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ついに迎えてしまった週末。結論から言うならば、僕の嫌な予感は的中した。
時刻は午前五時。冬の夜は長く、空はうっすらと白み始めているがまだ夜の気配は消えていない。気温は低く、服の布地の隙間を突き刺すように寒さが纏まりついてくる、そんな時間。
僕らは街の外れにある裏山に来ていた。
「で、なんで僕たちは冬のこの時期にこんなゴミ溜めに男女で来てるのかな……」
目の前に広がるのは捨てるのに困ったのか、使われなくなった電化製品と時折混じる一般ごみが形成するゴミの山だった。いわゆる不法投棄の現場と言うものだ。
「あら?健全な高校生らしいデートスポットだと思うけど?休日の暇な時間も潰せて、街も綺麗にできる。一石二鳥じゃない。」
彼女はそう言うと、軍手を付けていそいそとゴミの整理を始めてしまう。
「世の高校生はもう少し遊び心がある場所に行く思うんだけど……君はやっぱり普通じゃないよ」
僕が侮蔑交じりにそう言うと、彼女は不思議そうにこちらを見た後、突然噴き出して笑い出した。
「今更何を言ってるのよ。私は善人であなたは悪人。私たちが普通の人と同じことをする訳ないでしょ」
どうやら自分が普通じゃない自覚はあったらしい。いきなり笑われた時はイラっとしたが、その言葉を聞いて僕の中の彼女への評価がほんの数ミリだけ上がった。
今すぐ帰ろうと思っていたけれど、何となく気分が変わり僕も手伝い始める。自分でも不思議だった。
「ところでさ、片付け始めたのは良いんだけど、このごみの処理はどうするの?不法投棄された物は費用を払ったとしても、回収は難しいと聞いたことがあるけど」
当然の疑問が上がったので聞いてみれば、彼女はこちらを見て、したり顔で笑った。
「抜かりないわ。土地の所有者にも、地方公共団体にも話はつけてあるもの。処分費用を出すと言って小一時間ほど説得したら許可をくれたわ。小さなごみは袋に、家電なんかの大きなものはまとめておけば後は頼んでいた業者が来て何とかしてくれるわ」
それを聞いて驚きで目を見開く。
「……君、何者?」
「私は善人でもありながら、聡明でもあるのよ」
得意げに笑った彼女を見て、諦めたように溜息を吐く。どうやら彼女はただの常識知らずなのではなく、良いところのお嬢様の常識知らずらしい。厄介極まりない。
これだけの御膳立てをされ一度手を出してしまったのだから、この善良な活動に手を貸すことからは逃れられない。
反吐が出るような思いをしながら、僕もゴミの整理を再開した。
それからは二人とも黙々と、延々に作業をし続けた。
夕暮れまでかかってしまったとはいえ、二人だけで一日で終わらせることが出来たのは彼女の並外れた手際の良さのおかげだった。
非常に不本意だけど、聡明だということも認めなければいけないようだ。
業者に運ばれていく自分たちがまとめ上げた粗大ごみを見送った後、僕はその場に座り込んだ。
「疲れた……もう二度と付き合わないからな」
項垂れてそう言う僕に彼女は優しい微笑みを浮かべた。彼女は常に笑顔を振りまいているけれど、ここまで優しい笑みは初めてだった。
「ええ、悪人にしては上出来の仕事だったわ。また、お願いするわね」
そんな優しい微笑みから紡がれたのは、ブラック企業の社長も驚くような言葉だった。
どうやら彼女の耳には僕の言葉は入らないようだ。
「ふざけんな」
ため息交じりでそう返して、帰り支度を始める。そこでふと疑問が浮かんできた。
「それにしても、今回僕が来なかったらどうしてたの?まさか、一人でやったとか?」
「んー……あなたにそんな権利はないのだけど……まぁそうね。一人でやっていたと思うわ」
その答えを聞いて、少しだけいたずら心が湧いてきた。
「なら、それは辞めたほうがいい。最近は物騒だし、キミは見てくれが良いからね。キミくらいの年の子が行方不明になってる事件がここら辺で相次いでいるらしいし、攫われちゃうかもよ?」
その犯人が誰か知っていて、僕はからかい半分で彼女に忠告する。ほんの出来心からだった。それなのに
「あら?心配してくれるの?あなたのそういうところ含めて、私は好きよ。愛してさえいるくらいに」
そんな言葉を吐いてきた。その瞬間、僕の胸の内から黒い澱みが逆流してきて吐き出しそうになった。
「辞めてくれ、僕は君が嫌いなんだ」
彼女は善人だから、嘘をつかない。その言葉はどこまでも真っすぐで、きっと今の何気ない愛の言葉も本物なのだろう。
だからこそ僕も本音で答える。精一杯の嫌悪を混ぜて。
僕は彼女が、嫌いだ。
「だと思った」
それなのに彼女は二パッとあの笑顔を向けてきた。あの、幸せそうな晴れやかな笑顔を。
「それにきっとその犯人は私のことを狙わないと思うの」
ステップを踏みながら僕に笑顔で断言する。
吐き出すのをこらえ、作り笑顔を浮かべながら震えた声を絞りだす。
「なんで、そう思うの」
彼女はそんな僕にすり寄り、抱きしめるように囁く。
「きっと、私のことが嫌いだから」
彼女の心は晴れのまま、僕の好きな雨にはならない。
時刻は午前五時。冬の夜は長く、空はうっすらと白み始めているがまだ夜の気配は消えていない。気温は低く、服の布地の隙間を突き刺すように寒さが纏まりついてくる、そんな時間。
僕らは街の外れにある裏山に来ていた。
「で、なんで僕たちは冬のこの時期にこんなゴミ溜めに男女で来てるのかな……」
目の前に広がるのは捨てるのに困ったのか、使われなくなった電化製品と時折混じる一般ごみが形成するゴミの山だった。いわゆる不法投棄の現場と言うものだ。
「あら?健全な高校生らしいデートスポットだと思うけど?休日の暇な時間も潰せて、街も綺麗にできる。一石二鳥じゃない。」
彼女はそう言うと、軍手を付けていそいそとゴミの整理を始めてしまう。
「世の高校生はもう少し遊び心がある場所に行く思うんだけど……君はやっぱり普通じゃないよ」
僕が侮蔑交じりにそう言うと、彼女は不思議そうにこちらを見た後、突然噴き出して笑い出した。
「今更何を言ってるのよ。私は善人であなたは悪人。私たちが普通の人と同じことをする訳ないでしょ」
どうやら自分が普通じゃない自覚はあったらしい。いきなり笑われた時はイラっとしたが、その言葉を聞いて僕の中の彼女への評価がほんの数ミリだけ上がった。
今すぐ帰ろうと思っていたけれど、何となく気分が変わり僕も手伝い始める。自分でも不思議だった。
「ところでさ、片付け始めたのは良いんだけど、このごみの処理はどうするの?不法投棄された物は費用を払ったとしても、回収は難しいと聞いたことがあるけど」
当然の疑問が上がったので聞いてみれば、彼女はこちらを見て、したり顔で笑った。
「抜かりないわ。土地の所有者にも、地方公共団体にも話はつけてあるもの。処分費用を出すと言って小一時間ほど説得したら許可をくれたわ。小さなごみは袋に、家電なんかの大きなものはまとめておけば後は頼んでいた業者が来て何とかしてくれるわ」
それを聞いて驚きで目を見開く。
「……君、何者?」
「私は善人でもありながら、聡明でもあるのよ」
得意げに笑った彼女を見て、諦めたように溜息を吐く。どうやら彼女はただの常識知らずなのではなく、良いところのお嬢様の常識知らずらしい。厄介極まりない。
これだけの御膳立てをされ一度手を出してしまったのだから、この善良な活動に手を貸すことからは逃れられない。
反吐が出るような思いをしながら、僕もゴミの整理を再開した。
それからは二人とも黙々と、延々に作業をし続けた。
夕暮れまでかかってしまったとはいえ、二人だけで一日で終わらせることが出来たのは彼女の並外れた手際の良さのおかげだった。
非常に不本意だけど、聡明だということも認めなければいけないようだ。
業者に運ばれていく自分たちがまとめ上げた粗大ごみを見送った後、僕はその場に座り込んだ。
「疲れた……もう二度と付き合わないからな」
項垂れてそう言う僕に彼女は優しい微笑みを浮かべた。彼女は常に笑顔を振りまいているけれど、ここまで優しい笑みは初めてだった。
「ええ、悪人にしては上出来の仕事だったわ。また、お願いするわね」
そんな優しい微笑みから紡がれたのは、ブラック企業の社長も驚くような言葉だった。
どうやら彼女の耳には僕の言葉は入らないようだ。
「ふざけんな」
ため息交じりでそう返して、帰り支度を始める。そこでふと疑問が浮かんできた。
「それにしても、今回僕が来なかったらどうしてたの?まさか、一人でやったとか?」
「んー……あなたにそんな権利はないのだけど……まぁそうね。一人でやっていたと思うわ」
その答えを聞いて、少しだけいたずら心が湧いてきた。
「なら、それは辞めたほうがいい。最近は物騒だし、キミは見てくれが良いからね。キミくらいの年の子が行方不明になってる事件がここら辺で相次いでいるらしいし、攫われちゃうかもよ?」
その犯人が誰か知っていて、僕はからかい半分で彼女に忠告する。ほんの出来心からだった。それなのに
「あら?心配してくれるの?あなたのそういうところ含めて、私は好きよ。愛してさえいるくらいに」
そんな言葉を吐いてきた。その瞬間、僕の胸の内から黒い澱みが逆流してきて吐き出しそうになった。
「辞めてくれ、僕は君が嫌いなんだ」
彼女は善人だから、嘘をつかない。その言葉はどこまでも真っすぐで、きっと今の何気ない愛の言葉も本物なのだろう。
だからこそ僕も本音で答える。精一杯の嫌悪を混ぜて。
僕は彼女が、嫌いだ。
「だと思った」
それなのに彼女は二パッとあの笑顔を向けてきた。あの、幸せそうな晴れやかな笑顔を。
「それにきっとその犯人は私のことを狙わないと思うの」
ステップを踏みながら僕に笑顔で断言する。
吐き出すのをこらえ、作り笑顔を浮かべながら震えた声を絞りだす。
「なんで、そう思うの」
彼女はそんな僕にすり寄り、抱きしめるように囁く。
「きっと、私のことが嫌いだから」
彼女の心は晴れのまま、僕の好きな雨にはならない。
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