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第二十七話 罪
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渋柿の木の下、並んで座る。くっつかずに、でも、離れすぎてもいない位置。これが二人のいまの距離感。
夜空を見上げると、三日月は傾き、大小の星々が輝いていた。村へと続く道沿いに設置されたかがり火が、ぼうっとした光を周囲に投げかけていた。
「私は夜魔なのです。といっても半分だけですが」
空を見上げたまま、静かに打ち明けてくれた。
「では、もう半分は何なのでしょう……?」
「もちろん神産みの箱から産まれた神ですよ。箱に夜魔が入り込んでしまい、産まれるのを待っていた私とまじってしまったのです。それが外見にも影響したようですね。醜かったころには自分でもそれに気づいていませんでした。私が真実を知ったのは、箱に戻ったときです」
だからなのだろうか、私が辰様に違和感を抱くのは。夜魔がまじってしまったから、奇妙な感じがするのだろうか。いや、そうじゃない。辰様がナマコみたいなお姿のときには、違和感はなかったのだ。そういう方なのだと思って受け入れていたから。
問題は、再会後だ。今のお姿になってから違和感があるのだ。うまくいえないけれど、怖いものを感じてしまう。何か知らないものが混ざり込んだような違和感。
辰様はまっすぐ天頂を見上げる。まるで天界を見ようとするかのように。喉仏がくっきりと浮かび上がり、色を取り戻した黒髪が、さらりと肩を滑り落ちた。
「私は自分が夜魔であることを知りながら、陽葉瑠を抱いたのです。こんな穢れた身でありながら……、おのれの罪深さにおののきます。嫌われたくなくて、ずっと隠していました」
深く息を吐き出し、苦しげに眉根を寄せて目を閉じた。
「どうしても陽葉瑠が欲しかった。あなたの優しさが私の光であり全てだった。ほかの男のものになるなど絶対に許せなかったのです。嫉妬が抑えられなかった。私が夜魔だからかもしれません。ちゃんとした神として予定どおりに産まれることができていたら、もっと正しく愛せたのかもしれない……。でも、こんなの言いわけですね。許されることではない……」
私も目を閉じて、胸の前で両手を組んだ。今こそちゃんと気持ちを伝えなければ。
「もし辰様が予定どおりの姿で産まれていたら、そもそも私と一緒に住むこともなかったと思いますし、出会うこともなく、好きになることもなかったと思います」
ほかの神様と同じように村長宅に住んで、一年かけて村に喜びごとを運んで、そして死んでいったはずだ。
「辰様、私は辰様が好きです。前のお姿のときから、夜魔とまざってしまわれたお姿のときからずっと好きです。ですから、そのことで嫌ったりしませんし、私は好きになったことを後悔などしません。たとえ辰様がほかの女性を選んだとしても」
「陽葉瑠……あなたは優しすぎます……でもありがとう、あなたの言葉は暗闇の中にいる私をいつも救い出してくれる……私の可愛い人」
声でわかる。神様が泣いている。手を伸ばしたら、下からすくうみたいにして握り返してくれた。
しばらくそうしていた。
時折夜風が辰様の髪を揺らしていく。葉ずれの音は波のよう。
話の続きを待っていた。しかし、辰様は何も言わない。
ついに耐えきれなくなった。
「辰様」
もうここまできて、知らないままではいられない。
「私、ずっと気になっていたんです。辰様が今のお姿になってから何か違和感があるのです。辰様の中に誰かがいるみたいな……」
辰様の指先がかすかに震えた。不安な気持ちにかられ、横顔をそっとのぞき見る。遠くを見つめている。まるで知らない人のように、美しくて感情の読み取れない顔。
「辰様……?」
「私の罪は、夜魔であることを隠して陽葉瑠を抱いたこと。でもそれだけではありません。私は罪を重ねました。陽葉瑠が感じている違和感は、そのせいでしょう」
つないだ手が離されてしまう。
「あまりに重い罪です。私は償わなければならない。夜魔をこの世界からなくさなければなりません。そのためにも、あなたのそばを離れ、風名とともに行くしかない。風名こそが紅人。青帝の妻であり、全ての夜魔の母なのですから」
夜空を見上げると、三日月は傾き、大小の星々が輝いていた。村へと続く道沿いに設置されたかがり火が、ぼうっとした光を周囲に投げかけていた。
「私は夜魔なのです。といっても半分だけですが」
空を見上げたまま、静かに打ち明けてくれた。
「では、もう半分は何なのでしょう……?」
「もちろん神産みの箱から産まれた神ですよ。箱に夜魔が入り込んでしまい、産まれるのを待っていた私とまじってしまったのです。それが外見にも影響したようですね。醜かったころには自分でもそれに気づいていませんでした。私が真実を知ったのは、箱に戻ったときです」
だからなのだろうか、私が辰様に違和感を抱くのは。夜魔がまじってしまったから、奇妙な感じがするのだろうか。いや、そうじゃない。辰様がナマコみたいなお姿のときには、違和感はなかったのだ。そういう方なのだと思って受け入れていたから。
問題は、再会後だ。今のお姿になってから違和感があるのだ。うまくいえないけれど、怖いものを感じてしまう。何か知らないものが混ざり込んだような違和感。
辰様はまっすぐ天頂を見上げる。まるで天界を見ようとするかのように。喉仏がくっきりと浮かび上がり、色を取り戻した黒髪が、さらりと肩を滑り落ちた。
「私は自分が夜魔であることを知りながら、陽葉瑠を抱いたのです。こんな穢れた身でありながら……、おのれの罪深さにおののきます。嫌われたくなくて、ずっと隠していました」
深く息を吐き出し、苦しげに眉根を寄せて目を閉じた。
「どうしても陽葉瑠が欲しかった。あなたの優しさが私の光であり全てだった。ほかの男のものになるなど絶対に許せなかったのです。嫉妬が抑えられなかった。私が夜魔だからかもしれません。ちゃんとした神として予定どおりに産まれることができていたら、もっと正しく愛せたのかもしれない……。でも、こんなの言いわけですね。許されることではない……」
私も目を閉じて、胸の前で両手を組んだ。今こそちゃんと気持ちを伝えなければ。
「もし辰様が予定どおりの姿で産まれていたら、そもそも私と一緒に住むこともなかったと思いますし、出会うこともなく、好きになることもなかったと思います」
ほかの神様と同じように村長宅に住んで、一年かけて村に喜びごとを運んで、そして死んでいったはずだ。
「辰様、私は辰様が好きです。前のお姿のときから、夜魔とまざってしまわれたお姿のときからずっと好きです。ですから、そのことで嫌ったりしませんし、私は好きになったことを後悔などしません。たとえ辰様がほかの女性を選んだとしても」
「陽葉瑠……あなたは優しすぎます……でもありがとう、あなたの言葉は暗闇の中にいる私をいつも救い出してくれる……私の可愛い人」
声でわかる。神様が泣いている。手を伸ばしたら、下からすくうみたいにして握り返してくれた。
しばらくそうしていた。
時折夜風が辰様の髪を揺らしていく。葉ずれの音は波のよう。
話の続きを待っていた。しかし、辰様は何も言わない。
ついに耐えきれなくなった。
「辰様」
もうここまできて、知らないままではいられない。
「私、ずっと気になっていたんです。辰様が今のお姿になってから何か違和感があるのです。辰様の中に誰かがいるみたいな……」
辰様の指先がかすかに震えた。不安な気持ちにかられ、横顔をそっとのぞき見る。遠くを見つめている。まるで知らない人のように、美しくて感情の読み取れない顔。
「辰様……?」
「私の罪は、夜魔であることを隠して陽葉瑠を抱いたこと。でもそれだけではありません。私は罪を重ねました。陽葉瑠が感じている違和感は、そのせいでしょう」
つないだ手が離されてしまう。
「あまりに重い罪です。私は償わなければならない。夜魔をこの世界からなくさなければなりません。そのためにも、あなたのそばを離れ、風名とともに行くしかない。風名こそが紅人。青帝の妻であり、全ての夜魔の母なのですから」
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