上 下
41 / 78

第1部 第41話

しおりを挟む
アッシュとラドは、役場の様子が気になりながらも、この日は、一旦、役場を後にしたのだった。



役場を出てから、次の行動を思案しながら、事務所を目指して歩く二人の前に、昨日、メイから聞いた特徴のおばあさんの姿が目に入って来た。



『あれ?あの人、確か、病気のおじいさんがいるとかの・・』



アッシュが役場で働いていた時にも、何度も顔を合わせては、おじいさんの容態など聞いていたおばあさんが役場の方へ歩いて来るのが見えた。



「おばあさん、おはようございます。お元気でしたか?」



思わず、アッシュはおばあさんのところに駆けつけ声を掛ける。



「えっ?あんたは、誰でしたかいね?」



おばあさんは、アッシュの顔をじっと見つめているが、彼が誰かはわからないようで、何度も首を傾げている。



「あっ、すみません。先日まで、役場で働いていたもので」



アッシュがそう告げると、おばあさんは漸く、「そうだったねぇ、あんた見た事あったねぇ」と笑顔を向けた。



「これから、どちらに行かれるんですか?」



笑顔が見られたことから、アッシュは答えは解っていたが、おばあさんに確認の為に聞いてみた。



「役場さね。いやーねぇ。昨日さね、役場にさ、税金をな、納めに行ったらな。期限切れとか言うんだわな。で、そたらこっと、おかしいでねーか、言うてもさ。決まりだとか言うばっかでさ。おまけに、払わねえーと、金額がよ、増えるぞ!とか言われちまってよ。今日、慌ててさ、金さ、持ってきたんだよ」



そう言って、おばあさんは持っていた手提げカバンから、二つの巾着を取り出した。



「えっと、おばあさん、その支払いの追加のお金はいくらと言われたんですか?」



おばあさんが手にする二つの巾着には重みを感じて、思わず、アッシュは問いかけた。



「何でもよ。うちはさ、じいさんが病気だから割安するとかでよ。銅貨800枚でええって話だったなぁ」



おばあさんは、そう言って、また手提げかばんに二つの巾着を直し、おまけに、思い出したかのように



「こんこと、他にゃ言ってはなんねぇって話らしいけどよ」とまで付け加えて、ご丁寧に教えてくれた。



「おばあさん、銅貨800枚も用意するの大変だったんじゃないですか?」



アッシュはおばあさんの苦労を思って、つい踏み込んでまで聞いていた。



「あぁ、参ったさ。家中の金さ、かき集めたさね。本当に困ったことするもんだ。国の奴らはよ!」



おばあさんは憤慨して、文句を口にしだした。



「おばあさん、私の方でも、その話、所長に聞いておくよ。あと、今日の支払いだけど、支払ったら、ちゃんと支払いの証明を貰っておくといいよ。出来たら、そのお金を受け取った人の名前、それに今日の日付も書いて貰っておくといいよ」



「あぁ、わかったよ」



アッシュの言葉を少し疑問に思いながらも、おばあさんは軽く会釈をしてから、役場へ向かって行った。



その姿を、アッシュは、ただ苦い思いを胸に抱きながら見送った。



「銅貨800枚。人を見て金額調整していますね」



ラドが、おばあさんの姿を見ながら呟いた。



このビスタの国は、平民の月収はだいたい銀貨20枚ほどだ。でも、これは主に、王都周辺の話で、この町トウなどは、平均月収も、それよりももっと低い。



おばあさんが持っていた銅貨は、この国では、重さも大きさも含めた一番小さな硬貨となり、平民が常に手にして売り買いで使用する硬貨である。



だいたい、銅貨3枚でパンが1つ買えるたりする。そして、この銅貨を銀貨に変えるには、銅貨1000枚がいる。なので、こんな片田舎の老人には、毎月の税金の支払いの上、追加とされる800枚の銅貨を用意するのは本当に大変なはずだ。



あのおばあさんのとこは、確か、畑仕事で生計を立てているはず・・・



アッシュは、そのことを思いだして、ますます、怒りが込み上げてきた。



「とりあえず、事務所に戻りましょうか・・」



ラドに言われ、アッシュも事務所の方角に再び向きを変えて歩み出した。



「ただいま、戻りました」



事務所に帰ると、ロビンたちが荷物を運んでいる所に遭遇した。



「お帰りなさい」



大きな箱を抱えて、事務所内を歩くロビン。



「なに、それ?」



ロビンが抱える箱に目を向けながら、問い掛けると、



「あぁ、これ?ハロルド商会の商品です!」



ロビンは、そう言って、手短な場所に箱を置き、中から大きな筒の入れ物を取り出した。



「新しいお茶なんですがね。兄さんから「使え!」と言われて」



「お茶?何に使うの?」



ロビンが、筒の入れ物の蓋を開けて匂いを嗅いでいるのを、アッシュは眺めながら口にした。



「いい香り。あっ、そうですね?どう使いますか?まずは味見しますか?」



ロビンの言葉に、アッシュはため息を零す。



『使い途を聞いてから、貰って来いよ!』



項垂れているアッシュとは違い、ラドも茶葉の匂いをロビンと共に嗅ぎ出す。



「本当に、良い香りですねぇ。これ、演説の際に、集まった方に配ればいいですね。香りもいいし、集まる人も増えるかもしれないですよね?」」



にこやかにラドが微笑みながら、そう告げると、ロビンの顔が華やいでいく。



「ラド―、天才!兄さんの「使え!」はそれだね!」



うんうんと、ロビンが頷き、上機嫌になっていった。



「他にもありますか?」



ラドはそう言いながら、他の者が運んでいた箱の中を見る。



「こっちは菓子。王都の貴族街で販売しているやつの訳アリ商品。訳アリなんだけど、これは王都の平民街で売ってるんだ」



ふーんと、言いながら、ラドが一つ菓子を取り出し、口に運ぶ。



「輸送日数を考えると、今まで、トウまで運んで売ることとか出来なかったんだけど、菓子自体にひと手間かけて保存期間が延ばせたらしくて。今、それで人気がますます出ているらしいんだ」



ラドが食べたことにより、ロビンはこちらの菓子の説明をし出す。



「うん、美味しいですね。カリカリとした食感が、今までにない」



ラドも評論家のように、菓子の感想を述べていく。



「これも同じ理由で?」



「うん。兄さんがね」



二人が菓子を眺め、食しながら話をする。



「いいですね。このお茶と菓子、振る舞いましょう。ねっ!アッシュさん!出来たら、役場のとこでやりませんか?」



そう言って、ラドは、また、菓子を口に放り込み、カリっと音を立ててみせる。



「そのアイデア最高かも!」



ロビンもニヤリと笑い、再び、茶葉を嗅いで見る。



そんな二人に、アッシュもさっきのおばあさんの話、役場での光景、セフィの顔をも思い出してから、自分の片方の手で拳を作り、その拳をもう一つの掌にバッシッとぶつけて大きく頷いてみせる。



「よし、いいんじゃないか!やってみるかっ!」



アッシュの言葉を合図に、三人は、役場での演説に向けて動き出すのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...