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第6章 恋の見積もり対決

第38話

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※※

韓国行きの飛行機が羽田空港をたったのは、15分ほど前だ。俺はCAからの機内アナウンスを聞きながら朝食を摂るためのテーブルを座席から引き出した。

「アンタもタフだよな。昨日?ロスから帰ってきたばっかでもう出張とか。てゆうか金曜の電話、真夜中だったし急に出張ついてこいとかさー。非常識だろ」

俺は足を投げ出しながら隣の由紀恵を睨んだ。

「非常識?ふふ、怒ってるの?そっちが夜中なのはわかってたけど、私も忙しいからいちいち時差なんて気にしてられない」

「あっそ」

「それにしても、あなたがあんな慌てて電話に出るのも珍しいわね。源課長と喧嘩でもしたのかしら?」

俺は心の中で舌打ちする。

「うるせぇよっ、関係ねーだろっ。大体なんでいま異動なんだよっ」

金曜の夜中、梅子からだと思って出た電話は由紀恵からだった。俺はその時に由紀恵から週明け辞令が下りること、さらにTONTONの韓国支社に同行するよう言われた。

梅子に連絡しようか最後まで迷ったが、やっぱりあんな風に梅子を傷つけてしまった俺は、小さな勇気がでなかった。何度もスマホは確認しているが梅子からの連絡はない。

「あら、不満そうね。もともと見積課での勤務は三か月の予定だったでしょ?それをあなたが見積課で商品知識や粗利益率等、経営に役立てる為にどうしても勉強したいっていうから配属してあげたのよ」

俺はやってきたCAから朝食を受け取りながら、ため息をはいた。

「ほんと、約束まもらねぇよな。約束まもらねぇのタバコだけかと思ってた俺がバカだった」

「一カ月半弱?短くなったからって問題ある?すでに見積作成も商品知識もあなたなら必要な事はすべて覚えたはずよ。それに私は約束は守る主義よ、仕事においては約束を守るのは基本だからね」

「俺はまだ見積課で学ぶことあるし異動はしたくなかった」

「まだまだ子どもね、仕事を学びたいんじゃなくて源課長と一緒にいたいだけでしょう?」

「決めつけんな」

「そういう返し方も子どもね、気をつけなさい」

(子ども、子どもって、大人ってなんなんだよっ……)

俺は奥歯を噛み締めながら窓の外を眺める。真っ白い雲が、俺の吐き出したため息の集合体に見えてきて俺はシェードを下げた。

そして俺はスクランブルエッグを口に放り込みながら、ふと由紀恵に聞きたかったこと思い出す。

「てゆうかさ、梅子さんと心奈になんで同じ都市開発の見積させてんだよ?」

「……あら、源課長は公私混同してるのかしら?」

由紀恵は顔色一つ変えない。

「違う、たまたま両方と会った時に同じような図面がチラッとみえたから、カマかけた。で?なんで?何が狙い?俺関係だよね?」

「相変わらず察しがいいのね。でもいまは言えないわ。そのうち分かるから……ちなみに心奈さんと花田社長との会食が近くあるかも」

「だから俺は心奈とは結婚できないって言ってるよな!婚約すら無理だからっ」

「あなたがそう思ってても源課長の気が変わるかもしれない」

「え?」

由紀恵が経済新聞片手にふっと鼻で笑う。
その顔に嫌な考えが頭をよぎる。

「どういうことだよ……まさかアンタ、俺をにしてんじゃねぇよな?」

「さあね。お手並み拝見」

俺に睨まれても気にと留めず、由紀恵が運ばれてきた朝食のパンにバターを塗りながらグラスを傾ける。

「なぁ、酒もやめてくれって言ったよな?肝臓数値悪いだろっ」

由紀恵は過度の飲酒で肝臓の数値が悪いと俺の母である香奈恵から聞いたことがあった。女の身でTONTONの社長としてトップに立つ重圧とストレスから由紀恵は酒がやめられない。

「時差ボケね、ロスではいま夜だから。夜はワインを飲んでからじゃないと……眠れないから」

その言葉に俺は口を閉ざした。

(未だに眠れないのかよ……)

由紀恵は香奈恵が事故で亡くなってから長らく不眠症を患っている。夜寝る前にお酒の力を借りてからじゃないと数時間さえもろくに眠れないと俺に話したことがあった。

「もう十年ね……」

両親が亡くなってもう十年。由紀恵が俺の後見人になってもう十年。そう考えれば、俺は両親と過ごした時間と同じほどの時間を由紀恵と過ごしていることになる。

「あぁ」

俺は由紀恵の「もう」が両方の意味を示していることを悟るとそれだけ返事した。

「……私もあと何年持つかしらね……世界、早く大人になりなさい」

俺は一瞬だけ由紀恵を見てから黙ってフォークを持ち上げた。

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