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第3章 揺れる心と戸惑う想い

第9話

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※※※

俺が映画館なんてくるのは何年ぶりだろうか?
たしか高校の時に心奈と付き合ってたとき、無理やり連れてこられた恋愛映画以来かもしれない。

「えっと、12列目のK、Mっと……あ、通路横だ、御堂くんここ」

梅子がチケット片手に座席を確認すると自分の隣の席を指さした。

「ねぇ次、名字呼んだらペナルティで梅子さんから俺にキスしてね」

俺は入り口でわざとひとつだけ買ったアイスティーをドリンクホルダーに置きながら座る。

「そんなっ……約束できるわけないでしょっ」

「なんで?簡単なことでしょ、名前で呼んでよってそれだけじゃん」

「大人にはそれが難しいのっ」

梅子がテーラードジャケットを膝に置きながら、スマホの電源を切った。

(いまのは聞き捨てならねぇな)

「何?梅子さんは大人で、俺は大人じゃねぇの?」

「そういう意味じゃなくて……御堂くんは私より年下だから……」

俺はアイスティーのストローを咥えて一口のむと梅子に差し出した。

「な、によ。御堂くんが買ったやつでしょ」

「あ、また言った。合計三回キスしてくださいねって言ってもしないだろうから、間接キスで許してあげます、はいどうぞ」

俺は目を丸くしたまま固まっている梅子にずいと顔を寄せた。

「早くして。このまま周りにドン引かれながら俺にキスされんのとどっちがいい?」

「なっ……」

梅子は俺から距離をとると、おずおずとアイスティーに口づける。恥ずかしそうに飲む姿を見ていると、もっと意地悪をして梅子を困らせたくなる。はやく俺だけを見て欲しくてたまらなくなる。返されたアイスティーのストローには梅子のつけているピンクべージュの口紅が少しだけついた。

「こっち見ないでっ……も、いいでしょ」

「そうすね、とりあえずは」

「とりあえずって何よっ」

「そんなのマジで自分で考えて」

もっと触れたくなる。手を伸ばしたくなる。俺ばっかり想いが加速していく。
つぎは間接キスなんて子供じみたモノなんかじゃやっぱり足りない。梅子の頬に触れて、どんなに困った顔をされても俺の唇でそのまま梅子の唇を塞いでしまいたい。

「あ……」

梅子がふと前方に視線を向けた。

「どしたんすか?」

「ちょっと行ってくる」

梅子は立ち上がると着物姿の年配女性に後ろから声をかけた。

「あの、良かったら座席探しましょうか?」

「まぁ、親切にありがとう。ちょっと文字が小さくて見づらくて」

梅子は微笑むと女性が大切そうに握りしめているチケットをのぞき込み、こちらに向かって女性と共に歩いてくる。俺は気づけば顔がほころんでいた。

(こうゆうとこツボだな、自然と気遣いができるってゆうか)

まだ一緒に働いたのは一日だけだが梅子のさりげない気遣いを俺は隣のデスクから見ていた。何気ない会話の中から喉の調子の悪そうな部下がいれば、梅子の元に出来上がった見積書を持ってきた際にそっとのど飴を渡していたり、小さな子供のいる、家庭ある部下に対しては定時に上がれるよう自分が仕事を引き継いで残業をさせないようにしていた。



(その分、梅子さんが抱えすぎなんだけどな)

いつか梅子の抱えすぎた荷物を俺にも分けてくれるだろうか?大きな荷物だって二人で持てば重たくはない、もっと梅子が頼りに思ってくれるような男になりたい。本当は今すぐにでも。

(焦ってもしかたねぇけどな……)

どんなに焦っても急に年をとることもできなければ梅子と同じように社会人経験を積むこともできない。それでも俺は、何が何でも梅子を振り向かせたい。


──梅子は俺の初恋だから。


梅子が俺の目の前に立つと、女性に掌で座席を指し示した。

「えと、13列のMだから……私の席の真後ろの席です」

「ありがとう、本当に助かりました」

「いえ、全然です、それでは」

梅子が女性に軽く礼をすると俺の隣に座りなおす。女性が通りすがりに俺たちをみてにこりと微笑んだ。

「あら、ご姉弟で映画なんてとても仲がいいのね」

(ん?姉弟って言ったか?)

俺が口を開こうとして先に梅子が答えた。

「あ、えと……よく言われます……」

(ちがうだろ……)

梅子はそう女性に答えながらも俺の視線に少し困ったような顔をしている。俺はすぐに梅子の手を掴むと強引に指先を絡めた。

「あの、俺、弟じゃないです。彼女と付き合ってるんです」

絡めた指先を見ながら女性が驚いたあと、顔を皺皺にして笑った。

「あ……大変失礼いたしました。そうでしたか、気遣いのできる素敵な女性ですね」

「そうなんです。自慢の彼女です。ありがとうございます」

「ふふ……それではお互い楽しみましょうね」

女性が通り過ぎると、俺はすぐにつないだ指先を引き寄せるようして梅子を隣に座らせる。梅子の体温が伝染して俺の鼓動は案の定すぐにトクトク音を立てる。梅子をちらりと見れば、つないだまま離さない指先に戸惑ったのか頬をほんのり染めた。

「あの……」

梅子が蚊の鳴くような声で小さく唇を動かす。

「なに?」

「その……私」

「本当のことしか言ってないから。俺、梅子さんと付き合えてうれしいし、正直舞い上がってるし。さっきみたいに梅子さんがさりげなく気遣いのできるとこも好きだなって思ったし、自慢の彼女ってゆうかさ」

そこまで言ってさすがに照れくさくなった俺は口元を覆った。

「すいません、こんなとこで」

小声とはいえ、このタイミングで言っても良かったのかと聞かれれば違う気がした。勢いに任せて言ってしまったが子供っぽかっただろうか。

(やばいな、自分がわかんなくなってくる)

今までもたくさん恋愛はしてきたが、どれも浅くて体の関係がメインだった。所詮俺の見た目とスペックで言い寄ってくる女しか周りにいなかったから、本気で知りたいと思う女も俺のことを知ってほしいと思う女もいなかった。

「世界くん、ありがと……」

「え?」

「なんか、その……私のことそんな風にいってくれて嬉しかったから」

梅子はそれだけ言うとすぐに俺から顔をそらす。そして梅子の指先が俺の掌から逃げ出そうとする。

「もうちょっとだけ手つながせて」

「えっと……」

梅子が悩んでいる間に映画館にブザーの音が鳴り響く。

舞台に目を遣れば直ぐに、大歓声と共に舞台袖から着物姿の男性がマイク片手に現れ、梅子が小さく悲鳴を漏らした。

(お、これがイケオジってやつか……)

『いつも暴れすぎ将軍を応援くださいありがとうございます』

俺はよく知らないが、今映画館の舞台で挨拶しているイケオジが時代劇『暴れすぎ将軍』の松平健次郎らしい。年は四十代後半から五十代だ。

(まさか、梅子さんって元々年上がタイプとか?)

隣で子供みたいに目をキラキラさせている梅子を見れば、すぐに小さな嫉妬が芽生えてくる。

(俺にはあんな目したことねぇよな……)

『……であり……となる記念すべき……』

隣の梅子がつないでいない方の左手を握り、顎の下に置いたまま熱い視線を送っている。

『どうぞ最後までたのしみください』

盛大な拍手と共に将軍姿の松平健次郎が一礼し舞台袖にきえると、映画館は暗くなる。完全に真っ暗になる前に横目で梅子を見れば、まるで子供みたいにわくわくしながら本編が始まるのを待っているのが見えた。

(嬉しそうだな、てゆうかそんな顔もするんだ)

自分が大人になってから再会した梅子は、子どもの頃はもっと大人だと思っていたのに、こうして休日を過ごせば子供みたいな笑顔を見せたり、俺にいじめられて恥ずかしそうにしたり、見るたびに色んな表情を見せてくれる。いろんな梅子に出会うたびに俺の鼓動は早くなって、隣の梅子にもっとくっつきたくなる。

(好きだな……)

俺は絡めた指先から伝わる梅子の温もりの心地よさを感じながら、梅子の甘い髪の匂いに誘われるように眠りに落ちた。



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