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六話

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──5day

泣いて泣いて、いつの間にか泣き疲れて眠って、また起きれば泣いてを繰り返しているうちにお昼はとうに過ぎている。

私はぐちゃぐちゃに濡れた枕の下からスマホを引っ張っりだした。目覚める度に蒼に謝りたくて送ったLINEは既読にならない。

「……怒ってるよね……あんなに傷つけて……」

父とは家に戻ってから一言も話さないまま、私はこうして自室に閉じこもってベッドに蹲っている。物音一つ聞こえてこない家から父は今日も仕事に向かったようだ。

「……蒼っ……」

どうして涙には限りがないんだろうか。哀しみや孤独にも際限がないのと同じで、いくら心の声に従って瞳から要らない水分を出しても、結局心は何ひとつ満たされない。

「……喉、渇いたな……」

昨晩から一滴も水分を取らずに泣き続けていたからだろう。瞼は腫れて角膜が渇いてギスギスしている。

──『蒼ごめんね』

蒼のLINEに同じ文言を送るのは5回目だ。やはり既読にはならない。私はカーテンの隙間から差し込んだオレンジ色の光に蒼の笑顔を思い浮かべながら、一階のダイニングへと階段を降りて行く。


「あれ……?」

いつもならそのままにしてあるシンクの食器は綺麗に洗ってあり、テーブルの上には初めてみる食べ物がラップをかけて置いてある。

「これって……」

私がそっと手を伸ばした先には、丸でも三角でもない歪なカタチのおにぎりが二つ並んでいた。そして白い小さなメモには一言だけ父の直筆で走り書きがしてあった。

──『昨日は悪かった』

その文字も不恰好なおにぎりもうまく見えなくなって瞳から溢れた水玉が床に転がっていく。私は椅子に座ると手を合わせてから、おにぎりにかぶりついた。

料理などしたことない父だ。多分おにぎりなんて初めて握ったに違いない。雑に梅干しが突っ込んであるだけのおにぎりだったが、今まで食べたおにぎりの中で一番美味しかった。父が私の為に何かをしてくれた事も父が私に謝ってくれたことも、私と向き合ってくれたことも全部が嬉しかった。

「ご馳走様……でした」

私はコップに注いだ水を一気に飲み干すと目頭を袖で押さえた。

──『月瀬』

ふいに天井から蒼の声が聞こえた気がして蒼に堪らなく会いたくなる。


「ひっく……ぐす……蒼……」

──プルルルップルルルッ

私は鳴り出したスマホの液晶を見ると、落っことしそうになりながら慌ててスワイプした。

「……もしもし……」

自分の声が震える。

「ケホッ……月瀬?……」

聞こえてきた蒼の声は少し掠れている。

「蒼っ……大丈夫?あの、私……」

「大丈夫。ちょい熱出てさ、寝てたからLINE気づかなくてごめんな。月瀬が俺から……ケホッ……連絡なくて心配してると思って電話した」

「うん……蒼まだ熱あるの?しんどそう……」

「ケホッ……熱は下がってさ、葛根湯飲んだし明日には全快予定……ケホッ……」

蒼はいつものように軽口を叩いているが、明らかに体調が悪そうで心配になる。

「蒼……ごめんなさい……私のせいで……お父さんに殴られたり、私がギター教えてって言わなきゃ蒼が風邪ひくこともなかったはずだし……本当に」

「それ違う」

「え?」

蒼が咳払いを一つしてから唇を湿らせるのが分かった。

「まず風邪引いたのは夜寒いのに、俺の寝相が悪くて毛布蹴飛ばして寝たからで、月瀬のせいじゃない。あとお父さんに殴られたのだって……ケホッ……月瀬と少しでも長く居たくて夜遅くまで引き留めたせいだから」

「蒼……」

「大体さ、俺のせいで月瀬が殴られたりするとこなんか見たくないし、何がなんでも守ってやりたかったから……だから全部月瀬のせいじゃないよ」

「ごめんなさい……弱くて何もできなくて」

私は蒼に気づかれないように涙を拭う。私は本当に弱い。もっと強くなりたいのに、なんでも自分の力で解決したいのに、蒼に優しくされたら縋るばかりで結局、心が涙で溺れていく。

「そんなことないから……月瀬泣くなよ、心配になる」

「泣いてないよ……ただ……」

「ん?どした?」

「……会いたいの……蒼に会いたい」

もう誤魔化しがきかないほどに私の声は涙声だ。

「さすがに……今日は会えないけど明日なら会えるよ……俺も会いたい」

私はふと昨日の蒼の言葉を思い出す。

「蒼、明日流星群見たい……」

「え?いや夜は無理だろ」

「ううん、大丈夫。明日はちゃんとお父さんに言ってから出掛けるし……蒼と過ごす最後の夜だから……」

蒼は暫く黙っていた。多分私がまた父に怒られたり喧嘩になったりしないか心配してくれているのだろう。 

「蒼、お願い」

「じゃあ、必ずお父さんに言うことと、あとあったかい格好して来いよ……ケホッ……」

「蒼もね」

「だなっ」

電話ごしに聞こえてくる蒼の声がくすぐったくて、でも嬉しくて堪らなくてこの電話回線が永遠に切れなければいいのにと、この時の私は真剣に願っていた。

それ程、もう蒼に後戻りのできない初めての恋をしていたから。
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