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第4章 両想いってことで

第16話

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エレベーターから降りて自宅へと向かいながら、すぐに私はまたため息を吐き出した。

私の家の前には猫のように丸くなった世界が転がっていたから。

「ばか……どれだけ飲んだのよ……」

世界の周りにはビールの空き缶が壁に沿って積み上がっている。私はしゃがみ込むと世界の肩を揺すった。

「世界くん、風邪ひくよ、起きて」

「……んっ……」

世界の長い睫毛がピクンと動いて、世界が左手で目を擦った。

「う、めこ……さん?」

「もう、何で私の家の前で飲んだ上に寝てるのよ……」

「遅いから、心配で……全然電話でてくれねぇし、LINEも既読にならねぇし……」

世界は片手をつきながら、身体を起こした。

「……だからって……ほら、肩貸すから立って。世界くんの部屋まで連れてくから」

「やだ。水飲みたい、梅子さん家いく」

「え?」

「じゃないとここで寝るから」

「ちょっと……困らせないでよ」

世界が私の目をじっと眺めながら頬に触れた。

──「……俺だけだった?会いたかったの」


会いたくなかったと言えば嘘になる。
殿村といても、世界の顔が何度も過ぎって、その都度掻き消した。

でも世界の言葉にすぐには答えられない。自分の気持ちに知らないフリをしていないと想いがどんどん膨らんでそのうち、心から溢れてしまいそうだから。

「……水、飲んだら帰るから」

「だめ、帰って」

「何で?少しでいいから話したい。一緒に居たい」

世界の綺麗な瞳に見つめられると、無意識に逸らしたくなる。その真っ直ぐな瞳に応える自信がないから。

「今度、お互い酔ってない時に話しましょ。私も……世界くんに話したいことあるし」

「何?」

「また今度って言ったでしょ」

契約交際の解除について話そうと思っていたが、お互いシラフの時の方が良さそうだ。

私は立ち上がると鞄から鍵を取り出し鍵穴に差し込み回した。

「ほら、立ってよ、家入れないから」

世界が私を見上げながら立ち上がる。私は世界を見ないようにして玄関扉を開けた。

「梅子さんから……タバコの匂いする」

「え?ちょっ……」

大きな手が伸びてきたと思えば、そのまま玄関の中に世界に引っ張り込まれてぎゅっと抱きしめられる。

「ちょっ……と……離して」

世界が後ろ手で鍵を閉めると耳元で囁く。

「……もうマジで限界」

「せか……ンンッ……」

噛み付くようなキスを繰り返されて呼吸がままならない。

「ンッ……離……ン」

両手で世界の胸元をぐいと突くがビクともしない。世界の舌が唇を割って入ってくる。空気を求めて大きく口をひらけば、世界の唇が呼吸を妨げるようにより深く口付けて、何も考えられなくなる。

「そんな顔されたら、もう待てできない」

「えっ……きゃっ」

視界が高くなって、白い天井と世界の横顔が見えて世界にお姫様抱っこされていることに気づく。

「ばか、下ろして!何すんのよっ!」

世界は器用に私の足からパンプスを放り投げると、寝室に向かって真っ直ぐに歩いていく。世界が何をしようとしているのか分かって心臓が跳ね上がる。

「世界くん、待ってっ」

「うっさい」

そのまま、ベッドに下ろされるとすぐに世界に組み伏せられる。世界の右手で固定されている手首に目一杯力を入れる。

「やめ、て……」

「ねぇ、梅子さんはいま誰と付き合ってんの?アイツじゃなくて俺だろ?」

「ンンッ」

再び重ねられた唇は角度を変えながら喰むように繰り返される。互いの唇からアルコールの香りがして眩暈がしてくる。

(アイツ……殿村のことだ)

目の前の世界を見ながら、一瞬さっきの殿村のキスを思い出す。

「誰のこと考えてんの?俺のことだけ考えてよ」

世界の唇が頬から首筋へと下へ下へと這っていく。

「このまましよ」

世界の左手は迷うことなく私のスカートを捲り上げながらショーツをなぞっていく。

「待っ……や……」

「力抜いてて」

すぐに足の付け根から入ってきた指先に下腹部が敏感に反応して身体が何度も跳ねた。

「ダ、メッ……せか……」

「全然ダメじゃないじゃん」

我慢しようと思ってもあられもない声が漏れ出て恥ずかしくて、私は顔を背けた。

「可愛い……好きだよ」

その言葉と共に世界の唇が首元に触れてチクンとする。その僅かな痛みが毒が回るように全身を巡って身体中に熱を帯びていく。世界が手首から手を離しブラウスのボタンを外していくとすぐに私の鎖骨に噛み付いた。

「痛っ……」

(ちょっと……噛んで……)

ほんの一瞬心奈の言葉が蘇ってきそうになる。

「俺のモノってシルシ」

お酒を飲んでいるからだろう。世界の目はいつにも増して熱を纏い憂うような視線を向けながら下唇を湿らせた。

「世界くんっ、お願いだから待って!」

「梅子さん……俺のこと好き?……」

世界が私の頬に触れると私の思いを確かめるようにゆっくりと顔を近づける。
その切なそうな顔に言葉が出てこない。

「私は……」

「そばに居てよ」

そう言って触れるだけのキスを落とすと世界が私を抱きしめた。

「好き。梅子さんが好きだよ。なんで俺のこと好きになってくれないの?」

その声色と言葉に苦しくなる。世界の高い体温が身体中を包み込んで、甘い言葉がハチミツのように全身にとろりと纏わりついていき、気づけば私は世界の背中に手を回していた。

「世界くん……私ね……」

喉の奥につっかえていた言葉がすぐそこまで顔を出している。自分が今から世界に何を言おうとしているか分かる。それはきっと言葉に出したらきっと歯止めが効かない。戻れなくなる魔法の言葉だ。

「……梅子、さん……俺」

「え?……」

ふいに私に覆いかぶさっている世界の重みがぐっと増した。

「えっと?……世界、くん?」

首だけ世界に向ければ、世界の瞼はとろりとしてもう瞳を閉じてしまいそうだ。

「……早く……俺のこと……好きになって……」

それだけ言うと世界は安心したような顔をこちらに向けて規則的な呼吸を繰り返し始めた。その可愛らしい寝顔を見ながら、世界が寝落ちしたことを確認して私はようやく大きく呼吸を吐き出した。


「ばか。これ以上……好きにさせないでよ……」

自分を誤魔化すことへの限界は近いのかもしれない。世界に見つめられて触れられたら自分ではコントロールできなくなる程に世界の差し出した掌を掴みたくなる。

(もっと年が近かったら良かったのに……もっと自由にもっと同じ目線で恋ができたらどんなに良かっただろう)

私は世界を起こさないようにそっと唇に触れた。


「……もう好きだよ」

世界に直接言えることはあるのだろうか。

世界から真っ直ぐに思いを向けられるたびに、このまま一緒に居ても違う未来を見ている気がしてどうしても踏み出せない。私は世界の背中をぎゅっと抱きしめた。

「……あったかいね」

そのまま世界の体温に身を任せながら、私は急激に重たくなった瞼を閉じた。

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