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第四話
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保健室だより作成は難航し、とうとう締め切り前日となってしまった。
紙面の半分ぐらいはどうにか埋めたけれど、まだ半分も残っている。このままでは締め切りを破りかねない。保健室の先生に大迷惑をかけてしまう。それだけは避けたかった。
背に腹はかえらえない。誰かの知恵をかりるしかないだろう。
私は相談室に鍵をかけて、体育準備室へ向かった。1号校舎を出て、渡り廊下を通り、体育館に入る。体育館ではバスケ部の子たちが、きゅっきゅと音を立てながら反復横跳びを繰り返していた。邪魔にならないよう壁際を歩いて、目指す体育準備室の前にたどり着いた。
ノックすると、「はあい、どうぞ」と若い女性の声がした。
「失礼します」
ドアをあけると、机に向かっていた作本先生がこちらを振り返った。短いポニーテールの毛先が元気よく弾んだ。
「あれ、七海先生じゃないですか、どうされました」
作本先生は紺のジャージ姿で、手には赤ペンを持っている。テストの添削でもしていたのか、机上には書類が散らばっていた。
「あの、作本先生、もしよろしければ相談に乗っていただけないでしょうか」
「相談? 私がですか」
先生は口も目も丸くした。もともと童顔の先生だが、こういう顔すると学生みたいに見える。
「はい。私、作本先生が一番話しやすいのです。年齢も近いですし。あの、お忙しいのでしたら無理には……」
「いやいや、いいですよ。どうぞ」
キャスターつきの丸椅子を引っ張ってきて、私のほうへ押してくれたので、お礼を述べてから腰掛けた。
「カウンセラーの七海先生から相談されるだなんて、ちょっと面白いですね。それで、何があったんですか」
「はい。実は保健室だよりのことなんです」
事情を説明すると、作本先生はなぜか吹き出した。
「あの……?」
「ふふ、すみません。いやあ、そうですか、保健室だよりねえ。ふふっ。そんなの適当でいいのに。七海先生ってマジメだなあ」
作本先生の表情の変化に合わせて、えくぼが出たり引っ込んだりする。えくぼが出なくなったタイミングで、私は続きを話した。
「何を書けばいいのかわからないのです。適当と言われましても、その適当が思いつかないのです」
保健室だよりなんて、きっと読む人はいないだろう。私だって学生時代にそんなものをまじめに読んだ記憶はないのだから。それがわかっているのに、ちゃんとしなきゃいけないと思ってしまう。
「ううーん」
作本先生は、手にした赤ペンを魔法の杖みたいに振りながら考え込んだ。こころなしか口元はまだ笑っている。
「じゃあ、イラストを描いて空白を埋めるのってどうでしょうか。文章が書けないなら、絵で勝負ですよ」
「そんな、私、絵なんか描けません。下手なんです」
そのとき。ん? と思ったのだった。何か違和感があるような……。
「下手でも良いじゃないですか。描いた人の個性が出て、かえっていいくらいです。ふだん保健室だよりを読まない生徒たちも興味を持ってくれるかもしれませんし」
違和感を頭の奥に押しやって、ひとまず絵で紙面を埋めることについて考えてみた。どうだろう。私に描けるだろうか。わからない。でもこのまま文章について悩み続けても、時間が過ぎていくばかりだ。
「じゃあ、描いてみます」
「うんうん。何事も挑戦ですからね。保健室だより、楽しみにしてますよ」
私はその日、おそくまで学校に残り、絵を描いた。
夜空を背景に、楽器を演奏する妖精と猫の絵にしてみた。太陽のある明るい絵のほうが保健室だよりには良いと思ったけれど、なぜか書けなかった。暗い絵だけれど思ったよりはうまく描けたような気がする。しかし他人がこれを見てどう思うかはわからない。下手すぎて笑われるだろうか。でももう時間がない。
もうどうにでもなれという気持ちで絵を貼り付け、原稿を完成させた。
紙面の半分ぐらいはどうにか埋めたけれど、まだ半分も残っている。このままでは締め切りを破りかねない。保健室の先生に大迷惑をかけてしまう。それだけは避けたかった。
背に腹はかえらえない。誰かの知恵をかりるしかないだろう。
私は相談室に鍵をかけて、体育準備室へ向かった。1号校舎を出て、渡り廊下を通り、体育館に入る。体育館ではバスケ部の子たちが、きゅっきゅと音を立てながら反復横跳びを繰り返していた。邪魔にならないよう壁際を歩いて、目指す体育準備室の前にたどり着いた。
ノックすると、「はあい、どうぞ」と若い女性の声がした。
「失礼します」
ドアをあけると、机に向かっていた作本先生がこちらを振り返った。短いポニーテールの毛先が元気よく弾んだ。
「あれ、七海先生じゃないですか、どうされました」
作本先生は紺のジャージ姿で、手には赤ペンを持っている。テストの添削でもしていたのか、机上には書類が散らばっていた。
「あの、作本先生、もしよろしければ相談に乗っていただけないでしょうか」
「相談? 私がですか」
先生は口も目も丸くした。もともと童顔の先生だが、こういう顔すると学生みたいに見える。
「はい。私、作本先生が一番話しやすいのです。年齢も近いですし。あの、お忙しいのでしたら無理には……」
「いやいや、いいですよ。どうぞ」
キャスターつきの丸椅子を引っ張ってきて、私のほうへ押してくれたので、お礼を述べてから腰掛けた。
「カウンセラーの七海先生から相談されるだなんて、ちょっと面白いですね。それで、何があったんですか」
「はい。実は保健室だよりのことなんです」
事情を説明すると、作本先生はなぜか吹き出した。
「あの……?」
「ふふ、すみません。いやあ、そうですか、保健室だよりねえ。ふふっ。そんなの適当でいいのに。七海先生ってマジメだなあ」
作本先生の表情の変化に合わせて、えくぼが出たり引っ込んだりする。えくぼが出なくなったタイミングで、私は続きを話した。
「何を書けばいいのかわからないのです。適当と言われましても、その適当が思いつかないのです」
保健室だよりなんて、きっと読む人はいないだろう。私だって学生時代にそんなものをまじめに読んだ記憶はないのだから。それがわかっているのに、ちゃんとしなきゃいけないと思ってしまう。
「ううーん」
作本先生は、手にした赤ペンを魔法の杖みたいに振りながら考え込んだ。こころなしか口元はまだ笑っている。
「じゃあ、イラストを描いて空白を埋めるのってどうでしょうか。文章が書けないなら、絵で勝負ですよ」
「そんな、私、絵なんか描けません。下手なんです」
そのとき。ん? と思ったのだった。何か違和感があるような……。
「下手でも良いじゃないですか。描いた人の個性が出て、かえっていいくらいです。ふだん保健室だよりを読まない生徒たちも興味を持ってくれるかもしれませんし」
違和感を頭の奥に押しやって、ひとまず絵で紙面を埋めることについて考えてみた。どうだろう。私に描けるだろうか。わからない。でもこのまま文章について悩み続けても、時間が過ぎていくばかりだ。
「じゃあ、描いてみます」
「うんうん。何事も挑戦ですからね。保健室だより、楽しみにしてますよ」
私はその日、おそくまで学校に残り、絵を描いた。
夜空を背景に、楽器を演奏する妖精と猫の絵にしてみた。太陽のある明るい絵のほうが保健室だよりには良いと思ったけれど、なぜか書けなかった。暗い絵だけれど思ったよりはうまく描けたような気がする。しかし他人がこれを見てどう思うかはわからない。下手すぎて笑われるだろうか。でももう時間がない。
もうどうにでもなれという気持ちで絵を貼り付け、原稿を完成させた。
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