞いていない。ただ、霊玄が生かされている以上は殺されてはいないはずだ。死ぬ前に家族に一目でも会いたいというのが本望ではあるが、自分のせいでこんな状況に陥ったため合わせる顔も無い。
そんな時、予想にもしない人物が霊玄の元を訪ねてきた。
「黎公子!」
彼はボロボロになって倒れている霊玄を見て、慌てて格子越しに叫びにも近い声を上げた。
それに気が付いた霊玄はやっとの思いで軽いはずなのに重い身体を起こし、壁にもたれて座った。自分の事をまだ公子と呼ぶ人がいるのかと格子の方に目をやると、そこには何と太子がいたのだ。
「……殿下?」
声を出した霊玄に太子は少し安堵した様子を見せたのも束の間、神妙な面持ちで問いただされる。
「これは……一体どういう事だ?何故そんなに傷だらけに?身体もそんなに痩せ細って……」
「私は罪人扱いですから。私の事をよく思っていなかった文官や武官のこれまでの蓄積されてきた不平不満がこのように現れているだけです」
「父上は知らないのか?私から話してみるよ」
「殿下、お気持ちはありがたいのですが、私を庇うとあなたの地位が危ない。陛下はもう私を亡き者として扱い、目にも耳にも入れたくないようですから」
「……ごめん」
太子はただ霊玄にそう言う事しか出来なかった。彼は霊玄に対し何もしていない。それどころか、未だに公子と呼んで、心配をしてくれているのだから。
「何故あなたが謝るのですか。あの時、何も言えなかった自分が全て招いた事です」
「そんな事はない!……って、君がこんな状態の時に話すのは酷だけれど、時間が無いから話すよ」
太子はどうやらここまで誰にも言わずに内密に来たようで、見張りの目を掻い潜って来たらしい。一体どうやってすり抜けたのかは知らないが、前に一部の皇族しか知らない抜け道があると聞いていたため、そこを使って来たのだろう。
「君の家族の事だけど、父君と伯母君は助けられなかった。ただ、阿霞は葉晶国の親族の家に逃がしたよ」
葉晶国の親族といえば、霊玄の母親の実家だろう。何度か会った事はあるが、深く親交があるわけでは無い。親族でありながら、お互いあくまでも政治的な立場でしか会った事が無いからだ。霊玄の母親の母親……つまり霊玄にとっての外祖母は現葉晶国主の異母姉である。武官の家系であり、外叔父は葉晶国きっての大将軍。経済的にも身分的にも余裕のあり過ぎる家だ、玲霞は女であるしきっと悪い待遇にはならないだろう。
しかし、いつの間に太子は霊玄の親族とやり取りをしていたのだろうか。それこそ、今葉晶国と何か関わりがあると誰かに知られれば、太子こそ立場が危ない。廃位では免れないかもしれないのだ。
太子がそこまでしたのには理由がある。政略結婚での婚約者だったとはいえ、玲霞の事を愛していたのだ。二人は愛し合っており、仲睦まじい姿が伺えた。
「妹の事はありがとうございます。妹が無事でいるならば私はもう何も望みません。なのに、何故私にまで気にかけてくださるのですか?」
わざわざ玲霞の事を知らせに来てくれたくらいだ。気にかけてくれていると言えるだろう。
「私は君はあんな事をしないとわかっている。この皇城で私達は一番共に時を過ごした、そうだろう?君の事はよくわかっているつもりだし、友人だと思っているんだ。だから私は君を信じる。それに、あの筆跡は確かに君の筆跡に似ているが、君の書いた違う文書と照らし合わせてよくよく見てみると、君特有の文字の癖が無いんだ。癖というのは無くそうと思って無くせないものだ」
「ええ。私はやっていないと全てを賭けて言えます」
「待ってて。いつか私が君をそこから出して、玲霞と再開させてあげるから。今はとにかく生きる事を諦めないでくれ」
太子は霊玄の痛々しい程細くなってしまった手首をぎゅっと握り、真っ直ぐな目でそう言った。
その瞬間、大きな風穴が空いていた霊玄の心がじわっと温かい物で埋め尽くされていく感覚がした。
それからというもの、太子の言う通りに生きる事を諦めなくなった。運ばれてきた食事も少しは手をつけるようになったし、言葉で罵られれば言葉巧みに論破を、暴力を振るわれれば少しは抵抗をするように。
そしてある日、霊玄の牢に近付く足音が。いつもは武官も文官も複数人で来るのに、足音は一人分のみだ。
足音はちょうど霊玄の格子の目の前で止んだ。
「黎玲霞はどこにいる?」
舌に氷を乗せているような冷たい口調と聞きなれない声で霊玄に向かってそう言った。玲霞の名を口にした事で、霊玄は思わず反応をしてしまった。
足音の人物は背格好と体格の良い男で、国主が着る衣装よりも格段上の上等な衣装で、頭には重そうな飾りも施されている。腰には柄頭と持ち手が黄金で出来た剣を帯剣しており、その様子から武官なのだろうが格好からしてどうにも武官には見えない。それに、こんな武官がいたら嫌でも目や噂で耳に入りそうなのに、霊玄はそんな話は聞いた事が無い。
「玲霞に何か用なのか?」
「朕の質問に先に答えよ。黎玲霞はどこにいる?生きているのだな?」
偉そうな態度で見下ろす男は口調からして玲霞が生きている事を知らないようだ。玲霞に何の用があるのかは知らないが、こんな何をしでかすかわからないような偉ぶった男に玲霞を会わせたくは無い。
「知らないね。俺は家族の事を知らない。ただ、文官や武官が話しているのを聞くと、死んでしまったそうだ」
「何だと?追人型はまだ消えていない。生きているはずだ」
「追人型?」
聞き慣れない言葉と、生きていると知っている事に霊玄は不信感を覚えた。
その時、薄暗かった地下が突如として明るく照らされた。暗い地下に目が慣れ、突然の灯りに目を瞑った霊玄だが、次に目を開けた時、つい自分の目がまだ正気なのかを疑った。目の前の男は手から光の玉を出しており、それがまた何とも眩い。
「……ほう。玲霞とはあまり似ていないようだが、よく見たら美しい顔をしている」
男は格子に近付いていた霊玄の顎を指先で持ち上げてそう言った。
「お前、この国の者ではないな?答えろ。お前は何者だ?何故玲霞の生死をそんなに知りたがる?」
「私はお前達の尊大なる天帝ぞ。無礼なその口は慎め」
本来ならそう言われても信じ難い事だが、その格好と、つい先程神通力を使った術を目の当たりにした以上どうにも信憑性がある。
「……では、その明皇大帝が玲霞に何の御用なのでしょうか」
「お前の妹を前に一目見た時、気に入った。朕の妾の一人にでもしようと思い、十六になったら迎え入れるつもりでいた。だと言うのに、久しぶりに下界に目をやればお前の一族は破門し、行方知れずになっているではないか」
霊玄は心の中で鼻を鳴らした。こんな間抜けな奴が天帝であるならば、この世が終末になるのも近いであろうと。
明皇はもう一度霊玄を下から上まで舐めるように見ると、鼻を鳴らして言った。
「お前が男であるのが惜しいな。女であったならば、朕の寵妃にでもしてやるというのに」
侮辱にも等しい言葉であったが、霊玄はそんな事を気にせずに言い放つ。
「残念ながら、この世の誰も妹の在り処を知りません。あなたほどの方であれば、妹の代わりなどいくらでも見つける事が出来るでしょう」
「ああ。今見つけた」
明皇は鉄格子を一瞬にして壊すと、霊玄に近付き、今度は鼻と鼻が当たりそうな程顔を近付けた。
「お前を朕の男娼にしてやる」
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