ONE

四百珊瑚

文字の大きさ
上 下
46 / 60
救出編

第四十六話 父の夢、はるかの夢

しおりを挟む
 「え?!いいんですか?!」

 おぞましい事件から数週間後、はるかは改めて芸能事務所で今後のことについて話し合うことになった。そこで、驚くべきことを聞く。

 「えぇ。もちろんはるかさんさえよければ、ですが。」

 「本当ですか?!ありがとうございます!今後ともよろしくお願いします!」

 事件もあり、はるかの義父、桜井文人が正式に懲戒解雇された後に就任した女性社長が直々に、今後の契約についてはるかと話し合いをすることになった。そこで、はるかさえよければ半永久的に事務所は可能な限りはるかに仕事を与えること、賠償金としてかなりの額を支払うこと、事件のことは社長とその他ごく一部の社員にのみ知るところとし、絶対に事務所の方から口外することはないことなどを提示された。
 しかし、はるかは事件のことを口外しないという守秘義務のみ守ってもらうこととし、仕事は事務所に半ば強引に与えられるのではなく実力で仕事を取りに行き、賠償金はメンタルクリニックにかかる医療費などのみ受け取ることとした。はるからしいと言えばはるからしい選択だ。

 「でも、本当にいいの?あんなことがあったのだから、遠慮なんてしなくていいのよ?」

 「はい!大丈夫です!誰かの力に甘えずに、自分自身の力で音楽の仕事がしたいんです!」

 「…そう。わかったわ。でも、困ったことがいつでも、なんでも言ってちょうだい。私でよければ力になるわ!」

 一見冷たく見える社長だが、どうやら社長は社長としてではなく、一人の女性としてはるかを支えようとしているようだ。

 「それでは、今日のところはこれで失礼します!お忙しいなかありがとうございました!」

 「いえ。気を付けてね。」

 お互いに深い礼を交互にして、はるかは笑顔で事務所を後にした。
 しかしまだはるかの心は癒えきってはいなかった。やはり、まだあのマンションに戻るのは厳しい状態であった。今はメンタルクリニックに入院しており、リハビリがてらたまにこうして外出もするが、成人男性を見るとどうしても震えが止まらない。極力人混みを避け、基本的に移動は車で送ってもらう生活をしている。
 学校にも通学できておらず、メンタルクリニックに入院していることは校長の田村と担任の金子先生しかしらない。クラスメート達には仕事の都合で休んでいると伝えてあり、はるかの捜索に協力した彰悟と末永には仕事が詰まっていてパニックになって仕事場から飛び出してしまったと神谷たちが伝えていた。
 だが、一だけははるかがメンタルクリニックに入院していることを知っている。一ははるかのことが好きであるのはもちろん、はるかも一のことが好きだった。お互いそのことはもうなんとなく察していた。そのため、はるかは一には特に心を許していた。

 「あ、また来てくれたんだ!」

 「うん!またノート持ってきたよ!」

 そして、今日もまた一がはるかの見舞いにやって来た。数日に一回、はるかにノートを貸してざっくり授業で習ったことを説明して、世間話をして大体1~2時間くらい滞在する。

 「みんな元気?」

 「元気だね。彰悟と末永がめちゃくちゃ仲良くなってる。あいつらはちょっと奇妙なくらい元気すぎるね。それで僕と末永もわりと話すようになってみんなびっくりしてる。」

 笑いながら一が話す。

 「はるかは?まだ時間かかりそう?」

 「そうだね。お仕事は自分に合ったものを選ばせてもらって色々工夫すれば入れるけど、学校は私の場合ちょっと大変かな…。」

 少し寂しそうな表情を浮かべて、はるかが話す。

 「そういえばまだ私がなんで入院してるのかとか話してなかったよね。」

 「え?あ、あぁ。そうだね。」

 「やっぱり知りたい?」

 「んー。知りたくないと言ったら嘘になるし、心配だけど、はるかが話してもいいなら聞きたいし、話したくないなら聞かなくていいかな。」

 「そっか。うーん。まだ話せないかな…。」

 しばらく沈黙が続いた。

 「すぐじゃなくてもいいよ。元気になるの、ずっと待ってる。」

 「ごめんね。」

 「ううん。ゆっくりでいいよ。少しずつ、前に進もう。」

 「…うん。ありがとう。」

 はるかの目は潤んでいるように見えた。それでもはるかの涙は表面張力によって溢れ出るまでは至らなかった。だが、なぜか一の方が号泣してしまった。

 「ちょっとぉなんで一くんが泣くの!」

 はるかに笑顔が戻った。

 「ごめん。」

 一も泣きながら笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夜の詩と記憶

りんごひめ
恋愛
大学生のアキラは、毎日通うカフェで運命的な出会いを果たす。カフェの静かな時間、彼の目に留まったのは、透き通るような美しさを持つ一人の女性。彼女の名はエミ。彼女が持っていた本『夜の詩』に引き寄せられたアキラは、彼女との会話をきっかけに心を通わせていく。エミは優しく、明るい笑顔を持ち、アキラの心に深い感動を与える。 二人は日々のデートを重ね、幸せな時間を過ごす。海岸での散歩、カフェでの静かなひととき、彼女の笑顔が心を温かくする。だが、突然の悲劇が二人を引き裂く。この悲劇とアキラはどうぶつかっていくのか…?

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう
ファンタジー
神の民〈サラマ・アンギュース〉を探し出せ――第一級神官にして第三王位継承者のエルシャは、300年ぶりといわれる神託を聞いた。 サラマ・アンギュースとは、神の力を宿すという不思議なかけらの持ち主。その力には破壊・予見・創造・操作・記憶・封印の6種類があり、神の民はこれらの神力を操るが、その詳細やかけらの数はわかっていない。 神は、何のために彼らを探し出せと命じたのか? 絶大な力を誇る彼らが、人々から忌み嫌われる理由とは? 従者であり親友のフェランとともに旅に出たエルシャは、踊り子の少女ナイシェとの出会いをきっかけに、過酷な運命に身を投じることとなる――。 勇気と絆に彩られた、戦いの物語。逃れられない運命の中で、彼らは何を失い、何を得るのか。 ※「完結」しました! ※各部初めに、あらすじ用意しています。 ※本編はじめにワールドマップあります。

処理中です...