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第4章 両想いってことで

第18話

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私の目の前にはホットプレートに大きめのお好み焼きが2つ乗っかっていて、母の桜子さくらこが器用にコテでひっくり返す。

「よしっ、うまくいったわ!」

「すっげ。お母さん、お好み焼きめちゃくちゃ上手っすね」 

世界の拍手に桜子が誇らしげに笑う。

「世界くん、私のお母さん、つまり梅ちゃんのおばあちゃんが大阪出身でね、コテ捌きを小さな頃から教わってたのよー」

「やば。本場のコテ捌きなんすね、次焼く分、ひっくり返し方動画取ってもいいですか?」

「勿論よ、世界くんはお料理に興味あるの?」

「はい、料理好きなのとお世話になってる梅子さんに色んなの作ってあげたくて」

「あらっ、梅ちゃん良かったわねー」

「そ、うね……」

世界が部屋にいる中でのいきなりの桜子の訪問に戸惑ったが、桜子に対して世界は会社の後輩兼隣人としてそつなく挨拶を終え、桜子も特に世界について深く訊ねることもなかった。そして私たちが目覚めたのが遅く、ちょうどお昼時だったこともあり、こうして寄せ集め感が否めないが3人でお好み焼きを囲んでいる。

(お母さん全然気づいてない?……いやでも)

土曜日の昼間に私は昨日と同じ会社用のブラウスにタイトスカート姿で世界もワイシャツにネクタイ姿だ。私と違って色々と鈍くない桜子がこの状況になんの違和感も持っていないなんてことがあるのか私は気になってしかたない。

「お母さんのコテさばきさすがっすね、書道家って筆だけじゃなくてコテも使えるんですね」

「そうね、筆もコテも同じようなものね、ようはどう使いこなすかよ」

「使いこなすか……かっこいい……」

世界が真面目な顔をして頷いている。

(コテと筆が同じ?そんなわけないでしょうが……)

「……ところで世界くんは、梅ちゃんと同じ部署なの?」

一瞬、桜子の視線が私と世界の服装をひとまわりした気がした。

「はい、そうです……実は……昨日も僕の仕事が終わらなくて朝までこちらで作業させてもらってたんですが、僕がうっかり寝てしまってご迷惑をお掛けしてしまいました。梅子さんは本当に部下想いで、仕事に対して真っ直ぐに向き合う考え方や姿勢を尊敬しています」

「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいでしょ」

「いや本当のことなので」

世界は顔色一つ変えずに桜子の目を見て平然と答える。

「じゃあいま世界くんは梅ちゃんの直属の部下ってこと?」

桜子が慣れた手つきでお好み焼きを切り分けると私と世界のお皿に乗せた。

「そうですね、まだ入社したばっかなんで梅子さんにはお世話になりっぱなしですが、早く仕事覚えて一人前になりたいです」

(梅子さん、梅子さんって課長って呼びなさいよ)

私はお好み焼きに青のりをと鰹節をふりかけソースとマヨネーズをたっぷりとかける。

「あ、梅子さん、ソースにマヨネーズたっぷりですね。好きなんすか?」

「あぁ、そうね?そう言われれば割と何でもマヨネーズかも……」

私の言葉を聞きながら桜子も自分のプレートにお好み焼きをよそった。

「お好み焼きってほんとよく出来てるわ。甘辛のソースにちょっと酸味のあるマヨネーズを混ぜると、まろやかになって程よく味に深みがをでるのよねー」

「そうね……」

私は一口お好み焼きを口に放り込むと手元のお好み焼きをじっと眺めた。甘くて辛いソースが意地悪な顔で甘く囁く世界に見える。素直になれずにそっけない態度ばかりしてしまう私はきっとマヨネーズ。世界と私が寄り添う先に互いの人生に深みがでるような未来がまっているのだろうか。先ほど世界に想いを伝えたばかりなのに、そんなことがふと頭によぎった。

「そういえば、若いなぁと思ってたけど世界くん、さっきの話だと新入社員さんなのかしら?」

桜子の言葉に世界の顔が一瞬だけ引きつった。

「あ……そうですね、でも俺、やる気だけは誰にも負けないんで!ね、梅子さん」

(ん?ヤる気?……あ、やる気か)

さっきの押し倒された時の色を含んだ世界の顔がフラッシュバックしていつになく動揺してる自分がいる。もはや世界の言葉の変換もうまくできない。

(ダメよ、梅子しっかりしなさい)

自分で自分に喝を入れるが世界と両想いになれたことにどこかで浮かれている自分がいるのが分かる。ほんといまからこんな事じゃ先が思いやれる。年下ワンコの想うツボだ。

「梅ちゃん、少し顔が赤いわよ?どうかした?」

「え?いや、なんでもないけど……」

その時テーブルのしたから世界の足が私のふくらはぎをなぞる。
私は世界をキッとにらみつけた。

(ちょっと……何すんのよっ、お母さんもいるのに!ばかなのっ)

世界は私が睨むのも気にも留めずに、にんまりすると私の足の甲につま先をのせた。そしてつま先はゆっくり甲の上だけを移動していく。

(え?ちょっと何?……あれ?文字描いてる?)

咄嗟に世界を見ればさりげなく箸を口に持っていきながら、唇に人差し指を当てた。隣の桜子は二枚目を焼き終わるとホットプレートの電源を消す。

(えっと?なに?……『あ』?)

世界は黙々と背筋を伸ばしたまま涼しい顔でお好み焼きを口に運んでいく。私はお箸をもったまま足の甲に神経を集中させる。

(『と』……『で』……)

三文字描くと世界のつま先が離れていった。途端にまた顔面が紅潮していく。

──『あとで』

その意味はすぐに分かる。

(ほんっとに、ばかワンコ)

でもさっきは未遂に終わったが、母が来なかったら私はあのまま一線を越えてもいいと思った。

「あれ?梅子さん、やっぱ顔赤くないですか?」

「そうねぇ、私もそうおもうわ、梅ちゃん熱でもあるの?」

私は思いっきり世界の足を踏んづける。
世界がお好み焼きを吹き出しそうになりながらグラスに手を掛けた。

「大丈夫よ……ちょっとお好み焼きが熱くて」

「もう、梅ちゃん猫舌なんだから、火傷しないようにしなさいね」

「分かってるわよ、子どもじゃないんだから」

今日ほど猫舌でよかったと思ったことはあっただろうか。大きめに口に入れたお好み焼のソースが世界から嚙みつくように何度もキスされた唇に滲みる。

(キス……そういや私……殿村からも……)

いろんなことが同時進行で起こって、恋愛の思考回路が少ない脳みそはうまく機能していない。ただ世界の想うツボに物事が進んで言っている気がしてならないのは気のせいだろうか。

「ごちそうさまでした、お母さん凄くおいしかったです」

「あら、世界くんのお口に合って良かったわ」

「お母さん直伝のお好み焼き覚えたんで、また梅子さんにも作ってあげますね」

世界が嬉しそうに無邪気に笑う。その笑顔に心はやっぱりぎゅっとなる。

(もうどうしたらいいんだろう……)

自分の中の恋の高鳴りにとまどいながらも、もう後戻りできない気持ちに気づいた私は「ご馳走様でした」と小さく呟いて箸をおいた。

「よし、おしまい。じゃあ、親子水入らずの邪魔しちゃ悪いんで、僕そろそろ帰ります」

お好み焼きを綺麗に完食し作って頂いたお礼だと言って、洗い物を一手に引き受けた世界が、最後のホットプレートを洗い終えるとジャケットを羽織った。

グラスの拭き上げをして片付けをしていた桜子が湯飲みを取り出そうとしている手を止めた。

「あら世界くん、いまからお茶入れようとおもってたのに」

「いや、お母さんも梅子さんとゆっくりお話ししたいことあると思うんで。じゃあ梅子さんまた」

「あ、うん……ありがとう」

「いえ、では失礼します」

世界は桜子に一礼して私の横を通り過ぎる。そのわずかな一瞬私と目を合わせると意味ありげに唇を引き上げながら玄関扉から出ていった。

「……ふう……」

閉まる扉に思わず漏れ出たため息に桜子がふっと笑った。

「え?お母さん?何よ?」

「あら、梅ちゃん、お母さんが分からないとでも?」

「な、にが?」

「それは自分の胸に手をあてればすぐわかるでしょ。いいわ、こっちいらっしゃい。お茶淹れるから」

桜子が急須に茶葉を入れお湯を注ぐと蒸らしながら湯飲みを二つテーブルにことんと置いた。私は黙って桜子の隣に腰かける。

「梅ちゃん、世界くんとは今同じ職場でたまたまお隣に住んでいる先輩後輩の仲だって言ってたけど、本当はお付き合いしてるんでしょ?」

「えっ?」

桜子があきれたように首元を指さした。

「気を付けなさいね、その赤い痕丸見えよ」

赤い痕……昨日はお酒を飲んでいて私自身の記憶も少し曖昧だが、酔った勢いで世界が噛みついてきた時のものだ。
私は桜子の言葉に慌てて右の首筋を掌で覆った。

「……いつからなの?」

桜子がぼそりとつぶやく。桜子が蒸らし終わった緑茶を湯飲みに注ぎ入れると私に湯飲みを差し出す。私は両手で湯飲みを包み込むと緑茶の表面にそっと息を吹きかけた。

「……ほんと最近よ、まだ三週間……くらい」

想いを伝えあったのが今日だとはいくら何でもいえない。桜子の顔が曇るのが分かった。

「いい子よね……お昼食べただけだけど、お母さんから見ても性格が真っすぐというか素直というか」

「う、ん……」

「でもお母さんとしては……想定外。梅ちゃんに会わないうちに……こんな困ったことになってるなんて」

(困った、か……)

その言葉は、今年三十五歳を迎える娘をもつ母親としての当然といえる言葉なのかもしれない。

「梅ちゃん、分かってお付き合いしてるの?」

「……うん。はじめは年が違いすぎて全然考えられなくて……でも彼の真っ直ぐな気持ちが嬉しくて……気づいたら……」

「そう……でもね梅ちゃん、まだ若い世界くんとあなたじゃ同じ目線で同じ物事は考えられない。それは勿論世界くんのせいでも梅ちゃんのせいでもないわ……梅ちゃんもそのことを分かってる上で世界くんとお付き合いしてるのも理解したつもりよ、でもお母さんは……」

「分かってる。正直悩んだの、それに今だって歳の差や結婚のこととか色々タイムリミットがあることだって分かってる……でもそれでも……」

今だけでも一緒にいたいと思うのはそんなに間違ったことなんだろうか?もっと一緒の時間を過ごして互いのことを知りたいと思うことはそんなにダメな事なんだろうか?

「梅ちゃん……お母さんは梅ちゃんに平凡な幸せを掴んでほしいのよ。ありきたりでいいの。梅ちゃんを大切にしてくれて、生涯幸せにしてくれる人を選んで欲しいの」

(生涯幸せに……)

結婚というモノをかんがえたとき、正直世界との未来は、いまは全然思い浮かべることができない。勿論それは若く会社に入りたての世界も同じだろう。

「梅ちゃん、まだ三週間でしょう。引き返すなら今しか……ないとおもうのよ。お母さんからしたらいつまでたっても目が離せない大事な子供だけれど、世間から見ればもういい歳の大人だからね」

──大人ってなんだろう。

心に蓋をして世間一般の常識からはみ出さずに秩序を保って暮らすこと?
仕事ならわかる。

でも恋愛は?
大人になれば恋愛も世間の常識に合わせてはみ出さないように気を配って制限されなくてはいけないのだろうか。

弱い心はすぐに揺れる。ゆらゆら漂っているうちに一番大切なものは掌からこぼれて海の底へと落ちていきそうだ。好きな想いだけを抱えて世界とただ一緒にいるには私は歳を重ねすぎていることなんて十分すぎるほどわかっていたことなのに。

「……梅ちゃん、三十五歳なのよ?世界くんは……二十二歳でしょう?」

(もう?まだ?そんなこと……分かってる。分かってるけど)

桜子が湯呑みをもつ私の掌の上からそっと重ねた。その母の掌のあたたかさこそ変わらないが、指先の節は太く目立ち、手の甲の皺も随分増えている。

いつも間に、母の掌はこんなに年を取ったんだろう。
その年月だけ私自身も年を重ねた現実がチクリと胸を刺す。

「……梅ちゃんがそんな顔するなんて……お母さんも、こんなこと言うのは辛いけど……実はね……今日梅ちゃんを訪ねたのは、これを渡したくて」

桜子は大きな書道道具が入った袋から封筒を取り出した。

「お母さん、これ……」

封筒から中身を取り出すと開かなくてもそれが何かは分かった。

「知り合いの書道家の息子さんで公務員って言ってたわ。確か教師をしてるとか。梅ちゃん……そろそろお母さんのことも安心させるつもりで、一度お会いしてみてくれないかしら?」

そっと釣書を開いてみれば、生真面目そうなメガネをかけた男性が写っている。落ち着いていて穏やかそうで明らかに世界よりも大人の雰囲気の男性だ。

「……年は確か梅ちゃんの一回り程上で、今年四十五歳よ。年齢的にも丁度いいかなと思うし、何よりお相手の方は、梅ちゃんに一度お会いしてみたいって乗り気なのよ」

私より一回り年上の四十五歳……確かに世間一般で言えば一回り年上の旦那様がいる家庭なんてごまんといる。なんなら少し前までの自分ならば結婚相手が一回り年上で、経済力・包容力があっていつも優しく包み込んでくれる、そんな人と出会えて結婚できたらなんて漠然と考えたこともあったくらいだ。

「お母さん、ごめんなさい……今すぐに返事できない……」

桜子がすぐに眉を下げた。

「……分かったわ。一度、ゆっくり考えて。急がないから。東京には個展のあと書道連合の会議もあってしばらく滞在なの。また帰る前に連絡するから……」

桜子は黒のスプリングコートを羽織ると私の頭をそっと撫でた。小さい頃から母はこうやって、私が泣きそうなとき決まって頭を撫でてくれる。私は緑茶と一緒に転がりそうな涙を飲み込んだ。

「じゃあ、食事と睡眠しっかりね……」

「お母さんもね」

桜子は小さく頷いてから、玄関扉をそっと閉めた。その足音はすぐに遠のいていく。


「……もうぐちゃぐちゃ……」

釣書を眺めていれば世界の顔と桜子の顔が天井に浮かんでは消えてを繰り返す。考えることが嫌になった私はポスンとベッドに横になった。

僅かにシーツから世界の甘い匂いがする。

「間違えたのかな……」

このベッドで、ついさっきずっと気づかないふりをしていた恋心を世界に伝えたのが果たして正解だったのか不正解だったのかわからなくなってくる。

「恋愛に答えがあったら……こんなに苦しく悩むこともないのに……」

馬の鳴き声がスマホから聞こえて開けば、世界からメッセージが届いている。

──『今日の夜ご飯は一緒に食べれる?カレーでいい?』

そして立て続けにメッセージが入る。

──『梅子、昨日は突然キスしてごめん。誕生日はいつも通り同期としてお祝いさせて。去年と同じイタリアン予約したから』

私はスマホをサイレントモードにするとベッド脇に裏返して置いた。そして世界の匂いに顔を埋めるようにして私は瞳を閉じた。

※※

俺はコトコトと家で煮込んだカレーの鍋をキッチンに置くと、無用心に玄関の鍵を開けたまま、ベッドで眠っている梅子の寝顔を見つめた。

「鍵くらいしてよって、そのおかげで俺入れたんだけどさ……」

梅子の部屋を出てから、何度かLINEを送ったが途中から既読にならなかったのが心配でこうしてアポなしで来てみたが、ベッドの脇にスマホと一緒に置きっぱなしの釣書を見て、すぐに梅子が俺に返事をしなかった理由を察した俺は大きなため息を吐き出した。

「分かりやすいっすね、その方が助かりますけど」

そっと梅子の頬に触れる。

「……ねぇ、早くさ、あの日の約束早く思い出してよ。俺は……梅子さんのこと本気だから。もう一度会えたらってずっと心のどっかで願ってたから」

でも──結婚か……。

正直、いますぐ梅子と結婚できるかと問われたら答えはNOだ。でもそれは梅子と結婚したくない訳ではなく、梅子の為にだ。

「今俺、まだ何にも持ってないからさ。陶山の血しかない。早く大人になって、仕事でも成果を上げて、男としても人間としても成長して梅子さんが安心して俺と添い遂げたいと思ってもらえるまで……待っててって言ったら俺から離れるの?」

梅子の静かな呼吸音を確かめながら、そのまま長い黒髪をすくように撫でた。

「んっ……あ、れ」

梅子のまつ毛が上下しながら、瞳の中に俺が映った。

「ごめん……また起こした?」

「えっと……世界くん……?」

俺は慌てて起き上がった梅子をぎゅっと抱きしめた。

「……なんでも話してよ」

「え?」

「ごめん、勝手に部屋入った上に、返事ないのにカレーも煮込んで持ってきちゃったし、更に釣書も見ちゃったし」

「えっ!?」

慌てて梅子が俺から体を離すと釣書を引き出しに仕舞う。

「だから見たって。おいで」

俺はベッドで背を向けている梅子を後ろから包むように抱きしめ直した。

「せ、かいくん……離して……」

「今から大事な話……していい?」

梅子の体がピクンと震える。

「こっち向いて」

俺は梅子の体を向き直らせてからベッドの上で正座をした。

「世界くん……どうしたの?」

「俺さ、梅子さんから好きだって言ってもらってすげぇ嬉しくてさ、今でも夢みたいでさ……梅子さんとこれからもっと沢山の時間を過ごしてお互いを知っていきたいって思ってるし、その……将来のこと……考えてない訳じゃないから」

梅子は黙って聞いていたが、すぐに泣きそうな顔をする。

「えっとさ、一応……結婚前提なんだけど……俺みたいな年下じゃ不安だと思うし、仕事だって全然だしさ。でも早く大人になるから……うまくいえないけど本気だから。だからお見合いなんてしないでよ?」

梅子は俺から顔を逸らすと指先で目尻に触れた。

「世界くん……窮屈じゃない?重たくない?」

「え?俺?」

「私が、年上じゃなかったら……もっと気楽に交際も楽しめると思うし、ましてや結婚なんて考える必要なんてないじゃない……。私だって世界くんと同じ歳だった頃は結婚なんて考えたこともなかったから。私……世界くんの重荷になりたくない」

俺は手を伸ばすと両手に梅子を閉じ込めた。

「ごめん、年下で……」

「世界……くん?」

「もっと早く産まれたかった。そしたらさ、同じ景色見ながら同じ道を同じ速度であるけたのに。でもさ、信じてよ。今前を歩く梅子さんのこと、俺は見失ったりしない。いつか必ず俺が梅子さんの手を引いて歩いていくから。だから……一緒にいてよ。お願いだからさ」

「……私……ひっく……」

泣き出した梅子の背中をあやすようにトントンと摩る。

「世界くん……一緒にいて」

じんわり涙の滲んだ瞳で上目遣いに俺を見上げた梅子がたまらなく愛しい。俺は梅子を組み伏せると、手首を枕元に縫い付けたまま梅子の瞳をじっと見つめた。

「一緒にいる。大事にするから。俺、ちゃんと梅子さんにふさわしい男になるから」

そのまま梅子の首元に唇を寄せようとして俺はすぐに離した。

「え?……せかい……くん?」

「……マジで梅子さんのこと本気なんで、その証に梅子さんを不安な気持ちにさせてる間はちゃんと自粛します」

俺は、熱くなりそうな体を誤魔化すように梅子の唇にチュッと音を立てて唇を落とすと身体を起こした。

「……え?自粛って言ったわよ、ね?……」

目をまんまるにしている梅子に俺はキュッと目を細めた。

「セックスは我慢しますけどキスは我慢できないから。好きな女と居て、お手てつないで終わりとか俺無理っ」

「むちゃくちゃね……それって自粛っていうの……」

「何?梅子さんがどうしても抱いてほしいっていうなら今すぐ抱きますけど?なんなら本当はめちゃくちゃ抱きたいんすけど?」

「なっ……だ、ダメよ」

ようやく涙をひっこめた梅子を見て俺はふっと笑った。手を伸ばして俺は梅子をベットから引き上げる。

「嘘。ちゃんと待てできるし、なんか腹へったし。ね、梅子さんもお腹減ってない」

「う、ん。たしかにお腹減ったかも。寝てただけなのに……」

梅子が片手でお腹に手を当てながら肩をすくめた。

「すぐにカレーあっためるから一緒にたべよ?梅子さんの好きな人参いっぱい入れてきた」

「うん……世界くん……ありがとう」

にこりと笑う梅子に心から安堵する。この笑顔を俺がずっと守っていきたい。必ず同じ未来が待ってると俺は信じてるから。

「どういたしまして」

俺は口角を上げて梅子に顔を寄せた。

「え?何?」

「カレー、梅子さんに美味しいって食べてほしくて、めちゃくちゃ煮込んだから。頑張ったご褒美頂戴」

「へ?ご褒美?」

目をまん丸にした梅子は、僅かに俺から距離を取った。

「早く、チューして」

左手の人差し指で俺は自身の頬に触れる。

「えっと……ごめ、恥ずかしくて……」

「悪いけど、俺もすっげー恥ずかしいの我慢してんすけど」

「じゃあ、何でいうのよっ」

「梅子さんが好きだから」

にんまりと笑った俺に観念したかのように、梅子の唇がそっと俺の頬に触れた。

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