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第7章 雷雨は恋の記憶と突然に

第49話

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殿村が病室を出て言って直ぐに、ベッドサイドで丸椅子に座っている私を見ながら桜子が目を細めた。

「素敵な方ね、殿村さんとはどういった関係なの?」

「え?どうって……同期よ」

歯切れ悪く返事をした私を見ながら勘のいい桜子が首を捻った。

「あら、どうみてもただの同期って感じじゃなかったけど?殿村さんご結婚は?指輪もなかったけど?」

「もうっ、殿村も独身よっ。倒れて点滴されてる身でどこ見てるのよ」

呆れた私を気にもとめずに桜子がぐいぐい心の中に攻め込んでくる。

「落ち着いてて、背も高くてイケメンだし……お母さんあんな息子が欲しいな。梅ちゃんとも並んでたら、すっごくお似合いだったし」

「ちょっと……困るからやめてよ」

「あら困るってことは意識してるのかしら?」

押し黙った私を見ながら桜子がクスクスと笑った。

「あ、まさかもう告白されてるとか?」

さらに目を見開いた私に桜子が口元に掌をあてて声を上げて笑った。

「梅ちゃんは顔に出やすいからね。なるほどねー、梅ちゃんは?殿村さんのことどう思っているの?」

「どうって……だからただの同期よ。もうこの話おわりだから……」

「……そう……分かったわ。ということは……世界くんとのお付き合いまだ続いてるってことかしら?」

桜子から聞かれるかとは思っていたが、咄嗟に言葉が出てこない。私は重い口を開く。

「実は……今日……別れたばっかりだから」

「あ……そう、だったの……」

私の声のトーンに桜子が悟ったようにそう呟くと、ふと真面目な顔をした。

「じゃあついでに聞いちゃうけど……梅ちゃん、お見合いの件どう……?少しは……考えてくれた?」

(お見合い……)

桜子のその言葉に世界の顔がやっぱりすぐに浮かんでくる。

──『早く大人になるから……本気だから。だからお見合いなんてしないでよ』

あの時はまさかこんなふうに世界を突き放して別れることになるとは思いもよらなかった。すぐに最後に二人で話した屋上での会話が蘇ってきて、目の奥がすぐに熱くなる。私は、暫く俯いてからポツリと呟いた。

「……ごめん。やっぱり……お見合いってなんか前向きになれないっていうか……なんていえばいいかわからないけど事務的っていうか……今年三十五の私がいうのもなんだけど……やっぱり結婚は恋愛結婚がいいかなって……」

桜子がふうっとため息を漏らした。

「ねぇ梅ちゃん……正勝さんとお母さんもお見合い結婚なのよ」

「え?お見合い?」

トラック運転手をしていた父の正勝と桜子は、娘の私から見ても本当に仲が良くおしどり夫婦という言葉がぴったりだった。毎年結婚記念日には二人でプレゼントを交換しあい、二人でなじみのレストランへ年甲斐もなく手をつないで行くほど仲が良く、いつも互いを想いあい信じあうことを忘れずに二人で年を重ねていく姿は憧れだった。

そんな二人がまさかお見合いをきっかけに結ばれたなんて、こうして桜子から話を聞いてもまだ信じられない。

「そうよ。今だからいうけど、お母さんね、お見合いで初めて正勝さんに会って一目ぼれしちゃったの。運命の人だって、脳から信号が送られてきて、心臓が持っていかれちゃったの」

桜子は懐かしむように天井を眺めた。

「……知らなかった。お父さんとお母さん、すごく仲が良かったから、てっきり恋愛結婚なのかと思ってた」

「ふふっ、でも大変だったのよ。なかなか正勝さんが振り向いてくれなくて」

「え?お父さん乗り気じゃなかったの?」

「そうよ。正勝さんずっと長年お付き合いされてた方がいて、その方と別れて直ぐにご両親からもう三十五なんだからって、お見合いの話がきて親の顔立てて来たらしくてね」

「で?お母さんが押したんだ?」

桜子がケラケラと笑った。

「勿論よ。もうこんなに好きな人に出会って恋に落ちるなんて一生ないって思ったから猛アプローチしたわっ」

桜子の見事なガッツポーズに今度は私が声を上げて笑った。

「ふふ……お父さん、真面目で優しいし、押しに弱いとこあるからお母さんからもうアプローチとか、タジタジだっただろうね」

「えぇ、それに私とは一回り年が離れてるから……キミみたいな若い子と、って最後まで駄々こねてたけど、私が幸せにしますからって押し切っちゃった」

正勝のことを恋する乙女のようにほんのり頬を染めながら、嬉しそうに話す桜子に私も正勝の優しい笑顔を思い出して心が温かくなる。桜子が私の掌にそっと掌を乗せた。

「……だからね……運命の人が誰かなんて最後の最後まで分からないのよ。もう出会ってる人なのかもしれないし明日出会う人かもしれない。もしかしたら、私みたいにお見合いで出会った人が梅ちゃんの運命の人かもしれないしね。だから梅ちゃん……世界くんのこともあるかとは思うけど……一度でいいからお見合いしてみてくれない?」

「お母さん……」

「こんなこと言うと……梅ちゃんを不安にさせてしまうかもしれないけど……今回こうやって過労で倒れちゃって、もう私も年なんだなぁって。年取っちゃったんだなってしみじみ感じてね、お母さんが元気で梅ちゃんを守ってあげられるのも、あと何年かなぁなんて思ったのよ」

私は桜子の掌を両手で握り返した。桜子の掌はいつもと変わらず温かいけれど母の黒髪に混ざる白髪や目じりの皺が深くなっているのを見ると、桜子が確実に老いていっている事を実感せざる得ない。

「そんなこと言わないでよ……私にはお母さんしかいないのに……」

「だからよ」

「え?」

「もし遠い将来……私がもっと年老いて、やがて梅ちゃんを置いて天国にいっちゃったら、梅ちゃんをひとりぼっちにしてしまう。だからそうなったとき、梅ちゃんのことを大切にして愛して傍にいてくれる人がいてくれたら……お母さん何も思い残すことないから……」

私は両目から小さな水玉がころんころん転がっていく。

「ごめんね……不安にさせるようなこと言って……でもそろそろお母さんを安心させてくれないかしら?」

私は言葉が上手く出てこない。今日世界と別れたばかりで正直お見合いなんてとても気持ちが切り替えられない。いまだって本当は会いたいから。私がきっと人生で最後の恋だと思った運命の人に……。

「分かった……前向きに考えて、また連絡する」

「いい返事期待させて……ちなみにお見合いの日は二週間後だからそれまでに。お相手の方はギリギリでもいいからっておっしゃってくれてるから……」

私が頷くと桜子がそっと頭を撫でた。

「うん。ギリギリになるかもだけど必ず連絡するね」


──コンコンッ

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