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第5章 難解な恋の図面

第19話

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「源課長おはよう御座います」

「おはよう」

私は通りすがりの社員といつものように挨拶を交わしながら、颯爽とパンプスを鳴らし会社のエレベーターへと乗り込んだ。少しだけ離れて歩いていた人物がさっと私の横にならんだと思えば、混雑したエレベーターのなかでやけに密着してくる。私は思わず肘で突いた。

(ほんとに朝から……このワンコは……)

世界が朝、私と一緒に出勤したいと突然インターホンで呼びに来たときは正直驚いた。今までは行きも帰りも別々にしていたのだが、世界がバレないようにするから少しでも一緒にいたいと聞かなかったためこうして少し距離を取りながら出勤してきたのだ。

(だから!近いのよっ)

少しだけ顔を上げて再度世界の脇を押しながら世界を睨むが、世界は形の良い唇を引き上げると私の掌を掴み指先を絡めた。

(ちょっと、ばかっ。誰かに見られたら……)

慌てて指先を離そうとするが力強く握りしめられた指先はピクリともしない。
エレベーターの中は営業課のフロアで人が一気に降りて世界と私の二人きりになる。

「やめて!離しなさいよ」

「なんで?エレベーターの中くらいいいじゃん」

「会社の敷地一歩でもはいったら、接触厳禁!これは切腹案件よっ!わかった?」

無理やり掌を解くと世界がつまらなそうな顔をする。

「なによ、その顔……」

「せっかく両想いになって初めての出勤なのにさ、面白くない。首元のキスマだってちっとも見えてないし」

「ちょ……両想いって……それに首元はわざわざ襟の詰まったブラウスで隠してんのよっ、誰かが噛みつくせいで!」

「噛みつくっていい響き!両想いツボっすねー」

「もう!いちいち大きな声でいわないでっ」

「何回でもいいますよ。梅子さんって俺のこと好きなん、ンッ」

世界の口を掌でふさいだと同時にエレベーターの扉が開く。

「あっ!……梅将軍っ!お待ちしてましたっ」

扉が開けば目の前に明菜が紙の束を持って待っていた。

「んんあむんんーんふ」

「え?御堂くんなんですか?」

「あっ、おはようございますって言ってる。で、えっと……どうしたの?そんなに慌てて」

私が世界の口元から手を離すと、世界が不機嫌そうにしながらも私から距離を取った。明菜がすぐに頭を下げる。

「梅将軍申し訳ありません!」

「えっと明菜ちゃんどうしたの?」

見ればいつも冷静な明菜が取り乱した様子で一枚の見積書を私に差し出した。世界と私は見積課に歩いて向かいながら一緒に図面をのぞき込んだ。

「それが、今、経理課から連絡あって、以前私が作成した見積内容に不備が見つかって」

「え?経理課?営業課通り越して?」

「はい、安堂不動産が新規で建てた単身者用マンション『メゾン・ド・ミャー』に納品するトイレ・タンクのセットなんですが。合計90セットで見積してたんですけど、図面から算出したときは96セットで図面に書き込みしてたんです……見積書作成する際に見誤って間違った個数入力してしまったみたいで……本当に申し訳ございません……」

明菜の声が震えてだんだんと小さくなっていく。

「つまり、すでに納品して売り上げ計上しようとしたタイミングで6セット分のトイレセットが足りないって現場の施工業者から連絡があったってこと?」

「おっしゃる通りです……施工業者が本日中にトイレの施工終わらせたかったみたいで、非常にご立腹で……申し訳ありませんすべて私の責任です。このような初歩的なミスで会社と源課長にまでご迷惑おかけすることになってしまって……」

「明菜ちゃんのせいじゃない。どの見積書も最終確認は私がしてるのに気づかなかった私の責任だから」

「そんな……」

「大丈夫よ、ちょっと待っててね。御堂くんは先週の見積の続きしてて」

「承知いたしました」

私は安心させるように明菜の肩を叩くとすぐにデスクのパソコンの電源を入れる。世界もパソコンを立ち上げると何やら検索を始めた。

「梅将軍……どうされるおつもりですか?」

「私、随分前だけど一時期育児休暇取った先輩の代わりに営業課で営業サポートを兼任してたことあったの」

「え?営業サポート課?」

私は社員番号を入れるとTONTON株式会社の工場在庫の一覧表をクリックした。

「梅将軍、これって……」

「そう、なければ取りに行って納品しちゃえばいいのよ。あ、ちなみにお怒りの施工業者はどこ?」

「インテリア販売も手掛けてる田中インテリア産業です。確か……殿村部長の得意先の……」

「あ、殿村んとこね……あとで私が対応して納品する旨連絡入れておくわ。えっと、トイレセット、カラーはオフホワイトの定番色ね……」

「源課長」

検索画面に私が品番を入力しようとした手を世界が横から掴んだ。

「在庫確認できました都内の倉庫にあるから、それ持っていきましょ。いま本部に工場在庫出荷の手続きもしました」

世界は自分のパソコンの向きをこちらに向けると画面を指さした。

「え、御堂君……調べてくれたの?」

「はい、課長と森川さんの会話きいてたから、できることないかなって。俺、会社のシステムに関しては入社前に一通り社長に許可貰って扱えるようにしてたんで」

「すごい……御堂くんありがとうございます」

明菜が世界にぺこりと頭を下げた。

「いえ、大したことじゃないです」

「あ、ありがとう。じゃあそれ、課長承認手続きするからデータとばしてくれる?」

世界が頬を人差し指で掻いた。

「……えっとすみません、承認手続き時間かかるし面倒だったんで、俺の名前と社長の名前使いました」

「えっ!ちょっと勝手に大丈夫なの?」

「僕、こう見えてご存じの通り、お坊ちゃんなんで問題ないです。工場にトイレセット取りに行けるよう、営業トラックも心奈にメール送って、もう経理承認、貸出許可とったんで、善は急げで行きましょ!」

「待って、私が責任者だから、私一人で行ってくるから」

世界がパソコンをシャットダウンすると、鞄を抱えた。

「あのね、女の人がトイレセット運ぶのむりですよ、何十キロあるとおもってんですか?」

「あ、でも……」

「早く。俺手伝いますから。一分でも早く現場に届けないと」

「分かった……じゃあ……えっと明菜ちゃん課長代行お願いできるかしら?」

「はい、勿論です。すみません、課長、御堂くんどうぞ宜しくお願い致します」

「はい、お任せください。現場まで距離あるんで恐らく二人とも直帰します。じゃあ行きますよ、源課長」

世界が見積課を出ていく。
私は明菜から印字した出荷伝票を受け取ると世界の背中を追った。




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