ONE

四百珊瑚

文字の大きさ
上 下
10 / 60
昇天編

第十話 友

しおりを挟む
 男子高校生、矢本彰悟は悩んでいた。
 「(うーん。昨日は折角野球観戦に行ったのに散々だったなぁ…。にしても何か大事なことを忘れてる気がする。)」

 そう、矢本もまた記憶を失っていた。しかし、矢本が悩んでいるのは野球観戦が中止になったことでも目の前で多くの人が亡くなったショックに対してでも無い。

 「(うーん。このもやもやはなんだ?確かに昨日はたくさんの人が死んですごいショックだった。だけど、人が死んで驚いただけじゃない。なんだか凄い怖い光景を見た気がする。しかも、に助けられた気がする…。)」

 矢本の視線の先には今登校してきたばかりの五代一の姿があった。五代もまた、この時悩んでいた。

 「それにしても昨日は不思議なことだらけだった。正直もう疲れきってくたくただ…。だけど、まず、情報を整理したい。僕は学校の屋上から飛び降りて、死んだと思ったら気づいたら白い部屋にいた。そしてそれは夢では無さそうだ。あの白い部屋には不思議なものがたくさんあった。白い箱に、その中に見たされた液体、それにアタッシュケースの中にあったスーツや携帯、そして、一番気になるのはあの女性だ。あの人は一体なんなんだろうか。そもそも人なのか?なんか、こう、オーラがあった。まるで人という存在を越えた、そう。」

 そんなことを考えていると、突然矢本が声をかけてきた。

 「おい、五代!今ちょっといいか?」

 「う、うん。何の用?」

 おそらく矢本は覚えていないだろうが、昨日の夜、怪物を倒し一段落したあとに矢本に今までのことを謝罪されたのに許さなかったことを五代は少し気まずく思っていた。そんなことから敢えて少し不機嫌そうに振る舞おうと思い、ぎこちない返事をした。

 「あのさ、その…、なんだ…。」
 
 「?」

 普段は言いたいことはキッパリと言う矢本が珍しくモジモジしていた。

 「その…。今までお前のことをいじめてしまって本当に悪かった!」

 「?!」

 五代は驚いた。なぜなら矢本は昨日自分に助けられたことを覚えてないはずなのだ。つまり、矢本にとっては今日は単なる日常の中の一日に過ぎないのだ。そんないつも通りのなかで突然謝るとは、一体どういうことなのか、五代は疑問に思い質問してみた。

 「どうして突然そんなことを…。」

 「いや、それが俺にもよくわからないんだけど…、実は昨日俺、ある事件に巻き込まれて、でもその時お前に助けられた気がするんだよな…。いや、なんかほんとよくわかんないこと言ってるなって自分でも思うんだけど…。で、それで、なんか、今謝んなきゃいけないって気がして。それと、ありがとう、って言おうと思って。なんでだろうな。」

 矢本は非常に恥ずかしそうにこう言った。

 「ふふっ。」

 それを聞いて思わず五代は微笑んだ。

 「な、笑わないでくれよ!」

 矢本は少し照れていた。

 「いや、ごめんごめん!ただ、二度も同じこと言われると、許さない訳にはいかないよ!」

 「?」

 矢本はポカンとしていた。

 「矢本、今まで俺はお前のことすごい悪いやつだって思ってたけど、お前、意外といいやつなんだな!」

 「な、なんだよ急に。照れるな…。まぁ、たしかに、今まで悪いやつだって思われても仕方ないことしてきたのは認めるけど…、だけど、突然謝られて許してくれるお前こそめっちゃ良いやつだな!自分で突然謝っといてこんなこと言うのもなんだけど!」
 
 気がつけば二人とも自然な笑顔で笑いあっていた。それを見た周りの生徒たちは不思議そうにしていた。いじめっ子といじめられっ子が突然仲良さげに話しているのだ。不思議がるのも無理はない。

 「なぁ、今までのお詫びもかねて今日の放課後家に遊びに来いよ!もちろん五代さえ良ければだけど…。暇か?」

 五代は驚くと同時にうれしかった。クラスメイトに遊びに誘われたのは初めてだったからだ。

 「うん!是非行かせてもらうよ!」

 「よかったぁ~。そうだ!名字で呼び合うのもなんだし、一って読んでいいか?」

 「うん!いいよ!彰悟!」

 二人はすっかり親友のようになっていた。

 「はい、朝礼始めるぞー。」

 ガララっと教室の扉が開き、担任の教師がやってきて朝礼が始まった。朝礼の間、一と彰悟は先程までの悩みは忘れ、放課後のことに思いを馳せていたのだった。
しおりを挟む

処理中です...